高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか 作:wisterina
時間になって二人がマジック部の部室に戻ると、開口一番に霧島の疲れ果てて情けない声を上げて戻ってきたことを喜んだ。
「高遠! やっと帰ってきた。俺もう先輩からみっちり特訓させられてくたくただったぜ」
「みっちり特訓しないといけないのはこっちだ。あんなにポロポロゾンビボールを落としては笑われるだけだぞ」
片倉部長がソファーにどっかりと身を投げて座り、霧島の手際の悪さを後ろ髪を掻きながら不満げな顔をする。
「高遠、君はずっと女王様のエスコートをしてたのかい? 大変だったね」
「エスコートじゃないわよ、高遠君やせ気味だったから色々屋台回りして食べる特訓をしてたのよ。マジシャンは体力も必要だからね」
高遠が藤枝に振り回されて祭りを回っていたと黒江は毒を吐くが、藤枝は気にせずあしらった。
部室の入り口で受付をして椅子に座りっぱなしだった荒木田が腕を上げて体を伸ばし、やっと解放されたと声を漏らした。
「や~やっと二人が帰ってきたか、それじゃ俺と霧島は祭り行ってくるから」
「荒木田はまだ留守番だ。霧島の次にヤバいんだから、副部長なんだからいつまでもタッハ節通せると思うなよ」
「か~、またお預けかよ!」
荒木田の期待は片倉部長の一声で再び拘束される異なり、力なく机の上に突っ伏してしまった。
「その代わり俺もここに残って荒木田を鍛え上げる。霧島と黒江は祭りを楽しんで来い」
「部長、ちょっとだけ外に出ててもいいですか?」
藤枝がもう少し時間が欲しいと懇願すると、片倉部長は片眉を上げた。
「どうしてなんだ?」
「実は、高遠君が私に衣装をレンタルして用意してくれたんです。着替えのために少しだけ時間くれませんか?」
藤枝の言葉に部長含めた部員たちは一斉に高遠に視線を向けた。あの大人しい高遠が唯一の女性部員である藤枝に衣装を持ってくるという大胆なことをしてくるとは、青天の霹靂だ。いったいどんな衣装を持ってきたのか興味を引いた。
「ほぉ、高遠が。一体どんなの持ってきたんだ?」
「どうせなら、面白い格好のやつとかがいいけど」
部長が期待声を、黒江がそして荒木田が顔を上げて生き返った様子で高遠を期待の目で見つめた。高遠は視線の間をかいくぐり、部員たちのカバンが置かれている場所に赴いて持ってきた紙袋に手を入れた。それは、昨日帰りに購入してきた物を入れていた紙袋であった。
中身の衣装を藤枝に見せると、重いため息があっという間に部室を包み込んだ。
「なんだ、ただのスーツかよ。しかも下がロングパンツの色気のないやつ」
「俺、チャイナ服とか体のラインが見える奴期待してたのに~」
荒木田が手の仕草でぴっちりとした服を表現しながら、残念な声を上げた。その反応を見て高遠は申し訳なさそうに謝罪する。
「すみません。藤枝先輩のマジックのスタイルですとこの服の方が支障がなく、一番似合うと思いまして」
「ううん、いいセンスよ。部長、ほんの少しだけですから」
藤枝が持ってきた衣服についてフォローすると、片倉部長に頭を下げた。部長はほんのわずかな時間で答えを返した。
「少しの間なら俺と荒木田だけで店番しても大丈夫だろう。ここに来る人も午前中そんなにいなかったことだしな。それと連絡事項があってな、いくつかの部でペンキ缶が今朝からなくなっていると報告が来てな。もし見つけたら俺の所に報告してくれ」
二人は部長に礼を述べて衣装をもって部室から出ていく、その後を霧島、黒江が部室を出て祭りへと繰り出していった。
校舎の一階の隅の部屋に藤枝が入ると「誰もいないわよね。高遠君覗かないでよね」と高遠に言い残して内鍵を閉めた。
