高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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第十八話『蓋をされた闇』

 万雷の拍手と歓声が会場に響き渡る。

 

「皆さま今宵も幽界魔術劇団のマジックをご堪能いただけましたでしょうか。我が劇団のニューホープの二人に盛大なる拍手を」

 

 団長が高遠と藤枝の二人を観客に紹介すると、再び客席から拍手の嵐が舞い上がる。舞台から降りると団長が高遠の手を握り、ブンブンと音が鳴るほどの上下にシェイクした。

 

「二人とも今日も素晴らしい。特に高遠君、まだうちに来て一年だというのにお客さんからのアンケートからも高遠君のアンコールを望んでいる人が多い」

「光栄です」

「もっと喜んだら、期待されているんだよ」

 

 後ろから藤枝がいたずらげに肩を揺らす。

 藤枝の紹介で幽界魔術劇団に入団して以降、高遠はその才覚を発揮した。団長が若手を優先して舞台に上げさせる方針というものあるが、高遠がイタリアで修行していた劇団の師匠が高名なマジシャンであったのが、功を奏した。

 

 幻想魔術団とは比べると観客動員数は及ばないが、高遠と藤枝の二人により日に日に増えてきた。二人が高い技術を持っているのもあるが、同じ高校で部の先輩後輩が同じ劇団で舞台に立つというストーリーに観客が受けた。それが呼び水となりまた増えるという好循環を生み出している。

 

「高遠君次の公演だが、大掛かりのマジックとかもやってみないか。消失マジックとか人体切断マジックとか」

「観客が怖がらないでしょうか」

「なーに、マジックの定番だよ。スリルのあるマジックの方がお客の受けもいいからね。本当に人が死ぬわけないんだし、考えておいてくれよ」

 

 団長は意気揚々としていたが、高遠は乗り気ではなかった。高校時代マジック部にいた時に披露した血染めの薔薇マジック、片倉部長から咎められ以降それらに類する死の香りをするマジックを人前で披露するのを封印していた。だが団長はスリルがあるマジックを勧めてきた。自分が守ってきたそれを今は求められる。絶対に死というものが起きないという前提があるからこそスリルを求める。そこに本物を求めてはいない。

 しかし高遠の海馬から蘇る本当に死のマジックを成した興奮が蘇ってくる。それが開けてはいけないパンドラの箱であるとしても

 

「どうしたの高遠君、顔色悪いよ」

「いえ、ちょっと疲れが溜まっていて」

「あんまり団長の言葉を飲み込んだら疲れるだけだよ。高遠君がしたいようにすればいいんだから」

 

 藤枝から肩をポンと叩いて励ましの言葉を送られたが、彼女が舞台裏の奥へ消えていくと共にそれも虚空の中へと消えてしまった。

 

 

 劇団の事務所から歩いて十分のところに高遠が住むマンションがある。父の死後高遠は家を売り払ってしまい、日本に帰国後は劇団から近いマンションの一室を借りていた。部屋は飾り気もなく、日焼けした壁が部屋のアクセントになっている。過剰に必要なものを置きたくなく、生活に必要最低限な家具のみ置いていた、が時折秀英高校時代の頃の方がまだ人らしい営みをしていたかもしれないと思いはせる。それらから外れたものは、花瓶に飾られた青いバラとワインセラーぐらいだ。

 ワインセラーからボトルを取り出してグラスに注ぐ。透明のグラスに血のように赤いワインが満たされる。

 イタリアで修行していた時に師匠からワインを勧められた。イタリアでは十八から飲酒可能だが、当時高遠はまだ十七。だが師匠が奢ってくれた手前、断ることも憚れ付き合いで口に含んだ。苦みの中にほのかに香る芳醇さとやさしさ。そして高遠の好きな花と同じロッソ()。以来高遠はワインを愛飲していた。

 しかし今日の飲み方は、楽しむではなくとにかく飲み込む痛飲する飲み方をしていた。

 

「針が刺さる」

 

 かつて自身の周りに事件が起きる前兆が、ここ最近蘇ってきていた。海外にいた時には静まっていたこの前兆、最後に感じ取ったのは藤枝と再会して観た幻想魔術団のマジックショーの時以来。空になったグラスを置いて、本棚の角に置いてあるスクラップブックを開く。その中には幻想魔術団が近宮玲子のマジックを使って華々しく活躍する記事の数々が入れられていた。記事の数大きさは復活初日以降小さくなっている。だがそれは幻想魔術団の勢いを殺しているものではない。ただ世間が新生幻想魔術団の目新しさに飽きて取り上げることがなくなっているだけのこと。未だに幻想魔術団の会場は満員御礼の状態が続いている。

