まる一日、経過した。
その短い間にも、ショートランド離反の話は瞬く間に鎮守府中を駆け巡った。
軍事的にも最重要拠点の一つであり、第一遊撃部隊の旗艦であった叢雲が反乱を起こしたのだ。
ただでさえ如月の乱の直後である。
鎮守府の歴史を創った最大の功労者が歴戦の戦士を従えて、反旗を翻した。
これだけで鎮守府の艦娘たちを動揺させるのには充分だった。
長門は勿論のこと、金剛を始めとする古参兵たちは大きく衝撃を受け、新兵達もかつての英雄達が敵となるかも知れないという不安に恐れおののいた。
ただちに編成が再編された。
表向きは対ショートランドのためということだったが、編成の構成を見た多くの古参兵達は眉をしかめた。
姉妹艦や付き合いの深い艦娘同士が、軒並み離ればなれになっていたのだ。
金剛四姉妹は勿論、多くの姉妹艦たちがバラバラに配置された。
古参兵達が結託するのを防ぐための露骨な編成であることは、誰の目にも明白であった。
吹雪の所属する第二水雷戦隊も解散の命が下った。
たった数日間の編隊であったが、それでも吹雪にとっては初めての仲間である。
胸が痛んだ。
だがそれ以上に、不安が吹雪の胸中で渦巻いていた。
吹雪の新しい配属先が原因である。
第五遊撃部隊。
その名前を聞いたとき、吹雪は一瞬自分の耳を疑った。
遊撃部隊の名がこの鎮守府でどのような意味を持つか、新入りである吹雪だって知っている。
提督から信頼を得た艦娘たちで構成される部隊。提督の命令が無くとも、独自の判断で動くことを許された精鋭部隊。
それが遊撃部隊だった。
艦娘達にとって、遊撃部隊に選ばれることがとても光栄であり、誇らしいことである。
それ自体が提督の信頼を得ているという証だからだ。
第一遊撃部隊が未だに艦娘達の間で絶大な支持を得ているのは、一番最初にその権利を得たからである。
それ以降、遊撃部隊は第四部隊まで結成されたが、メンバーが全員同じのまま大規模作戦終了まで活動したのは、第一遊撃部隊だけだった。それもまた、彼女達への畏敬へと繋がった。
第二遊撃部隊からは行う任務によってメンバーが入れ替わることが多かった。
それでも旗艦だけは固定されていた。
第二遊撃部隊・旗艦、五十鈴。
第三遊撃部隊・旗艦、瑞鳳。
第四遊撃部隊・旗艦、利根。
彼女達は未だに鎮守府内で影響力が強く、皆から一目置かれている。
それも遊撃部隊の旗艦を務めたからだった。
遊撃部隊というのはそれ程に特別な存在なのである。
だが今回の第五遊撃部隊は今までと勝手が全く違っていた。
そもそもこの鎮守府にやって来たばかりの自分が選ばれることが奇妙なことだと、吹雪は当初思っていた。
しかしそれ以上に驚いたのは、他のメンバーだった。
まず、金剛。
言わずと知れた大先輩だ。遊撃部隊に選ばれても全く不思議ではない。現に今まで彼女は第二・第四の遊撃部隊で戦っていたこともある。
おかしい人選ではない。だが他の金剛型の姉妹から離されたのは、本人も不服そうであった。
次に、加賀。
彼女も戦歴から考えればおかしい人選では無かった。噂では瑞鳳率いる第三遊撃部隊で戦っていたこともあるらしい。
しかし現在、加賀は非常に苦しい立場にある。
如月の乱に加担した鳳翔・赤城と加賀は深い親交があった。当然、加賀も事件への関与が疑われ、尋問を受けた。証拠が不十分であるため、釈放されたが長門たちには疑われているようだった。
そんな彼女が選ばれたのだ。
時期的には何かおかしく感じてしまう。
金剛と加賀。
歴戦の勇士で、尚且つ今の提督と長門にとっては扱いづらい存在。
その二人が新しい遊撃部隊に抜擢された。
吹雪が訝しく思うのも当然であった。
小さな疑念が吹雪の中でさらに大きくなったのは、残りのメンバーの名前を見たときだった。
――瑞鶴、大井、北上。
如月の乱の直後に、鎮守府に召集された艦娘たちだった。
瑞鶴は姉、翔鶴が在ショートランドにいるらしく、叢雲達に加担している疑惑がある。
大井は元々、古参兵の一人であったが現在の鎮守のやり方で長門と対立し、一度鎮守府から出奔した身であった。
提督だろうが長門だろうが面と向かって非難する大井を宥めるのが北上の役目であり、大井が素直に言うコトをきく唯一の存在が北上だった。だが、その北上も現在の鎮守府には批判的な所があった。
そんな三人である。
明らかに現在の提督から見れば、厄介な艦娘ばかりだった。
その中に吹雪は放り出されることになったのだ。
厄介者の寄せ集め。その数合わせに選ばれたとしか思えなかった。
そして何よりこの遊撃部隊の異様な所は、旗艦が指名されていないということだった。
「邪魔な艦娘を体よく隔離したわね」
大井がはっきりと言った。
第五遊撃部隊の顔合わせ中の出来事である。
仏頂面の加賀と瑞鶴。つまらなそうな北上。明らかに不機嫌な大井という、吹雪にとっては地獄のような空間であった。
「私は北上さんの一緒であればどこであろうとも天国だけど、こんなに露骨な事をされては腹が立つわ。全く、提督は何を考えているのかしら・・・・・・」
そこからはブツブツと何やら呟き始めた。
一度、鎮守府のことでやりあって以来、大井と長門は犬猿の仲らしい。召集されこの鎮守府に戻ってきたときも、大井は如月の件で激怒して長門に掴みかかり、北上に止められたという噂だった。
「大井っちったら考えすぎだってー。偶々だよーたまたま-」
抑揚の無い声で北上が言った。普段から飄々としている彼女は掴み所の無い印象の艦娘だった。
「金剛さん、遅いね」
瑞鶴が呟いた。
五航戦として翔鶴と共に活躍した艦娘と吹雪は聞いていた。
端整な顔立ちと鋭い目付きから、持ち前の気の強さが伝わってくるようだった。
「皆サーン!! お待たせしましター!」
勢いよく金剛が入ってきた。
重苦しい雰囲気だった室内が、幾らか和らいだ気がする。
金剛はこれから部隊を組む皆の顔を一人ずつ見ていった。
やがてその大きな瞳が部屋の隅にいた吹雪へと向いた。
「oh! 貴方が吹雪ですネ! 初めましテ! 英国で生まれた帰国子女の金剛デース! ヨロシクオネガイシマース!」
金剛は満面の笑みを浮かべると、吹雪の手を取ってブンブンと握手した。
「あ、えっと、吹雪です! よろしくお願いします!」
吹雪が緊張しながら敬礼すると、金剛はにっこりと笑った。
「これから同じ部隊の仲間! 一緒に頑張りましょうネ!」
これが吹雪と第五遊撃部隊の戦いの始まりでもあった。