宴が終わったのは午後八時を過ぎた頃だった。
練習生たちに解散を促した後、泊まる所の無い吹雪は扶桑の自室で休むこととなった。
艦娘の穴には練習生たちが生活する寮が併設されており、その一階に教官である扶桑・山城・時雨の個室がある。
2年間使われていなかった扶桑の部屋だが、山城がこまめに掃除していたらしく、最期に部屋を出た時と遜色の無い状態を保っていた。
吹雪は扶桑のベッドに一人で入った。
肝心の扶桑は山城の所で飲み直すらしい。酒瓶片手に時雨と二人で山城の部屋へと消えていくのを見届けたばかりだ。
初めて見る天井をじっと眺める。
今日一日の事が浮かんでは消えていく。それが段々と今までの事へと変わっていき、走馬灯のように風景が浮かび上がる。
体は疲れているが、意識は段々とはっきりとしていくのを感じた。
自分は艦娘になったのだ。
正確に言うと艦娘になる資格を得たということなのだが、吹雪にとっては同じだった。
そして明日には鎮守府にむかう。
特型駆逐艦・吹雪として兄がいる鎮守府に向かうのだ。
吹雪は無言で起き上がった。
目が冴えてしまっていた。眠れないのだ。
少し外の風に当たろう。
そう思い上着を羽織ると、吹雪は部屋の扉を開けて、廊下に出た。
向かいの山城の部屋はまだ三人で飲んでいるのか、灯りがついている。
吹雪は出来るだけ足音を出さないように歩いて、寮の外へと向かうのだった。
人は変わるものだ。
時雨はしみじみとそう感じていた。
この二年間の間に扶桑も山城も随分と変わっていた。
少なくともかつての山城は扶桑と二年も顔を合わせずに過ごすことなど出来なかったはずだ。
姉が隣にいないと正気でいられないような艦娘だったのだ。
しかし、彼女は二年待った。
艦娘の穴で責任者として二年間、姉の帰りを待ち続けたのだ。
元々責任感が強い感じはあった。
だが一番の理由は、吹雪を連れて修行へ出発する時に扶桑が言った言葉だろう。
――私がいない間、ここを頼むわね。
敬愛する姉に頼まれたのだ。山城が断れるはずも無い。
その後の山城は紆余曲折あったものの、艦娘の穴を纏め上げた。
練習生108番というイレギュラーはあったものの、山城は意外なリーダーシップを発揮し、この場所を守ってきたのだ。
以前の彼女からは考えられないことだ。
扶桑もまた、同じだった。
彼女が弟子を取るなんて想像も出来なかったし、そのため二年も費やすなんて信じられなかった。
時間は人を変える。
時雨はそう思わずにはいられなかった。
三人で始めた酒盛りも佳境を迎えていた。
山城は特に上機嫌だ。
大好きな姉が帰ってきて、持て余していた108番が制裁されたのだ。
浮かれぬはずがないだろう。
何杯も杯を重ねた。
次第に山城はでろでろになり、へろへろになり、ふにゃふにゃになった。
扶桑に抱きつき、時雨に絡み、遂には床に突っ伏すとそのまま寝息を立てはじめた。
酒に弱い方では無かった。
むしろ嗜むほうだ。
そんな山城が潰れたのは、やはり相当嬉しかったのだろう。
「全くこの子は……」
扶桑は苦笑しながら山城の頭を撫でた。
「どうする? まだ飲むかい?」
時雨の問いかけに山城は首を横に振った。
既に飲み始めてから二時間以上の時が経っていた。
「それじゃあ、僕も部屋に帰るよ」
「ええ、おやすみなさい。私はもう少しここにるわ」
そう言って扶桑は山城をベッドに運んだ。
それを見届けると時雨は部屋を出た。
夜は既に更けていたようで、寮の廊下には月明かりが指し、怪しい雰囲気を醸し出している。
色んなことがあった。
今日一日のことを思い出し、時雨は大きく息を吐き出した。
扶桑は変わった。
山城も変わった。
今、何もかもが変革の時を迎えているのかもしれない。
自分も然り、だ。
そんな時だった。
遠くから何かが弾けたような爆発音が聞こえてきた。
咄嗟に窓際によって外を見ると、遠くの暗闇に薄っすらと白い煙が上がるのが見えた。
一瞬で酔いが醒め、時雨はそのまま駆けだした。