 

『亡くなられた師匠のために、彼女の意志を継ぐ』

 

 スクラップした記事の一文に目が入ると、高遠はワインを溢れさせるほど注ぎ、痛飲した。

 彼女の意志。まったく盗人猛々しいとはよく言ったものだ。継いだのはトリックの方だろうに。

 いつ幻想魔術団を潰せるか、今の劇団に入って一年経ったが未だにそこにたどり着く気配がない。時折藤枝から提案されたこのやり方が正しいのか疑問を覚えるようになった。幽界魔術劇団の力が幻想魔術団に届かなかったら、相手がこちらに意識されることがなければ。そうでなくても奴らは近宮玲子のトリックで金と名声をものにしている。もっと残酷に、美しく奴らに終幕を迎えてやれるというのに。

 

 ブルル。

 携帯が一回バイブレーションの音を鳴らした。携帯を開くと藤枝からのメールだ。

 

『高遠君、来週空いてる? ちょっと行きたいところがあって付き合ってほしいのだけど』

 

 高校時代と変わらず、彼女のメールは絵文字を使って華やかだ。

 

『いいですよ』

 

 ほんの数文字打ち込んで返信すると、高遠はテーブルのものをそのままにしてベッドの上に倒れる。アルコールが脳に回って脳がぼんやりとするが、眠気がまるで来そうになかった。

 


 

「高遠君二十歳の誕生日おめでとう~。乾杯」

「乾杯」

 

 劇団の帰りに、約束通り藤枝が指定した駅近くのバーに入るとワイングラスを手に乾杯した。呼ばれた理由が高遠の二十歳の誕生であるとは予想していなかった、というより自身の誕生日自体を忘れていた。長年父から祝われたこともなく、年を重ねるだけの日に意味を見出すなどと口外することしなかった。しかし意外と感じたのは、藤枝が高遠の誕生日を覚えているということだった。

 

「よく私の誕生を覚えていましたね」

「昔霧島君が言いふらしていたのよ。あいつ自分の誕生日に全然興味ないから、誕生日が来たらこっそりサプライズしようぜって」

 

 霧島。かつて自分が殺めた友人の名をここで出るとは思いもしなかった。彼の性格を思えば誕生日にサプライズをするなどの行動するのは考えられる話だ。思えば霧島が私に接触してきたのは、自分と同じく何かしらのセンサーが働き目をつけたのだろう。自分と同じ()()()()()()()()を持つ人間と。

 彼を殺したあの日私は真っ向から否定した。しかし私の胸の中に込みあがっているものが未だに沸々と湧き上がっている。

 

「にしてもやっと高遠君もお酒を飲める年齢になったね。うちの劇団未成年もいるから飲み会だとノンアルコールとかソフトドリンクばかり注文するから、盛り上がらないからね。どう初めての酒の味は」

「残念ですが私はすでも飲酒をしているのですよ。イタリアでは十八歳から飲酒が可能なので、酒の味はもう知っています」

「えー。高遠君が初めてのお酒で失敗するのを見たかったのに」

「そんなに私の醜態を見たいとは、なかなか奇妙な性癖ですね」

「性癖じゃなくて。高遠君何をしても卒なくこなすんだもの。そういう顔を見たいんだよね私」

 

 少し出来上がっているのか、藤枝はテーブルの上に腕を組んであごを乗せ高遠を上目づかいで見つめる。

 

「どこか浮かない様子だね高遠君」

「……客たちは本当に満足しているのでしょうか。「幻想魔術団をマジックで引きずり下ろす」あなたに誘われて私は舞台に立っています。でも時折聞こえるのです、的外れなトリックの種の考察に欠伸の音。観客が求めるのは素晴らしい技術で培われたマジックではなく、安全な場所で眺めるスリルとトリックの考察という自己満足なのではないかと」

 

 酒が入ったせいか、藤枝だから気を許したからか、自分の中に燻っている心情を吐露した。藤枝は空っぽになった半透明のグラスを通して高遠を見つめる。そしてふふっと小さくにこついた。

 

