高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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第四話『霧島純平の奇妙な行動』

 バス停から秀央高校に戻って来たときには、辺りはすっかり日が落ちて暗くなり始めていた。それに輪に駆けて秀央高校の校舎の中は薄暮の光が校舎に遮られて一層薄暗かった。

 学校と言う物質的、精神的な閉鎖空間では、一度暗闇に入ると閉塞感を浮き彫りにする。高遠は家よりもこの閉ざされた場所の方が落ち着くのであったが、今はなぜか、心の奥底で静かに早鐘が打ち付けられている。

 

 蛍光灯一つもない廊下を高遠は記憶を頼りに真っすぐ進んでいく。エリート教育の環境のために広い校庭、多種多様の教室を有する秀央高校。だが高遠たち一年は、この高校に入学してひと月ぐらいしか経っておらず、教室を迷う一年生が絶えない。だが高遠は教室の配置をほぼ記憶していた。だから暗闇の中でも迷わずにマジック部の部室に進んでいける。

 

 しかし、高遠の頭にあるのは未だに理解が及ばない自分の予感のことだ。

 なぜ急ぐ? なぜ藤枝先輩を急いで追いかけようとするのだ? 彼女が何か事件に巻き込まれるとでもいうのか? だとしたら僕が行く必要はない、むしろ怪しまれるではないか。

 自問自答しながら予感に背中を押される形で『マジック部』と白のプレートに黒のインクで刻まれている見慣れた名前が姿を現す。

 

 少し日に焼けた白のドアは空いたままで、電気のついていない部室は、太陽の光があってまだ床が見えるぐらいだった廊下と違って薄暗くほとんど何も見えない。

 部室内の窓のカーテンが開いていて光が入ってくるが、それでも僅かにいつも使っているテーブルとソファーの輪郭と二つの大小の影が薄っすらと見えるだけ。部室の扉のすぐ傍にあるスイッチを入れると、胸の痛みがまるで始めからなかったかのように消えてしまった。

 

「そこで何をやっているんだい、霧島?」

「げっ! 高遠か!? あっちゃー見つかった」

 

 部室内の蛍光灯が灯されると、ソファーとテーブルの間で両手にテグスを二重に巻いて立っている霧島と部室の隅でひざを屈めていた藤枝の二人がいた。藤枝はすぐ後ろに霧島がいることを高遠が指摘したことでようやく認識し、驚いた顔で口に手をあてて覆った。

 

「えっ、霧島君!? 私の後ろにいるのに気づかなかったわ。てっきり帰っていたとばっかりに……」

「えへへ、実はこっそり他のマジックの練習をしていたんですよ。俺のゾンビボールが五月祭に間に合うか不安で、高遠が入部したの時に見せてもらった物質空中マジックでもして挽回できるかなと。そしたら、部室に藤枝先輩がパスケースを取りに戻ってきたのが見えてきてこっそり隠れてたんですよ」

 

 霧島が苦笑いをして、藤枝に手に持っていたテグスを見せて「もう暗くなったので今片づけをしていたところなんです」と説明をする。

 高遠が部室に入り部屋をぐるりと見渡す。

 部室は今日の戸締り番であった高遠と藤枝が帰った時と変わらない状態だった。ソファーやテーブルには道具類は一切なく、ほぼそのままであった。

 積み上げられた段ボールのすぐそばで、藤枝は左手を腰に当てて霧島が練習をしていたことに感心していた。

 

「へぇー、霧島君意外と熱心ね。いつも部活が終わったらすぐに帰ってたのに。やっぱり大勢の前でやるとなると気合が入るのね」

「そーなんですよ」

 

 さすがに邪魔になったのか、霧島は両方に巻いていたテグスの片方をほどき、空いた手で頭を掻いて照れた仕草を見せる。

 一方で高遠が藤枝の後ろを通ると、段ボールの荷物でコの字につくられた空間の中に藤枝のパスケースが床に落ちていた。電気をつけたらすぐにわかるところだった。

 

「先輩、パスケース、みんながカバンを置いていた段ボールの前にありましたよ」

「ごめんね高遠君、先に帰っていいって言ったのに……」

「いえ、女性を一人で帰らせるのは忍びなかったので」

「そう? ちょっとうれしいかな。じゃあパスケースも見つかったことだし帰りましょ」

 

