高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか 作:wisterina
一本の夜道を均等に配置された街灯の明かりを頼りに、高遠と藤枝は普段と変わりなくバス停へと歩いていく。ただ二つの点を除いてその日は異なっていた。一つは今日は五月祭の前夜祭であること、帰り道に藤枝は今日のマジック部の公演について感想を述べていた。
「今日の前夜祭の公演最高だったわね。特に高遠君が全部持って行っちゃったとこなんか」
「すみません。出過ぎたことをしてしまって」
「また謝っている。もう癖なのかなその謝り癖。まあ、霧島君の突飛のなさに比べたら、驚きもしないけど」
藤枝がうんざりとした様子で力が抜けると、汚してしまった借りた衣装が入った紙袋がガサッと音を立てて揺れた。霧島は部長宛にメールを送って『すんません。急に用事ができたので先に帰らせていただきます。雑巾とか掃除用具は高遠に全部持たせていますので』と勝手に先に帰ってしまったのだ。戻ってきた高遠の腕の中には、バケツとその中には大量の雑巾が梅雨の時期の洗濯物のように積み上がっていた。
だが霧島があの後部室に戻らなかった真実は高遠だけが知っている。霧島は自分の意志では、もう部室に二度と戻れない体になっているからであると。部長に送ったメールは、霧島本人ではなく高遠が代筆で打った偽のメールに過ぎなかった。
そう、もう一つはもう霧島純平という男が
しかし、そうとは微塵も知らないマジック部員……いや高遠を除いたこの世のすべての人間が霧島純平はまだ生きて家に帰っていると
タイミングよくバスが到着し、二人は昨日のように途中で降りることなく座席に座った。
ゴロゴロとバスが駆動音を鳴らして、小刻みに車体を揺らしながら走り出だすと高遠は昨日と同じく窓の外を――いや窓に映る自分の姿を見つめていた。
霧島が言い放った『
高遠の行動の根源はマジックであることは間違いなく高遠自身でも口に出せる。だが、全てを否定はできない。高遠の周りでは、なぜか死が付きまとっていた。父はそれを常に高遠がかかわっているのではないかと疑いの目を向け続けていた。
自分には間違いなくマジックがある。だが霧島も、父も自分が持っていると思われているものとは異なる、陰惨な性質があると認知されている。どれだけ高遠が否定しようにも肉体を殺したとしても、言葉が記憶が、高遠に絡みつき暗澹な海に沈めようとして悄然とさせていく。
バスが信号で止まると、外には街灯の灯りが切れかかっていて、それが周りの夜の闇に光が喰われているように高遠は思えた。
「ねえ、高遠君聞いてる?」
「…………あぁ、すみません」
「もう聞き飽きました。もう高遠君じゃなくてオジギソウって呼んだほうが良いかな」
藤枝の呼びかけで高遠は我に返った。藤枝が指を二本立てて、くにんと人がお辞儀するような仕草を見せつけた。今の君の仕草にそっくりだよとでも言いたげに。
オジギソウ……なんとも言い得て妙であるとその草について連想させた。オジギソウが葉を折るのは捕食者からの防御として体を小さくするため、ちょうど高遠が目立たず暴力を振るう父親に反発しないよう大人しい羊を演じるように。そして微量な毒があることも、また自分に似ているなと苦笑した。
「僕がオジギソウですか。なかなか面白いことを言いますね先輩」
「やっと笑ってくれた。高遠君バスに乗ってから元気なくなっていたからどうしたのかなと心配したのよ。明日の本祭しっかり……は大丈夫よね高遠君なら」
彼女は僕をマジックが上手い人間であると思っている。だが、霧島や父は僕を危険な人物として見ている。同じ人間なのに、それぞれ自分の性質の認識の違いが異なることを高遠は苦々しくおもい、彼に粘着性の高い泥のようにのしかかっていた。
「先輩、僕が本当にそういう人間であると思えますか」
「どういうこと?」
藤枝がぱちくりと目を瞬かせると、バスが動き出した。そして高遠は、外のポツポツと灯される街灯を映写機のように背景にして語り始めた。
「もしも、僕の仮面の下には先輩が思っているのとはまるで異なる怖ろしい性格があるとしたらどうしますか?」
