流石の精鋭だった。
漣たちの対空砲をかいくぐり、蒼龍の江草隊は如月に向かって爆撃を敢行した。
瀕死の如月に攻撃が迫る。が、直撃はしなかった。朧が咄嗟に体で如月を覆い、庇ったのだ。
「くっ・・・・・・しつこい!」
背中から黒煙を上げながら朧が呻く。
その間も容赦なく、蒼龍の攻撃は続いた。
「赤城さん!」
「大丈夫です、鳳翔さん! すぐに迎撃に・・・・・・」
心配そうに赤城の顔を覗きこんだ鳳翔の顔が、轟音と共に消えた。
一瞬で視界を覆う煙。肌の焼ける音と衝撃。
艦載機の攻撃とは桁違いの威力。
砲撃。しかも駆逐艦や軽巡のモノとは桁が違う。
戦艦。そして戦艦は今の鎮守府に一人しかいない。
「――長門っ!!」
赤城が憤怒して叫ぶ。
だが砲撃は幾度となく、自分達を襲ってきた。
「鳳翔さんは任せるクマ!」
球磨が鳳翔を抱え上げた。
いつも着ている着物が黒く汚れ、頭から血を流している。
意識も失ったのか、体はだらんとうなだれていた。
大破。
それもあと少しで轟沈していたかもしれない。
ここまで容赦ないか。
赤城は体の血が沸騰するような気持ちに駆られた。
蒼龍の爆撃も続いている。
また近くで爆発が起こった。誰がか被弾したらしい。
「畜生!」
夕張が潮を担ぎ上げるのが見えた。
三川艦隊はまだか。
水平線の先を見据えた。機影は今だ見えない。
このままではショートランドに辿り着く前に誰かが死ぬ。
冷や汗が頬を伝った。
今まで何度も修羅場は経験してきた。
だが今回の戦いは今までとは違う。
よく知る仲間からの攻撃。
仇敵である深海棲艦とは何もかもが違っていた。
相手の力量はよく知っている。だからこそ現状がどれだけ不味い状況かも手に取るように分かっているのだ。
この少人数でこれ以上、長門と蒼龍の攻撃から持ちこたえることができるのか。
蒼龍の艦載機が再び爆撃を開始した。
漣が必死で対空砲撃を行うが、撃ち漏らした機体が如月達に迫る。
――不味い!
弓を構え艦載機を飛ばすために指を弦にかけた。
直後、世界が揺れた。
破裂した。背中だ。
弾ける感覚と肉の焼ける香りが鼻孔をつく。
撃たれた。
それを理解したとき、激痛と共に体勢が崩れていく。
足を踏ん張り、何とか体勢を立て直すも頭上からは蒼龍の航空隊が迫ってくる。
先導する多摩と潮を背負う夕張。
動かない鳳翔を抱える球磨。
負傷しながらも如月を支える朧と、それを必死に励ます曙。
ただ一人奮闘し主砲を打ち続ける漣。
轟沈――その二文字が赤城の脳裏に浮かんだ。
「だい・・・・・・じょう・・・・・・ぶ・・・・・・」
か細い声が聞こえてきた。
如月。弱々しいが、はっきりと。彼女が放った言葉だ。
意識を取り戻したのか。
咄嗟に横目で彼女の方へと目を向けた。
ボロボロの如月の肩と指先が動く。
蒼龍の艦載機がそのまま降下し、如月に狙いを定めた瞬間だった。
如月の体が意思を持って、動いた。
抱えていた朧と曙が驚愕で目を見開く。
動けるような体ではないハズだ。
赤城も言葉を失った。
如月の体がさらに動く。
一瞬の油断も許されないはずのこの状況で、如月の動きが鮮明に視界へと飛びこんでくるのを実感した。
「きさらぎに・・・・・・まかせて・・・・・・」
同時に朧と曙が一気に前に押し出される。
如月が二人を押したのだ。
言葉を失った朧が咄嗟に、腕を伸ばした。
曙が如月の名を叫んだ。
いつも如月は微笑を絶やさなかった。
鎮守府の何気ない日常でも。作戦前の夜も。
少女らしいあどけなさと、大人っぽい艶の混じった微笑みを。
優しくて、包容力があって。
姉のような母のような如月の表情が、そこにあった。
如月の笑顔が見えなくなる。
幾つもの水柱が立ち、破裂音と硝煙の香りが辺りを包んだ。
朧と曙。手を伸ばす。
赤城は迫る敵の攻撃も忘れ、如月の元へ急いだ。
視界が晴れた時、そこには誰もいなかった。