大淀が報告書を持ってきた。
リンガ泊地で起こった反乱についてまとめられている。長門は神妙な面持ちで報告書を受け取ると、苦虫を噛みつぶしたような顔で目を通していく。
最初に報告を聞いたときはまさか、と思った。
瑞鳳は軽空母最古参である。
鎮守府の中では穏健派であり、提督への忠誠心も厚い。現在の鎮守府に対して良い感情は持っていなかったが、反乱に加担するような苛烈さは持っていない艦娘だった。
それが何故・・・・・・と思ったが反乱の首謀者は瑞鳳では無く、姉の祥鳳だった。
祥鳳は瑞鳳の副官としてリンガ泊地に着任していた。
姉妹仲は良好で、だからこそ瑞鳳は祥鳳を副官に任命したのだ。
この祥鳳が赤城達と内通していたのである。
瑞鳳も祥鳳も現在の鎮守府には否定的だった。だが瑞鳳は提督への恩義から、多少の抗議はするものの、鎮守府の命令に逆らうことは無かった。元来、人当たりの良い性格のため、派遣された艦憲兵たちともそれなりに上手くやっていた。
だが祥鳳は違った。
彼女は視察という名目でリンガを訪れた赤城と加賀に計画を話され、その志に共感して同志になったのだ。
二人がリンガを去った後は、泊地内の信用できる艦娘を計画に引き込み、同志を増やしていった。
だが祥鳳は決して瑞鳳に、この計画のことは話さなかった。
第三遊撃部隊旗艦まで務めた妹である。
提督に対する忠誠はリンガ泊地の中で一番、深い。
どんな大義名分を掲げようと鎮守府への反乱など、瑞鳳の目には提督への謀反にしか映らないであろう。
それが祥鳳にはよく分かっていた。
祥鳳は瑞鳳に気づかれぬよう巧妙に活動を続け、同志をリンガ内で増やしていったのである。
現鎮守府に対する不満と祥鳳の人柄もあって、ほとんどの艦娘が活動に参加した。
如月の乱が起こったのはそんな時であった。
その衝撃と顛末は、リンガ泊地に大いなる動揺を与えた。
瑞鳳祥鳳は勿論、如月と共に戦った艦娘はこのリンガにも多く配属されていた。
皆が如月の死を悼み、そして鎮守府への怒りを表した。
直後にショートランドが蜂起した。
リンガはショートランドとは対局の位置にあり、もしここで反乱を起こせば鎮守府を挟み撃ちに出来る可能性があった。
今しかない。
祥鳳はそう思った。叢雲とは連絡を秘密裏に取り合っていたが、反乱が起きてからは自分の判断で動くように話がついていた。
問題は瑞鳳だった。ショートランド謀反の報を聞いた後、祥鳳は執務室に向かった。瑞鳳は一人、執務室で静かに瞑目していた。
「瑞鳳、ショートランドが・・・・・・」
「聞いたよ。叢雲ちゃんが反乱を起こしたって」
瑞鳳は沈痛な面持ちで答えた。目にうっすらと隈が滲んでいる。
「なんてことを・・・・・・味方同士で争っている場合じゃないのに・・・・・・」
「・・・・・・瑞鳳、私達はどうするの?」
瑞鳳の瞳が祥鳳へ向いた。姉妹の視線が絡み合い、空気が少々だが強張った。
「ショートランドの反乱は見過ごせないものがあるけど・・・・・・今はこのリンガを守ることが優先よ。深海棲艦だってまだ壊滅させたわけじゃない。鎮守府が混乱している今こそ、しっかりと重要拠点を死守しなきゃ」
瑞鳳が同士になることは永遠に無いであろう。祥鳳は彼女の言葉でそう悟った。
「皆も浮き足立っているわ。宥めてこないと」
祥鳳はそれだけ言うと、執務室を出た。
そのまま作戦会議室に向かうと、同志達が待っていた。
「祥鳳さん、瑞鳳さんは?」
綾波が尋ねてきた。祥鳳は無言で首を振った。
「あの子の考えは変わらない・・・・・・決行よ!」
周りの駆逐達が頷いた。
彼女達は艤装を纏うと、祥鳳を先頭に執務室へと向かった。
勢いよく扉を開け、少女達は一斉に瑞鳳へ主砲の先を向ける。
突然のことにさすがの瑞鳳も動きが遅れた。
