高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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第五話『考察』

 格子状のガラスの扉を引いた。

 自宅に帰った高遠は、タイルが敷き詰められた玄関にカバンと藤枝と別れたバス停前で買った物が入った紙袋を置いて学校指定の革靴を脱ぐ。フローリングの床を黒の靴下で踏みしめて自分の部屋がある二階へ上がろうとすると、肩を小さく揺らして父が高遠の前に立ちふさがった。

 

 父の顔は真っ赤に染まり、ウイスキーと四方形の小さな氷の入ったグラスを持っているからしてでき上がっていた。声もややろれつが回っていない。

 悪いときに鉢合わせしてしまったさっさと上に上がっておけばよかったと高遠は唇を噛んだ。父は仕事から帰ってから酒を飲むことがあるが、これがいつも高遠を恐れるように目を配らせていた父が酒の力で横柄な態度に変貌する。実の息子を恐れず、優位に立てたことを証明するために暴力を振るうのだが、高遠はそんなことは児戯に等しいことでさっさと酔いがさめるまで立ち去るのがいつものことだったがタイミングが悪かった。

 しかし、今日の父からはすぐには拳が飛ばなかった。どうやら今日は機嫌が良いようだ。

 

「遅かったじゃないか高遠、今まで何をしていたんだ?」

「明日の祭りのための練習ですよ」

「その紙袋は?」

 

 高遠の左手に握られた紙袋を父がグラスで指す。

 

「明日のマジックに必要なものを買ってきたんです。いけないですか?」

「ちょっと見させろ」

 

 有無を言わさずに父が紙袋を覗き込む。目の焦点があっていないからか、目を細めるだけでは良く見えていないようで紙袋の中に顔を半分突っ込んでいた。中のものが酒臭い口臭が移って臭くならないか高遠は、気が気で仕方がなかった。

 中の物を確認し終えた父が顔を上げると、口を卵型に開いて戸惑う顔に変化していた。

 

「……必要なのか、()()?」

「もういいでしょう僕は上がりますので」

 

 高遠は呼び止める父を振り切って、いそいそと階段を上がっていく。

 階段の最後の段を上がると、目の前にある無機質な木目調のドアノブを引く。高遠の部屋は、机とベッドと本棚に小物入れぐらいしかなくスポーツ選手やアイドルのポスターといったものすらない単調な様相だ。本棚も、漫画の類はなく洋書やマジックに関するもので詰め込まれている。

 机の上も、電気スタンドとノートパソコンぐらいしかなく、不要なものは一切排除するという彼の性格を表しているようだ。

 

 高遠は机に座ると、カバンから一枚の冊子を机の上に広げる。それは緑のわら半紙上に手書きで書いたものをコピーした五月祭の案内図だった。そして本棚から、入学時に学校から支給されたが一度も見ることもなく本棚の端に隠れていた秀央高校案内冊子を引っ張り出す。冊子の中身は、校長のあいさつに始まり秀央高校の創立のお題目が校舎を背景にしてつづられ、数ページ開くと高遠や霧島がいる特Aクラスなどのクラス割の概要を説明していた。何枚もページをめくると、高遠が目当てにしていた校舎の地図が書かれたページで手を止めて、見開きの状態にして机の上に置く。

 そしてノートの一枚を引きちぎると、緑の紙と白の紙の地図を見比べながらペンを走らせる。

 

 霧島、君は一体どんな理由があって先輩を殺そうと企んだんだい? どんな恨みがあったんだい? 戸締り番であった藤枝先輩が、パスケースがあんな目立つところにポツンと落ちているなんて変だ。きっと君がゾンビボールを落としてカバンを倒したときに、こっそりと彼女のパスケースを隠したのだろう。それを餌に先輩をおびき寄せた。そして暗い部室に潜伏して先輩を殺そうとした。

 計画的な犯行だ。しかし僕が偶然、あの胸の痛みでバスを降りて戻ってきたため犯行は失敗した。

 

 僕は初めて、マジックのこと以外に興味が湧いたよ。あの人に近づくためにマジック一辺倒だった僕が、霧島、また君によって動かされることになるとは。

 君のあの笑顔の下にはどんなものが隠されているのか。一体藤枝先輩にどれほどの恨みがあるのか。知りたい。

 けど、()らせない。

 

 いや霧島にその意図があるかわからない。しかし凶行に出ることも想定すべきだ。

 けど、ただ単に阻止するだけでは面白くない。僕のマジックで君を騙してやろう。

 

 目を交互に地図とノートに動かしながら高遠はマジックを創作していく。黒鉛から綴られていくトリックに高遠は思わず笑みがこぼれ始める。

 

 

 

 ブーンと携帯がバイブレーションの音を立てた。高遠は手を止めて黒の二つ折り携帯を開くと、メールが一件着信していた。

 

「藤枝先輩からだ」

 

 中央の決定キーを押してメールを開くと、題名には『明日頑張ろうね』と共にハートマークが付随していた。

 

