籠城を始めてから三日目の朝を迎えた。
元々、第五泊地はリンガと鎮守府本部の中継地点である。そのため設備も人員もリンガより遙かに劣る。
それでもよく持っている方だと瑞鳳は思っていた。
旗艦である飛鷹。そしてその部下である駆逐艦、大潮・五月雨・涼風・朝雲・山雲。そこにリンガから亡命してきた瑞鳳・菊月・三日月が加わる。
計9人。一方、リンガの戦力は祥鳳を筆頭に、綾波・敷波・天霧・狭霧・春雨・海風・江風・磯波・浦波・薄雲・秋雲の12人。この12人を祥鳳は2部隊に分けて、交代で攻撃させていた。
リンガは鎮守府からの増援が来る前にここを落とさなければ、一気に不利になる。それが分かっているからこそ、祥鳳は攻撃の手を休めなかった。
祥鳳が艦載機で爆撃し、間髪入れず配下の駆逐艦が突撃する。その単純な攻撃を祥鳳は駆逐艦を交代させることで、連続させていたのだ。
それに対し、第五泊地は徹底防戦の構えを取っている。
祥鳳の艦載機には飛鷹が同じく艦載機で迎撃し、攻め寄せる駆逐艦には備え付けの砲台で対応した。
部下の駆逐艦達は交代で砲台と己と主砲で何とか立ち回っている。
防戦に徹した事が功をなしたのか、今のところ防衛戦はかろうじて維持していた。
だがもう限界だろう。
弾薬も食料も、そして皆の体力も限界だった。
周りは完全にリンガに制圧されているため、鎮守府との連絡も取れないでいる。交代で補給と睡眠を行ないながら、駆逐艦たちは必死で戦っていた。
そんな様子を瑞鳳は悲しげに見つめている。
「菊月ちゃんと三日月ちゃんも頑張ってくれてる。本当に助かるわ」
飛鷹がそんな瑞鳳の肩を叩いていった。
菊月と三日月は第五泊地所属の駆逐艦達に混じって、防衛戦線に参加している。
慣れない環境でもなんとか上手くやっているようだった。
リンガの泊地の長であった自分だけが何も出来ていない。
瑞鳳は唇を噛んだ。艤装はリンガに置いてきている。そのため戦いは参加できずに、裏方に回っていた。
リンガの反乱は自分の不始末であるのに、何も出来ずいる。瑞鳳は歯がゆくてしょうがなかった。
「今はリンガも休息中みたいね。この間に充分体を休めておきましょう」
飛鷹の言う通り、ようやくリンガも攻撃の手を緩めていた。恐らくあちらも体力の限界が来たのだろう。
「だけど補給を済ましたら、一気に勝負をしかけてくると思う。鎮守府の援軍も向かってきているでしょうし」
「もう弾もボーキサイトもないわ。これは・・・・・・不味いわね」
苦虫を噛みつぶしたような顔で飛鷹は言う。この三日間の戦いで戦力差はハッキリと理解していた。
もしここが落ちればここ近海一帯は反乱側が制圧する。そうなれば少人数なれど、鎮守府にとっては大きな脅威となるだろう。
「祥鳳は手加減しないでしょうね」
瑞鳳にとっては姉である。性格は知り尽くしているだろう。
また飛鷹も祥鳳は苦楽を共にした仲である。彼女の生真面目な性格はよく知っている。
やると決めたらやるだろう。祥鳳はそういう女だった。
「お二人とも! ご飯ですよ!」
大潮がやってきた。その両手には小さなレーションが握られている。
「ありがとう」
そう言って瑞鳳が受け取ったレーションは本当に緊急時の時に食する、小さな乾燥食だった。小さく、味も薄いが栄養は取れる。そういった代物だった。
かぶりつき、口の中に乾燥が広がっていく。とてもじゃないが水がないと完食できない。大潮もそれは分かっているのか、すかさず水を差しだした。
「酷い味ね」
瑞鳳がそう言うと飛鷹は苦笑した。
「今は敵の攻撃も止んでいます! 鬼のいぬ間になんとやら。今のうちに補給と睡眠をバッチリとりましょー!」
大潮が言う。確かに現在、リンガの攻撃は止まっている。他の皆は食事と睡眠を交代で取っていた。
「ありがとう。貴方も休んでね」
「モチロンですとも! もう少し頑張れば、きっと鎮守府からの応援も来ますしね!」
その言葉に二人の顔は曇った。それを知ってか知らずか、大潮はそのまま皆の元へと戻っていく。
「・・・・・・援軍は本当に来ているのかしら」
「わからない。でも、祥鳳は鎮守府の援軍のことを視野に入れていると思う」
だからこそ、次の攻撃でココを陥落させる気だろう。その猛攻に自分たちは耐えることが出来るだろうか。
「見て瑞鳳。あの娘たち、石垣を積んでいるわ」
飛鷹の指す方向を瑞鳳が見ると、涼風が先導して駆逐艦達が石で壁を作っていた。小さな島故、内部へ入る進路も小さい。そこに石のバリケードを作っているのだ。
「皆、最後まで戦うつもりよ。提督に任されたこの第五泊地。みすみす奪われてなるものかって」
