普段は食堂として使われている場所に、酒宴の準備がされていた。
上座に扶桑。次いで山城。
その後に時雨が腰を降ろし、後は練習生を年齢順に座らせていく。
吹雪は練習生の最上座にいた。
あの時、吹雪と一緒に入った同期達はもう艦娘になったのか、辞めてしまったのかは分からないが、一人もいなかった。
料理が運ばれ、宴がが始まった。
尤も、練習生に振る舞われるのは酒ではなくラムネであるが。
「今日、ここに素晴らしい人が帰ってきた。今後は艦娘の穴に戻り、君たちを指導してくれる。僕や山城とはまた違う、多くの事を学べるようになると思う。その幸運に――」
時雨の乾杯の音頭と共に宴は始まった。
普段は食べれないような料理に練習生たちは舌鼓を打ち、扶桑たちは美酒の愉しむ。
山城は特に機嫌が良いようだ。
しきりに扶桑に話しかけ、何度も杯を開けている。
扶桑は微笑みながらそれをうんうんと聞いていた。
吹雪はまだ慣れないのか縮こまって料理を摘まんでいる。
あの扶桑の直弟子とあってか、何人かの後輩が吹雪に話しかけてきた。
話題は扶桑の事ばかりだ。
「やっぱり扶桑さんの練習は厳しかったんですか?」
「う……うん、そうだね。厳しかったよ。でもそのおかげで強くなれました」
「扶桑さんってどんな感じの人なんですか?」
「うーん……柔らかそうに見えて、奥の底には激しいものが流れている。そんな人……です。本当に強いから、きっと優しいんだと思う」
後輩相手となると吹雪も若干余裕があるようだ。
他愛もないやりとりだが、話せることは話せている。
そんな様子を時雨は飲みながら黙って見つめていた。
吹雪は多くを語らなかった。
ただ聞かれたことを最低限、答えている。
まだ緊張が解けきってないのか。謙遜なのか慎重なのか。
いずれにしても口は軽そうではない。
男というものはあまり喋るものではない。
大昔の偉い人が残した言葉だ。
時雨も昔聞いたもので詳しい詳細は知らないが、妙に納得した記憶がある。
そう言う意味ではこの練習生はきっとこの場の練習生よりも遥かに強いのだろう。
この子は想像以上の逸材かもしれない。
そんな気がした。
不意に足音が響いた。
あまり穏やかな気配ではない。
時雨はすぐにそれを察知し、大分遅れて吹雪も察したようで、きょろきょろと周りを見回している。
その頃には既に足音の主が扶桑たちの前まで迫っていた。
「お初にお目にかかります。扶桑先輩」
練習生108番だった。
扶桑の前で彼女は立ち止まると、慇懃無礼としか思えない声色で頭を下げた。
「ここで山城先輩にご指導いただいている練習生、番号は108番です。扶桑先輩の妹さんにはお世話になっています」
あまりの無礼な態度に山城が立ち上がろうとする。
それを制止するように扶桑が手を山城の前にかざし、そのまま練習生108番に向かってにっこり微笑んだ。
「初めまして、練習生さん。噂は山城と時雨かかねがね聞いていたわ。艦娘の穴始まって以来の逸材、と」
「嬉しい限りですな。私も先輩方には毎日、ご指導してもらい、頭の下がる思いです」
「それは姉として、嬉しい限りね。どうかしら、一杯?」
扶桑は笑顔で盃を差し出した。
練習生は不遜な笑みを浮かべると横にあった徳利を引っ掴むと、そのまま口に当てて飲み干した。
「貴方! 姉様に対して無礼でしょう!」
山城の怒声が響いた。
場が一気に凍りつく。
その場で表情が変わらないのは二人。
能面のように微笑む扶桑と、ニタニタと笑う108番だけだ。
「いいのよ、山城」
「しかし、姉様!」
「彼女は強いのでしょう?」
扶桑の言葉を聞いて108番はますます頬を緩ませる。
「ええ、ここにいる他の練習生など比べ物になりません。今までの模擬戦で、私は常に一撃で対戦相手を沈めてきました」
108番は自身の戦果を誇る様に、丸太のように太い腕を見せつけた。
小物だな。
時雨は内心、そう吐き捨てる。
自分から武勲を誇るなど、褒められたものでは無い。
しかも酒の席。目上の主賓の前でだ。
器が知れる。
しかしそれを客観視できないほど、108番は慢心を極めているのだろう。
それは彼女の増長を止められなかった自分にも責任があるのだろうが。
「強いのでしょう。確かに。でも私の育てた吹雪も満更でもないのよ」
突然、扶桑の口から自身の名が出され、吹雪は思わず飛び上がった。
「吹雪?」
108番が首を傾げた。
「吹雪とは、艦娘の称号。彼女はまだ練習生であるはずですが」
「あら、そうだったわね。いけないわ……もう、あの子が吹雪になるとばかり思っていたからつい」
108番の顔色が変わった。
「驚きました。まさか私に勝った気でいるとは」
「うふふ、ごめんなさい。あの子の力は私が一番よく分かっているの。だからこそ、結果が分かっているとなるとどうしても。ね」
扶桑はわざと相手を怒らせるように言っているようだった。
現に108番からは先程までの余裕の表情は無くなり、額に青筋が浮かんでいる。
「このチビが私に劣ると。先程から縮こまっているこいつが」
「吹雪に失礼よ。練習生108番さん」
「歴戦の勇士も弟子可愛さに目が曇りましたか。どちらが上か。私には立ち合うまでも無く、分かりますな」
「あら、面白い事をいうのね」
そう言って扶桑は吹雪の方を見た。
「吹雪、もしよければこの子に貴方の技を、見せてあげれないかしら?」
「扶桑さんが命じるなら」
吹雪が立ち上がった。
静かに。されど苛烈に怒っているのが雰囲気で分かった。
自身を馬鹿にされた怒りではない。
扶桑を侮辱されたことに憤慨している、といった感じだ。
「私とやり合う気になったか。黙って俯いていればいいものを。先輩方の前で無様な様を晒ず、済んだであろうにな」
「いえ、明日の試合が今日に早まったと思えば」
「ほう。明日の試合というか。ならば私が勝てば吹雪の名を譲るのであろうな」
吹雪は扶桑を見た。
扶桑は黙って頷いた。
「いいですよ」
吹雪は練習生108番を見上げるように睨みつけた。
山城は突然の事態に困惑し、時雨は黙ってその行く末を見据えていた。