「だから今も公園で子供たち相手にマジックを披露しているの」

「またのぞき見していたのですか」

「失礼ね。夢中になって気づいてない高遠君が鈍いだけ。それに公園でマジックをしている高遠君の表情が舞台の時より楽しそうにしているように見えてたし。邪魔しちゃ悪いもの」

 

 子供相手にしているのは高校の時と同じく、子供は真摯にマジックの技術だけを見るから。採点も考察もする間もなく自身の眼でマジックを血眼で見ようとする。しかしまるで見透かされているかのようだ。だが土足で踏み荒らすというものでなく、隣の家のベランダから微笑えんで眺めるような感覚だ。

 

「それに私たちの相手は大人が相手だから、そういう人たちも相手にしないと。なんて言うのは簡単だけど正直傷つくものは傷つくよね。私のマジックもさ、大掛かりなものは使わないから地味で飽きられるお客いるんだよね。客を舞台に上げて、マジックを体験させる手もあるけど、それできるのはほんの一人程度じゃない。そういう人らを出し抜くようなマジックを作るのがマジシャンの腕の見せ所だし」

「観客と一体型になるスリルのあるマジックという手は」

「それもできなくはないけど、求めているからそれをやるってのはなんか負けた気がする。でも高遠君ならできるんじゃないかな」

 

 藤枝から注がれる期待のまなざしに、高遠は目を背けて「お手洗いに」とその場を離れた。

 

 近宮玲子の顔が藤枝先輩と被ってしまった。近宮玲子と再会して同じことを口にしたらおそらく同じことを口にするだろう。昔近宮玲子と似ていると私は彼女にそう評したが…………どうも彼女といると心が揺さぶられてしまう。彼女にマジックを辞めてほしくないと懇願したときもそうだ。

 ……私は彼女に気を許しているのか。出生、精神、殺人、常人なら墓の下にまで秘密にしておくものを、彼女なら受け入れてくれるのではという淡い期待を高遠は感じていた。そんなことあるわけないと思いながらも。

 

 アルコールで気持ちが昂っているのだろう。顔を洗って気持ちを落ち着けよう。バーの裏にある乳白色のトイレのドアを開けようとしたとき、高遠の心臓がズクンと刺された。

 

「左近寺、夕海から聞いたがお前が渡し橋の釘をわざと抜いたのか」

 

 半開きのドアから見えたのは『幻想魔術団』の団長のジェントル山神と団員のピエロ左近寺だった。心臓がショック死するかのように痛みが貫くが、高遠は息を殺して二人の会話に聞き耳を立てた。なぜなら近宮玲子の死因は舞台の梁にかかっていた渡し板が抜けての転落死だからだ。

 

 ピエロ左近寺は流し目でジェントル山神を見るが、無関心と言わんばかりにポケットから煙草の箱を取り出してそれに火をつけた。

 

「……さあどうですかね。偶然じゃないんですか。警察も事故だって判断したのだから気にしちゃまた禿げますよ。それにポケットに入っているあれ見えてますよ。だめじゃないのマジシャンが種を見せちゃ」

 

 ピエロ左近寺がからかい気味にジェントル山神のシャツの胸ポケットを指さす。ポケットには高遠がイギリスで受け取ったものと同じ()()()()()()()()()()()()が入っていた。

 

「そんなしょうもないことしたらまた舞台から降ろされますよ。先生が亡くなる直前にも前座から降ろさないでくれって由良と奥さんの三人で押しかけたの忘れちゃったの? ってもう先生はいないから安心ですね」

「お前、それを誰かに聞かれたら」

「あれ? 団長、事故なのに何をビクビクしているんですか。あっ、追い回されてるんでしょ不倫とかのスクープ狙いの記者に。だったらそんな質問聞いちゃ余計にダメでしょ。壁に耳あり障子に目ありってね、もしかしたら誰かに聞かれているかもしれないんだから。まあ安心してください、俺口固いんで」

 

 ピエロ左近寺がトイレのドアを開けるとじっくりと通路やドアの裏を見回す。そして誰もいないと見て安心したのか、煙草を少し吸って鼻歌を歌いながらバーに戻っていく。

 

 トイレの裏の奥で暗闇に潜んでいた高遠がマジックの小道具である黒ジャケットを脱ぐ。そして高遠の奥底で眠っていたものが、這いずり出た。

 

 あいつらを、殺さなければ。

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