高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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第十一話『顔の下の正体』

「は、はは、ははは、あははっはっははは!! ははは!! はははははは!!」

 

 霧島は突然壊れたように、文字通り膝を打って大笑いした。高遠は突然の霧島の行動に一瞬ひるみ及び腰になった。追い詰められた犯人は得てして自暴自棄になることはあるが、霧島のはそんな類ではない。

 

 本当に心の底から笑っている声だ。

 

 人が少なくなった校舎に弾けるような哄笑(こうしょう)を倉庫の中で響き渡らせる。お腹を両腕で押さえてながら背中を反ってひとしきり笑い終えると、霧島は普段のカラッと爽やかな笑顔でなく下卑た笑みを浮かべていた。

 

「やっぱりすげえよ高遠は、まさか犯行の臭いを嗅ぎつけただけでなく、俺を罠にかけて犯罪を防ぐなんて……やっぱり俺が睨んだ通りの人間だ。そうだよ、藤枝先輩を殺そうとしたんだよ俺は。いや本当だったら姫野先生も殺すはずだった。高遠のためにと思ってしたのが、まさかその本人にすべてパーにされるなんてな」

 

 藤枝先輩だけでなく姫野先生まで? どういうことだ。どういう接点で、どうしてあの二人が死ぬことで僕のためになるんだ。

 犯人の口から、部の先輩だけでなくいつも気にかけてくれた先生までも殺す予定であると高遠の予想とは大きく外れた答えが返り、普段のすました顔を思わず崩してしまった。月光の明かりが霧島にかかり、倉庫の中に舞い上がっている埃と霧島の本性を浮かび上がらせていた。

 

「昨日の部活の最中に藤枝先輩のカバンからスったパスケースを撒き餌に、一人になったところを殺そうとしたら、まさか高遠が戻ってくるとは思わなくてさ。けど、嬉しかった。片づけることがあるだろって言った時、勘付いたって分かった」

「昨日の夜に送られたあのメールは本当にわざとだったのか?」

「ああ、そうだよ! お前だけの犯行予告状だ。まあメールの意味に気付くか気付かれまいが、殺す予定だった。ホントなら藤枝先輩を絞め殺して、『スフィンクス』のマジックのように藤枝先輩の首を切って、今晩辺りに生物準備室で偽物の首を机の上に晒して、翌日の朝に本物に入れ替えてやろうと思ってたんだけどなぁ」

 

 まるでショーの内容を話している感覚で霧島は普段話している口調で高遠におぞましい殺人計画内容を話していた。その内容が他の人からすれば、あまりにも猟奇的なものであるはずなのにだ。

 高遠は霧島の動機が全く分からなかった。自分のため? 恨みや復讐のためでなく、僕のため? どういうことだ霧島!

 理由が欲しかった。殺すに値する理由を高遠は渇望していた。理由なき殺意などあるのだろうかという自身の常識を壊したくなかったのだ。

 

「どうして藤枝先輩だけでなく姫野先生までも殺そうとしたんだ。どうして彼女たちを殺すことが僕のためなんだ」

「さっきも言ったろ。お前のためだ高遠。俺とお前は似ているんだ。()()()()()としての才能が」

 

 ……悪の犯罪者だと? その言葉の意味を高遠は一瞬理解できなかった。

 

「俺はお前と一緒にいるだけで楽しいのは本当だ。だって俺もお前も悪の犯罪者として似た者同士だからだ。思い当たる節があるんじゃないか、近くで人が死んでもなんとも思わなかったり、他の凡人なら身の毛のよだつことを平気で言うとさ」

 

 思い当たる節は確かにあった。高遠の身の回りには、なぜか死にまつわる事件が付きまとっていた。しかし、それで自ら他人とは異なるから犯罪者になろうなど微塵もなかった。

 

「才能ある者を周囲は理解してくれない。お前の周りも、俺の両親もそうだ。いや、俺の場合は理解しようとすらしなかった。お前何か相談があるごとに姫野先生のとこへ行くだろ。あの先生にべったりしていたら、お前の才能をなまくらにしてしまうからな。それにあの女、藤枝先輩なんかお前に気があるのが見え見えでさ。この間も公園でお前に近寄ってただろ。ホント女ってのは怖いよな。お前のような天才をたらしこんで使い物にならないようにする。ああいう薄汚いメス豚どもは断罪されるべきなんだ」

 

 もう高遠は霧島の話を半分も聞いてなかった。どんなに他の人と異なっても、高遠には犯罪よりも、勉学よりも、周囲よりも大事なものがしっかりとあった。

 

 母である近宮玲子に魅せられたマジックに追いつくために、()()()()()()()()()()()

 

 霧島の犯罪を防ぐ方法はいくつもあるはずなのにマジックという回りくどい方法で行ったのも、マジックありき故の行動なのだ。高遠の行動原理はそこにあるのだ。

 

「なあ来いよ高遠! 俺と組んでさ、頭からつま先までどっぷりと退屈に浸って生きているくだらない平凡な連中に俺たちが恐怖のどん底に叩き込んでやるんだ。残酷で美しいマジックショーでさ! 俺とお前で芸術犯罪をさ!!」

 

 声高に霧島が手を前に出して高遠を霧島が行く世界へと誘惑する。しかし、高遠の答えは有無を言わさず返事した。もう言葉は決まっていた。

 

「くだらない」

 

 高遠がポツリとつぶやくと、手を高遠に向けて差し出したままだった霧島の腕の力が緩んで下がる。まるで、望んでいた答えとは異なるとは予期しなかったかのようであった。

 

