鎮守府の大本営には三本の旗が掲げられている。
一つ目は国旗・日章旗。二つ目は海軍の象徴である旭日旗。三つ目は錨をモデルにした艦娘と鎮守府を現わす独自の旗である。
その三つの旗が、全て半旗となった。
如月戦死。
その報が鎮守府に届いたとき、最も取り乱したのは駆逐艦ら新兵ではなく、軽巡重巡の古参兵達だった。
皆、かつては如月と肩を並べて深海棲艦と戦った仲である。だからこそ、如月との繋がりは強固であった。
嘘だ。何かの間違いだ。そんな怒号が聞こえる。
如月達を追撃したのは身軽な駆逐艦ばかりだった。
そもそも如月が反乱を起こした事自体、古参たちは信じられなかった。提督に対する不満が鎮守府中に満ちていたが、その提督を庇い続けたのが如月なのである。
結果的に彼女たちは追撃に加わらなかった。もし参加していれば、もっと別の結末があったかもしれない。
追撃部隊は突然横から突っ込んできた三川艦隊によって、大打撃を被り撤退を余儀なくされたのだ。
その後三川艦隊も姿をくらまし、被害の大きい鎮守府は捜索を打ち切ったのだ。
何かの秘密を知る如月を討ち取った。それが一番重要なのだろう。
鎮守府内の被害も甚大であり、艦隊を送る余力も無かったのである。
長門は傷の浅い艦娘達に、破壊された鎮守府の復旧作業を命じた。
如月が轟沈して、既に数時間が経過したときのことであった。
吹雪が医務室のベッドの上で目が覚めたときには、すでに混乱は収まっていた。
身体に異常は無く、吹雪はすぐに医務室から出て外に向かった。鎮守府内はあちこちが壊され、先程までの戦闘の傷跡が生々しく残っている。
駆逐艦たちが復旧作業や負傷した艦娘の手当をしていた。その中で吹雪は、長門に掴みかかる重巡たちの姿を捉えた。
言い争っている。足柄と川内が怒声を上げなら長門に詰め寄り、姉妹艦達に抑えられている。
一方の長門は、憔悴しきったような顔で何か反論しているようだった。
だが彼女も限界だったのか、皆から顔を背けるとそのまま大本営に下がっていった。最上階は砲撃で破壊されたが建物自体は、まだ健在だったのだ。
その日は結局、長門がそこから出てくることはなかった。
吹雪は何だかいたたまれない気持ちになって、その場を離れた。
その先で、復旧作業を行う夕立を見つけて、駆け寄った。
彼女の口から如月の死を聞いた。吹雪もさすがに信じられなかった。だが、そのことを伝えて涙を流した夕立を見て、その事実を実感したのであった。
吹雪自身も悲しさがあったが、それ以上に睦月のことが心配だった。姉妹艦であり親友でもあった如月が轟沈したのだ。その心境は想像に絶する。
必死に姿を探した。
鎮守府中を駆け回り、ようやく波止場の所で睦月の姿を見つけた。
座ったまま、海の方向を真っ直ぐ見つめている。
「・・・・・・睦月ちゃん」
背中に向かって声をかける。睦月は振り向かなかった。
既に日が水平線に沈み、辺りは紅から闇に変わりつつある。
無言で親友が散ったであろう方向を眺める彼女からは悲壮な哀愁が立ちのぼっていた。
かつて自分もこうだった。
吹雪はそう思った。
父を失った時、自分も毎日波止場で待ち続けた。帰ってくるはずのない父を。
死とはなんだろう。
吹雪は常に考えた。
親しい者が死ぬ。それは突然やってくる。
当たり前のように近くにいた人間が、いなくなる。
その悲しみは筆舌にしがたい。
まるで世界が崩れ落ちたように、何もかもが真っ黒に染まる感覚。
だがそれも月日が経てば消える。
慣れるのだ。大好きな人がいない日常に。
しかし決して忘れる事は無い。
ふと突然。何かの切欠で思い出し、無性に悲しくなるのだ。
「睦月ちゃん・・・・・・」
吹雪はそのまま後ろから睦月を抱きしめた。
慰める言葉など、力にはならない。
今の悲しみをどう乗り越えるかは、睦月次第なのだ。
やがて睦月の肩が小刻みに震え始めた。
吹雪は無言で、抱きしめる力を少しだけ強くした。