高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか   作:wisterina

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八話『前夜祭』

 祭りの会場の一つである校舎前通りは秀央高校の学生しかいないにもかかわらず盛況であった。校門からすぐという人が多く行き来する立地条件もあってか、校舎へ向かう前に段ボールで作った看板を持った客引きに誘われて屋台で食べる人が多数いた。高遠と藤枝は、この校舎前通りにある登山部の焼きそば屋で焼きそばを注文していた。

 

「はい、お二人さんアジアン風焼きそばお待ち!」

 

 二人のか細い手とは正反対の太くたくましいゴツゴツとした手から透明のパックに詰められた焼きそばが手渡された。

 蓋を閉じていた輪ゴムを外すと、焼きそば定番のソースの焦げる匂いとは異なるエスニックな香りが鼻腔に漂う。色も醤油とは異なり、色が薄い。おそらくナンプラーであろう。アジアン風と謳っていることもあってか上に乗せられているのも鰹節だけでなく小さなサクラエビもまたただの焼きそばでないことがうかがわせる。高遠が割りばしで焼きそばの麺を一本つかみ、口に入れるとナンプラー独特の少ししょっぱい味がしっかりと麺に浸透してのサクラエビのプチッとした触感がアクセントを利かせている。

 

「おいしいですね」

 

 高遠が素直な言葉で言うが、隣にいる藤枝は口に焼きそばを入れたまま高遠の方を見ていた。そして高遠よりも早くに焼きそばを食べ終えた藤枝が、ゆっくりと食べている高遠に疑問を投げかけた。

 

「高遠君って、食が細い?」

「……そう見えますか?」

「だって、焼きそばをそんな一本だけすする人あんまりいないわ」

 

 藤枝に指摘されて周りをよく見ると、確かに他の人は一度に四本から六本。果てには一気にかきこんで咽る人までもいるが、高遠のように一本だけと言う人はいない。藤枝は高遠の拳一つ分ある制服の袖のあたりなどを観察して、うーんと唸って何かをチェックするかのようであった。

 

「それによく見ると、高遠君って男子なのに体細いように見えるわね。何キロぐらいあるの?」

「四十四キロですが」

「ええっ!! 細いよ。高遠君もっと食べないと、まだ一年生だからもっと身長が伸びるし、あばら浮き出るよ」

「そこまで必死になって食べる必要はないかと思いますけど」

「だって、あたしより軽……何でもないわよ!」

 

 藤枝がギュッと握りこぶしをつくってぶんぶんと上下に揺らして訴えるが、自分で言ったことではないだろうかと高遠は肩を落として苦笑いした。

 

「ほら、次あっちのフランクフルト屋に行きましょ。今日はお祭りなんだからしっかり食べさせるんだから」

 

 再び藤枝が高遠の手を引き三軒隣の屋台にへと連れていこうとした。高遠は藤枝の勢いに押されてまだ食べている途中の焼きそばの蓋を抑えるだけで精いっぱいだった。

 

 

 

 ちょうど一時間が経過した時、高遠の両手には最初に買った焼きそばの袋だけでなく唐揚げの袋、口には三分の一ぐらいに減ったフランクフルトが咥えられていた。やはり本当に食が細いようでまだ食べきっていなかった。一方の藤枝はと言うと、カップに入ったタコ焼き器でつくられたチョコレートシロップがかかったプチホットケーキをタコ焼きのようにつまようじで刺して口に放おりこんでいた。

 

 やれやれ少々強引な人だ。黒江先輩が女王様と呼ぶのはこういう面があることを知ってのことかもしれないな。けど、それで誰かの恨みを買うような行動には至らないはずだ。それに、たかが入部してひと月足らずの霧島本人が、彼女に対して殺すほどの恨みを買う行為は想像もできない。しかし現に霧島は目の前の彼女を殺すことを企んでいる。ならばやはり霧島に関連する人にかかわることか、あるいは霧島が些細なことでかんしゃくを起こす裏の顔があるかもしれない。