「……そうしなければいいだけの話よ。黒江だって、高遠君も聞いているでしょ「死ねばいいのに」とか陰で言っているけど、本当に殺すことはしていないでしょ。どんな怖ろしいことを考えても、まあ黒江のように言葉に出すのはどうかと思うけど自分の中で押さえていれば、みんな生きていける。一年生なんだからそんな難しいこと考えなくてもいいの」
「…………そうですか」
ポンポンと藤枝に肩を軽く叩かれると微笑を返した。行動に移さない。そうだ、それを繰り返さなければよいのだ。だから今回のはこれで最後にする。決して知られないようにすればいいんだ。そうすれば、僕は生きていける。
そうすると藤枝は高遠のよりもぱぁっとバスの車内のほの暗い灯りより明るい笑顔を見せてくれた。
バスの車内放送が流れると高遠はブザーを押して次のバス停で降りることにした。
「先に降ります。衣装を借りてきた店で服を汚してしまったことを伝えておかないといけませんので」
「ごめんね高遠君。また明日、あたしも頑張るから」
藤枝が両手で握りこぶしをつくり自分を励ますと、同時にバスが停留所に停まった。そうして高遠が停留所に降り立ち、バスを見送ると、店とは反対の方向に歩き出した。
「さて、殺人マジシャンのマジックのネタを仕込んでいた神社はこのあたりだったはず」
高遠が向かったのは、殺人マジシャンこと霧島純平が殺人の仕掛けをした場所だった。霧島の携帯の中には、藤枝と姫野先生を殺した後に送る予定だった殺人予告状が三件分用意されていた。
では残りの一件は誰の分かと言えば、そのメールの一つにはこの神社に呼び出す文面で霧島本人の名前が書かれていた。おそらく、偽装自殺だと高遠にはわかった。霧島は高遠を連れて快楽のための殺人を続けていこうと嬉々として言っていたので、本当に自殺するはずがないのは明白だからだ。
偽装殺人をするには、必然的に綿密な準備が必要だ。しかも、最初に藤枝を殺してから取り掛かるのであるから、なおさら自分が疑われないように動く必要がある。高遠はそれを探しに神社へ向かったのだ。
石段を上がり、神社に誰もいないことを見計らうと捜索を始めた。
本殿、賽銭箱、手水舎、鳥居。どこにもそれらしきものはなかったが、参道の道外れに一本の整備もされていない細い道を見つけた。ある程度は手入れはされているが、周りの植物が生い茂っており、道を狭めている。高遠は枝に引っ掛からないように道を進むと、トタン屋根が特徴のみすぼらしい廃屋が姿を現す。
この廃屋の周囲にも人の気配がないことを確認すると、高遠は廃屋に侵入した。中は見た目通り壁は朽ちて壁紙が剥がれ落ち、天井には蛍光灯がすべてなく携帯の明かりがないと足元まで見えないほどだった。携帯の明かりを頼りに中を灯すと、そこには廃屋にはありえないものが転がっていた。
真ん中の天板に人の首がちょうど入れるような穴が開いた段ボールのテーブルに透明な液体が入った二リットルペットボトルが二本と二枚の鏡がフローリングを引きはがした床に置かれていた。間違いなく殺人マジシャンが用意したマジックの仕掛けだった。
「殺人マジシャン、君のマジックは僕の手でやらせてもらうよ。僕流に少し手を加えたマジックでね」
深夜の十一時になったころ高遠は、再び秀央高校の校門前に足を運んでいた。片手には広げた携帯を持っている。
すると、背後から女性の声が高遠の名を呼んだ。
「高遠君!」
「藤枝先輩。先輩もこのメールで呼び出されたのですか?」
「うん。霧島君からのメールでしょ」
藤枝が携帯を開き送られてきたメールを見せてくれた。『お見せしたいものがあります。今夜マジック部の皆さんで秀央高校の天文部テント前にお集まりください』と書かれた文面であった。
藤枝は高遠もこのメールを見て、秀央高校に訪れたのだと思っている。だが高遠はそのメールの内容はすでに知っている。なぜなら、そのメールを打った張本人であるからだ。
二人が指定された天文部のブルーテントがある運動場へ向かうと、すでにテントの前にはマジック部の面々がそろっており、姫野先生が二人を見つけて一番に声を上げた。
「二人も来たのね」
「まったく、一人だけ先に帰ったと思ったらこんな時間に呼び出すとは。今年の一年ときたら」
「黒江だって去年まで一年だったくせに」
