高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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第三話『運命の分岐点』

 秀央高校の名物である『五月祭』が翌日に迫っていた。校舎では各部活が明日の祭りに向けて最終調整をしているとき、マジック部の面々も多分に漏れずそれぞれの持ちネタの調整を行っていた。

 入り口とは反対側にあるソファーの裏で、明日の祭りの準備のために隅に積み上げられた段ボール箱に囲まれて窮屈そうにしながら荒木田副部長があぐらをかいて宙に浮くマジックを披露する。と、パタンと本当の足の部分を隠していた鏡が荒木田の脚に倒れてネタがバレてしまう。

 

「タッハ!またやっちった」

「おいおい荒木田もう明日なんだぞ」

 

 片倉部長が荒木田のマジックが途中で失敗したのをとがめる。しかし荒木田はいつものようにタッハと誤魔化す。荒木田先輩は徹底してにぎやかしに徹するようだな。マジックの才能のなさを笑いに転換させるというのはある意味才能だ、まあそれも学生という身分があってのことで長くはもたないと高遠はわき目で分析していた。

 一方テーブルをはさんで高遠とは反対側で、霧島と黒江がお互いのマジックを見せあっている。霧島は以前に見せたゾンビボールを披露していたが、前と同じように銀のボールが布の前へと落ちてしまった。

 

「あちゃー、また失敗だ」

「前に見せた時より少しは良くなっているよ。藤枝のあれでよく奮起したね。けどゾンビボールはまずここをだね」

 

 黒江が以前霧島の失敗を藤枝が「修行不足」と言ったことを引き合いに出して少し毒を吐いたが、丁寧に失敗した個所をアドバイスする。黒江にとって霧島は成績もマジックの腕も高くない。新入部員というハンデもあるが、部内でのマジックの技術は荒木田よりも下だ。

 だから自分よりも下の人間に対しては物腰が柔らかくなり、上に対しては静かに毒を吐くというその絶やさない笑みの下で卑屈な性格がにじみ出ていた。

 

「高遠君、なにしているの? 手が止まっているわ」

 

 脇から音楽の教師にしてマジック部の顧問姫野先生が高遠の手が止まっているのを見て顔を出す。すると高遠の手に持っている帽子と水の入ったマグカップを見て不思議そうな顔を浮かべる。

 

「あら? 今回はバラのマジックは使わないの?」

「ええ、前回片倉部長にやりすぎだと咎められましたから」

 

 バラのマジックとは、高遠がマジック部に入部したときに見せたマジックの一つだ。白バラを相手の胸に投げつけて血のように赤いバラに変色させる死の香りがするスリルのあるマジックであった。姫野先生からは好評をいただき、相手役の荒木田も怒ることはなかったが高遠はこれをやるのは居場所がなくなると踏んで止めたのだ。

 

 なぜなら、自分ではあのマジックをするのに何の抵抗も感じていなかったからだ。マジックの種も死ぬことはないと知っても相手に不安をあおるという考えまでに至らなかったのだ。

 やはり自分は歪だ。

 相手のことを考えず、最上のマジックを見せることだけしかあの時頭になかった。些細なことで居場所を自分の手で壊すのを恐れた高遠はあの『死のバラマジック』を封印したのだ。

 

「大丈夫よ。高遠君のマジックなら怖くないわ。荒木田先輩がするのだったらあたしも全力でお断りしていたけど」

「ははは、言ったな。高遠、バラをブラに変えるマジックとかできないか?」 

「ちょっと、荒木田先輩セクハラですよ!」

「タッハ、ジョークだってジョーク」

 

 荒木田がいつものタッハ節で冗談だと言った後も藤枝がぷりぷり怒っているのを見て、やはりいつもの先輩だと高遠は思った。どこにもあの人の面影などない、あの時僕が感じた熱さは気のせいだったかと高遠は目をつむって帽子に水を注ぐ。

 それを一回ひっくり返すと、帽子の中から白のバラの花束が帽子から咲き出た。横から見ていた姫野先生は感嘆の息をもらして手を口の前に合わせた。

 

「さすがだわ高遠君。かわいいマジックもこなせるだなんて」

「ありがとうございます先生」

「じゃあ、他の人と入れ替わってまたお互いのマジックを見てもらって」

 

 姫野先生の合図で片倉・藤枝・霧島の三人が時計回りに動き始める。すると、霧島の足が段ボールに引っ掛かり手に持っていたゾンビボールが滑ってみんながカバンを置いていたところにへと跳ねて、それを追いかけようと手を伸ばすが届かず、カバンをドミノ倒しのように倒してしまう。

 

「あちゃ~すんません。すぐ戻しますので」

「もう気をつけてよね霧島君」

 

