高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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トリックについては、素人なのでご容赦ください


第十話『月下に見えたる正体』

 時刻は夜の七時を回ろうとしていた。

 すっかり太陽の紅が陰に潜み、深い藍色の夜空と銀色に輝く月の中に紫の雲が絵の具を垂らしたかのように浮かんでいる。マジック部の部室では前夜祭の成功を祝う打ち上げが催されようとしていた。大半の生徒は帰宅していて、今マジック部のある校舎もほとんど生徒がなく、一人廊下に出たらその足音が聞こえるほどだ。

 部室では、一年と姫野先生を除いた四人がソファーに座り、残りの二人はパイプ椅子に座っていた。人数の関係上仕方がないとはいえソファーと比べてパイプ椅子は非常に固く座りにくい。そして姫野先生がオレンジジュースが入ったカップを片手に乾杯の音頭を取った。

 

「みんなお疲れ様。前夜祭のマジックショーは大成功よ」

「いや~それほどでもないですよ姫野先生」

「唯一失敗した荒木田が言うな」

 

 「タッハ」と片倉部長が指摘しても荒木田はいつものように笑って誤魔化した。

 

「にしても、高遠君と霧島君のマジックが一番反応が良かったわよ。最後のアレ、高遠君が仕掛けたのでしょ」

「こいつ、俺をサポートするとか言っておきながら、おいしいところを持っていきやがって……」

「すみません」

 

 高遠は謝罪するが、まだ目を配らせていた。今の時間なら人がいない、霧島が仕掛ける時間としては好機だ。これを利用するほかない。そんな高遠の心中をよそに、話は進んでいく。

 

「霧島君ももうちょっとなんだけどね。最初のつかみはよかったんだけど、高遠君がいなかったらゾンビボール失敗してたわ」

「へへ、面目ないっす。先輩、俺お代わり入れてるくるっす」

「いや僕がやっておくよ」

 

 霧島がテーブルの上にある二リットル入りオレンジジュースのペットボトルに手をかけようとした寸前で、高遠が空になった藤枝の紙コップに注ごうとした。その寸前で高遠の手が滑って藤枝のマジシャンスーツに大量のジュースがかかってしまった。

 橙の水がズボンの股座のあたりからフロントにかけてしみ渡り、慌てて戻すがジュースはソファーと床にまで注いでしまい、被害を拡大させてしまった。

 

 突然のハプニングに、狭い部室内は騒然として、ティッシュはどこだと騒ぐ者や高遠を叱責する者とこの騒動に部員たちはそれぞれ別の行動をとる。

 

「床までびしょびしょじゃんか。俺、雑巾もらってきますから」

 

 霧島も同じく別行動をとって、部室を出ていった。

 荒木田が部室の隅にから取ってきたティッシュ箱を、部員たちが五枚や六枚も取って床や大事な備品であるソファーを隙間までふき取るが、枚数が足りないようだ。高遠は申し訳ない表情で藤枝に謝罪する。

 

「先輩すみません。今拭くものを」

「ありがとう。でも着替えてくるからいいわ明日洗濯して返すから」

「いえ、そんなこぼしたのは僕のせいなんですから」

「今日一日借りたお礼よ。私ちょっと更衣室まで着替えに行ってきますので」

「僕もほかの部屋から雑巾借りてきます」

 

 二人も部室から出ると、藤枝は下の階にある更衣室へ向かうため階段を降りようとする。その時高遠が一瞬藤枝を呼び止めて、耳打ちをした。

 

「分かったわ。ありがとうね高遠君」

 

 藤枝がそういうと階段を下り始め、コンコンと規則正しい音が段差を下りるたびに音が反響し踊り場にまで聞こえてくる。

 藤枝の姿が見えなくなると、高遠の胸にあの針が刺されるような感覚が蘇った。以前とは違い、強烈な痛みはないが何か事件が起こる前触れなのは間違いない。そして藤枝が殺されないという意味の裏返しでもあり胸の針がすっかり落ちて軽くなった。

 

 高遠は三階の廊下の隅へと走り、コの字の角で止まる。その隣の窓を開けて、ケヤキの木にひっかけていたロープに飛び移る。ロープが高遠の体重に従い下に降ろしていく、入れ替わりに高遠が今朝他の部室からくすねてきた三つのペンキ缶がシーソーの要領で登っていく。

