この小説の金剛はかなり理知的になってしまいました。
あと長門と榛名好きの読者の皆様には申し訳ありません。
金剛はかつて長門と如月の後任を争った艦娘である。
戦艦の中でも最古参。持ち前の明るさと面倒見の良さで皆からは慕われ、実力の高い。
秘書艦として遜色のない人選だった。
だが提督は長門を選んだ。
金剛は秘書艦として鎮守府で事務仕事をするよりも、各地を回って艦娘達と接したほうがいいと考えたからだった。
それに金剛は秘書艦としてじっと仕事をこなすのは性に合わないだろう。
金剛自身も提督の言葉に納得し、長門に任せて鎮守府を離れていった。
この頃は長門も真面目で誠実であり、金剛は彼女が秘書艦に選ばれたことに何の不満を覚えていなかった。
だが最近になって鎮守府と長門の噂を聞いた金剛は、自分が選択を誤ったのではないかと思い始めていた。
金剛は自分が秘書艦であったかもしれないという自負があった。自分ならここまで鎮守府を迷走させないという意思も、また。
それでも金剛が何も行動を起こさなかったのは、提督への恩義があるからであった。
また戦艦筆頭である自分と長門が対立すれば、さらに鎮守府が混乱するという危惧もあった。
だが如月轟沈の報を聞き、彼女の中で何かが切れた。
これ以上傍観は出来ない。そう考えた金剛は、各地に散っていた姉妹艦達を集めて鎮守府に帰還することにしたのである。
「金剛さん!」
「金剛先輩!」
妙高達が歓声を上げた。
長門と同じ戦艦で、第一遊撃部隊に次ぐ重鎮である。
「皆、久しぶりネ。色々あって帰ってきましタ-」
皆に囲まれ金剛は柔和な笑みを浮かべた。
「色々と、ネ・・・・・・」
だが長門に対しては厳しい視線を向ける。
周りの艦娘達も思わず息を呑んだ。
「金剛、よく帰ってきてくれた。比叡、榛名、霧島も久しぶりだな」
長門も口調自体は普段通りだが、刺々しさが態度の節々に滲み出ていた。
「長門、お話がありマース」
「勿論だ。私もお前達に話さなければならぬことがある」
長門は周りにいた部下達を下がらせて、踵を返した。
金剛も無言で頷くと妹たちを率いて、大本営へと入っていく。
「金剛さん!」
妙高が叫んだ。
金剛は少しだけ微笑むと、手で彼女を制して長門の後ろを追っていった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・以上が如月の乱の顛末だ。我々としても彼女を轟沈させるつもりはなかった。しかし結果として如月は死に、共犯者達は逃走した」
長門と金剛四姉妹の五人だけで話し合いは行われた。
まず最初に聞いたのは今回の事件の詳細であった。
金剛は如月の計画を知らなかった。知っていたらきっと協力したであろう。しかし運命のかみ合わせの悪さか結局、金剛達と如月達の同志が接触することは無かったのだ。
如月の死を当初四人は信じられなかった。
長年の友である。
しかし今、はっきりと彼女が非業の死を遂げたことを長門の口から聞き、四人は涙を滲ませて如月を惜しんだ。
「ショートランドはどうなっているのですか?」
霧島が尋ねた。
第七駆逐隊や三川艦隊の行動から、ショートランドの叢雲がこの件に絡んでいることは明白であった。
そればかりか、逃亡した彼女達を今も匿っている疑惑がある。
「我々が説明と逃亡犯の受け渡しを求めているが、沈黙を貫いている。これ以上、鎮守府の命令を無視するようであれば、実力行使もやむを得んかもしれない」
「テートクはお変わりないでしょうネ?」
金剛が言った。
長門の眉がピクリと動いた。
「提督は以前から現鎮守府及び艦娘たちに不信感を募らせていた。それが今回の件でより一層、深くなってな」
「不信感、デスか。テートクが私達を疑うとは思えませんガ」
「このところ軍の介入が甚だしく、提督は心を痛めておられた。特に今は艦憲兵を筆頭とした海軍本部の犬もいる。心安らげることがないのであろう」
「それは貴方のことではないデスか、長門」
「・・・・・・何が言いたい」
空気が張り詰めた。
長門と金剛は睨み合い、霧島は黙って瞑目している。比叡は今にも長門に飛びかかりそうになるのをグッと堪えている感じであった。ただ一人、榛名だけが微笑みながら出された茶を啜っている。だがその笑みは明らかに張り付いたモノであった。
「テートクが姿をお隠しになり、貴方が鎮守府の全てを指揮するようになった」
「私がこの鎮守府の秘書艦として、提督に任せられた。当たり前であろう」
「第一遊撃部隊の如月ちゃんをないがしろにして、デスか?」
「・・・・・・今思い返してみれば、如月は不審な点が多々あった。他の駐屯地にいる艦娘と密通し、何かを企んでいるようであった。そして現に反乱を起こした」
