高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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第十三話『高遠の本心と責任』

 霧島純平の葬儀は、彼が死んだ日とはうって変わり曇天に覆われた雨模様であった。

 彼の関係者もいつも仲間意識が薄い霧島の所属しているAクラスの皆もほぼ全員が俯き、涙をすする音が止め処なく聞えてくる。それほど霧島純平という男がいかに友人と思い親しく、大切に思っていたかがそれだけで伝わる――当の本人は僕以外親しいとはなんて思っていないだろうなと献花台の遺影から高遠は感じ取っていた。

 彼の遺骸が入っている棺は見るも無残に焼け焦げた姿をはばかり、桐の蓋で封されていた。一人一人、桐の棺桶の前に置かれた焼香に祈りを捧げていると、一人の男子生徒が霧島に対して抑圧していた感情が抑えきれず昂ぶり、棺を叩いた。

 

「馬鹿野郎! ()()()()()()()()()()なんて笑えないぞ霧島!」

 

 式場が泣き叫んだ男子生徒の声に包まれて騒然としながらも、高遠はただじっと屈託のない笑みをつくっている霧島の遺影を見つめていた。

 

 霧島の死体を喰らいつくす炎は、翌日の昼間まで燃え続けていた。炎の勢いは霧島の体が原形をとどめないほどひどく黒焦げに焼き尽くしてしまった。高遠は、死体の損傷を激しくして刺し傷を誤魔化す必要があり霧島の体に灯油をかけて、燃えやすくした。

 高遠としてはいささか不安があったが、現場に来た警察がマジック部員の証言から、生徒による危険なマジックの失敗によって引き起こされた事故と処理して司法解剖にも回されずにことが済んだ。霧島がお調子者である性格に加え、よくマジックを失敗し、事件のあった当日も失敗したことで彼らを見返すために仕掛けたマジックが失敗したものと見られたのだ。

 

 自分のしたことは正当防衛を越えて過剰防衛と死体損壊の罪に相当する。藤枝先輩と姫野先生の殺害を防いだとしても結局は罪だ。しかし、本当の彼の姿を知れば、一体どれほどの人間が彼に対して涙の数を落とすだろうか。きっと今落ちている涙のシミは一つもないだろう。

 高遠は自分の法律上の罪を数えた。しかし罪悪感はみじんもない。霧島を殺した時も、死体を燃やした時も何も感じず、ただ嗤っていたことに自分はやはり歪んでいるとしか評しようがなかった。

 ようやく高遠に番が回り、桐の棺の前に立ち線香をあげた。誰も高遠が霧島を殺したなどと思うものはなく皆と同じく、クラスメイトを偲んでいる生徒を高遠は演じた。感情も、胸の痛みも、何もない舞台の役者がその場面を演じるようにそれをしただけだった。

 そして形式だけの黙祷を捧げ終えると霧島の生前の笑みに満ちたように演じている遺影と目があった。まるでその遺影が、今高遠と直接語り掛けるような風に感じ取れた。霧島、君が未だに僕に笑みを向けるのは写真だからか。それとも……どれだけ否定しようにも『悪の犯罪者』の素質は()()()()()()という嘲笑からなのか。

 

 霧島との最後の別れに高遠は顔を出さなかった。すでに焼かれているのに、また焼かれる前の姿を見るのはなんとも滑稽だからだ。

 式場の外に出ると、ロンドンの雨とは全く異なる日本特有のじめっとした生暖かな小粒の梅雨がカーテンを下ろしたように降り注いでいる。ロンドンでの雨を幾度となく経験していた高遠にとって、梅雨は非情に蒸し暑く、肌着が湿気と汗でべったりとくっつき不快に感じた。

 周りを見ると、片倉部長が携帯を耳に当ててどこかに電話をしていた。そしてそれが終わったようで、深くため息をつくと高遠の姿をようやく認識した。

 

「高遠、お前も抜け出したのか」

「はい。二度も彼が焼かれるところは……」

「そう……だよな。その点黒江は強い。霧島の最期を見届けに行くとさ」

 

 皮肉の意味で言ったのだろうか。だがそう高遠が思ってしまうのも無理はなかった。黒江もどこか霧島と似通っている部分があった。

 良い先輩として霧島と話す機会が多かったがその真意は、どす黒い物を持っているかもしれない人物だからだ。

 

 片倉部長と高遠が同じ方向を向いて降りやまない雨を眺めていた。今頃霧島の遺骸は火葬場に入っていることだなと思っていると、ふいに高遠は霧島との出会いを思い出した。

 四月の頭頃、英語の授業で高遠がよそ見をしていたため嫌味な教師に問題を当てられたが、見事なクイーンイングリッシュでぐうの音も出ないほどに返したあとの放課後のこと。霧島が高遠に初めて接近した。あの授業の時、霧島は自分の何を見て同類と感じたのだろうか。それは本人でしか確認できないことであるが、何も言わない死体となっては確認のしようがない。そして「彼女はいるか?」の質問を投げかけて、そしてマジック部に入部することとなった。