 三階から一階へ滑るように降りていき、無事足が草むらの上にへと到着した。二階の廊下を見上げると、いくつか明かりが灯されて、二、三人の人影が確認できた。

 慎重にペンキ缶をぶら下げたロープを地面に降ろしていく。缶同士がぶつかり合いコンと小さく金属音が鳴って少々焦ったが誰も高遠がいる校舎裏を覗く人はいなかった。一つ息を吐いて安心すると、事前に高遠がすぐに乗り込めるように開けておいたロケット部のポスターが貼られていた窓を開ける。廊下の窓一面に貼られたポスターがこのロープとペンキ缶の仕掛けを隠してくれたのだ。

 

 誰もいない廊下を耳を澄ませるが、階段を駆け降りるような近づいてくる足音はない。藤枝先輩は更衣室に向かったようだ。そして霧島はタコ壺に入った。あとは引きずり出すだけだ。

 そして茂みの中に隠してあったものを引っ張り出す。

 

 

 

 ドアが開く。

 裸電球一つしかぶら下がっていない部屋の中に溜まった埃臭いにおいが鼻腔をくすぐり今にも入ってきた人物のくしゃみが出そうだ。襟元まであるセミショートの髪を持つマジシャンスーツを着た人物は、それを思いながら扉を閉めて他の誰も入ってこないように内鍵をかける。

 幸いにもこの部屋の中は誰もいないようであった。電気はつけなかった。右側の高いところにある小さな窓から銀に光る月明かりがこの部屋にほんのわずかに影を落としてくれた。その窓の下には荷物が散在していて足の踏み場もなさそうだ。そして左側に並んでいるロッカーの方に正面を向けて、着ている服に手をかける。

 

 突然、雲で月が陰ったと同時に一本の光る線が目の前に入ってきた。その糸は確実に首を絞め息の根を止めようとする凶器であった。

 一瞬の出来事にその人物は――冷静にカッターナイフをポケットから取り出して凶器をなまくらにもならないただの糸にさせた。

 

「な、なに!?」

 

 殺めようとしていた人物は驚愕の声を上げると、マジシャンスーツを着ていた人物が振り返る。そのマジシャンスーツは新品のように全く汚れがなかった。そして発せられたのは大人しく繊細な()()()()であった。

 

「何を驚いているんだい霧島。入ってきたのが僕じゃ何か不都合だったのかい」

 

 雲が通り過ぎて月が再び部屋を灯すと、そのセミショートのマジシャンスーツを着ていた人物は藤枝と似た女物の髪のカツラを被っていた高遠であった。

 高遠がカツラを床に脱ぎ捨てて、今しがた人一人殺めかけた霧島に目を向ける。霧島は口をパクパクとまるで魚が陸に打ち上げられたかのように戸惑っている。

 

「…………た、高遠じゃんか、びっくりしたぜ。ちょっと藤枝先輩を驚かそうとしたのにまさか俺の方が驚かされるなんてさ」

「フッ、首を絞めて殺すことがあっと言わせられることかい? そもそもどうしてここに藤枝先輩が来るってわかったんだい」

 

 高遠が霧島の言い訳を一蹴して問い詰めるが、霧島はえへんえへんと部屋の埃が気管に入ったかのようなわざとらしく咳払いをする。

 

「覗きだよ覗き。今ならバレずに覗けるかなって、それで藤枝先輩が来たと思って。ほら、藤枝先輩マジシャンスーツ着ているし、高遠がジュースこぼしてここに来るのは普通わかるだろ」

「ここはただの()()だよ。この祭りの間はずっとここは更衣室には一度たりともならなかった」

「え?」

 

 高遠から告げられた言葉に、霧島はすっきょんとうな声を上げた。高遠は淡々と自分の仕掛けたトリックを告げていく。

 

「今朝、全体準備に行く前に僕が書き換えた地図を入れ替えておいた。昼間に藤枝先輩がここで着替えたのは緊急でここが一時女子更衣室になったからそこで着替えてくれって伝えたんだ。今先輩は、本物の女子更衣室で何も知らずに着替えているだろう」

 