「反乱デスか。だがそれはちょっと違うと思うネ」
「違うだと?」
「ええ。如月ちゃんはテートクのことを思い、貴方を油断ならない存在として考えて行動を起こしたのでは」
「何だと! 金剛、貴様、この長門を疑うというのか!」
長門が激高して立ち上がり、金剛を護るかのように比叡も立ち上がった。
「いえ、長門のテートクに対する忠誠心は疑っていないネ。共に戦った仲だからネ」
金剛は淡々と言葉を続けていく。
「かつては私も貴方も如月ちゃんも、戦場のbestpartnerだったネ。それがいつからか貴方は皆を遠ざけすぎたんじゃないデスか」
「・・・・・・・・・・・・」
「テートクの身に何があったのかは知りまセンが、一言でもそのことを如月ちゃん達に相談しましたカ? 秘書艦の重責に潰れ、一人で抱えこんだのではないデスか?」
「金剛、私はな」
「その態度が如月ちゃんの不信に繋がり、膨れ上がって爆発した。私はそう考えているネ」
「・・・・・・・・・・・・」
拳を振るわせて長門は下を向いた。
金剛は少しだけ怒気を緩めた。
「話して下サイ。テートクに何があったのか。どこにおられるのか。それさえ分かればこれからのこともお話出来マース」
長門は考えているようだった。
渋面を作り、額から汗を滲ませている。
「・・・・・・それは出来ん」
絞り出すような声が出たのは数分経過した後だった。
「提督の、命なのだ。決して言うなと。この長門。提督の勅命を無碍には出来ぬ」
「長門、お前っ!!」
掴みかかろうとする比叡を金剛が制した。
「そこまで言うのなら何も言いません。けど私達はここに残らせて貰うネ」
「好きにしろ。ただしここにいる以上は私の命令に従って貰うぞ」
「ええ。貴方の命令はテートクの命。ですものネ。だけど」
金剛が立ち上がった。
「これ以上、秘密主義を貫くのなら私達も考えを改めマス。どちらかと言えば私は妙高たちの気持ち寄りデスからね」
如月亡き後、この鎮守府の旧臣たちを纏められるのは金剛であろう。
しかし長門にとってはある意味、如月や妙高よりも厄介であった。
同じ戦艦で実力も拮抗し、戦歴では金剛の方が上なのである。
それでも提督に対する信頼は厚く、如月のような行動は起こさないであろうという思いもあった。
金剛は裏で策を練れるようなタイプではない。もし反抗すのであれば堂々と半旗を翻すであろう。
まだ、大丈夫だ。
むしろ彼女達が叢雲達と合流するのを防げたのは不幸中の幸いである。
長門は自分にそう言い聞かせ、内心ほぞを噛んだ。
「ああ、美味しかった。やはり鎮守府のお茶は格別ですね」
今まで沈黙していた榛名が突然口を開いた。その手元には空になった湯飲みが置かれている。
「こんな美味しいお茶でしたら、扉の外にいる皆さんにも分けてあげたらどうしょう?」
長門の顔がサッと青ざめた。
万が一のため、長門が重用する艦娘を数人、秘密裏に待機させていたのだ。
「金剛お姉様はお優しい方です。まだ長門さんを信じてみようと思うのですね。榛名も妹である限り、お姉様に従います」
非常に丁寧に榛名は立ち上がると、長門に向かって一礼した。
「しかし、席次では金剛お姉様、扶桑先輩に次ぐ3番目の戦艦だった長門さんも偉くなりました。第一遊撃部隊の皆も抜く如くの勢い。もう長門さんは鎮守府の実質的な支配者かもしれませんね」
「榛名、何が言いたい」
「いえ、榛名は愚直故、思ったことを口にしてしまっただけです」
「榛名、もう辞めるネ。長門、妹が失礼したネ。私達はそろそろお暇します。妙高達が暴れるかもしれないから、釘を刺しておかないと」
霧島も無言で立ち上がった。
四人はそのまま出口に向かって歩いて行く。
「これから如月ちゃんを悼もうと思いマス。私達にとっては何時までも大切な仲間デスからね」
そう言うと金剛は長門の方に一瞬、鋭い視線を向けた。
「貴方も同じだと信じています」
それだけ言うと四人は出て行った。
残された長門はただ黙って俯いていた。
長門は自分が金剛達の反感を買っていることは知っていた。
だが長門はここまで彼女達が露骨に反感を示してくるとは思わなかった。
金剛達が実力行使に出てくる前に、何とかしなくては。
これ以上、鎮守府を混乱させることは出来ない。
長門はジンジンと痛む頭を押さえながら、部屋を後にしたのだった。
ショートランド泊地に今回の件で詰問に向かった能代が、叢雲達に囚われたのはその翌日の事だった。
叢雲は堂々と提督に半旗を翻し、ショートランド近海を制圧し始めた。
旧臣である第一遊撃部隊と長門の両派閥の対立が遂に一線を越え、大きな渦となって噴出したのであった。