 藤枝が高遠に向けてはにかむと高遠を連れて部室から出ようとする。それを霧島が引き留めた。

 

「なあ高遠、一緒に帰らないか? ゆっくりしてもまだバスもあるし、時間あるだろ」

 

 霧島はニカッと上の歯だけを開いて見せる。目じりに皺ができるほどのにっこりとした顔。だが高遠はいつものようにすまし顔で、丁重にお断りした。

 

「君の家は僕たちとは反対だろう。それに、いろいろ()()()()()()()()()()()()()が多いだろうし、手伝うのはごめんだから止めておくよ。ちゃんと忘れずに管理人に鍵を返してくれよ」

 

 二人は部室を出て廊下を歩いてゆく。外は月が出ていて一本道の廊下を電灯代わりに照らしていて、なぜか部室にいた時よりも明るく感じた。

 その背後で舌打ちする音が聞こえた。

 

 

 

 高遠たちがバス停に戻ってきたときには、もう辺りは黒のカーテンと照明の光に包まれていた。やってきたバスはヘッドライトが空中に浮いている埃と道路を照らし、高遠と藤枝の二人を乗せる。

 

 この時間となると人の数はまばらで座席はほとんどが空席だ。バスが発車して高遠がいつもの後部座席に座ると、その横に藤枝が遠慮なしに高遠の隣に座る。だが、高遠は彼女のことなど一切眼中になく、真っ暗な外の景色の中に移り変わりながら変化する黄色の照明がついているマンションや白色の明かりが灯されている一軒家や街灯を見つめながら霧島のことを考えていた。

 

 霧島の行動は奇妙だ。

 持っていたあの糸、物質空中マジックに使うにしては短すぎる。あれは部屋の端から端まで糸を引かなけらばならないから、手で二重に巻いただけの長さではあの部室では到底足りない。それに回収中だったとしても部屋を暗くしたままでは、観客に見えないようにつくられた細いテグスが見えなくて回収できない。それに小道具も見当たらなかった。あの行動はマジックをするとしては怪しい部分が多い。そもそも暗くなったから電気をつけ忘れるというのもおかしい。集中して忘れていたというかもしれないが、最後に部室の戸締りをした時にはもう外は夕暮れだ。帰る間際も電気は消したはずなのに、どうして霧島はその時よりも暗いときに電気をつけなかったのだろうか?

 

 じーっと外の景色に浮かぶ自分の姿を見ながらそのことを考えていると、ぬうっと、セミショートの女の顔が高遠の横に浮かぶ。

 

「高遠君てば、いったい何を考えていたの? 明日のマジックのこと?」

 

 藤枝がずっと外を見ていた高遠を見かねて声をかけてきた。窓の外に映った彼女の口元は今にもどうしたのという言葉が紡ぎだされそうだ。高遠は顔を外に向けたまま藤枝に言葉を返した。

 

「変だとは思いませんか」

「ん? 何が?」

「霧島ですよ。彼が部室で物質空中マジックをするにはおかしな点が多いのですよ。夕方なのに電気もつけず練習をするのは不可解です。特に糸を両手に巻いて回収していたこと。普通は糸を回収する際片手に糸を巻き付けて回収するはず、ですが霧島は両手にそれも二重に巻き付けていました」

「たしかにそうね。あの時すぐに見つかると思って電気つけなかったけど、それより前に練習をしていた霧島君はちょっと変ね。それにあのテグス、部室内でひっかけるにしては短すぎるし」

「ほかの目的であの部屋にいたとは考えられませんか?」

 

 藤枝が首をかしげてうーんとひねって考える。

 

「他って、荷物を縛ったりとか?」

「あの部屋に荷物をまとめるようなものはありませんでしたよ。段ボール箱は糸よりガムテープの方が簡単ですし。もしあるとすれば……」

 

 首と言いかけたが、寸でのところで止めた。

 

 藤枝の顔が窓にぼんやりと蜃気楼(しんきろう)のように映る。どうしたの? と小さい子供の次の言葉を待っている表情はまるで母を思わせる。

 やはりやめておこう。彼女を怖がらせるだけだ。それで父から何度殴られたことか。

 

