曙と朧が如月を抱き起こした。
意識がしっかりしないのか、如月は俯いたまましきりに何かを呟いている。
曙達が必死に呼びかけるも、それすら聞こえていないようだった。
「駄目だ、夕張さん!」
「・・・・・・ここまでね」
夕張は頷くと懐から小さな弾を取り出し、主砲に詰めた。それを天高く、自身の頭上に打ち上げる。
赤い煙を出しながら上がっていったそれは、大本営の上空で大きく広がった。
それを見あげていた吹雪の体が急に引っ張られた。再び漣達が走り出したのだ。
先程までとは反対側の方向。海の方へと間髪入れずに走って行くのを吹雪が理解したとき、爆音が響いた。
吹雪達の周りにいくつもの砲弾が飛んでくる。衝撃音で耳が痛み、舞い上がる土煙で視界が阻まれていく。
先程までは人質である自分に配慮してか、それともかつての戦友である曙たちと戦うという葛藤からか、どこがぎこちない攻撃であった。
だが今の攻撃は明らかな殺意が籠もっていた。
自分がいることを分かっているのか。まさか自分もろとも撃とうというのか。
その時、鎮守府の各地に設置されているスピーカーから、大淀の声が響いた。
「・・・・・・反乱です! 反乱が発生しました! 首謀者は如月・・・・・・如月と内通者数名! 多少荒くても構いません! 確実に捕らえてください! 繰り返します・・・・・・」
普段の大淀からは考えられないほど、乱暴な言い回しだった。
それほど事態は深刻なのだろう。
事実、吹雪も如月が重傷を負っていること。そして今回の混乱の首謀者として名前が挙げられたことを、未だに受け入れられていなかった。
やがて視界が開けた。
海。だがその前に多数の艦娘。皆、主砲を構えている。
皆、戸惑ったような表情を浮かべているが、それでも軍人。
先頭の夕張を視界に捕らえた時点で、引き金に手をかけた。
刹那、風を切る音と共に小さな塊が両者の間を横切り、同時に控えていた艦娘たちから煙と炎が舞い上がった。
「赤城さん! 鳳翔さんも!」
漣が叫んだ。
赤城と鳳翔が艤装を付けたまま走ってくる。
「よし、行くよ!」
夕張達はそのまま艦娘の包囲網に突撃した。
黒煙が立ち上るそこは、悲鳴と混乱の坩堝と化している。
そんな中で一直線に突撃した夕張達を止めることなど出来るはずもない。
包囲網は真っ二つに割れ、その合間を如月を抱えた少女達が走って行く。
そこに赤城と鳳翔も合流した。
「如月さんは?!」
「やられた! 早く抜錨しないと!」
そのまま彼女たちは海へと飛び込んでいく。
この鎮守府から脱出する気であろう。
その時、如月の肩が動いた。
「・・・・・・しれ・・・・・・いな・・・・・・ここ・・・・・・」
同じ事を譫言のように如月はずっと繰り返している。
「喋らなくていい! 今は休んで!」
朧の悲鳴に近い声が聞こえる。
吹雪はほぼ無意識で耳を立てた。それは直感というしかない。
如月の唇が動いた。
「しれ・・・・・・いかんは・・・・・・ここには・・・・・・いな・・・・・・い・・・・・・」
あれほど騒がしかった周りから、音が消えていくのを、吹雪は感じた。
しれいかんはここにはいない。
声は震え、たどたどしい言葉であっても、如月はハッキリとそう言っていた。
「ここまで付き合わせちゃってゴメン!」
瞬間、天地がひっくり返った。
漣が吹雪を掴んでいた手を離したのだ。
宙を二、三回舞うと、吹雪は地面に背中から落ちた。
激痛が走り、走り続けてきたために乱れた呼吸が、一瞬止まり、声にならない呻きを吐き出す。
痛む四肢に鞭打ち、無理矢理体を起こす。
視界の先には今まで自分を散々引っ張り回した艦娘たちの背中があった。
「待って!」
そんな言葉が出た。
如月は兄の何かを掴んだのだ。
そうに違いない。
あの人たちを追わなくては。
ここにいるよりきっと、あの人達の方が兄に近づいている。
「撃て!」
誰かが叫んだ。
逃げ去る彼女らの周りにいくつもの水柱があがった。
「追え! 逃がすな!」
比較的に軽傷な子が、次々と海へ飛び込んでいく。
吹雪も同じようにしようと、足を踏み出した。
だが、そこで崩れ落ちた。
視界がぼやける。
頭が揺れ、猛烈な吐き気に襲われた。
嫌だ。
行かないで。
兄の事を、知りたい。
あの人達に着いていけばそれがわかる。
待って。
ようやく掴んだ、情報。
ここで行かないと。
風が頬を撫でた。
プロペラの音とエンジンの爆音がいくつも頭上から聞こえてくる。
「蒼龍さんだ! 蒼龍さんの江草隊だ!」
歓声があがる。
そこで吹雪の意識は途絶えた。