高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか 作:wisterina
『希代の天才マジシャン近宮玲子。
悲運の死!! マジックの練習中に事故死!!』
聖母のような慈愛の笑みを浮かべながらマジックを披露する写真とは相反する残酷な文字が黒一色で埋められていた。
彼女の訃報は数年前、秀英高校を中退後単身イタリアでマジックの修行をしていた時に、彼の師匠から知らされた。インターネットがまだ発達していなく、高遠自身そういうものに興味がなかったため彼女の死から約一週間も経っていた。絶望というより落胆の方が大きかった。僕が舞台に立つ前に、降りてしまうなんて。なんてひどい人だ。
目標とする人物を失い、イタリアから去りイギリスの実家に向かった。その時郵便受けに近宮玲子から高遠宛てへの郵便物が届いていた。中には彼女が常に手にしていたトリックノートだった。かつての高遠が少年の頃、十八歳の誕生日にマジックのアイディアをあげるとの約束を果たしたのだ。
やはり彼女は母だったか。
そこに喜びも安心もなかった。学生時代から彼女とは他人とは異なる縁、親子の愛というのを感じ取っていた。ゆえに「ああ、やっぱり」という素っ気ない感想のみだった。
だが一つ奇妙なことがあった。このノートを送った日が彼女の死の数日前、高遠の誕生日よりずっと前に送られていたのだ。
そして近宮玲子のノートを受け取ってから一年経って、高遠は日本に帰ってすぐ彼女の訃報が載ったスポーツ新聞を手に入れた。当時の新聞はすでになく、探し回って手に入ったのが低俗な記事しか載らないスポーツ新聞だった。だがこの新聞で高遠は満足していた。これが一番ロンドンで会った彼女に近かった。
新聞を入れ替え、黒で彩られたチラシを表に出す。
『幻想魔術団 堂々の復活マジックショー!! 場所:不動公会堂 午前公演:十時から』
『幻想魔術団』は近宮玲子が創設した魔術団だ。近宮玲子の一人劇団であったため、彼女が事故死してからは活動を停止していたが彼女の弟子たちが劇団を再興させたというニュースを聞き及んだ。高遠は少しの希望を抱いていた。
彼女は死んだ。だが僕が叶わなかった
これは時間をずらしても列は終わらなさそうだ。もう少し早く来ればよかった。後悔してもしかたないとチケット売り場に並ぼうとした。が、列の前に仮面をつけた人物が高遠の前に立ちふさがった。
「オ客サン、チケットホシイ? チケット一枚余ッテルカラアゲルヨ」
「いえ私は」
「タダヨタダ。デモタダジャナイ。ワタシノマジックミヤブレタラアゲルヨ」
マスクに変声機をつけているのか、男か女か判別ができない。怪しいと思いながらマジックと聞いて無視するわけにはいかなかった。
その人物は高遠を列から離すと、手から赤と青のボールを指に挟んだ。仮面の人物が青のボールを反対の手に渡すとパンッと手を叩いた。
「サア、ドウナルデショウ」
仮面の下からのぞく口が小さく笑う。ゆっくりと手が開かれると中から緑のボールが現れた。最初にあった赤と青のボールは消失してしまった。
「単純なマジックですね。青のボールを左の手に移動したときに、元の手の後ろに隠していた緑のボールを手の中に入れて、割れやすい素材でできた最初の二つのボールを割ってあたかも緑のボールが現れたように見せた。ですよね
マスクを外すと眉を曲げて頬を膨らませた藤枝つばきが現れた。二十歳になった彼女は少し背が高く、高校の時と異なり両耳にピアスをつけて大人びた印象になっていた。
「……もぅ。なんで私ってわかったの」
「技術は上がっても、人間には固有の癖がありますので。でもマジックの腕は高校とは比べ物にならなかったですよ」
「フォローしても遅いよ。せっかくのチケットあげようと思ったのに」
「では並ばせていただきます」
列に再び並ぼうとしようとするが、藤枝が背中の上着を引っ張って引き留めた。
「ちょっとそこは是が非でもお願いしますって言うところ。そういうところは高校の時から変わらないね」
「ですが大事なチケットをいただいても、先輩が見れないのでは」
「この通りチケットは二枚あるのでした。もちろん私と高遠君隣同士の席だよ」
「まるで狙いすましたように持っていますね。誰にも連絡はしていませんでしたのに」