「何? 何? 高遠探偵の答えは」

「やっぱりやめときます。下衆の勘繰りは友人を失くします」

「ちぇー。ところでさ、さっきあたしが近宮玲子に似ているって言ったわよね。もしかして高遠君、近宮玲子のファン?」

 

 藤枝はずいっと席を詰めて高遠に接近する。高遠自身近宮玲子の話題に興味が注がれて、ようやく顔を藤枝本人の所に向ける。そして振り向いたとき、どこか藤枝は安堵の表情を浮かべていた。

 

「ええ、と言っても私があの人を舞台で見たのは一度きりでしたが……」

「そうなんだ! やっぱり一目ぼれ?」

 

 高遠は少し迷った。自分の過去を話してよいのか。父との不和、家庭環境を根掘り葉掘り聞かれるのはたとえ先輩でも土足で家に入られるのは不快だ。……だが藤枝先輩はそんなことはしないだろう。人に弱みを握られることの不快さを彼女は身を持って知っているから。

 藤枝は、高遠の顔を覗くようにして前に屈み返事を待っていた。高遠は家のことをぼかして彼女の質問に答えた。

 

「……そうですね。一目ぼれでした。ロンドンにいた時、たまたま父に連れられて彼女のマジックショーを見て……惚れてしまいました」

「やっぱり! あたしもそうなの。あの人のマジックってどこからあのマジックを生み出すのだろうって思うほど奇抜で、かっこいいよね。テレビで紹介されることもあるけど、テレビじゃわからないわ。生で見ないとあの人の凄さはわからないもの」

 

 藤枝が近宮玲子のファンだというのは本当だった。高遠がほんの僅かに話しただけなのに、洪水のように彼女は近宮玲子のことを語った。それまで十歳のころに直接本人と出会い、父の監視の目をかいくぐって彼女の情報を得ていた高遠には知りえなかった近宮玲子のマジックや生活の一部に今どこで公演しているのかなどが次々と彼女の口からあふれ出てくる。

 近宮玲子への憧れでマジック一筋を貫いていた高遠は近宮玲子のことになって自然と前のめりになった。聞いたこともある情報もあったがそれも新鮮なことのように聞こえる。それほど高遠は、近宮玲子に飢えていたといえるかもしれない。

 しかし、その興奮をも隠すほどのポーカーフェイスでいつものように冷ややかな表情と冷めた声で言い表す。

 

「何でも知っていますね。ですが、ファンと言うよりもオタクみたいです」

「も、もう高遠君たら」

 

 さすがにペラペラと憧れの人のことについて熱が入りすぎてしまったことを高遠の言葉でやりすぎてしまったと恥ずかしくなり、藤枝は頬をその名前にふさわしく赤椿のように真っ赤に染めた。そんな彼女を見て高遠はフフッと小さく笑う。

 

 

 

 だが高遠の脳裏にはまだ霧島のことがこびりついていた。あの霧島の目じりに皺ができるほどの笑み。何を隠しているのか。

 彼のあの笑みの裏にはいったいどんなことを企んでいたのか。もし僕の予想が当たっていたら藤枝先輩を……彼は。ではどうやって引き出せばよいのだ。

 知りたいと思った。どうしてそれをするかよりも、知りたいという欲求が高遠を突き動かした。僕をマジック部に引き入れた最初にできた友人の行動の真意を。しかしただ言葉で探りを入れるのは物足りない。最高の舞台で、美しく、鮮やかに、華やかに、彼を――()()()()()

 

 

 

 少し高遠が目線を外すと窓の外にある店が目に映った。そしてバスの停車ボタンを押すと赤く光り車内に機械的なアナウンスが流れた。

 

「すみません先輩。僕はここで」

「あれ? 君の家ここじゃないよね」

「ちょっと明日のために必要なものを買いたいので……」

「へ~、明日のためね。期待しておくわ」

 

 バスがブレーキをかけて停車すると、降り口である運転席横の扉が折って開く。藤枝の席を通り、静かに彼女に別れを言う。

 

「先輩、明日()()()()()()()()()()

 

 頑張ってではなく、気をつけて。

 どうして注意しないといけないのかと藤枝はその言葉の意味を理解できないようで、子犬のように小首をかしげる。

 高遠はバスを降りて藤枝が乗るバスを見送ることもなく、一直線に窓の外に映っていたあの店へと入っていった。

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