艦憲兵は基本、艦娘が駐屯する泊地に派遣されているが、いくつか例外もある。
叢雲率いるショートランド泊地も、その一つであった。
艦娘は基本、人間ではなく艦娘という別枠的な扱いを受けており、軍属の階級を持っていない。
一方、艦憲兵はまがいなりにも軍人の端くれである。当然、階級がある。
そして艦娘は軍人よりも立場が低いというのが暗黙の了解であった。
だからこそ艦憲兵は艦娘に対して、横暴に振る舞う。だが叢雲達第一遊撃部隊のメンバーは少々厄介だった。
叢雲達は提督から独自行動権を与えられている。
これは提督の判断無しに独自の行動を行えるというものであったが、この効力についてはまだハッキリ決まっていなかった。
提督は人間であり階級も高い。全ての艦憲兵よりも、上の立場なのだ。そんな彼に認められた艦娘となっては、艦憲兵も迂闊に手は出せなかった。
気の強い叢雲は艦憲兵がショートランドにやってくるとすぐに対立した。
そして艦憲兵をショートランドから追い出してしまったのだ。
艦憲兵たちはやむなく、ショートランドの近場の島に拠点を作り、そこで叢雲達を監視した。
しかし、実際にそれは形骸化したものだった。
ここの艦憲兵たちは必要以上にショートランドと関わらなかった。
叢雲への怒りもあったが、恐怖がそれに勝った。
人類が全く対抗できなかった深海戦艦。それを駆逐したのは彼女達なのである。
深海棲艦以上の脅威。
艦憲兵の中にはそう考えている者も多くいたのである。
その日、ショートランド担当の艦憲兵達は、いつもと変わらない日々を過ごしていた。
監視と言っても、泊地内に入れないのではやれることも少ない。
ただ、定期報告をするだけ。そんな日々がもう数ヶ月も続いていた。
平坦な日常は人を腐らせる。ここの艦憲兵達も同じであった。
ショートランドから艦娘が数人、抜錨した。
いつもの哨戒任務だろう。そう彼女達はタカをくくっていた。
鎮守府での動乱は長門が隠していたので、ここには全く伝わっていなかったのである。
艤装を纏った艦娘達が乗り込んできて、ようやく艦憲兵達は事の異常性に気が付いたが、後の祭りだった。
人間と艦娘では身体能力の差がありすぎる。
艦憲兵の拠点は瞬く間に、ショートランドの艦娘たちによって制圧されたのだった。
「叢雲ちゃん! 奇襲成功の報が深雪ちゃんから届きました! 艦憲兵達も全員、確保です!」
白雪がそんな報告をしたのは、鎮守府から能代が叢雲を詰問しに訪れた直後であった。
「よし。まず出だしは好調といったところね」
突然のことに能代は目を見開いて、叢雲に詰め寄っていく。
「ど、どういうこと!? 一体、何をしているの、貴方は?」
能代は逃亡した第七駆逐隊と内通した夕張達。さらにそれを助けた三川艦隊がこのショートランドに逃げ込んだ疑いがあるため、それを探りにやって来た。
だが叢雲に顔を合わせた直後に、そんな報告が飛び込んできたのである。
流石に冷静な能代も激しく困惑した。だがそんな彼女を叢雲は冷ややかに見つめると、淡々と告げた。
「近場にあった艦憲兵の拠点を潰したのよ。目障りだったから」
「な・・・・・・何を馬鹿な事を! 貴方がやっているのは軍部への反抗ですよ!? 海軍本部が何て言うか・・・・・・」
「そんなの分かっているわよ。私達の目的は鎮守府と艦憲兵への反抗なんだから」
能代は絶句した。
当然のように叢雲は提督と海軍への叛意を口にしたのである。
不味い。大変な事になる。
すぐにこの事を鎮守府に伝えなくては。
そこまで考えたとき、能代の首筋に冷たいモノが押し当てられた。
叢雲がいつも手にしている槍だ。
さらに能代に周りにはいつの間にか艤装を展開した駆逐艦達が、彼女へ主砲を向けていた。
「む、叢雲・・・・・・」
「能代。アンタはどうする? 私達と一緒に、鎮守府と戦う?」
「・・・・・・・・・・・・」
本気の目だった。
本当に叢雲はここで反乱を起こす気なのだ。
如月の乱は所詮、内乱程度のものだった。しかし、叢雲がここで蜂起すれば全艦娘を巻き込んだ大乱になる。それを理解出来ぬ能代ではなかった。
「・・・・・・能代は提督に忠誠を誓っています。貴方の下には入りません」
能代とて誇りがあった。
提督の下で戦う艦娘という誇りが。
だがそれは叢雲もまた、同じであった。
「私もよ。提督とかつての鎮守府を取り戻す。そのための戦いよ・・・・・・いや、それだけじゃない」
叢雲は大きく息を吐いて言った。
「如月の弔い合戦でもある・・・・・・連れていきなさい」
叢雲の一言で、周りの駆逐艦達が一斉に能代を捕縛した。
能代は悔しそうに唇を噛みしめて俯いている。
駆逐達に先導され、能代はショートランドの執務室を後にした。
「賽は投げられた・・・・・・出撃よ!」
檄が飛んだ。
ショートランドから各駐屯地に、赤城・翔鶴・鳳翔といった正規空母達が艦載機を飛ばしていく。
そこには現鎮守府と提督への怒り。かつての栄光の懐かしみ。そして如月の死の悲しみが込められていた。
提督が姿を隠してから約一年。
如月の死によって貯まっていた不満は爆発し、旧臣達は動き始めた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・そうか、いよいよ始まりおったか」
パラオ泊地。
その執務室内で初春は呟いた。
「子日達も動くの?」
初春の前には姉妹艦達が待機していた。
子日。若葉。初霜。
皆、初春の腹心であり親友とも言える妹たちであった。
「いや、すぐには動かん。トラックの五十鈴もおるしな」
そう言いながら初春は書簡を三つ。机の中から取りだした。
「じゃがその前に皆に頼みたいことがある」
初春はそのまま書簡を三人に渡していく。
「わらわ達、第一遊撃部隊。六人中、一人が旅立ち、二人は動いた。残り三人にそれぞれこれを届けて欲しい」
今回で動いた叢雲・如月・初春の三人は第一遊撃部隊の中でも、革新的なメンバーだった。
提督のために自分で動き、時には正す。だが残りの三人は違った。所謂、保守的。どこまでも提督を信じて忠義の道を進む。蒼龍と同じタイプだった。
「今回のことを説明し、それを元にこれからどう動くか。それを判断して欲しい。そう願って書いた。子日は長月。若葉は不知火。初霜は電。それぞれに頼む」
三人は頷くとすぐに散っていった。
残された初春は静かに椅子に腰掛け、物憂げに言った。
「・・・・・・如月よ。とうとう始まってしまったぞ。どうやらわらわはお前の所にはいけそうにない」
最後まで忠誠を尽くし、仲間を守って散った如月はきっと天国にいるだろう。
だが自分はそこにはいけない。
どんな理由があれど、明確に自分は提督に牙を剥く決断をした。
この世で最も尊敬し、敬愛した男と戦うかもしれないのだ。
「提督よ。お互い、再び相まみえるのは地獄かもしれんなぁ」
人知れず、初春は小さく呟いた。