気づいたときには二人を突き飛ばしていた。
提督がいると長門が言い続けてきた執務室に、提督はいなかった。
長門が嘘をついていたこと、提督が現状鎮守府にほぼいないこと。この二つが分かっただけでも、今回の作戦には収穫があった。
後はこのことを叢雲達に託せばいい。
ショートランドで同志達と合流し、行方知らずとなった提督を探し出す。
そのためには何としても追撃から逃れなければならなかった。
だが、鎮守府の追撃は想像以上に激しい。手負いの自分を庇いながら逃げるのは、あまりにも不利な戦いであった。
自分が足を引っ張っている。潮や鳳翔が大破した。普段ならあの程度の攻撃に被弾するような艦娘ではないのだ。
状況はドンドン絶望的になっていく。
全滅だけは避けなくては。そう思った瞬間、蒼龍の最後の攻撃が始まった。
自分はこれを自力で回避できる体力など、残っていない。そればかりかこのままでは朧と曙も、道連れになってしまう。
そんな考えが脳裏を過ぎった瞬間、如月は二人を突き飛ばしたのだ。
二人の顔が見える。
こちらを見て、朧が手を伸ばす。曙が名を叫ぶ。
悲しそうな顔をしないで。自分が庇って皆が死ぬくらいなら、自分一人だけの犠牲ですむならそれでいい。
覚悟は、とっくの昔に出来ている。
ずっと昔、『如月』の名前を受け継いだ時から、自分は兵器だと心の奥で言い聞かせた。
艦娘になって、御国を、人々を深海棲艦の手から守る。そのために命を賭ける。
死などいつも隣あわせの存在だったのだ。
だから後悔など無い。後は皆に任せた。
上から何かが落ちてきた。
目の前が真っ暗になり、何も聞こえなくなった。
沈んでいく。
何も見えないし聞こえないはずなのに、はっきりとその感覚が分かった。
それも徐々に消えていき、暗闇の中に自分が溶けて消えていくようだった。
皆は無事に逃げ切られただろうか。
それだけが気になった。
いや、もうよそう。
後は叢雲達に託した。
きっとどこかにいる提督を救い出し、鎮守府を再興に導いてくれるハズだ。
また皆で笑える、そんな鎮守府を。
・・・・・・自分もそこに行きたかった。
黒に染まった視界が晴れてきた。
水平線が見える。その先。
何かが見えた。
島だ。見覚えがある。
緑の生い茂る外観も、波が当たる波止場も、風に靡く旗も、全て知っている。
あれは鎮守府だ。
提督と、仲間達と。共に過ごした鎮守府だ。
いつのまにか戻ってきたのか。いや、そんなハズはない。
未練は無いと、自分に言い聞かせていたが、やはり心の奥底に心残りはあったのか。
あそこに戻らなければ。
あの旗の下、再び仲間達と戦うのだ。
だが帰るべき鎮守府は徐々に遠ざかっていった。
やはり、駄目か。
せめて・・・・・・腹の奥から声が漏れ出た。
――如月のこと、忘れないでね・・・・・・
瞳を閉じた。
冷たく、重い何かが如月の体を包み込んだ。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
不意に温かいものが、如月の体を包んだ。
纏わり付いていた重いものが消え、体が軽くなった。
誰かが自分を抱きかかえている。
驚いて目を開いた。
目の前に知っている顔がある。
ずっとずっと、待ち望んだ人の柔和な顔が、如月を見下ろしていた。
「司令官・・・・・・」
声が漏れた。
如月の言葉を聞いて、目の前の青年はにっこりと笑った。
本物だ。間違いない。
涙が溢れてきた。
「司令官・・・・・・あ、会いたかった・・・・・如月、会いたかったの・・・・・・」
抱きついた。
この人にもう一度、会う。そのためだけに同志を集め、長い時間をかけて準備をしてきたのだ。
「司令官・・・・・・もう離さない・・・・・・これからはずっと・・・・・・ずっと一緒よ・・・・・・」
困ったように提督は笑った。
優しく頭を撫でてくれる。海水で痛んでしまった髪を、愛おしげに撫でてくれる。
それだけで嬉しかった。
「司令官ったら・・・・・・ありがとう、好きよ」
如月の言葉に、提督はどこか悲しげに微笑んだ。
そのまま提督は歩み始めた。
何処に向かっているのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
大好きな提督と、これからはずっと一緒にいられるのだ。
色んな話をしよう。これまでのことと、これからのこと。
お話ししたい事は、山のようにあるのだ。
もう体に纏わり付く闇も重さも、完全に消えていた。
そればかりか、眩いばかりの光が二人を包んでいく。
暖かい。まるで今の如月の心を現わしたように、幸せな暖かみだった。
提督は如月を抱いて進んでいく。
その先には光溢れる世界が広がっていた。