 今思えば「彼女はいるか?」も高遠を引き寄せるための言葉でしかなかったのかもしれない。でなければ、藤枝先輩が自分に気があるのを知って応援ではなく、殺害する事態にはならないはずだ。

 ぼちゃんと雨で溜まった水たまりの跳ね返りで高遠は現実へと引き戻された。同時に片倉部長の目が高遠に向いた。

 

「この後ちょっと付き合ってくれないか。藤枝の家に行くんだ」

「どうしてですか?」

「…………霧島が死んでからあいつ、部活にも学校にも来なくなった」

 

 

 


 

 藤枝の家に着くと、片倉部長が部活仲間ですと話をして、彼女の母親は藤枝の部屋にへと案内した。

 彼女の部屋は奇しくも高遠と同じく二階で、やはり年頃の女性ということもあってか自分の部屋で引きこもっていた。母親曰く、ノックをしてもほとんど部屋から出ずに「出たくない」の一点張り。食事は毎日三食運んでいるがほとんど手がついていないという。高遠は、あの寂しい藤枝の姿より悲惨な姿を見たくないと思ってしまった。なぜそう思ってしまったことに疑念を抱いたまま、彼女のいる階へ続く階段を上る。

 

「つばき、部活の友達が来たわよ。片倉部長と高遠君の二人」

 

 母親が二回ノックすると、ドアノブがゆっくりとギィっと音を立てて開いた。ノックで反応したが先かメンバーの名前を呼ばれたが先かわからないが、藤枝が顔を出した。

 ドアの陰で半分隠れているが、最後に会った前夜祭の夜の事件より頬が痩せこけていると感じた。事件から一週間程度経っているので、すぐには痩せこけはしないはずであるが、今の彼女からは冬の木の葉を散らした枝のような姿が垣間見えた。

 

「部長、高遠君……散らかっているけど入ってください」

 

 藤枝に言われるがまま、二人は一言「お邪魔します」と挨拶を言い部屋に入る。

 部屋は彼女が言ったよりもずっときれいで、ベッドの上の布団が跳ねのけられたぐらいで、あとは整理整頓が行き届いていた。藤枝つばきの部屋の印象を一言で言うなら、マジックへの目標が明確に顕れていた。机の上にはマジックの週刊誌が置かれ、半開きのクローゼットの中から見えた収納ボックスにはマジックの小道具があった。そして極めつけが、部屋の壁に大きく貼られた近宮玲子のポスターだ。舞台の上で笑みを絶やさない近宮玲子のポスターは、まるでこの部屋にいる人たちに視線を送っているように思えた。

 藤枝は年相応、性別相応の可愛らしくも派手ではない寝間着のまま床に座った。しかし、その寝間着姿がいっそう藤枝の今の弱々しさを引き立たせていた。まるで病人が着ているようなそんな印象が……

 

「藤枝、体調は問題ないか?」

「はい、食事があまり進まない程度には……あの、霧島君の葬式は」

「もう埋葬された。荒木田も黒江もお前を除いてみんな来ていた」

 

 藤枝はうつむいたまま、何も言わない。よく見ると、彼女の猫目の下は赤く腫れていた。彼女が手で目の下を拭き鼻をすすっても一つも涙がこぼれなかったのは、もうこの一週間で枯れ果ててしまったのだろう。

 泣こうにも泣けない、なんて悲しいんだろうと高遠は今の彼女の目も当てられないような姿を重く受け止めた。

 

「今回の件、私に責任があるかもしれない。私霧島君がマジックに失敗するたびに怒っていたから。前夜祭の前の晩も、霧島君遅くまでマジックの練習をしていたのに、頑張ってねの一言でも言えばあんなことには」

「藤枝、そんなことは……」

 

 片倉部長は否定まではできなかった。前夜祭のマジック部の公演でも霧島のマジックは結果的には高遠のフォローで成功したが、彼個人のマジック自体は失敗してしまった。それが積もりに積もってあんなことになったのだろうという()()()()()()()()が彼らに息づいていた。

 前夜祭の時も、その前の晩も霧島は藤枝を殺そうとしていただけ、それも高遠の邪魔になるからという理由で。もしかしたら、あの棺桶に入っていたのは霧島ではなく、藤枝の首と胴体が分かれた遺骸が入っていたかもしれない。

 しかし事の真実を知る人間は真実を語ろうともしない。仮に本当のことを告げても一体誰が、そんなことを信じるのだろうか。高遠は沈黙を貫くだけだった。

 

