提督が姿を隠し長門が事実上鎮守府の実権を握ってから、古参兵たちと長門は上手くいってなかった。
古参兵たちは如月を差し置いて秘書艦になった長門に良い感情を抱いていなかったし、長門もまた自分に反発する彼女達を疎ましく思っていた。
そんな両者の関係を上手く取り直していたのが如月であった。
その如月がいなくなれば、鎮守府の均衡はどうなってしまうのだろうと新兵達は心配した。
悪い予感はすぐに的中した。
如月戦死から二日後、古参兵達は妙高を中心に長門への反抗を決めた。
同じ古参兵でも加賀は赤城達との関係を疑われ尋問中。蒼龍は如月を轟沈させた自責の念からか、自室に籠もっている。
重巡最古参・利根は自室で如月の喪に伏し、妹の筑摩もそれに従っていた。
妙高は彼女らに次ぐ、古参である。
彼女はどちらかという穏健派で、熱くなりやすい妹や後輩達を如月と共に宥めることが多かった。
そんな妙高が直々に提督と長門に物申すと言い始めたのだ。さすがの妹たちも面食らった。だが同時に頼もしくもあった。
普段はお淑やかで冷静な分、怒った妙高は凄まじかった。
静かな激情である。それは怒り狂う者よりもはるかに脅威だった。
那智と足柄。普段は大人しい羽黒も付き従うことになった。
そこに川内三姉妹と、高雄・愛宕が加わる。
総勢9名。
新兵よりもはるかに少ないが、精鋭中の精鋭だった。
吹雪はその日、いつも通り早朝ランニングをするために外に出ていた。
朝は少し寒い。
吹雪は震える体に鞭打って、走り始める。
こんな時に。とも思ったが、このようなときだからこそいつも通りにしようと吹雪は考えたのだ。
グランドを一周してふと一息ついた時、吹雪は大本営に向かう妙高達の姿を見つけた。
挨拶をしようとして、その異様な雰囲気に息を呑んだ。
全員が皆、艤装を装着している。
いつもの優しげな表情は消え失せ、戦闘時のような鋭く刺さるような雰囲気を醸し出していた。
少し前に見た、第七駆逐隊や如月と同じ顔だ。
寒気を感じる。
体は走って温まってきているはずなのに、氷のように体が冷えていくのを本能で感じた。
気が付けば吹雪は皆を跡をついて行っていた。
見つからないように距離取りながら・・・・・・そう思っていると川内が顔は前を向いたまま、こちらに視線だけを向けた。
――来るな。
彼女の瞳はそう語っていた。
吹雪は思わず立ち止まった。川内はもうこちらに視線を向けることはなかった。
「何のつもりだ妙高」
大本営に向かう階段の上で、長門は妙高達を見下ろしていった。
その両目には深い隈が刻まれている。顔色も悪く、疲れが全身から滲み出ていた。
長門の周りには所謂長門派と呼ばれる新兵達が主砲を構えて、妙高達に向けている。
「貴方に用は無いわ長門。提督にお話があるの。通して欲しいわ」
「駄目だ。誰も通すなと言う命令だ」
「今の状況を分かっていないわけがないでしょう。漣ちゃんたちの反抗。如月さんの最期。この鎮守府始まって以来の非常事態にいつまでも指揮官が姿を見せないのはおかしいでしょう」
「その如月は提督が最も信用していた艦娘の一人だった。だが奴は裏切った」
「私はそう思いません。如月ちゃんは最後まで提督の事を想って行動した。間違ってはいましたが」
「裏切り者が報いを受けた。それだけだ」
「それは長門、貴方の考えでしょう」
「提督も同じお考えだ。私は提督のお言葉を代弁しているに過ぎん」
「信じられないわ。提督から直にお言葉を貰わなければね」
「お前達のように忠臣面をする古参を提督は疑っておられる。裏切るのではないのか、とな」
「私達が知っている提督はそんな小心者ではなかったはずよ。長門、貴方だって分かっているでしょう」
「妙高、これが最後通告だ。提督は誰にも会わん。今すぐ皆を連れて持ち場に戻れ」
「悲しいけれど、決別の時がきたようね」
妙高の貌が変わった。
空気が急激に冷え込んでいく。新兵達は想わず唾を飲み込み、体を震わせた。
「貴方をここで倒してでも、提督の元へ行かせて貰うわ」
ゆらり、と妙高が右手を挙げると皆が一斉に主砲を構えた。
長門の目が見開かれる。
一触即発。
どちらが撃つか。そんな時だった。
爆音。
その場に響いた。
どちらでもない。全く別の場所からの破裂音。
長門も妙高も周りの艦娘達も、一斉にその音の方へ顔を向けた。
「しばらく見ないうちに」
白煙を上げる主砲を掲げながら、その女性は言った。
「随分と鎮守府は荒れたようデスね」
妙な外国訛りの混じった独特の言葉使いで彼女は続けた。
「長門。詳しく話を聞かせて貰うネ-」
長門に鋭い視線を向けながら、戦艦・金剛はゆっくりと皆のいる方に足を進め始めた。