校舎にはほとんどの生徒の生徒が出払っているのか外と比べて物静かであり、扉にもたれかかればその向こうで藤枝の鼻歌が聞こえるほどであった。
しかし、高遠はしきりに扉ではなく廊下に沿って窓一枚一枚に貼られた各クラブや愛好会のポスターの方に注力していた。しかもその視線は、『飛び出せ地球』というロケット部の標語や地球を飛び出しているロケットの絵には一切目もくれず、外の緑が生い茂っているケヤキの木を見ていた。
「さて」
霧島を呼び出すため携帯を取り出して電話をかけた時、廊下の奥から軽快な調子の音楽で流れてくる携帯のアラームが高遠のいる方向にへと聞こえてきた。
携帯から手を離すと、当の本人が手のひらを頭上に掲げて軽い敬礼をしてやってきた。
「よっ、藤枝先輩今着替え中か?」
「霧島。祭りはいいのか?」
「下見だよ。本当にここ穴場なんだよな。覗ける更衣室とかほんとかよ」
「五月祭のために緊急で物置を更衣室にしたからのぞき対策までに手が回らなかったんだろう。少し覗いたけど、部屋が暗いし物が多いから音さえ立てなければいけると思う」
霧島は高遠の覗いたという発言に目を爛々と輝かせていたずらっ子のような笑みをした。あの高遠が今度は覗きまでするとはと、こういう下世話な話が好きな霧島が興味を持たないわけがなかった。ましてやあの女に興味がない高遠がしたというのだからますます惹かれたのだろう。
「おや? 高遠ついに女に興味を持ったな? で、他に誰かいたのか?」
「残念ながら、誰もいなくてね」
「ちぇー。タイミング悪いな。あの地獄の特訓のせいで祭り回るメンバー、ほとんど固まってどっかいっちまってるし。最悪今日は俺一人で回るかもしれないな」
高遠はその発言に腑に落ちなかった。誰彼にくっつく霧島が一人で祭りを回る? 本当なのだろうか、もしや藤枝先輩を殺すための装置でも仕掛けに行くつもりなのか。口で尋ねても無駄であろうと分かっていたが一応本当に一人で行くのか聞いてみた。
「本当に一人なのかい? 君の両親は来ていないのか?」
「ああ、俺の両親は普段仕事で家に居ないからな。ずっと仕事仕事で俺のことなんてほっぽり出して、今日も仕事でさ。祭りになんかこないぜ」
霧島はサバサバと何事もないような言葉で返したが、高遠は気まずい感情が沸き上がった。言葉はカラッとしているが、その内実は湿っていることを如実に表していた。その境遇が高遠の家庭と似通っているのに、自分はなんと軽率なことを言ったのだろうかと猛省した。
「すまない。聞いてはいけないことを聞いてしまった」
高遠はすぐに謝罪した。相手は人を一人殺す予定の犯罪者になるかもしれないというのに。
だが霧島は、おもむろに高遠の肩を組んでへへっと笑っていた。
「いやいや今はお前と一緒いるだけで結構楽しんでるぜ。今日は一緒に祭り回れなかったけど、明日の本祭は一緒に回って屋台巡っていこうぜ。ルックスのお前と、言葉巧みな俺でナンパしたりしてさ」
「それで霧島だけ玉砕というシナリオかい?」
「うぇ、やめてくれよ。まじでありえそうだからさ」
霧島の苦い顔が出現して高遠は口を手で隠して笑う声を抑えるが、ククッという声は繊細な指では簡単にすり抜けてしまい洩れてしまった。
ああやはり壊したくないなこの居場所は、本当に安心すると高遠は心中にその思いが浮き上がった。
高遠には二つの選択があった。一つは静観して彼の気のすむままに鬱憤を晴らさせるか、もう一つはそれを止めさせるか。高遠の意志は後者に傾いた。霧島の鬱憤ばらしが下手をすればこの居場所を壊しかねなかった。霧島が下手人となれば、明日の本祭だって一緒に行けないであろう。もし霧島がそのリスクを投げ捨ててでも実行するというなら、それを妨害してやろう。
隅の部屋の鍵が開く音が聞こえた。扉の向こうから腕に折りたたんだ制服を携えて、黒のジャケットと中の白のシャツにクロスさせたタイとシンプルなマジシャンスーツをやや気慣れていない感もあるが、気品のあるマジシャンの体裁を整えていた。
