お久しぶりです。
長くなりましたがこれからも書いていくので、どうかよろしくお願いします。
加賀と瑞鶴が航空機を発進させた。
敵にも空母がいるという話である。いかに制空権を獲るかが、勝負の鍵を握るのだ。
「ぶっきー、落ち着いて。ネ?」
金剛がそう言って肩を叩いた。吹雪にとっては初めての戦闘である。無意識に体が震える。
彼方から轟音が響いた。上を見上げると侵攻先の空が黒煙で染まっている。艦載機同士の戦闘が始まったのだ。
「制空権は獲ったわ」
瑞鶴が言った。
「さすがね・・・・・・北上さん!」
「あいよ-」
瞬間、大井と北上が甲標的を放つ。それらは水平線に向かって真っ直ぐ進んでいった。その先に敵の機影が見える。
深海棲艦・駆逐イ級が二体、こちらにむかって進軍している。その黒々とした表面が爆音と共に爆ぜた。
おぞましい金切り声を上げながらイ級たちが沈んでいく。雷巡二人の先制雷撃が美味く命中したらしい。
「前は一掃したわ」
「残りは本命ね」
大井の言葉に加賀が再び弓を構える。立ちのぼる黒煙の奥からさらにイ級が現れる。
それらは大きく口を開き、中から主砲を放つ。
「回避!」
金剛が叫ぶと皆は横に大きく舵を切った。敵の砲弾が近くで海面に当たり、派手な水しぶきが上がる。
吹雪がたまらず顔を擦ると、同時に金剛が主砲を放った。直後に轟音が響き、また一匹、海へとイ級が沈んでいく。
敵の半数は倒れた。だが残り三匹のうちには空母と重巡がいる。そちらこそ本命だった。
軽母ヌ級と重巡リ級。この二体が厄介だ。
ヌ級は最初、航空戦で加賀と瑞鶴に押されたからか、現在次の攻撃準備を行なっているらしかった。それを守るようにイ級とリ級が前面に立ち、砲撃を加えてくる。
第五遊撃部隊は敵の側面へと徐々に移動しているようだった。正面から撃ち合うのと側面から撃ち込むのでは、大分違う。いかに敵が反撃しにくい所から攻撃するかで、勝負は変わってくるのだ。
「撃ちます! Fire!」
金剛のかけ声と共に吹雪・大井・北上が一斉に主砲を放つ。幾多もの砲弾が敵に飛び、まずイ級がヌ級を庇って攻撃を受けた。沈んでいくイ級を尻目にリ級が反撃するも、狙いが定まらないのか当たりはしない。
その隙に準備を終えた加賀と瑞鶴が再び艦載機を飛ばす。ヌ級が再び艦載機を飛ばす間もなく、加賀と瑞鶴の飛行部隊が爆撃を行なって残りの二体も倒れた。
「作戦終了ですネ」
金剛が涼しい顔で言った。
深海棲艦の影は水面に一つも無く、燃える炎も徐々に小さくなっていく。
圧倒的だった。
パラオの援軍を待つどころか、吹雪がほとんど何もしないまま、戦闘は終わってしまったのだ。
これが歴戦の艦娘たちか。吹雪はゴクリと唾を飲み込む。
今から吹雪が戦う相手はこの第五遊撃部隊と互角、あるいはそれ以上と噂される叢雲なのだ。吹雪はじんわりと汗が制服に滲んでいくのを感じた。
不意に別方向から見知らぬ艦載機が飛んできた。
「千歳が来たわね」
瑞鶴が言った。
遙か彼方に艤装を纏った艦娘らしき姿がいくつか見え始めていた。
パラオからの援軍はそのまま道案内役へと変わった。
やって来たのは艦娘は六名。旗艦は木曾。千歳、千代田、霰、霞、満潮がそれに続いた。
大井と北上にとっては妹艦が迎えに来たという事もあって、多少だが和やかな空気が流れている。
周囲を警戒しつつ、パラオへと第五遊撃部隊は舵を切る。
「万が一のために」
小声で金剛が瑞鶴に耳打ちしたのを、吹雪は見逃さなかった。
よく見れば大井北上と木曾の合間にも一見、和やかに見えて薄暗い雰囲気が現れ始めていた。
気心の知れた姉妹艦ですら信用ならないのか。
吹雪の体も徐々に強張っていく。
そういえば反乱の総大将である叢雲は同じ吹雪型で、姉妹の順であれば妹艦に当たる。だが吹雪と叢雲では艦娘としての戦歴が天と地ほどの差があるのだ。睦月は自分が睦月型一番艦でありながら、遅く鎮守府に着任したことを悩んでいた。吹雪も今、その気持ちが分かった気がした。
夕刻、第五遊撃部隊はパラオへ着港した。