 

 校舎前通りを過ぎてグラウンドに入ると、そこもグラウンドの外周に生徒が集っていた。中央のグラウンドに後夜祭名物の木で組まれたキャンプファイヤーが、燃やされる運命にあるのにまるで長年いる仏像のように厳かに鎮座されていた。

 燃やされる前のキャンプファイヤーを一目見ようとグラウンドの外周に人が集っているということだ。そしてそれを狙ってか外周に出店が立ち並び、キャンプファイヤーに見飽きた人たちが店に入っていく。

 

「ねえねえ高遠君、あれ行ってみない? 天文部」

 

 藤枝が指さしたのは、青のブルーシートで覆われていて脇に『天文部』という看板がなかったらバラックかと見間違うほどの小さな建物だった。

 垂れ幕のように垂れ下がっている重いブルーシートを持ち上げて中に入ると、秀央高校の制服を着て右腕に『案内係』という腕章をつけた男子が二人に声をかけた。

 

「いらっしゃいませ。こちらでは一足早い夏の星座が見れますよ」

「プラネタリウムですか?」

「本当は部屋一面でする予定何だったけど、映りが悪くて。それでコンセプトを変えて、双眼鏡で見る夏の夜空と言うテーマでプラネタリウムを投射しているんです」

 

 横一列に並んでいる板から開いている二つの穴にお客が覗きこんでは、ざわめく声を上げている。穴の上には『カシオペア』や『はくちょう座』といった夏の星座の名前が掲げられていて、その名前のある穴を見るとその星座が見えるという仕組みだ。

 

「見る穴によって見える星が違うから楽しんでいってね」

 

 案内係の人から星座一覧の紙を受け取ると、藤枝がさっそく穴を覗き込んだ。

 

「すごい、星がはっきり見える! これは………こぎつね座ね」

 

 上に掲げられている星座の名称を見て感嘆の声を上げる藤枝。高遠も『ヘラクレス座』の穴を覗いて見る。確かに暗い部屋の中にヘラクレス座の星が瞬いて見えていた。そしてご丁寧にも、どれがヘラクレス座の星なのかも分かるように時折線が引かれる。しかしこれは不完全で偽物で感嘆の息を漏らすようなものではない。

 そもそも星空にあんなガイドラインは実際に引かれていない。それに建物の作りが甘く、背景であるブルーシートのつなぎ目がうっすらとであるが見えて光が入ってきている。完璧でもなく美しくない。どうしてこんなものに先輩は感嘆の声を上げるのだろうか。

 穴から目を外して藤枝の方を見ると、こんな稚拙でちゃっちな作りものでも藤枝は楽しんでいた。似ていないな僕とは、と改めて高遠は思った。僕の価値観は完璧で美しいものを求め、先輩は不完全でも楽しむ。どうしても未だに昨日のあのメールの文面が頭の隅に残っている。どうしてこんなに引っ掛かるのだろうか。僕はあの人を……いやよそう。気の迷いだ。

 

 そうしている間に藤枝が目を本物の星のように瞬かせながら隣に移動して『さそり座』と書かれている穴を覗き込んだ時、高遠は今自分がいる『ヘラクレス座』の神話を思い出した。巨人オリオンは自分が一番強いと周りに自慢し、驕っていた。それを女神ガイアが怒りサソリを遣いに出した。オリオンは足にサソリの毒が刺さりあっという間に死んでしまった。

 どんな強い人物でも所詮は人間、ふとしたことで死んでしまう。そして、この間にも死者は出ている。事故・怪我・病気そして殺人。だが人は死をいつも意識してなく、こうして普通に過ごしている。たまに刺激を求めて祭りを起こしたりして異質を感じる。マジックだってそうだ。観客に異質を見せて、驚かせる。この祭りと同じだ。

 