霧島と送った本人である高遠は感嘆の声を上げたが、当の藤枝はスーツの裾や袖のあたりを軽く引っ張ってサイズを気にしている様子だ。
「少し大きいかな。ちょっとサイズあってないかも」
「すみませんサイズを間違えたかもしれないですね。先輩、私より身長少し低いぐらいでしたから同じサイズでいけるかと思っていたのですが」
「ううん。少し余裕のある方が動きやすいから」
高遠を気遣ったのか、藤枝は口元をほころばせて自身のマジックスーツ姿を見せていた。その高遠の隣で霧島は口をぽっかりと開けて藤枝のマジックスーツ姿を鑑賞していた。
「ほぇ~、意外と似合うっすね。最初見た時はなんか見た目男物っぽかったけど、こうして着てみたら案外いけるっすね」
「お褒めの言葉ありがとう霧島君。じゃああたしたち部室に戻るわね。早く戻らないと部長が怒るわ」
「へへ、どうもっす。じゃあな高遠、俺そろそろ行くわ」
振り向きざまに高遠に手を振った霧島はそのままもと来た方向にへと歩いて行った。
高遠が藤枝が開けっ放しだった扉を閉めると同時に一枚の白の付箋を挟み込むと、藤枝と共に部室へ戻るため廊下を歩いていく。すると、廊下のT字路の角で黒江が顔半分だけ出してすぐに引っ込んだ。高遠がその角に入った時にはすでに黒江の姿はなかったが、黒江が眼鏡の奥にて鋭い眼光で高遠のことを見ていたのを鮮明に記憶していた。
「……黒江先輩」
「高遠君、黒江がどうかしたの?」
「……いえ、何でもないです先輩」
『さて皆さんお待ちかね! マジック部によるマジックショーを開催いたします!』
会場の万雷の拍手が落雷の前触れのように轟き、ステージ裾にまで聞こえていた。いよいよ新生マジック部のお披露目会となるマジックショーを先鋒である副部長の荒木田が意気揚々とステージに上がっていくのを皆が不安と心配で見届ける中、高遠は舞台の袖口にある黒のカーテンに隠れながら藤枝のマジックの小道具を調べていた。
事前に会場にいた生徒に霧島がここに来たか聞いてみたが、彼の姿は目撃しなかったとのことだ。ステージ上には何か細工をしたような痕跡も落下物――例えば照明とかを引っ張るロープに切れ目もブレーカーにもそんな痕跡はなかった。つまり、霧島は本当に会場には姿を現していないということになるが、藤枝先輩を殺すことを諦めていないなら残るはマジックの小道具だ。
藤枝と共に祭りに行っていた二時間の間、霧島が藤枝のマジックの小道具に何かしらの細工もしくは毒でも仕込むかもしれない。しかしそれでは霧島の『あっと言わせられるマジック』とはかけ離れる。毒殺では奇想天外さに欠ける。
舞台袖にいる藤枝に目を配らせながら、藤枝の小道具、テーブルを一つ一つ過剰ともいえるほど調べていく。
「高遠、お前なにをしている」
高遠の身を隠していたカーテンに光源と黒江の姿が入ってきた。黒江は毒を吐くような口調よりもいっそう冷たい声で、眼鏡の奥ではあの時部室に戻るときに見かけた鋭い眼光で高遠を見下ろしていた。
「道具の点検をしていまして」
「ふーん。自分のじゃなくて他人のにまで手を出すとは余裕たっぷりだな。さすが満点を取った奴は違うな」
毒と皮肉をたっぷり言葉に込めて高遠に送り付ける黒江。しかし、その言葉の重さはどこかいつもの毒のあるものとは異なっていた。まるでしてはいけないことをしたことへの軽蔑するような言葉と目であった。
パタパタと革靴が乾いた音を鳴らして駆け寄ってくる音が聞こえた。
「ごめん黒江、高遠君いる? 次私の番だから机運ぶの手伝ってほしいんだけど」
「すみません先輩、ここにいます。ついでに道具も運んでおきますよ」