鎮守府からの援軍を迎えたのはパラオ泊地の指揮艦である初春だった。
「遠路はるばるよくぞ来てくれた。久しぶりじゃのう、皆」
初春は懐かしそうに目を細める。
金剛から順に目で追っていき、吹雪を見てピタリと止まる。
「・・・・・・初めましての娘もおるな。わらわが初春じゃ。どうかよろしゅう」
「え・・・・・・あ、はい! 初めまして、吹雪と申します・・・・・・」
思わず声が上ずった。
初春の視線は妙に恐ろしい。底なしで、何もかも見透かすような目の色をしている。吹雪は本能的に、初春へ苦手意識を覚えた。
「久しぶりデスね、初春。ゆっくりと旧交を温めたい所デスが、事態は一刻を争いマース」
「わかっておる。トラックへの援軍のことであろう。既に作戦室で考えを練っておった。こちらへ来てくれ」
初春が直々に案内し、第五遊撃部隊をパラオの奥へと進ませる。
「妙ね」
大井がふと言った。
吹雪は顔を上げたが、それ以上大井は何も言わなかった。
初春の腹心である子日ら妹艦の姿が一人も見えなかったためだ。彼女達は現在、第一遊撃部隊への使いとしてパラオを留守にしているのだが、当然大井達は知らなかった。
また艦憲兵の姿が見えないのも、気になった。
作戦司令室の上座へ初春は腰を降ろし、その両端を千歳・千代田姉妹が固めた。第五遊撃部隊はそれぞれ用意された箇所に座り、入り口を霞と霰が衛兵のように立っている。
「早速だけどトラックの状況はどうなっているのかしら?」
腰を降ろして早々、瑞鶴が尋ねた。
「五十鈴はずっと籠城しておる。じゃが指揮の事でトラックの艦憲兵と揉めておるらしい」
指輪持ちの第一遊撃部隊と違い、五十鈴は独立行動権を擁していない。非常時には正式な軍籍を持つ、艦憲兵が指揮を執ることは軍属として間違いでは無い。
「五十鈴は鎮守府の応援が来るまで籠城するつもりだったらしい。じゃが艦憲兵は堪え性の無い者じゃった。強引に出撃を命じ」
初春は用意された茶をずずずと飲んだ。
「破れた。トラックは陥落し、五十鈴は逃げておる。じゃが時間の問題じゃろうな」
金剛達は絶句した。
トラックが陥落したなど聞いていない。それに何故、初春はそんな重要なことを涼しく話せるのか。
吹雪の心臓は早鐘のように鳴った。
瞬間、金剛、大井、北上、そして瑞鶴が勢いよく立ち上がる。
「そういきり立つでない、金剛」
「初春、貴方・・・・・・」
三人に向けて、千歳と千代田が艦載機を向け、霰と霞が主砲を構えている。
無言で瑞鶴が弓を引き抜き、
「動くと撃つわ」
背後から加賀に止められた。
「加賀さん・・・・・・やはり貴方も」
「裏切り者。貴方たちの言い方だとそうなるのかしら」
加賀は涼しい顔で言った。
瞬間、轟音が響く。
大井と北上が構わずに主砲を放ったのだ。
衝撃と共に、部屋中が白煙に包まれる。
「走れ!」
瑞鶴が叫んだ。
吹雪は咄嗟に立ち上がろうとして、そのまま椅子に倒れ込んだ。
腰を抜かしたのか、それとも状況についてこれないのか。
叫び声と爆音が会議室に響き渡る。
「あんた、そのまま寝てなさいな」
吹雪の背中を霞がぐいと押さえ込んだ。
「こ、こんなことして・・・・・・」
吹雪が声を絞り出した直後、外から木曾に率いられたパラオの艦娘達が入ってきた。
轟音。そして叫び声。
大井・北上は混乱に乗じて部屋から脱出を図るも、なだれ込んできた木曾達に真っ正面からかち合い、捕縛。
金剛は一気に初春を主砲を向けるも、躱され、そのまま彼女に鳩尾を殴打される。
本来なら戦艦である金剛に駆逐艦は大きく力で劣る。だが初春は指輪持ちで、上限を突破している数少ない艦娘だった。
ぐあ、と金剛の口から呻き声が漏れる。彼女の体が大きく揺れた。そこを撃った。
倒れ込む金剛に千歳と千代田が群がる。金剛確保。
瑞鶴は加賀に背後を取られ、動けないようであった。
最精鋭、第五遊撃部隊はパラオの地で捕縛された。
このとき、彼女達が逃れることが出来たら。
あるいは用心してパラオに寄らず、トラックへ直接救援に向かったなら。
これから起こる悲劇は起こらなかったのかもしれない。