丸一日移動して、第五遊撃部隊が第3泊地に辿り着きた時にはもう日が暮れはじめていた。
パラオまで急ぐとはいえ、深海棲艦を警戒しながら進まなければならないためそれなりに時間はかかる。一行は第三泊地に寄港し、補給と小休憩をしてから進むことにしたのだ。
第三泊地の指揮官は鈴谷と熊野だった。彼女たちは旧臣であり、金剛や加賀とも親交があったため第五遊撃部隊を快く迎えてくれた。
「随分と物々しい雰囲気ネー」
金剛が思わず呟いた。泊地内はピリピリした空気に包まれており、すぐにでも戦いが始まりそうな気配を醸し出していた。
「あんなの事があったばかりですので……パラオの初春さんも元は第一遊撃部隊ですし……」
熊野がおずおずといった感じで答えた。はっきりとは言わないが、初春を信用していないのだろう。
第三泊地とパラオの間には小さな駐屯地しか存在しない。ショートランドの部隊が攻めてきたりなどすれば、あっという間に陥落するだろう。
もしトラックが陥落し、パラオが鎮守府に背けばこの第3泊地が鎮守府防衛の最前線になる。しかし裏を返せば、ここが奪われればこの第3泊地が鎮守府攻略の前線基地となるのだ。かなりの重要地点だった。
「ぶっちゃけこんなことになったんだからさ、提督にはさっさと出てきてほしいよね」
鈴谷が口を尖らせた。提督への不満はかなりの所まで膨らんでいる。それが弾けた結果がショートランドなのだろう。
「少し休憩させて下サイ。朝までには出発しマース」
「勿論ですわ。食事の用意は出来ております。ゆっくり休んで下さい」
熊野に案内され六人は食堂へと向かった。
自分以外の遊撃隊メンバーは皆、ここの艦娘とは旧知の仲であるためか、様々な艦娘たちに話しかけられていた。一抹の疎外感を感じながら吹雪は進んでいった。
「ねえ、鎮守府の期待のルーキーって貴方?」
不意に鈴谷が話しかけてきた。大きな瞳が興味深そうに吹雪を見ている。
「鈴谷とは初めてだよね? ねえねえ、名前は?」
「ふ、吹雪です……」
「吹雪かぁ、てか吹雪型じゃん! そっかーようやく一番艦が着任したんだね」
「え、えっと……」
「鈴谷、あんまり新人を困らせないの」
瑞鶴が間に割って入ってくれた。
「ちーっす。じゃ、またあとでね」
あまり執着は無かったのか、鈴谷は手をヒラヒラ振って去っていった。
「あ、あの、ありがとうございます」
「ん、気にしないでいいわよ」
瑞鶴は何でもない様に言った。
まだ会ったばかりの人であるが、親しみやすい人だ。金剛もそうだった。
――兄さんの事を聞けるかもしれない。
第五遊撃部隊に配属された時、考えた事であった。自分以外は皆、古参兵である。提督である兄の事も知っているハズだった。
用意された食事をありがたく頂戴し、シャワーで汗を流す。その後、案内された仮眠室に向かった。ここで朝まで仮眠を取り、明朝に出発する手筈となっている。
トラックでは五十鈴が籠城し、ショートランドと一進一退の攻防を広げているという。パラオは未だ動いていない。そういった情報も入ってきた。
「このままパラオに向かっても大丈夫かしら?」
仮眠室で大井が言った。
吹雪も純粋に気になっていることだった。
第一遊撃部隊の事をほとんど知らない吹雪から見ても、パラオの動きは不気味に見えたのだ。
「分からないわね。付近の海域警備を理由に救援を出さないのだから、あまり期待は出来ないわ」
加賀が淡々と答える。
「む、叢雲と初春さんって仲が良かったんですよね?」
吹雪は思い切って話に入って言った。
加賀と瑞鶴は少し目を見開いたが、吹雪の顔を見ると表情を和らげた。
「そうか、貴方は知らないわよね」
「叢雲と初春はね、第一遊撃部隊のメンバーだったの。あの二人はすっごく仲良くてね・・・・・・頻繁に連絡を取り合っていたみたいよ」
「ブッキーはまだニューフェイスだったネー。知らないのも無理は無いデース!」
金剛も話に入ってきた。
北上と大井は二人で何か話しているみたいである。こちらの話に加わってくる様子は無かった。
「第一遊撃部隊は一番の古株でね。だからこそ今でも一番影響力を持っているんだ」
「・・・・・・如月さんも、第一遊撃部隊だったんですよね?」
如月の名前が出ると、金剛達の表情が一瞬だけ曇った。
古参兵である彼女達にとって如月は第一遊撃部隊の一人というよりも、共に戦った戦友という想いがあるのだ。
「如月は第一遊撃部隊の一人というよりも秘書艦って感じだったわね」
「確かに如月はテートクの秘書艦を長くやっていましたネー」
「如月はよく提督のフォローをしていたわね」
三人が懐かしむように言った。
「その如月の信頼を裏切ったのが今の提督よ」
大井が辛辣に言った。
その言葉に皆は黙ってしまう。
「この際だからハッキリと言っておくわ。今の鎮守府の混乱は全て提督の不手際が原因よ。それが分からない皆さんではないでしょう?」
大井の言葉は乱暴であったが事実でもあった。
金剛達もそれを理解しているからか、すぐには反論できないようだ。こういう時、大井を諫める北上も、何も言わない。彼女も思うことがあるのだろう。
