慌ただしく練習生たちが動き出した。
毎日訓練に使われる運動場。そこで模擬戦は行われる。
いつもは一日の最後に行われるものだが、今日は勝手が違っていた。
扶桑がいる。
ただそれだけでも、練習生にとっては新鮮で何だか特別な気持ちがした。
当然、準備にも気合が入る。
地面がならされ、扶桑と山城のために椅子が用意される。二人が腰を降ろした。
その頃にはもう、模擬戦の準備は整っていた。
「練習生108番、125番。前へ」
審判役の時雨が間に立ち、言った。
吹雪と108番が前に進み、睨み合うように向かい合う。
扶桑は吹雪の方を見ようともせず、黙って杯を傾けていた。
「急所への攻撃は禁止。相手が降参するか、続行不能と僕が判断した場合、試合終了とする。いいね、二人とも」
時雨の言葉に二人が頷き、構えた。
瞬間、始め、と時雨の声が響く。
それと同時に108番は踏み出した。
開始の合図と共に直突きの一撃を叩き込む。
彼女が得意とする戦法だった。
見るからに鈍重そうな少女が一気に間合いを詰め、正確に顔面を打ち抜く。
今まで何人もの学友をこれで血祭りにあげてきた。
吹雪も思った以上に身軽な108番に驚いたようだった。
だがそれも、束の間。
拳を構えて前に出た。
(ほう!)
108番は思わず感心した。
今まで相手にした者は、何が起こったのか分からないまま顔を砕かれるか、攻撃から逃れようとして体が付いて来れないまま顔を潰されるかの二択であった。
少なくとも自分に向かってきたのは目の前の少女が初めてだ。
さすがに他とは違うか。
そう思ったが、遅いとも思った。
自身の拳が振り下ろされるのが先だろう。
いい線いってたのに残念だったな。
内心、ほくそ笑んで拳を振り下ろした時だった。
吹雪が消えた。
一瞬で、目の前から姿を消したのだ。
拳は空を切った。
直後、左から掬うように吹雪の右拳が鳩尾を打つ。
声にならない呻きが漏れた。
108番の顔中に油汗が浮かんでくる。
目で追った瞬間、吹雪は左拳を突き出していた。
避けることも出来ず、顎に命中する。
世界が揺れるような感覚に襲われ、108番は膝を折った。
何が起こったか分からない。
そんな顔をしながら、108番は崩れ落ちた。
「そこまで!」
時雨の声で吹雪は止まった。
108番は動きそうにもなかった。
あまりに早い決着に、練習生たちは付いて行けなかったのか、一瞬静まり返る。
「勝者、練習生125番!」
時雨が試合終了を言い渡すと共に、歓声が爆発した。
周りで見ていた練習生たちはきっと何が起こったのか理解できなかったであろう。
だが、横暴を極めた練習生108番が倒されたのだけは、はっきりと理解したのだ。
喜ばぬはずが無かった。
「扶桑さん!」
吹雪はそれらに目もくれず、扶桑の元に向かった。
扶桑は笑顔で吹雪の頭を撫でた。
初めからこの結果がわかっているようだった。
「よくやったわ、吹雪」
にっこりと、笑った。子供のような笑顔だと、吹雪は思った。
「扶桑さんとの修行に比べれば、どうってことはありませんでした。勝てたのは、扶桑さんのおかげです」
「それは違うわ、吹雪」
他の練習生に担がれて医務室に運ばれる108番を見ながら、扶桑は言った。
「あの子は艦娘の表面上の破壊力を身につけただけだった。貴方は違う、そうでしょう?」
扶桑は微笑み、吹雪もそれに反した。
山城と時雨も釣られて笑い、広場の熱狂はいつまでも続いていた。