高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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十五話『鎖からの解放』

 高遠が音のしたほうに駆けると、ダイニングの床にグラスの破片が落ちていた。グラスの破片の中には氷と琥珀色のアルコールも混じっていて、飲んでいる最中に落としたものであるとわかった。家中に響くほどの音がしたにもかからわずお手伝いさんが来ないということは買い物にでも出かけたのか、足音がしなかった。

 

 落とした主である父はテーブルに顔を突っ伏したまま、手がアルコール依存症で震えてもブランデーの瓶を手繰り寄せようと伸ばしていた。さすがにこれを落としてはまずいと父の手に収まる前に、透明のブランデーの瓶を取り上げた。

 

「父さん、また酔っているのかい」

「くそう、遙一! お前、こんな遅くまで何をしていた!!」

 

 怒号と共に父の険しく迫った顔が近寄る。酒臭い、口だけでなく飛んでくる唾の一粒まで匂ってくるから相当飲んでいたのだろう。父のアルコール依存症ぶりはいつものことながらだが、今夜は特にひどい。いつもなら、ひどくなる前にお手伝いさんに任せるのだが今は自分が相手をしなければならないと観念した。

 

「別に、部活で遅くなっただけだよ」

「嘘をつけ! 最近早く帰ってきているのは知っているんだぞ! 言え! 人でも殺したのか!」

 

 ちくりと痛みが走る。それが胸の痛みでなく、足の裏に刺さったグラスの破片であった。

 全く人の話を聞き入れない父であるが、脳までアルコールが回っているにもかかわらずよく覚えているものだと内心驚いていた。

 あの事件以降、父が酒を飲む頻度が増えていた。あの事件を引き起こしたのは高遠であると(実際当たっているのだが)断言していた。近くで事件が起きると決まって高遠が何かしたと言う父であったが、今度ばかりは通っている学校とあってより疑い深く遅くなるごとにどこに行っていたのかと詰問攻めにあった。一々付き合ってられないということもあり、早く帰るようにしておりマジック部に顔を出さない理由のひとつになっていた。

 ただでさえ酒を飲んで尊大になっているのに加え、夜遅くに帰ってきたことで父の怒りは最高潮に達しようとしていた。

 高遠が一瞬目をそらすと、父が高遠の前髪をむんずとつかみ、目と目を合わせようと引き上げる。

 

「俺の目を見ろ遙一!」

「……見てますよ。それで、何が変わるのです」

 

 高遠は冷ややかな目でじっと酔った父の顔を睨むように直視し続けた。それに怖気づいたのか、父は髪の毛を離してぐらりと体を崩しながら椅子に座った。

 

「やっぱりだ。お前の目、あいつとそっくりだ。そうだ、お前は俺の子なんかじゃねえ! あの悪魔の子なんだよお前は!!」

 

 バンッと机を殴りつける。しかし高遠は自分の子でないと言われたにもかかわらず表情を全く変えなかった。

 

「酔っ払うのもたいがいにしなよ父さん」

 

 玄関からドアが開く音が聞こえると、バタバタと走ってくる音が近づいてくる。後ろを向くと、お手伝いさんが両腕に買い物袋を提げて目の前の惨状に目を丸くしていた。

 

「……ああ、またですか。旦那様今日はもうお休みになった方がいいですよ」

「いらん。まだ風呂はいい」

 

 お手伝いさんがきたとたん、父の尊大さはどこへやら。ただの酔っ払いへと退化してしまった。高遠はガラスの破片がくっついた靴下をお手伝いさんに渡すと自分の部屋に上がっていった。

 

 

 自分の部屋に上がると早々に制服を着替えず、自分の机に体を突っ伏した。

 父さんの言っていたことは本当のことだろう。いや、本当のことであってほしい。あんなのが自分の父だなんて、あの人との間にできたのが僕だなんて認めたくない。

 高遠が幼い頃、今日のようにひどく酔って帰ってきた父がぽろっと言ったことを憶えていた。

 

「お前には腹違いの妹がいる。まあ、会うことはないだろうがな」

 

 おそらくあれは本当のことだろう。酔っていてもあんなことを空想でどうやって思いつくのか知りたいものである。

 もしあれが本当に自分の父親でないとしたら――そうであってほしいが、自分はどこから来たのか。妹は本当にいるのか。そして母親が本当にあの人であるのか。自分というルーツを探りたい。人は生まれながらにして悪というなら、自分の父親が悪魔であるなら、血を分けた妹や母は悪であるのか知りたかった。

 だがあれがいる限りは、自分は永遠に鎖で縛られたまま一生を過ごさなければならない。すると頭の中に黒江の面影が浮かび上がり、彼の口癖が喉から上がってきた。

 

「……ふっ、死ねばいいのに」

 

 この言葉が呪いとなったのか高遠の父は倒れ、高遠が二年生に上がった月に肝硬変で亡くなった。

 父の死後、遺品の整理をしていた時高遠は一冊の日記帳を発見した。その中に父が本当の父親でないこと、そして近宮玲子が高遠の母親であることが書かれていた。


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