黒江が霧島の態度に不満の声を上げると、藤枝が宥めている。高遠は次のメールを送るつもりはなかった。高遠が仕掛けるマジックには、霧島の携帯を手元に置くのは矛盾をきたすのですでに持っていないのだ。
そして見計らったかのように、片倉部長がしびれを切らし、先陣を切って天文部のテントの中に入っていった。
「よその部のテントの中に入り込んで何やってんだ霧島。もしかしてよそ様の展示に何かいたずらでもしているんじゃないだろうな」
「霧島ー、かくれんぼするなら出ておいで」
荒木田がいつものからかった調子で霧島を探し出すと、他の部員たちも霧島を探し始める。片倉部長が展示物である天体を覗く穴に目を当てると、片倉部長の健康そうな肌から血の気が引き始めた。
「……! 霧島っ!!」
片倉部長が叫び声を上げると、高遠が我先にと片倉部長が覗いた穴に目を当てた。
そこにはテーブルの上にまるで花瓶が置かれたかのように霧島の生首が、口から血を流していた。首の両側には、数センチまで溶けているろうそくが霧島の首を映し出している。誰が見ても霧島が死んでいることは明らかだった。
「……霧島!」
高遠が友人の惨状に、たじろぎ数歩足を退かせた。が、高遠は驚いた演技をしただけだ。霧島が数時間前にとっくに死んでいることも、廃屋にあった仕掛けをテントの中に持ってきたのも全て知っているのだ。
そして高遠の言葉を代弁するかのように片倉部長が、震えながら向こうの惨状を部員たちに伝えた。
「霧島が……首を切られて……」
最後の言葉に部員たち全員に戦慄が走った。突然いなくなった部員が、テントの中で死んでいるだけでなく、首を切断されているという猟奇的なことに遭遇している。そんな後輩が、生徒が凄惨な姿になっているのを知って、誰も覗き窓を覗く勇気などなかった。
ただ一人、黒江を除いては。
「部長、スフィンクスだ。ただのマジックだよこれ」
「マ、マジック?」
黒江の言葉に片倉部長は間の抜けた声を上げた。
「そうだよ。穴の開いた鏡を使って、テーブルに首だけ出して首切り死体と見せかけているだけだよ。まったく人を呼び出しておいて驚かせて。本当に死ねばいいのに」
黒江の言葉は図らずも当たっていた。そう、霧島は本当に首を切断されていないのだ。黒江の言う通り、マジックの一つであるスフィンクスを使っているだけに過ぎないのだ。
しかし勘違いもしていた。霧島は首を切られてはいないが死んでいるのだ。そして部員たちが死体を確認する暇を与えないように、高遠は独自の時限式仕掛けをつくっていた。――さあここから
「この臭い……! 皆さんここ灯油が撒かれてます!」
「「えっ!?」」
全員が一斉に高遠の言葉に耳を傾け、臭いをかぎ始めた。灯油独特の重たい匂いに気付いたとき全員が目を見合わせた。
そしてテントの中にあったことを知っている先輩二人は、血相を変えて覗き窓の仕切りを壊す勢いでガンガン叩き始めた。特に片倉部長は叫びながら霧島の名前を叫んで仕切りを叩いた。
「おい霧島、そこから出ろ! もうすぐろうそくの火が落ちてしまうぞ!!」
だがいくら叫んだところで、霧島は動くことはない。加えて、仕切りの壁は大勢の来場者が来ても倒れないように支えられており男二人程度の力では容易に倒れないことも高遠は知っていた。
片倉部長の無意味な叫び声が響き渡ると、黒江が壁を叩くのを止め覗き窓の向こうに起きている変化を伝えた。
「だめだ部長、霧島気付いていない。このままだと蝋が落ちて引火する。みんな出ろ!」
「霧島ーー!!」
全員がテントの外に出ようとするも片倉部長は、最後まで壁を壊そうと懸命に抗っていた。だがそれも黒江と荒木田に引きずられる形で引きずりだされてしまった。
片倉部長がテントから出された瞬間、ブルーシートのテントが真っ赤な火に包み込まれてしまった。段ボールでできたテーブルに蝋が溶け落ちた火が燃え移り、高遠がテントの中に撒いた灯油に燃え移ったのだ。
「霧島君ーー!!」
姫野先生は声が枯れるまで秀央高校全域に響き渡るほどの大声で泣き叫んだ。藤枝はあまりの出来事についてこれないようで、膝を崩して声を失っていた。全員が全員、霧島が燃えていくブルーシートが踊りながら炎の中で喰い殺されていく様子を、呆然とあるいは悲鳴と怒声が入り混じった声を上げて感情をあらわにしている。
しかし高遠だけは密かにただ一人、嗤っていた。