困惑する彼女の前に姉が現れて、艦載機を発進させる弓を構えたのだ。
「しょ、祥鳳! 何のつもり?!」
「・・・・・・瑞鳳。単刀直入に聞きます。叢雲ちゃんに協力する気は無い?」
その言葉を聞いた瞬間、瑞鳳は全てを悟った。
「正しい鎮守府を取り戻す。私達のためにも、そして提督のためにも」
「・・・・・・こんなの間違ってる。弓を降ろして、祥鳳。今なら何も見なかったことにするから・・・・・・」
「もう遅いのよ、瑞鳳。もう何もかもが始まってしまったの」
流石の瑞鳳でも軽空母と数人の駆逐艦たちに丸腰では勝てる自信は無かった。
だがそれでも、自分はこのリンガ泊地の指揮艦であるという誇りもあった。
「私は絶対に提督の敵にはならない。例えどんな事が起きようとも」
「・・・・・・そう言うと思っていたわ。だから地下に少し入っていてもらう」
地下には軍規違反者が入れられる独房があった。
駆逐達に連行され、瑞鳳は部屋を後にする。
「後悔するわよ」
瑞鳳は言った。
「ごめんなさい。でも、覚悟の上なの」
祥鳳はそう言うと、妹を見送った。
艤装を拘束され、瑞鳳は丸腰のまま独房に入れられた。
勿論、祥鳳達は瑞鳳に危害を加えるつもりは毛頭無い。作戦が終わるまでここに軟禁しておくのが、目的であった。
だが、このリンガ泊地の艦娘が全てが祥鳳に賛同しているわけではなかった。
瑞鳳は慕われていた。そんな彼女に対する今の扱いに不満を持つ者もいたのである。
深夜、瑞鳳の独房がゆっくりと開いた。
中で座していた瑞鳳は突然のことに驚いて、立ち上がった。
「ず、瑞鳳さん。迎えにきました」
三日月と菊月だった。
後輩であり、何かと可愛がっていた二人だ。
「二人ともどうして・・・・・・」
そう言った瑞鳳の口に菊月が人差し指を当てる。その指はそのまま地面に向けられた。その先に見張りをしていた春雨が、床に転がっていた。
「貴方をこんな所に閉じ込めるような祥鳳さんにはついて行けん」
菊月がそう言った。
「今からここを脱出して、鎮守府まで逃げましょう。このことを皆に伝えないと・・・・・・」
三日月もそれに続く。
「・・・・・・ここからじゃ流石に難しいわ。それよりも中継地点の第5泊地に向かいましょう」
二人は頷くと瑞鳳を両脇を抱えた。艤装無しで瑞鳳は夜の海へ向かった。
灯もなく、深海棲艦が未だに出没する可能性のある海域を、部下二人に支えられながら瑞鳳はひたすら進んでいく。
目的地である第五泊地に辿り着いた時には、夜が明けていた。
第五泊地をまとめる飛鷹は瑞鳳と親交が深い仲だった。
彼女は朝早くに艤装無しで海を渡ってきた瑞鳳を見て驚き、すぐに泊地内に招き入れた。
そこで飛鷹はリンガ泊地の反乱を瑞鳳の口から聞かされ、絶句した。
第五泊地はリンガの最寄りである当時に、鎮守府への中継地点である。リンガが狙うとしたら間違いなくここである。第五泊地がリンガの反乱勢力の手に落ちれば、この場所が鎮守府への足がかりとなるのだ。
飛鷹と数人の駆逐艦だけの小さな泊地であるが、愛着はあった。この場所を反乱軍の前線基地にしたくはない。
かといってリンガと第五泊地では人数でも設備でも適わない。瑞鳳が満足に戦えればまだ勝機はあったかもしれないが、生憎彼女は艤装をリンガで拘束されていた。
自分たちに出来ることはここを守り抜く事だけだ。
そう考えた飛鷹はすぐに鎮守府に応援を要請すると、籠城の構えを取ったのだ。
一方、瑞鳳の脱走をリンガ泊地が把握したのは朝になってからだった。
当然騒ぎになったが、祥鳳は瑞鳳達が逃げるなら第五泊地であること。そしてそこから鎮守府にリンガの反乱が伝わるのを危惧した。