 霧島が倒してしまったカバンを直すのを藤枝が軽く注意して、荒木田のほうへと向かう。カバンを元に戻した霧島が高遠の前に来て皆一斉にマジックを見せあった。霧島もゾンビボールをする準備を始めると、目を左右に動かすと他の部員や先生に聞こえないように高遠に囁いた。

 

「なあ高遠、藤枝先輩ってどう思う?」

「先輩かい? とても腕が良く将来有望なマジシャンだと思うが」

「違う違う、性格のことだよ。ほんと女のこと興味ないよな高遠は」

 

 霧島と出会った時も似たような質問をされたことがあった。あの時は「彼女はいるか?」と質問された。高遠はマジックのこと以外全く興味を示さない、いや近宮玲子に近づくためにマジックのことだけしか考えないよう、無意識にそうしていた。成績優秀の帰国子女で端正な顔立ちを持つ高遠は霧島からもったいないお化けが出るとひがまれていた。

 霧島から言われたことで、高遠はマジック抜きで彼女のことを真剣に考えた。未熟な目の前の友人に対して積極的に指導し、つぶさに毒を吐いてくる黒江に対しても分け隔てなく明るく振る舞う先輩だということを霧島に伝えようとする。ふと、この間の公園で見た藤枝のことがよぎった。それはいつもの明るい彼女ではなく、本当の自分を見てくれない周りからの評価に悲しみ、孤独に思う寂しさで影を落とす姿。

 

 いや、あれももう一つの藤枝つばきなのだ。表面は明るく影一つない人、しかし『女王様』という歪なレッテルを貼られたことを否定することができず自己嫌悪に苛まれているもう一つの彼女。

 だけど自分を嫌悪しても、迷わず目標に向かって進んでいく人。

 どんなに磨き上げても満たされず自分という迷宮を彷徨い続けている僕とは違う。

 だから高遠は短く周りに聞こえないように霧島に伝える。

 

「……いい先輩だ。けど『女王様』というあだ名は似合わない」

「え~そうか? 俺はその通りだと思うけどな、周りにいい子ちゃんに見られるようにふるまっているしさ。気をつけろよあの顔の下は、実は腹黒かもしれないぜ。知ってっか? 最近の女って怖いんだぜ」

「おい霧島、高遠、おしゃべりしてないでマジックに集中しろ!」

 

 「やべっ!」と霧島は慌ててマジックを再開させる。

 霧島の両手に持った布が左右に動くと、ゆっくりとゾンビボールが布の上を転がり始める。だが高遠の目はゾンビボールではなく布の向こう側を一点に見つめていた。

 

 

 

 マジックの見せ合いを部員のみんなに一通り見せ終えると、窓の外が薄暗闇に包まれていた。もう時刻は夕方の六時を迎えようとしていた。

 

「さあみんな今日はここまで、明日はいよいよ五月祭よ。一年生は明日の朝、全体準備があるから忘れないようにね」

「あ~あ、かったるいな。一年だけ朝っぱらから準備に駆り出されるなんて」

「仕方ないさ霧島、俺たち三年も通ってきた道だ」

 

 一年のみに課せられる全体準備に気怠い思いになっている霧島を片倉部長が肩に手を置いて仕方ないという言葉で慰めた。こんな時間では子供たちも来ないだろうし、五月祭の間は遅くなるから公園でのマジックはしばらくお休みだなと自分の道具を片付けながら手提げかばんを手に持つ。

 すると、たまたま隣のカバンだった藤枝の頭のつむじが目の前にあった。つむじを覆う髪の毛は部室の蛍光灯に照らされて光を反射している。黒く艶がある髪の奥をたどってみると後ろ髪で隠し、日焼けとは無縁なうなじが顔を出していた。

 藤枝が顔を上げると、高遠がじっと彼女の髪とうなじを見ていたことに気付いていないようでクスッと微笑んだ。

 

「高遠君、一緒に帰ろう」

「はい先輩」

 

 今日が部室の戸締り番であった藤枝を待ち、学校の門を出てゆく。

 秀央高校からバス停へ通じる通学路、街灯は夜が近くなったことを察知して道に光を照らしていく。通学路には高遠と藤枝以外に誰もいない二人っきり、高遠も藤枝も同じくバス通学で時々バスの中で顔を合わせることがある。そしていつも藤枝が他愛もない話を切り出して高遠は相槌をうつのを繰り返している。別段高遠は話をするのが苦手ではない、ただマジック以外に興味の方向が向かないため意外と話す話題が少なく頷くほかないのだ。藤枝はそれに気を遣ってかマジックについての話題を多くしてくれるため、高遠も自分から口を開くことができた。