『高遠君、無事帰れた? 明日は前夜祭だけど、手を抜かずにみんなを驚かそうね。それと、今日ありがとうね。近宮玲子に似ているって言われたの初めてで、今まで女王様呼ばわりされていたから、本当に嬉しかった。けど、あたしも高遠君が近宮玲子に似ていると思うのは変わらないわ。あっ、あたしも高遠君も近宮玲子に似ているなら、もしかしたらあたしたちもお互い似ているかもね。夜遅くメールしてごめんね。明日の全体準備頑張ってね』

 

 所々文の終わりや最初に、絵文字や動くイラストをデコレーションしている本文は、まさしく女の子のものであった。高遠は『高遠君も近宮玲子に似ているなら、もしかしたらあたしたちもお互い似ているかも』という文に目線がいった。

 机のわきに置かれていたカバンの蓋を開けて、小さな黒光りする鍵を取り出す。そしてそれを鍵のかかった机の引き出しに差し込み右に回す。カチリと金具が外れる音が部屋にこだまする。

 まったく微動だにしなかった引き出しから、四十代ぐらいの妙齢の女性が微笑みながら舞台の上でスポットライトを浴びて映っている姿が覗く。それは高遠と藤枝が目標とするマジシャン近宮玲子が表紙を飾った特集雑誌だった。

 

 高遠の父は、近宮玲子の顔が入った記事・雑誌類果ては番組までも高遠に見せないようにしていた。ある時、高遠が近宮玲子の記事のスクラップブックを持っていたのを父にばれた時は、散々殴り倒された挙句、スクラップブックをゴミ収集車の中に投げ捨てられた。高遠は未だに、スクラップブックが発泡スチロールが白い粉を噴き上げて表紙を白く汚し、ビニール袋から破れた生ごみの飲み残しやら魚の汁やらが交って泥水よりも汚い汁に浸されながら収集車に押しつぶされて影も形もない姿になったのを覚えていた。殴られた痛みよりもずっと鮮明に。

 一応、マジックの雑誌類を本棚に置いていることは了承してくれたが、未だに近宮玲子関連のものはこうして引き出しに鍵をかけて保管している。高遠がその雑誌を手にして、じっと彼女の手を見つめた。彼女の手を自分のと比べながら電気スタンドの蛍光灯にかざす。

 指と指の間の谷にぼんやりと血の赤が映る。

 

「似ているか……先輩が言ったことはあながち間違っていないかもしれないですね」

 

 高遠は薄々感じていた。父がなぜ近宮玲子を嫌悪するか、どうしてただの十歳の一少年でしかなかった自分にだけマジックを教えてくれたのか。そして藤枝が、自分の手が近宮玲子に似ていると思ったのか。

 それはおそらく()()()()が原因であろう。きっと、近宮玲子は僕の……

 ぎゅっと、指を一本ずつ折ってこぶしを作る。

 

 けど、藤枝先輩。僕とあなたはちっとも似ていない。あなたは太陽のように温かい、でも僕はぼんやりとして存在しているかわからない色を見出せない真昼の月。

 まったく異なる。似ているのは同じ星だということだけ。

 

 

 

 ブーンとまたバイブレーションが鳴る。新着メールを開くと今度は霧島と差出人の名前があった。

 

「……霧島」

 

 メールを開くと、本文とタイトルには無機質な明朝体のシンプルな文章が連なっていた。『ちょっと相談なんだけど』というタイトルが記載されていた。

 

『高遠、明日の五月祭のマジックお前なら大丈夫だよな。俺、全然自信なくてさ。けど俺、みんなをあっと言わせられるマジックがあるんだ。うまくやれるかどうかわかんねえけど俺頑張るわ。明日の全体準備だるいけどまずはそこから頑張ろうぜ』

 

 

 何気ない文面。藤枝のと比べると文のみで素っ気ないが、男同士ならこれが普通だと教えてくれたのは、霧島だ。彼がいたおかげで、ただ耐え忍ぶだけの無味乾燥な世界が少し色づいた。霧島には恩がある。

 

 だからこそ、止めなければならない。

 殺し。という発想が選択肢から外れない自分の異常さを理解しているが、それでも恩人であり友人にその手を汚してほしくない。

 

 数分間携帯の画面を見つめ、画面が自動的に暗くなると高遠はボタンをプッシュして、返信メールを打ち始める。

 

「ああ、いいよ霧島。僕も最高のマジックを見せてあげるよ。けど君は観客でもマジシャンでもない、僕のマリオネットとして動くんだ」

 

 高遠は藤枝と霧島にそれぞれメールを返信を終えると、しおりを開いてマジックの種を書き込み始める。犯行を防ぐという前代未聞のマジックの種をしたためている高遠は、これまでにないほど嬉々とした表情を自然に浮かべていた。

 トリックが完成したとき、ページの一番下には一人の仮面を被った男が、二つの男女のマリオネットを操る絵が描かれていた。

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