「・・・・・・そういうあんたはどうなのよ。提督さんのことを批判するのはいいけど、何かしているわけでもないじゃない」
瑞鶴がようやく反論した。
「勿論、それは分かっています。本来なら鎮守府で提督を無理矢理にでも引っ張り出して、問題の釈明をさせるべきなのだけど・・・・・・」
大井は顔を伏せた。
「まさか叢雲や祥鳳があんな手段に打って出るとは思わなかったもの。どんな理由があろうとも、反乱なんて行為は許されないわ」
「それは同感ね。艦娘同士で争っても意味が無いわ」
加賀が大井の言葉に同意する。
「それが分からない叢雲じゃないでしょうけど・・・・・・」
「確かにあまりにも愚策。叢雲らしく無いわね」
加賀と瑞鶴が言った。叢雲を知らない吹雪には分からないが、確かな信頼があるのだろう。
「初春が何も動いていないのも気になるわ。一体、何を考えているのか」
「分からないデスね。でも今、私達が出来ることは戦いを止めることだけデース」
金剛の言葉に皆が頷く。
「この不毛な戦いを一刻も早く終わらせる。その後、私が鎮守府でテートクを引っ張り出しマース」
「鎮守府にはいないって噂もありますよ」
「長門がきっと何か知っているでしょうよ。今の長門の様子はあまりにも余裕を失っている」
何かを知って、隠している。
それが長門に対する皆の総意だった。
「・・・・・・皆さん、おに・・・・・・司令官の事を信じているんですね」
思わず吹雪が呟いた。
「どういうこと?」
こちらに覗き込んできた瑞鶴に吹雪は答えた。
「いえ、もしかしたら叢雲さんみたいに反抗するかも・・・・・・って」
第五遊撃部隊のメンバーを知った時から、吹雪は一抹の不安があった。
全員が古参兵で尚且つ、今の提督と長門とは距離を置いている艦娘達が集められた混成部隊。
それだけでも不安であるのに、あろうことかこの一部隊だけで叢雲達が攻めるトラックへと出撃させられたのである。
第五遊撃隊のメンバーが叢雲達に寝返るのではないか。吹雪はずっとそう考えていた。
「馬鹿ね。そんなことするわけ無いじゃない」
瑞鶴が笑って吹雪の頭を撫でた。
「私達は鎮守府の艦娘。帰るのは鎮守府と決まっているの」
「叢雲の気持ちも理解出来るけど、間違っているわ」
「ええ、叢雲をまずは止めマース・・・・・・それから、私が提督と長門にお話ししマス」
金剛はずっと考えていたようだった。
もっと早く鎮守府に帰還し、提督と長門と話をするべきだった。
そうするチャンスは何度もあったはずだ。だが自分たちの仕事にかまけて、後に見送ってきた。そのツケが如月の死と叢雲の反乱だった。
「叢雲を説得し、反乱を止める。そして提督を表舞台に引っ張り出して、今まで隠してきた事を全部、話して貰う・・・・・・ね、北上さん」
大井の言葉に今まで沈黙を貫いてきた北上が頷いた。
「そういうこと。というわけでちゃっちゃと寝ようか。明日も早いからね」
それだけ言うと北上は布団に横になった。
他の皆もそれを見て軽く会釈してから、布団へと潜っていく。
「ぶっきー、心配はもう無くなりましたか?」
「・・・・・・はい! 大丈夫です!」
「それなら良かった! じゃあ明日は早く出発するから、早くスリープした方がいいデスね!」
金剛は笑顔で言うと、そのまま横になった。
吹雪もそれに倣い布団へと入っていく。
心の中のしこりが取れた。そんな気がした。
第五遊撃部隊はようやく皆で、話し合ったのだ。まだ一致団結とはいかないが、それでも自分たちは仲間同士であるという連帯感は生まれた。
それだけで吹雪は満足だった。
明朝、朝日も上がっていない時間に第五遊撃部隊は抜錨した。
周辺海域は第三泊地の艦娘達が護衛として付いて来てくれた。幸運にも深海棲艦には遭遇せず、第五遊撃部隊は護衛部隊と別れてパラオへと舵を切る。
パラオまではまだまだ遠い。早くてあと6日はかかるだろうとのことだった。それまでトラックが持ってくれればいいが・・・・・・と加賀は呟いた。
鎮守府から一週間かかるということは五十鈴は最低でも七日間、籠城を余儀なくされるのである。ショートランドは鎮守府の援軍が到着する前にトラックを陥落させたいであろう。激戦が予想された。
一日、二日、三日と順調に過ぎた。
四日を過ぎた頃に、パラオから伝令が届いた。
近海に深海棲艦が出没したとのことだった。
「パラオの部隊と挟撃することになるわね」
伝令を受け取った瑞鶴が渋い顔で言う。
ここで深海棲艦を見過ごすわけにはいかないが、トラック救援には遅れが出る。
「すぐに終わらせましょう。パラオと連携すればどうという事は無いでしょう」
加賀の言葉に皆が頷いた。
「敵の数は?」
「判明している限りでは六体。空母一隻、重巡一隻、残りは駆逐艦」
「厄介デスね・・・・・・対空に備え輪形陣で向かいマショウ」
金剛が指揮を執り、輪形陣を取る。
中心に正規空母の加賀と瑞鶴が入り、その脇を大井と北上が固める。金剛が後ろに回り、前方に吹雪が配置した。
正真正銘、吹雪にとっての初めての実戦である。
生唾を飲み込むと吹雪は主砲を構えて、水平線の先へと進んでいくのだった。