「ちょっと人をストーカーのような言い方しないで。たまたま電車の中で高遠君を見かけたの。久しぶりに会うのだからマジック対決で渡そうと思ってね。マジシャンの会話はマジックでしなきゃね」
ああ変わってない、この人は。やはりあなたはあの人に似ている。入場口の前で係員からチケットの提示を求められると、高遠は思い出したような顔をして、藤枝に話かけた。
「ではこちらも改めて、
藤枝から受け取ったチケットを細切れに破くと、それを手の中で握りしめる。突然の奇行に口が歪む係員をよそに高遠は手の中から薔薇の花を出現させた。
「大人一枚で」
「すみませんお客様、薔薇の花では」
「いいえ、それはちゃんとチケットですよ」
パチンッ。指を鳴らした途端、薔薇の花のガクが落ちて係員の手に落ちると、花弁が開いて中心にチケットが現れた。
「ひゃ~、高遠君マジックの腕とんでもなくあがってるね」
「皆様ようこそ、幻想魔術団再興の場へ。私が新たな魔術団団長ジェントル山神でございます。あの悲劇から一年、今日は復活祭として素晴らしい魔術の数々を皆さまに堪能していただければと思います」
開演時間になり、暗闇の舞台からシルクハットにタキシードを身に纏ったひげを生やした男性がスポットライトに照らされて現れた。
「あの人見たことある。近宮先生が生きていた時、いつも前座でマジックしていた人だ」
「ほう、前座ですか。それは期待できそうです」
幻想魔術団のマジックショーは欠かさずビデオで見ていたが、彼女のマジック以外関心がなかった高遠にジェントル山神ら弟子たちの存在は眼中になかった。映像自体近宮玲子以外カットされるので仕方がないとも言えるが。だが彼女から前座に選ばれるほどの実力がある人間が、団長に。これは期待してもよいかもしれない。
そして次々と現れる彼女の弟子たちが繰り出すマジックは
グラスマジックに、水槽脱出に、カードに、生きたマリオネット。
どれもすばらしい。フェイクだった
彼らがしているマジックはすべて、近宮玲子が送ったトリックノートの内容そのまま。いやコピペしたものをそのまま貼り付けただけのショーとも言えないビデオ再生でしかない。
誰一人気づかないのか。どれもこれもオリジナリティも、湧かせる魅力もない。
このおそろしいフェイクで、ファニーで、フールなショーに。全員満足しているというのか。
――まさか。
直感で高遠は脳裏に過ぎった。彼女のトリックノートは一冊しかないはず。彼女の死の前に自分に送られ、亡くなった時には彼女の手にはトリックノートはなかったはず。なのに彼らは彼女のトリックノートそのままのマジックを臆面もなく披露している。マジックのネタはマジシャンにとって
「出よう。高遠君」
暗闇の中で高遠と変わらない細い手が握られた。観客の視界を遮りながら藤枝に引かれて、会場の外に連れ出された。
「高遠君、顔色悪いよ」
「いえ、少し すみません」
「オジギソウ」
あのバスの時と同じく人差し指で指先を曲げた。心配そうに口元を結ぶ彼女の優しい顔が、昼間の太陽光と合わさって眩しく、消えてしまいそうだった。
「魔術団のショー近宮先生の真似ばっかりだったよね」
「……ッ! わかりましたか」
「なんとなくね。ちょっとがっかりした。近宮先生のマジックは先生でないと輝けないのに」
それは女神からの福音のようであった。高遠の中で噴き出しかけていた黒く冷たい触手が融解するほどの温かみが包み込んでくれる。あの場に彼女の猿真似であると見抜いてくれた人が、隣にいてくれた。
「高遠君、私ね今野望ができたの。幻想魔術団を潰そうって野望が」
「潰す?」
「覚えてる? 私が最初に近宮先生の横に立つんだって。近宮先生が亡くなられて、目標を見失って自信を無くしたの。でも今日のを見て目標ができた。幻想魔術団が近宮先生の幻影を使うなら、その幻影を超える。私ね、幽界魔術劇団に所属しているんだけど、高遠君私の
手を差し伸べたその手。ロンドンで初めてマジックの世界を見せてくれた近宮玲子の手を思い出した。藤枝つばきは、近宮玲子に似ている。
「ふっ、先輩のアシスタントではなく私のアシスタントになるかもしれないですよ」
「ついに生意気言うようになったね。高遠君」
言葉とは裏腹に、彼女はどこか嬉しい表情をしていた。
随分と待たせてしまいました。
成人高遠の結末を考えるのに、納得のいく道筋が決まらずかなり時間がかかってしまいました。今後もゆっくりとですが、高遠と藤枝先輩の結末を見守ってください。