 だが、藤枝先輩が殺されて死ぬかもしれないということに実感がわかない。いやまだ生きているからこそ、そんなこと実感がわかないのは当たり前だ。もし、あと少し僕が部室に戻ることがなかったらあの部室には、いやこの学校は死という異質なものに包まれたことだろう。ヘラクレスという男が死んだことで女神ガイアの怒りが鎮まったように、藤枝つばきという人物が死ぬことで霧島の溜飲が殺人というもので下がるかもしれない。

 だが、霧島はその後に起こることを考慮しての行動なのだろうか。その人の死で悲しむのは無論だが、全く関わりがないなら何も思わない人もいる。中には、いなくなってせいせいしたという人物だっている。事実、テレビのニュースで人が死んだとしても人はそれをなにも感傷に浸ることもなく過ごすだろう。

 では僕はどちらだろうか。彼女が死んで悲しめるだろうか。それともなんとも思わないのだろうか。もし後者なら、とんでもない人間だ。マジック部の先輩で、それも共通の憧れの人について語った仲なのにと後ろ指を指されるだろう。

 

「高遠君どうしたの? ボーっとしていたよ」

 

 ポンと高遠の肩を藤枝が小突いて、高遠を呼び戻した。我に返った高遠の周囲には二人の間を避けるように人の流れができていた。

 人の邪魔になるため早々に他の穴を見ることもせずに藤枝と共に出口へ向かう。出口にいた係員がブルーシートを押さえつけながら「またどうぞ」と社交辞令をいって送り出す。

 外に出ると、さっきほどまで暗室にいたからか外の光景がすべて真っ白になる。何度か目を開いたり閉じたりしてようやく目が外の光に慣れてきた。

 

「すみません先輩。ちょっと考え事をしていました」

「マジックのこと?」

「……はい。どんなマジックにしようかと考えてまして」

 

 とっさに高遠は嘘をついた。目の前の人にあなたが殺されたらどうなるのだろうかなどと突拍子のないことを告げたら、自分に奇怪な目が向けられることになる。いや藤枝先輩なら笑って済ましてくれるかもしれない。

 だがどちらにしても、僕のマジックを成功させなければならない。昨日から用意していたのがご破算となるなど不愉快になる。そのためには藤枝先輩を時が来るまで殺させないことと信頼が不可欠だ。ここで不利になるような言葉は(つぐ)んでおかなければならない。

 その藤枝はというと、全く疑うこともなく既に空になったプチホットケーキが入っていた紙コップをクシャりと潰して小盛になっているゴミ箱の上に積み上げる。

 

「さすが同じ近宮玲子に憧れるライバルね」

「ライバルですか?」

「あたしの目標は近宮玲子と同じ舞台に立ってマジックをすることなの。もちろんアシスタントじゃなく、一人のマジシャンとしてね。高遠君も近宮玲子に憧れるなら、そこが目標じゃないの?」

 

 ここは好印象を与えるために同じように同意見を出しておくのが吉だろうと高遠は考えていたが、本心では近宮玲子の元へ立つというのはまごうことなきことだった。

 

「ええ、僕もそうです。けど僕の方がいち早く近宮玲子の隣に立つ自信があります」

「おっ、珍しいわね。高遠君が」

「すみません」

「だから、すぐ謝るのが君の悪い癖だって。ほら急がないと時間なくなるから次のとこ行くよ、ライバル君」

 

 最後の一言の「ライバル君」だけが妙にトーンが上がった軽快な口調になったのを聞き逃さなかった。好印象を与えられた証拠だからだ。良い状態だ。

 携帯を開くと戻る時間まであと三十分を切っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 グラウンドから別の会場にへと移動して、人気が少ないところを歩いているところで高遠は仕掛ける。

 

「先輩、実はですね……」

 

 高遠は藤枝の耳に手をやってこそこそと囁く。高遠の話を聞いた藤枝は少し間をおいて。

 

「え~、高遠君それ本当に私がやるの?」

 

 言葉とは裏腹に、藤枝は楽しみな表情をしていた。


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