そうだ。自分は提督に任されたリンガ泊地を守る事が出来なかった。だからって落ち込んでいる時間は無い。
今自分が出来ることをするしかない。そう考え、瑞鳳はレーションを一気に口に放り込むのだった。
暫く経って、遂にリンガの総攻撃が始まった。
まず艦載機の爆撃が行なわれる。飛鷹がそれに対抗して艦載機を飛ばした。練度は互角だった。空が黒煙で染まり、直後に駆逐艦達が主砲を放ちながら寄ってきた。砲台で応戦する。その合間を縫って、敵は攻め寄ってきた。
一番前にある砲台から火の手が上がった。攻撃が直撃したのだ。血まみれの涼風が飛び出し、後方にいた五月雨が抱えて後ろへと下がっていく。
じりじりと先発隊はにじり寄ってきた。
先端で菊月と三日月が必死の形相で主砲を放っている。それの姿を見たとき、瑞鳳は胸が締め付けられるような感覚に陥った。
自分がもっとしっかりしていれば。何度も胸の中で駆け巡った思いだった。
最前線が陥落した。
炎上する砲台から三日月を担ぎ上げて菊月が後退していく。それを追うように、敵の一番槍である江風が遂に第五泊地の砂浜を踏んだ。
さすがの飛鷹も一瞬、そちらに気を取られた。その隙を見逃す祥鳳ではなかった。
一気に艦載機が急降下し、爆撃をかける。狙いは飛鷹の艦載機ではなく、第五泊地の砲台だった。
危機を感じた大潮達が上空へ主砲を向ける。だが遅かった。祥鳳は全力を持って砲台を潰しに掛かったのだ。そこにめがけて敵の攻撃が集中する。
これまでか。
そう思った瞬間、悲鳴が上がった。
石垣を大潮が崩したのだ。雪崩のように落ちていく岩に江風たちが呑まれていく。その隙に大潮達は引いてくる菊月たちを引っ張り上げていた。
「ここはまだ大丈夫だから! 最後まで皆でアゲアゲでいきましょう!」
大潮が叫ぶのが見えた。朝雲と山雲がそれに追従する。残り少ない弾薬を全て使う如く、主砲を放っていく。
「いけるいける! まだ進めるわ!」
「朝雲姉、一緒にいこ~」
さらに涼風が五月雨の制止を踏み切って、再び戦場に現れ主砲を構えた。
「がってん! あたいだってまだいけらぁ! 勝負はここからよっ!」
「涼風ちゃん! 落ち着いて・・・・・・」
突撃をしかけようとする涼風を五月雨が止めていた。
「三日月、しっかりしろ! もう少しの辛抱だ」
菊月が三日月を抱えたまま、奥へと戻っていく。恐らく入渠させる気なのだろう。
小さな駆逐艦達は未だ闘志を燃やし、戦い続けている。彼女達は諦めず最後まで戦うだろう。
「最後まで」
飛鷹が漏らした言葉に瑞鳳が、はっとして顔を上げる。
「最後まで戦うのが艦娘ってものよね」
飛鷹は巻物のような飛行甲板を一気に広げた。幾つもの勅令と書かれた炎が浮き上がる。
「全機爆装! さぁ、飛び立って!」
言葉通り、飛鷹が擁する全航空戦力を一気に放出した。
瑞鳳も申し訳程度である白兵戦用の武器を構える。
降伏、なんて言葉は誰からも出てこなかった。
提督から任せられたのだ。最後まで、守ろう。
それは艦娘として生まれた彼女達の一種の執念ともいえる。
今の鎮守府が、提督が信用できるかは分からない。
だが提督に対する忠誠心が強烈な義務感となって、彼女達を突き動かしていた。
不意に攻勢が止まった。
攻撃の手は休まらないものの、じりじりとリンガの艦娘たちが後退していく。
何だ、と最前線で迎撃をしていた涼風が呟いた瞬間、全く別の方向から風切る音が聞こえてきた。
爆音と共に黒煙が上がっていく。一気に敵が引いていき、そこに向けて砲撃が飛んでくるのが見えた。
水平線の向こうから幾つかの影が向かってくる。
「援軍だ・・・・・・鎮守府の援軍だ・・・・・・」
涼風が呟いた。
そちらに視線を向けると、確かに遠方から艦娘の姿が見えてくる。
彼女達の攻撃にリンガの軍がどんどん後退していった。
「飛鷹さん! 瑞鳳さん! 援軍です! 援軍ですよ!」
大潮がこちらにやって来た。
「やったんですね!」
目尻に涙が浮かんでいる。
「大潮達、やったんですね!」
飛鷹と瑞鳳の元に駆逐艦達が集まってくる。
皆、満身創痍だった。それだけ激しい戦いだったのだ。
「ええ、皆のおかげよ」
そこまで言った時、こみ上げてくるモノがあったのか飛鷹の言葉が詰まる。
「飛鷹、勝鬨を」
そんな彼女の肩を瑞鳳が叩く。飛鷹は涙を拭って片手を挙げた。
「勝利の時よ!」
「勝鬨だぁーっ!」
直後に大潮が拳を握って大きく叫んだ。
えい、えい、おう。
勝鬨、三唱。
少女達の体を熱い風が吹き抜けていった。
比叡率いる鎮守府の連合艦隊が第五泊地に入港したのはその数十分後であった。