高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか 作:wisterina
「見事でしたよ」
「ありがとうね。即興だったけど子供たちの期待に応えられたわ」
子供たちが帰り、マジックの片づけを終えた二人は公園の出入り口へと歩いていた。辺りはすっかりオレンジ色の空になり、遠くの方は青黒い夜のカーテンで閉め切られようとしていた。
「いえ、私のトランクにボールを入れる仕掛けをした素早さです」
藤枝がきょとんとすると、高遠が先ほどのボールのマジックの種明かしを始めた。
「私が子供たちが来て振り向いた隙に、開けたままだったトランクの中にボールを入れたのですよね」
ボールの消失と出現トリックの種は単純であった。スカートのポケットにトリック用のボールをこっそりと入れて種を仕掛けた。藤枝がトランクに近寄ったのは種を仕掛けるため。あとは子供たちの誰かが藤枝を指名するだけである。
藤枝を指名した子供がサクラであるかは高遠の知るところではないが、仮に指名されなかったとしても後になってうっかり落としたと言えば済む。
「藤枝先輩のカバンを台にせず私のトランクを台にしたのは、自分のカバンでは種が仕掛けられているのがあからさまであるから突発的に選んだように見せかけてた。でしょう?」
「お見事、さすが高遠君ね」
「いえいえさすが女王様です。子供たちを女王の一礼だけで終始くぎ付けでしたよ」
ちょっと皮肉交じりに藤枝を『女王様』と呼ぶと、先ほどの感心した表情から一変して雲行きが怪しくなった。
「もう高遠くんまで、女王様はやめてって。その呼ばれ方あたし嫌いなんだから」
本当に嫌そうに不機嫌な顔をしたので、これにはちょっと申し訳ないと感じて「すみません」と片眉を下げて謝罪した。
「気になっていたのですが、どうして藤枝先輩は女王様なのですか?」
高遠は入部以来気になっていた。自称タッハこと荒木田陸は己のマジックの腕をほかの面々と比べてのまずさを高校生と言う身分による自虐で、失敗を笑いへと変換させるための演技であるように。
黒江が時折高遠や藤枝にサイレンサーを付けた銃のように静かに毒を吐くのは、入試で全問正解できなかったことやマジックの腕に対してコンプレックスからというのは高遠には理解できた。
だが彼女には『女王様』という言葉は不釣合いだ。本人もそのあだ名を嫌っている。
女王・姫いずれも高貴な身分、転じて高慢や大事にされているというイメージが来る。しかし彼女は反対だ。彼女は確かに全日本学生マジックコンクールで優勝したが、それを鼻にかけることも努力を怠ることもなく、下級生を顎で使う節も他の部員から大切に扱われることもない。
マジックに関しては優雅さはあるが華やかさはない、スピードと技術で魅せるマジシャンだ。どの視点から見ても彼女は『女王』という身分に型がはまらない。
藤枝は公園の入り口の柵に腰を下ろし、女王のわけを高遠に話し始めた。
「女王様の由来ね。あれね嫌味なの。去年のコンクール片倉部長もみんな参加していたんだけどあたし一人が優勝して、女王様って呼ばれて」
優勝者すなわち王という単純な連想ゲームの上でできたのかと予想がついた。
「最初はあたしも嬉しかったけど、しつこく女王様女王様とあたしがマジックを披露するごとに呼び続けて、ようやくそれが嫌味だとわかって」
藤枝の声は後半になると小さくなってため息を漏らした。片足をぶらぶらさせてると一匹の黒猫が尻尾を立てて彼女の周りをくるくる回り始めた。
「プレッシャーになるからもう止めてと言ったんだけど、みんなの間でその愛称が定着したみたいで。あたしそんなに調子に乗っていたのかなって」
ただのいじわるかと高遠は表情を変えず彼女の横顔を見据えていた。
藤枝は、ぶらぶら揺らしていた足が黒猫の前足で止められていたのを見つけるとそれを抱き上げて顔もとへ持ちあげて、同じ猫目が合う。
「紅も黒もほんの小さい色でもとても目立ちやすい。あたしの場合目立ちすぎちゃった。さっきのカップマジックは女王様でないあたしでないことをやってみたけど、高遠君にすぐにバレちゃった。女王様というあたしでなきゃならず、おまけにトリックの種もバレちゃったらマジシャンは自ら幕を閉じないとね」
淋しいと悲しい。藤枝の顔にはいつもの明るい表情はなく、淋しさと悲しさが両存したその顔で黒猫を見つめていた。
その悲し気な表情と最後に藤枝が吐いた言葉に、高遠は不意に昔を思い起こした。
それは、十の時に近宮玲子と別れた日、子供だましのマジックを一瞬で見破って近宮玲子から別れの言葉をかけられたのと同じ言葉だった。
しかも言葉だけでなく面影もどこか似通っているように見えた。あの人と目の前にいる彼女は、顔も容姿も全く違う、ましてやマジックの腕前さえ月とすっぽんほどだ。けどどうしてか、僕は目の前の彼女をあの人とどこか似ているなと思ってしまう。今胸を当てると、心臓が一つ高鳴ってしまうほどに彼女を見てしまう。
ほんのりと温かい。
夕焼けのせいではない、今の僕は彼女に何の思いを抱いているのだろう。今まであった満たされないもののピースとは異なるが、温度がある。
すると、藤枝の口角が少し上がり黒猫を地面に戻してあげた。
「なーんてね。まだマジックは廃業しないわ。あたしには目標があるからそれまで辞めたりしないわ。絶対に高遠君に見破られないようなマジックを見せてやるんだから」
にっこりと微笑みながら公園へと戻っていく黒猫に手を振って見送るのを見て、高遠もつられて微かに口元を上げて同じく手を振って別れを告げた。
「先輩がマジックを辞めなくてよかったです。では藤枝先輩も私からやめておいてほしいことをお願いします。私がここでマジックをしていることをもう他の人に言うのをやめてください」
「あらなんで?」
だが高遠はそれに答えず、見事なクイーンズイングリッシュで返した。
「
「いじわる」
藤枝は頬を膨らましたが、すぐにぷっと笑いを噴き出して元の明るい彼女に戻った。
ふと高遠の背後から突き刺すような視線を感じ、公園の方を向くが誰いなかった。気のせいかと高遠は藤枝と共に帰路を行こうとする。
その際にまた背後から視線を感じたがやはり誰も高遠を見る怪しい人はいなかった。