高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

1 / 19
第一話『儚い月』

 高遠遙一は己のことを青空に浮かぶ儚い月と認識していた。

 

 自分は何のために生きているかわからず、自らの存在を見出せないぼんやりと存在する月のように感じていた。

 家に帰れば、父から暴力と狼狽え気な視線が迎えてくれる。

 父だけではない、メイドも慈愛などなくただ仕事を忠実に守るロボットのように動くだけだ。

 

 高遠は、ここは自分の居場所ではないと幼き頃より感じていた。その原因は暴力による直接的な痛みではなく、ただなんとなくであるが、ここは本当の場所ではないと己の予感でわかっていた。高遠の予感はよく当たった。それも悪い方に。

 予感が来るときは常に胸にチクリと刺すような違和感が起き、その後何かしらの事件が起きていた。自分は一切関与していないにも関わらず父から「お前がやったんだろ!」と暴力を振るわれる。だがその時思うのは、自分には()()()()()()()があるのだということだった。

 

 

 

 イギリスから帰国して秀央高校に入学して以後、高遠は霧島純平に誘われてマジック部に入部し、個性的な面々に囲まれて時を過ごしていた。安息の日々と言うのはあっという間に過ぎ去り、いつの間にか桜の花が落ちる季節となった。自分に居場所ができた時はささやかな喜びを感じていた。

 だが、月はやっと輪郭を現したに過ぎない。そしてその喜びも高遠自身どこか納得できたものではなかった。

 そして高遠は目標とする憧れのあの人――天才マジシャン近宮玲子の隣で完璧なマジックを観客の前で披露できるように井之尾公園(もう一つの居場所)にてマジックの披露をしていた。

 

 今日も放課後の帰りに公園に寄って小さなマジックショーの公演の準備をしている。

 今日はどのようなマジックで観客を欺くか、観客たる子供は子供だましでは簡単に引っ掛からない。子供というのは感受性が高く、飽きっぽく熱しやすくそして聡い。都合が悪いと目を背ける大人より、つまらないからという理由で帰る子供の方が練習相手になりやすい。

 トランクを開き、マジック道具の点検をしていると彼を呼ぶ声が聞こえた。

 

「やっぱり今日も来ていたのね高遠君」

 

 快活で高い女の声。

 高遠を知っている女性はそんなに多くない。一人は今海外で、一人は高遠の自宅に。あとの二人のうちの一人の声は穏やかで、その声に違わない物腰柔らかな外見と一致している。だが彼女(姫野先生)でもない。真反対の声だ。

 

「藤枝先輩」

 

 彼女は秀央高校指定の手提げかばんを後ろにやって、額が隠れるほどあるセミショートの髪を揺らし好奇心旺盛な猫の目を高遠に向けていた。

 

 藤枝つばき。マジック部の二年にして――姫野先生を除いての紅一点。部内からは『女王様』と呼ばれている。

 

「直接ここでお会いするのは初めてですね。たしか私が入部したときに見ていたとお聞きしたとき以来でしたが」

「高遠君が入部してからまだ見ていなかったから、あれからどれほどすごくなったのかなって見に来たの。もうすぐ五月祭だし、いち早く君の本気の腕を見たかったから」

「その前に黒江先輩が見学に来てましたけどね」

 

 数日前に同じマジック部の先輩の黒江が来たことを話すと、藤枝は頬をぷくっと膨らまし「もう、黒江ったら抜け駆けして」と不満を漏らしていた。

 自分が話さなければ他の部員に知られず一人秘密のままでいられたのにと心の中で思うが、それを押しとどめ軽く空気が漏れるように笑ってフォローを入れた。

 

「ふふっ、ですが準備前に来たのは先輩が初めてですよ」

「あらそれはよかったわ」

 

 膨れていた頬がすぐにへっこみ、口の端を吊り上げて喜んだ。藤枝が高遠のマジック道具が入っているトランクに顔を近づけて「今日はどんなマジックをするつもりなの?」と問いかけた。

 しかし、高遠は藤枝の問いに答えるつもりは毛頭なかった。マジックを披露する前にネタを言うのは愚の骨頂。自分のマジックの種がバレてしまう恐れがある。種がバレるのはマジシャン廃業と一緒だ。だから高遠は人差し指を一本口の前に持ってきて。

「秘密です」

 とだけ伝えた。

 

 すると、とたとたと子供たちが小さな砂煙を上げて高遠の下にやってきた。あの子供たちの面々はほぼ常連の子供だ。皆高遠のマジックがいつもこの公園のこの時間に行われることを知って男女の徒党を組み、腰を下ろして観客となる。

