如月が大本営に辿り着いたとき、現場は混乱を極めていた。
新兵達が右往左往し、怒声と爆発音が休みなく耳を突く。
その中を如月は一人、一直線に進んだ。久がたぶりに袖を通した『改二』の上着が風で靡く。
入り口から堂々と建物内に入り、階段を駆け上がっていく。
皆、殺気立っていた。
ここは鎮守府の中。戦闘など本来起こりえない場所である。まだ如月が秘書艦を任されていた頃から、ずっとそうだった。
そんな場所で突然、暴動が起こったのだ。初めての事、マニュアルなど皆無である。当然、混乱するだろう。
ましてやこの大本営は出来るだけ新兵達で固めていた。冷静に対処しろ、というのが酷な話だ。
大淀の放送が聞こえてきた。
さすがは古参兵だけあって、ある程度は冷静である。だがそれでも声色は震えている。
今放送が流れているという事は、大淀は放送室にいる。ならば彼女が自分を止めることは無い。
如月はそう確信し、階段を駆け上がっていく。
驚く程簡単に最上階まで辿り着いた。
あと少し。あと少しで提督の元へいける。
はやる気持ちを抑えながら、最上階へと登り着いた。
執務室の扉が見える。勢いよく突っ込んだ。
長門が自分を監視していることは知っていた。
だが所詮は新兵。
尾行はまるで下手だった。そしてそのおかげで長門が、自分を想像以上に自分を警戒していることを悟った。
提督の雲隠れの理由を長門が握っている。そう確信した。
だからこそ叢雲達の計画に乗ろうと思ったのだ。
提督を取り戻す。そのためにこの日まで耐えた。
そしてようやく決行の日を迎えた。
一度動き始めた流れは止められない。
下から爆音が聞こえてくる。
それは段々とこの建物に向かってきていた。
第七駆逐隊と自分と呼応した内通者たちが、ここへ向かってきている。
蒼龍は赤城が押さえてくれているはずだ。
長門はまだここまで来るのに時間がかかるだろう。
あとは如月が提督を保護し、脱出してショートランドへ向かう。それが最良の形であった。
執務室の前には能代と酒匂がいた。
非常事態のためか艤装を纏っている。
「如月さん! 一体、何が起こっているのですか!?」
普段は冷静な能代もこのときばかりは、焦っているようだった。
「非常事態よ。司令官を安全な場所まで連れて行くわ。そこをどいて」
如月の言葉を聞いた二人は、一瞬悩むような表情をして、そのまま扉の前に立ちはだかった。
「長門秘書官の命令で例え、どのような事があろうと、ここは通すなと・・・・・・」
「例え如月さんであっても・・・・・・」
思わず如月は頭に血が昇った。
「この異常事態が分からないの!? もしこのままここにいて、司令官に何かあったらどうする気!?」
使いたくはなかったが、如月はケッコンカッコカリの指輪を通した指を突き出した。
「独立行動権を使っても司令官は連れて行くわ! そこをどきなさい!」
そこまで言われ、二人は困惑しながらも道を空けた。
執務室の扉を蹴り開け、中に入った。
誰もいない。その奥にもう一つ、硬い扉があった。
開かずの間。提督の私室への扉。
そこにすがりついて、思いっきり叩いた。
「司令官! 如月です! ここを開けてください!」
返事はなかった。
如月は艤装を展開し、ドアノブの部分を叩き折った。
「今、お迎えに上がります!」
強引に扉をこじ開けた。
中に入ると漆黒の闇が広がっていた。
カーテンは閉め切り、光の入る隙間など何処にもなかったのだ。
電灯を探す暇など無い。
窓の部分を思いっきり撃った。
弾ける音と共に窓は外壁ごと崩れ落ち、日の光がそこから部屋の中を照らした。
何もかも変わっていない。
まだ如月が夜に提督と酒などを交わしていた頃と同じ、内装のままだった。
違ったのはただ一つ。
そこには誰もいなかった。
ここにいるはずの人が。ずっとここに閉じこもっているという男が。
がらんどうとなった提督の私室で、如月は哀しげに微笑した。