「私ね。…………やめようと思うの、部活もマジックも」

「だめです!!」

 

 窓の外に降りしきる雨の中、鶴の一声が割って入ってきた。その部屋の全員が一斉にその人物の方を向いた。その声の主は、片倉部長ではない、高遠の口から出た言葉だった。しかし、その当の本人が一番吃驚していた。

 どうして僕は、こんなことを口から吐き出したのだろうと目をパチクリさせた。

 

「すみません」

「…………少し、トイレに行ってくる」

 

 片倉部長がそう言うと、立ち上がって部屋から出ていった。

 高遠と藤枝の二人っきりになった部屋の中には、外の梅雨の雨音がひっきりなしに屋根や地面に雨の音を鳴らしていく。雨の音の沈黙を破ったのは藤枝からだった。

 

「高遠君」

「すみません。突然大きな声を出してしまって」

「オジギソウ」

 

 そういうと、この前と同じように指を二本出してくにんと折れた。弱々しくも、藤枝は高遠と同じ草の仕草を見せつけた。動きはあの時と寸分たがわずに。

 

「また謝っているよ。変わらないね君は」

「僕は……そういう人間ですから」

 

 また沈黙が続くと思われた。だが沈黙はすぐに破られた。今度は高遠の口からだった。

 

「こういうのは、後輩の、僕から言うのは差し出がましいのですが。藤枝先輩は一つも悪くありません。霧島が一人でやったことですから」

「え?」

 

 そう、藤枝先輩に責任は一切ない。むしろ彼女を疑った僕の責任がある。僕に気があるただそれだけで、殺されかけた彼女がこんな辛く、悲しい顔をするのは許せない。そんな感じがする。どうしてだろうか、わからないが。

 

「励ましとかそういうのではないです。でも、僕は、藤枝先輩にマジックを辞めてほしくないからです。そんな風に、悲しく寂しい顔をしたままマジックを、彼女から遠ざかるのは嫌なんです」

 

 高遠が目線を横に飾られている笑みを蓄えた近宮玲子のポスターに向けてそう言うと、どこか居心地が悪く感じ床から立ち上がった。

 

「あの、僕が言いたいことはこれだけですので……失礼します。」

「ありがとうね高遠君」

「いいえ。そんなたいそうなことは」

 

 そう、僕はいいことなんてしていない。一切、むしろ罪や罰を被るようなことをしてきた。あなたにも傷をつけてしまった。その責務が僕にはあったからそれをしたまでなんだ。

 高遠が部屋から出ると、そのわきには片倉部長がじっと目をつむったまま待っていたかのように立っていた。

 

 


 

 

 藤枝の家を後にし、片倉部長の黒の傘と高遠の透明なビニールの傘が二つ並んで、雨の中を通っていく。

 あれで藤枝先輩が戻ってくる確証はない。だけど、僕はたぶん、本心を伝えたと思う。どうしても彼女にマジックを辞めてほしくなかった。才能がもったいないからだろうか、それとも同じライバルとしてだからか。……わからない。今の僕ではわからない。

 高遠が自分の口から出たあの一言の出どころに思い悩んでいると、藤枝の家からずっと一文字に噤んでいた片倉部長の口が再び開いた。

 

「……荒木田が辞めた。今回の件で、霧島のように失敗して命を落としてしまった事例が起きたから、怖いのが理由らしい。もっともそれは建前だろう、失敗続きの人間が今回の件が起きた後もい続けるのは部としての体裁が悪いからだと俺は思う」

 

 片倉部長が重たい息を吐くと、傘から伝った雨雫が片倉部長の肩に落ちて学生服に染み込んだ。

 

「すまないな高遠、お前なら藤枝を呼び出せると思って、お前を出しに使うようなことをしてしまった。恨んでも構わない。けど、俺には部長としての責任がある。霧島がマジックのことで思い悩んでいたことも含めて、俺はマジック部を壊してしまった責任がある。それを修復する責任がな。」

「責任ですか……」

 

 なんの因果で、責任をこの人は……この人たちは負う必要があるのだろうか。当の本人は全くマジックのことで悩んでいた気配はないというに、いやむしろ霧島こそが、部を破壊させる人物であるはずだった。彼の予定では自分を含めた部員二人と顧問の姫野先生を殺害するはずだった。

 顧問も含めてたった七人しかいない部の三人も消すのだ。もし実行されていれば、部としての存続は不可能である。無論、殺人事件があった部などに誰が好き好んで入るだろうか、マジック部は永久(とわ)に廃部するという憂き目にあいかけた。

 だが高遠は部を部員たちを守ったはずだった。しかし、結局霧島純平を殺してしまったがため、マジック部を自分の居場所を自分で壊してしまった。責任があるとすればそれは自分にあると高遠は結論づけた。

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