 

「お兄ちゃん今日もマジック見せてよ!」

「早く早く!」

 

 小さな観客たちが真摯な目を向けてマジックをしてもらうように催促する。

 すると、高遠が女の子の前に純白の手袋をはめた拳を前に出すと、手首を反対に返して指を開くと指の間に一輪の白いバラが咲いていた。

 

「「おおっー!!」」

 

 後ろの樹木がある方からも拍手の音がパチパチ聞こえてきた。それが藤枝一人の拍手だとわかったのはすぐであった。

 女の子がその白バラをまるでボーイフレンドからプレゼントを受け取ったかのように顔を朱に染めて一点に見つめていた。

――パチンと高遠が指を鳴らすとバラのがく平がぽっきりと折れ、白い掌の中に落ちた。

 バラの花に見とれていた女の子は、残った茎の部分を指先で持ったままうなだれていた。

 

「花が取れちゃった。せっかくきれいだったのに」

「そうだね。けどどんな綺麗な花もいつか朽ちて萎れかれてしまう。なら綺麗なまま花を保ったまま散った方がバラの花も喜ぶんじゃないかい」

 

 歪な理論だ。

 美しいものは美しくあるべき、醜いものは壊すべき。どうして自分はそんなことを感じているのだろうかと本人が疑問に思うほどだった。完璧主義の父の所以か元来あったものか、それが高遠の奥底にあった。

 自分は心の底では満足していない。マジックに対しての向上心とは違う、満たされない感情。ピッタリとはまるパズルのピースを探しているがそれがどんな形をしているのか未だに見当がつかない。

 

「ねぇねぇ姉ちゃんもマジックできるの?」

 

 帽子を後ろにかぶった少年が藤枝を指さして指名した。つられて他の子どもたちも見せて見せてとせがみ始める。

 

「わかったわ。あたしも君たちにマジックを披露してあげる」

 

 できれば大騒ぎにしてほしくない高遠であった。家の人に秘密にしているため、もし高遠が公園でマジックを披露していると知られると父からまた暴力を伴ってマジックを禁止されるかもしれないからだ。

 藤枝がカバンの蓋を開けてマジックの準備を始めると子供たちが一斉に静まり返ると、藤枝が白のボールとちいさなカップを手に持ち「ちょっとトランク借りるね」と高遠のトランクを子供たちの前に出す。

 事前準備が重要とされているマジックで、即興で行うのは相当の技術と精神がいる。だが藤枝の顔には緊張感も焦りも見えず慣れた手つきで女性特有の細い指先でボールを摘まみ子供たちに見せつける。

 

 ボールを入れたカップと空のカップを伏せて左右交互に入れ替える。

 上手い。ただその言葉だけが浮かんだ。

 入れ替える速度を早くすればよいわけではない。適度に観客にカップが見える速度を保ちながら動かすテクニックが並みの腕ではできないことを物語っている。

 

「さぁ、ボールはどこにあるでしょうか?」

 

 藤枝の手が止まり、子供たちにカップを選ぶように仕向ける。直感で指をさす子、カップの動きをじぃーっと観察していた子、裏を読んでいるのか唸って考えている子と一つのカップを選ぶだけで十人十色だ。

 

「さて、正解は……あれあれ? ぜーんぶ外れ!?」

 

 大げさにすべてのカップの中にボールがないことを観客に見せつける。子供たちはカップを触ってはボールがどこあるのかと確かめる。だがボールはすでにカップから消えていることは明白であると高遠は知っていた。

 ふふっとボールはどこだと探している子供たちを見て藤枝が小さく笑うと、台にしていたトランクの蓋を開ける。そこには高遠が用意しているはずのなかった白のボールがちょこんと鎮座していた。

 

「じゃーん。ボールはトランクの中に移動してました!」

 

 子供たちはボールが瞬間移動したことに驚きの声を上げた。

 高遠は口には出さなかったが、彼女のクローズアップマジックの技術は卓越していた。種を仕掛ける早業も含めてではあるが。

 

「もっかいもっかい。今度は絶対に見つけてやる」

「それじゃもう一度いくわよ。今度はね……」

 

 

 

 しばらくして高遠と藤枝両者による共同主催の小さなマジックショーが催された。ショーはとても盛り上がり、子供たちは今まで以上に楽しみ、目をキラキラと輝かせていた。

 この時、高遠はこの場所で再び懐かしい喜びをかみしめることができた。まるであの日、あの人に逢った日のようなそんな思いで。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。