 今日も他愛のない話やマジックのこと、明日の五月祭のことを話し続けると、藤枝の話が今までとは異なる話に切り替わる。

 

「実はね君に初めて見たときからある人に似ているって思っていたのよ。あの天才マジシャン近宮玲子に。マジックの手さばきとか動きがどこか似ているなって」

 

 藤枝が高遠の右手を取り、もう片方の手が重ね合わされる。自分よりも小さくて柔らかく、指の一本一本が精工なマネキンのようでいて温かな手が高遠に伝わってくる。

 

「あたし彼女の大ファンで。この手、あたし一回だけあの人のマジックをまじかで見たことがあって、その手に似ているなぁって。男と女の手は全然違うのになんか不思議ね」

 

 確かに不思議だ。どうしてこんなにもあなたといると安心するのだろう。今手の中は、公園の芝生の上で寝転がって朗らかな優しい春の太陽を浴びたように穏やかだ。

 やっぱりあなたは――似ている。

 ようやく着いたバス停でバスを待っていると高遠は隣で同じバスを待っている藤枝に告げた。

 

「藤枝先輩も似ていますよ。天才マジシャン近宮玲子に」

 

 お世辞でも一部の容姿という意味でもない。あなたは似ていると高遠は真剣な目つきでほぼ同じ目線の高さにある彼女を見た。

 藤枝は、さっきまでの饒舌だった口をきゅっと閉じて 自信を込めた嬉しい表情で高遠を同じく見つめる。

 

「……ありがと! 彼女はあたしの目標だからすっごく嬉しい!」

 

 やはり似ていた。どうしても目の前の彼女が近宮玲子に見えて仕方がない。自信を込めた嬉しい表情。十歳の時に僅かな時間ではあるが色濃く残っている。あの人と初めて出会った時のような昂ぶり。

 そんな彼女を見ているとまた胸が熱く感じる。これもまた僕は歪んでいるという証拠なのだろうか?

 だがイエスとは言えない。僕自身この歪みを理解も表すこともできないのだから。けど、これだけははっきりと言える。あなたに悲しい顔は似合わない、明るい太陽のような顔があなたにはふさわしい。存在すらはっきりと見えない月の僕とは違って。

 バスがエンジンの駆動音を鳴らして停車すると、細かく上下に揺さぶりながら扉を開く。パスをかざして高遠が先に乗り込むが、藤枝は未だに乗り込まずカバンをあさっていた。

 

「あれ、パスケースがない……やだ部室に忘れてきちゃったのかな……」

「一緒に取りに戻りましょうか?」

「いいのいいの。君たち一年生は全体準備で朝早いでしょ、先に帰ってて」

 

 そう言うと藤枝はバスに乗らず通学路を戻っていった。

 彼女のブレザーを着た後姿を見送り、バスのステップに足を掛けていつものようにバスの最後尾へと足を運ぶ。

 

 

 

 ズキンと心臓に針が刺さる。

 この感覚に高遠は覚えがあった。いつもの予感だ。きっと事件が起きるその予感。そして自分の知るよしのない事件であるはずなのに父に暴力を振るわれる。執拗に僕を忌み嫌うあの父に。

 だが、今回の違和感はなぜか痛い。父に投げつけられた瓶が当たったときよりも痛い。痛みに耐えきれず胸を抑えて足が一歩後ろに引くと痛みは少しだけ和らぐ、もう一歩引くと痛みはまた和らいだが今度は心臓が後ろに引っ張られる感覚が現れる。

 これは何なんだ? 僕の予感はいつも僕とは関係のないところで起きている。きっと今回だって僕には関係ないはず、今戻っても父に追及されるだけ……なのに。どうして体は僕をそこに引き入れようとするのか!? 戻った先に何があるんだ!? 高遠は、心だけでなく自分の体に起こっていることにさえ理解が追い付かないでいた。

 

 バスの扉が閉じ、発車の合図のクラクションが一つ鳴るとバスは白煙を吐きながらバス停から出発した。

 

 

 

 

 

 

 バスに乗らなかった。

 去り行くバスの白煙と自分が本来いるはずだった座席を見つめる。胸の痛みは少し収まっていた。

 先輩を追いかけよう。

 通学路を戻っていく高遠であったが、自然とその足は早足になっていた。

 

 この予感は僕に何をさせようというのか? 父の言葉を借りれば、僕の周りでよからぬことが起きる前触れであろう。いつもの僕ならただ傍観しているはずなのに、どうして藤枝先輩を急いで追いかけなきゃいけないのか。この感情は一体……

 高遠は己の中で渦巻く奇妙なものに突き動かされるまま、藤枝つばきの後を追いかけ、秀英高校の校門を越える。

 

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