いずれはリンガの反乱が鎮守府に届くだろう。だが予定より早い。祥鳳の理想はショートランドとリンガで電撃的に反乱を起こし、一気に鎮守府まで攻め入るというものだった。
第五泊地なら簡単に落とせる自信が、祥鳳にはあった。数も装備もこちらの方が圧倒的に上なのだ。
だが鎮守府の本体が相手となると話は別だった。
リンガの最高戦力は祥鳳自身であり、正規空母や戦艦が相手となると些か部が悪い。だからこそ短期戦に持ち込まなければならなかったのだ。
それが早々崩れる可能性が出てきたのだ。
祥鳳は自身の油断を悔やみつつも、すぐに第五泊地に兵を向けた。リンガは敷波に任せ自身が駆逐艦を引き連れて出撃した。
焦りつつも抜錨した彼女達が見たものは、港口を閉じて貝のように閉じこもった第五泊地の姿であった。
祥鳳はすかさず艦載機を飛ばした。
だが相手も軽空母。しかも同じ戦歴を持つ飛鷹である。実力は互角だった。
人数が少ない分、第五泊地は徹底防戦に回っている。
海に出ず陸上の対空砲などを使い、リンガの艦娘達を迎撃し・・・・・・夜戦やゲリラ戦を駆使して何とか耐え凌いでいた。
しかし戦力差は歴然。さらに籠城した第五泊地は補給路を失ったのと同じであり、次第に消耗し始めていた。
それでも鎮守府からの援軍さえあれば、戦況は逆転できる。その希望だけを頼りに、第五泊地は徹底抗戦の構えを取ったのであった。
「・・・・・・・・・・・・」
長門は報告書を机に置いて頭を抱えた。
今の鎮守府に兵力を二つに裂く余裕はない。
この鎮守府だって空にするわけにはいかないし、他の泊地から救援を要請することも反乱が勃発している今では難しい。どこに反乱勢力が潜んでいるか分からないからだ。
だがこうして悩んでいる内にも、第五泊地の命運は風前の灯火なのだ。
「・・・・・・第五泊地は小さく、守るのも難しい。だがトラック泊地は自然の要害。装備もショートランドに引けは取らん」
長門の絞り出すように発した言葉を聞き、大淀は顔色を変えた。長門の真意を悟ったからである。
「・・・・・・我らは進路を変更し、第五泊地救援に向かう。皆にそう伝えろ」
「トラックを見捨てるのですか!?」
「違う! トラックには第五遊撃部隊を向かわせる。奴らにパラオと連携させ、トラックを援護するのだ。その間に本隊が速やかにリンガを鎮圧し、その後にショートランドを鎮圧する」
大淀は絶句した。
パラオの初春が油断できない存在であることは、長門だって分かっているはずだ。いつショートランド側に寝返り、トラックを挟撃しかねないのである。そんな激戦区に向かわせるのが第五遊撃部隊だけとは。
だが、長門の言うコトにも一理はあった。
第五泊地が非常に危険な状態であることも紛れもない事実であり、ここが落ちれば鎮守府の首元まで、反乱の手が伸びてくるのである。
しかし、それでも。
(一番の激戦区に第五遊撃部隊を向かわせる・・・・・・提督と長門さんはこの機に乗じて、反抗勢力をつぶし合わせるつもりでは・・・・・・)
叢雲も第五遊撃部隊も今の提督と長門にとっては邪魔な存在だ。それが潰し合えば結果的に、利を得るのは鎮守府なのである。
(以前の長門さんならこんな非情な戦法は取らなかった。そこまで長門さんが変わってしまったのか、それとも提督が裏で糸を引いているのか・・・・・・)
「大淀、早く緊急伝令を出してくれ。すぐに抜錨させる」
長門の言葉に大淀は顔を上げた。
何が正しいか正しくないか、自分はまだ分からない。だが自分は軍人なのだ。上官の命令に従わなければならない。
そう自分に言い聞かせ、大淀は執務室を後にした。
一人だけになった執務室で、長門は再び頭を抱えた。
「提督、私はどうすればいいのだ」
普段の気丈な彼女からは考えられないその小さな呟きを、聞く者はこの部屋のどこにもいなかった。