 藤枝が階段を下りる前に吹き込んだのは「昼間に着替えました一階のあの場所はもう封鎖されてますので間違えないように」と伝えたのだ。もちろん、彼女は二回とも信じた。彼女ならば自分の言うことを何も疑わずに信じてくれるからという信頼の裏付けがあるからこそできた芸当だ。

 それは霧島にも同じことをが言えた。手書きの地図の字とそっくりに高遠が書き換えた地図の場所を指し示し、さもこの場所が本当の女子更衣室であると高遠との信頼によって作り上げてしまった。もちろん、それだけでは不十分であるのは高遠は承知であり、実際に藤枝にこの場所で着替えさせ霧島を呼び出してよりその印象を与える計画だった。最も電話で呼び出すその本人自らが来たのは高遠にとっては好都合だった。

 そして最後の仕上げとして、藤枝を更衣室に向かわせて一人っきりにわざとさせる演出を高遠がジュースをこぼすという形で作り上げたのだ。霧島が適当に理由をつけるか、高遠が頼んで部室の外に出させることを仕向けた。狙い通りに霧島は部室の外に出て、思惑通りにここで待ち伏せていた。

 高遠が昨日の夜に訪れたレンタルコスプレ店で同じマジシャンスーツ二着とセミショートのカツラをレンタルして、今朝方全体準備が終わった後にロープの仕掛けともう一着のマジシャンスーツとカツラを茂みの中に隠しておいたのだ。

 霧島が変装した高遠を藤枝だと誤認するために、この部屋を選んだ。裸電球一つしかないこの薄暗い部屋の中でなら、よくよく見ないと背格好と同じ髪型と服だけでは間違えるからだ。

 

「ここは僕が用意した舞台の上だ。昨日の夕方、君が藤枝先輩をさっきと同じように糸で絞殺しようとしたのを見た後で思いついた。我ながら、危ない橋を渡ったものだよ」

「おいおいおい、なんだよそれ。俺が藤枝先輩を殺そうとした? あれは物質空中マジックの片づけをしていたって言っただろ」

「両手に糸を巻いて、電気もつけずに回収していたのかい? 苦し紛れの言い訳だね」

 

 部室での矛盾はすでに高遠がバスの中で解いたことだ。それを霧島に告げるが白を切るばかりで全く白状しない。堂々巡りが続いてお互いのイライラが達し始めようとしたが、先に口を開いたのは霧島だった。

 霧島は、苛立ちで茶色の髪を掻きむしりながら文句を垂れる。

 

「ひどいな。本当だって、俺たち友達だろ。だいたい藤枝先輩が昨日の帰りにちゃんとパスケースを俺がカバンを倒した後でなくなったことに気付けばいいのに、そうすれば俺が変な疑いを――」

「……フッ、君は今自分で墓穴を掘ったよ。どうして藤枝先輩のパスケースが()()()()()()()()()()()()()()()()ことを知っているんだ?」

 

 霧島はどういうことだと言いたげな不満げな表情を見せるが、高遠は余裕をもってその『墓穴』の意味を答えた。

 

「昨日彼女は部室の戸締り番だ。最後まで部室に残っていた彼女がいつ落としたかわからない。部室を閉めた時かもしれないし、もっと前かもしれない。だけど霧島、君はピンポイントで自分がカバンを倒した時と明言した。どうしてパスケースはその時に落としたのだと知っているんだい?」

 

 霧島は「あっ……」と声を漏らして言葉を失い、二の句が継げなかった。高遠は続けて霧島に詰め寄り責め立てていく。

 

「それは霧島、君が藤枝先輩を部室におびき寄せるように仕組んだからだ。さあ教えてくれないか霧島。あの暗い部屋の中、人影しか見えない中で、紐を両手で持って、彼女に何をしようとしていたんだい? 僕がさっき切った糸で殺そうとしていたのかい。答えてくれよ霧島」

 

 部屋の天窓から再び差し込んだ月夜の明かりが高遠の横顔をさらす。高遠は自覚していなかった。今の高遠の顔は悲痛に友人を懇願する顔でも、怒りを持って迫るものでもない。

 

 ()()()()()

 

 高遠は笑っていた。友人を自分の仕掛けたマジックに引っ掛かり、騙したことへの悦楽が無意識の内に顔に出ていたのだ。

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