小道具の方は全部調べ終わっている。机にも変なところは見られなかった。人がいる時間には仕掛けられなかったということか? やはり昨日と同じように一人になった時間を狙って行動を起こす可能性が高くなるな。とにかく、一瞬の隙もみせないことが必要だ。この小道具も一瞬の隙をついて霧島が仕掛ける可能性がある。
高遠は藤枝の小道具をわきに抱えて藤枝と二人がかりで藤枝のマジックの要であるテーブルを運んでいく。
「ごめんね高遠君、こき使わせちゃって」
「いえ、構いませんよ」
二人が舞台の袖口から出ていくと、今度は明確に舌打ちの声が聞こえてきた。
「っち、死ねばいいのに」
声の主は、黒江だった。
舞台の上で藤枝のクローズアップ・マジックが披露されていく。カップの中で消失と出現のイリュージョンが繰り返しテーブルの上で公演されていくのに観客たちの視線が釘づけになった。先鋒の荒木田が見事に失敗してタッハ節を展開して会場を爆笑の渦に巻き込んだ。次が本格的なマジックを披露しているというギャップもそうだが、マジックだけが要因ではないだろう。唯一の紅一点である藤枝の容姿は幼げながらも美人の類であり、荒木田が残念がっていたマジシャンスーツは藤枝の本来ある気品さ引き立たせていた。
高遠は藤枝のショーを何事もなければいいという精神で見守っているが、反面やはり彼女のクローズアップ・マジックの技術は高遠からしても卓越していた。仕掛けは判別できるが、それを観客にばれないようにかつわざとらしくなくカップを動かすのは間違いなく高校生としては一線を画していた。
「みんな上手にやれているわ。次はいよいよ一年生組の出番ね」
応援に駆けつけに来てくれた姫野先生が高遠と霧島のそれぞれの肩を優しく持って励ました。霧島がぽきぽきと手の甲や指の骨を鳴らして気合を入れ始める。すると高遠が、指を二回折って霧島を呼んだ。
「霧島、僕と一緒に出てはくれないかい」
「え?」
「君は普段通りにマジックをすればいい。僕がサポートするから」
「ま、まあいいけどよ。先生は」
「いいと思うわ。それに高遠君には何か考えがあるのよね」
確かに考えはあった。だがそれは姫野先生が考えているような美しいものではなく、高遠が目を離したすきに霧島が藤枝を一人呼び出させないようにするための魂胆だった。もちろん、ただ単にサポートするだけではない高遠自身もマジックをしなければつまらない。
藤枝のショーが終わるとすれ違いざまに藤枝が高遠・霧島の二人に向けてウインクをして激励する。
「頑張ってね二人とも、高遠君期待してるわ」
『さあ、続いてはマジック部の一年生によるマジックショーです。今ボールを持っているアシスタントが高遠君とゾンビボールを披露するのは霧島君です』
アナウンスは高遠をアシスタントと認識して放送していたが高遠は気にせずボールを霧島に渡す。
霧島がゾンビボールを布の上で転がし始めると、観衆は小さくどよめいた。藤枝と比べれば微々たるものであるが、それでも新一年生つかみとしては上々だった。
ボールが布の右から左、布が下に動けばボールも下に移動する。ミスらしいミスはない。そして下から上へと動かす――ボールが霧島が持っていた布から離れて空中へと飛んで行ってしまった。霧島はしまったと気まずい表情を見せる。しかし高遠は全く表情を変えず指を鳴らした。
――パチン。
宙を飛んでいたゾンビボールから煙が噴き出して破裂し、中から白の薔薇の花びらがステージの上に舞い降りていった。観客も袖口にいたマジック部員もそして霧島も皆一瞬何が起こったか呆然としていたが、花びらが最前列の席に落ちると我に返り拍手を送る。
それが伝染して会場に開催の時の拍手に勝るとも劣らない割れんばかりの拍手喝采が渦巻いた。
高遠がポーカーフェイスのまま手を振ると、霧島も慌てて会場に向けて手を振る。こうしてマジックショーは滞りなく進み、高遠が懸念していたことは不気味にも何事もなく閉幕した。