「霧島、僕はもし藤枝先輩が君に恨みを買うようなことをしたことが殺意の原因なら、僕はそれを容認しようとした。まあ、先生に止めるように諭されたけどね。けど、君の殺人の動機を聞いて、くだらないと思ったよ。実に短絡的で押しつけがましい自己満足。まるで駄々をこねる子供だ。君のは芸術的な美しさの欠片もない、ただの快楽殺人鬼だ! 僕とは似てもいない、月とすっぽんだ!!」

 

 腹立たしいことが勝っていた。今まで霧島のために思案していたことが、友人のために犯罪を起こさせないようにマジックを練っていたことが、ろくでもない理由による行動と知ったことで高遠の中では()()()()と感じ腹立たしかった。ゆえに、霧島の誘いを突き放したのだった。

 朝のバスの中でポアロかと思ったのが、まさに『カーテン』の快楽殺人鬼だったのだから。同情も、憐憫も、救済も微塵も湧き起らなかった。

 

「君が起こしたことは明らかに殺人未遂だ。現に僕は藤枝先輩と見間違えられて殺されそうになったし、刑務所行きは確実だね。いや君の場合は少年院送りか。けどどの道、君の本質は変わらないだろうけどね」

 

 高遠が言い切った直後、重く深い衝撃が高遠の体にのしかかった。

 霧島が下卑た笑みを浮かべながら高遠に体当たりをしていた。そしてその手には刃渡りが二十センチはある銀の月が照り返すほどの新品の包丁が握り締められていた。

 

「そうだよ。どんな再教育されたって、俺の殺人衝動は抑えられない!」

 

 霧島は衝突の衝撃で包丁で刺した後、手に力を込めてより深く高遠の胸のあたりをえぐるように突き刺す。霧島が包丁から手を離し力をこめすぎて硬直を起こしたのか、手首を左右に揺らしてしびれを冷ましている。

 そして刺された高遠は包丁が刺された部分である胸のあたりを抑えると力が抜けて足がよろめき、小さく速い呼吸を始める。それを見て霧島が余裕の表情で高遠に最期の別れを言う。

 

「残念だよ高遠。お前のこと結構気に入っていたんだけど、しかたないか。計画とはずいぶん異なったけど、最初にお前の首を晒して俺の殺人マジックショーの開幕とするぜ。その後で、藤枝先輩と姫野先生を後で送ってやるから」

「………霧島、僕のマジックは()()()()()()()()()

 

 霧島は何を言っているのだという表情を見せていた。そして高遠が胸元を開くと、刺されたはずの包丁の代わりに薔薇の花びらが刺された部分で舞っていた。高遠の胸には血の一滴も零れ落ちていなかった。

 その薔薇は、今までの何物にも汚れることのない純白の薔薇ではなく、紅よりも赤く、鮮血のように真っ赤な薔薇だった。

 

「血のように赤い薔薇をどうぞ」

 

 赤い薔薇の花びらが霧島の胸のあたりに到達すると、薔薇が咲いた。以前荒木田にやったような死の薔薇のマジックと似ていた。ひとつ異なるのは、それが初めから血のように真っ赤に染まっている薔薇ということだ。

 

 薔薇が弾けた。

 

 薔薇の中から、先ほど霧島が高遠に突き刺したはずの包丁が高遠と寸分たがわない胸の位置に刺さった。包丁は吸い損ねた血の代わりを霧島の血で補おうと、刃が元の主人の胸の所を突き刺し、渇望していた血しぶきを一身に覆った。

 

「は、はは。これりゃすげぇ」

 

 ようやく事態を呑み込めた霧島であったがもう驚きと笑うことでしか力が出ないようで、膝が崩れ、追って上半身も起き上がる力もなく糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた。

 高遠は刺されたジャケットの胸のあたりを倉庫の中に舞っている埃でも払うかのようにいつものすました表情に戻っていた。

 

「計画的な犯行で命を狙い、犯行予告を出す人間に対して何も手を打たないで一人で相手をするなんて、最初から考えていないよ」

 

 どこに種と仕掛けがあるのかさっぱりわからないマジックに霧島は「やっぱすげえや高遠は」と噴き出ている胸元の血を抑えることもせず、弱々しい声で称賛した。

 

「な、なあお前。これで何人目だ。人を殺すことに。なにか感じるか」

「君が初めてだよ。それに何も感じない」

 

 霧島が途切れ途切れになりながら質問するが、高遠の答えはあっさりしたものだ。

 悪人だから罪悪感はないだとかということではない。本当に何も感じないのだ。人一人殺めたことに対しての変化だとか、焦燥感も何も感じないのだ。

 

「そうか、くそぅ。こんな逸材を、あの二人を殺せなかったことが、こころのこりだ。あのふたりは、ぜったいにおまえを……なま……くら…………に………」

 

 無念の言葉と共に苦々しい顔を浮かべて、霧島は息を引き取った。

 天窓の月光がまた雲に隠れて倉庫を暗黒に変えた。その暗がりの中で高遠は肉塊と化した霧島の死体を見て思案し始める。

 

「さて、どうやって僕が殺人を起こしたことを怪しまれないようにしますか」

 

 高遠のしたことは過剰ではあるが正当防衛であった。しかし、このままでは霧島殺しを疑われかねない。それが露見すれば、家や学校だけでなく世間からも高遠の居場所がなくなってしまう。その最悪の事態を回避するために考えていた。

 すると、霧島のポケットから携帯がころりと落ちた。まるで高遠に拾ってくれと暗示するかのように誘う形で。高遠がそれをハンカチで拾い、携帯の中身を調べ始める。

 霧島の携帯の中身はメールであふれかえっていた。しかもメールの差出人がほとんど異なっており、それだけで霧島の顔の広さや人望の高さをうかがい知れる。下書きの項目に入ると高遠は興味深い内容のメールを見つけ、ほくそ笑んだ。、

 

「ほぅ、これは『()()()()()()()』ですか」

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