たとえ咲かない花だとしても   作:北間 ユウリ

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 後編です。前から続けて読んでください。

 途中で一度視点が変わります。




File.4,the latter part

 吐いた息が白くなり、本格的な夜が到来した事を告げる。

 それを見て、ようやく私は張っていた気を少し緩めた。

 

 夜警において、特に警戒が必要な時間帯が二つある。その一つが、日が落ちてから夜闇に目が慣れるまでの数時間だ。今日みたいな、星明かりでいつもより明るい夜は特に。

 明るさは暗さを際立たせる。暗闇に紛れるモノを見過ごさせる。それが、致命的なミスを呼び込んでしまうからだ。特に、目が命のスナイパーは、他より目が良いという自信を持っているからこそ陥り易い。

 

 だから、耳からの情報に集中する。光は時間に左右されるが、音は何時だって同じだから。

 目で遠方を注視しながら、風に乗った音を注意深く拾っていく。草木が揺れる音に異音が混じれば、直ぐにそちらを確認する。大抵の場合、それは野性動物なのだが、だからと言って確認しない理由にはならない。もしそれが敵ならば、見逃せば必要以上に近付かせることになる。そしてそれは、指揮官に危害が及ぶ可能性を高める事を意味する。

 

 私だけならここまで警戒はしない。何か特別な情報を持っているわけでもなく、壊されても新しい私がアップロードしたデータをインストールすれば戦力に支障は出ないから。

 しかし、指揮官はそうはいかない。彼女は生きた人間だ。死んでしまったらそこまで。私達とは違い、彼女には明確な終わりがある。

 だから、絶対に死なせてはいけない。この私は、彼女が居なければ「存在価値」がない。次の私も、その次の私も、私が「私」である以上、彼女が必要になる。だから、彼女は死なせない。

 

 一度、深く息を吐く。それは、張り詰めた気を緩める合図のようなものだ。

 司令部からの撤退から数時間、ずっと最大状態で演算を続けていたAIを、少しの間だけ休める。それだけで、少し頭が軽くなった気がした。

 

 少しだけ、辺りが明るくなった。雲に隠れた月が、また姿を現したらしい。

 耳に集中したまま、ざっと辺りを見回してーー

 

 視界の端に、一瞬だけ何かの光が見えた。

 

 反射的に前に倒れる。髪が舞い、その数本が何かに断ち切られた。

 

「狙撃!?」

 

 声に出す、聞く、理解する。

 すぐに動けなかったら、光に気付かなかったら。そんな「もし」が起こっていたら、私は今の一撃で終わっていた。

 追撃を避けるため、屋根から飛び降り、倉庫に身を隠す。暫く待つが、懸念していた追撃は行われなかった。おそらく、狙撃手は移動している。

 

 状況は最悪だ。敵の位置は分からず、こちらの戦力は私だけ。敵の数も分からず、逃走も出来ない。かといって、いつまでも立て籠る訳にはいかない。

 

(ダミーの一つでもあれば、囮にして状況を打破できるのに……!)

 

 無い物ねだりをするしかない現状に苛立ち、思わず舌打ちをしてしまう。

 しかし、その音を打ち消すかのように、倉庫から離れた場所から銃撃の音が聞こえた。

 もう襲撃されたのかと思ったが、どうやら違う。銃撃の音は一致せず、襲撃には距離がありすぎる。

 顔を出して確認するか否か悩んでいる間に、短距離秘匿通信が開かれた。

 そして、その相手を知り、私は絶句した。

 

 

 

 森の中で、唯一開けた場所。そこを舞台に、その人形は踊っていた。否、それは回避運動なのだ。

 適当に弾幕を張り、相手からの銃撃を制限する。それでも飛来する弾は、身体を反らすことで避ける。

 なるべく動かないで、狙われるように、しかし長時間避け続ける。下されたオーダーに忠実で、しかし洗練された動きは、まるで踊っているかの様に錯覚させる。

 そんな中で、彼女は自然に通信を入れる。まるで、銃撃の中に居ないかの様に。

 

「こちら《ダンサー》、任務遂行中。敵の推定戦力はAR型3体よ。オーバー」

『こちら《コンダクター》、手は打ったわ。後は、打ち合わせ通りに。オーバー』

「こちら《ダンサー》、了解。じゃあ、反撃するわね」

 

 通信を切り、リロードすることで弾幕をわざと途切れさせる。

 当然、敵の銃撃が激しくなる。だが、彼女はリロードを終えた自身の銃を構え、自然に引き金を引く。

 

「BANG」

 

 彼女が茶化すように口にした擬音と共に、鉄血の人形が1体、崩れ落ちた。

 彼女はそれを確認せず、また踊り始める。

 観客が減り、しかし激しさを増した舞踏は、突然ピタリと止まった。

 そして、彼女の頭が次に通るはずだった場所を、音速の銃弾が突き抜けていく。遅れて、乾いた銃声が響いた。

 

Welcome to our stage(見つけた)

 

 そう言って微笑み、彼女ーーFive-seveNはまた踊り始めた。

 彼女の舞台は、観客が居なくなるまで続く。

 

 

 

(嘘っ……!)

 

 叫びそうになったのを、ギリギリ抑えた。彼女の言う通り、本当にチャンスが訪れた。

 森の中に向かって撃たれた一発の銃弾。それが発射される瞬間のマズルフラッシュを、私は確かに見た。言われなければ、きっと見逃していた。

 頭の中を駆け巡る様々な思いを一旦無視し、スコープを覗く。ライフルはとっくに構えていた。

 

 スコープを少し調整すれば、優先度の高い相手に向けて銃口を向けている敵スナイパーの姿を捉えることができた。

 距離は測定済みだ。先程のフラッシュと音の時間差で求められる。大体700mといったところで、外す距離ではない。

 風の強さ、相手との高さの違い等を計算に入れ、正確に照準を合わせる。そして、後は引き金を引くだけだ。引くだけ、なのに。

 

「引きなさい、引きなさいよっ!」

 

 自分に向かって怒鳴る。なのに、引き金にかかった指は全く動こうとしない。

 どうして私はこうなのか。分かっているのに治らない欠陥に、涙が出そうになる。

 製造されてから今まで、自分の判断では「殺す」為の引き金が引けなかった。どんなに訓練で「的」の頭を撃ち抜いても、「敵」の頭は自分では撃ち抜けなかった。

 

「引きなさいよ! なんで、なんで!! なんで動かないの!?」

 

 理由は解っている。今の私に下されている命令は「自分の判断で」敵に対応すること。「殺せ」とは命令されていない。

 私は殺す為に生まれた存在だ。その為に造られて、その為に武器を持っている。だから、殺さなければ存在価値が無くなる。

 なのに、いざ敵に照準を合わせても、「殺せ」と命令されなければ殺すことができない。たとえ敵でも、機械だとしても、命を奪う覚悟が自分では出来ない。それなら、私である必要がない。

 

「それでも、指揮官は私を使ってくれてる! なら、それに応えるべきでしょ!? なに怖じ気づいてるのよ!!」

 

 自分を叱咤する。今引かなければ、その恩に応えられない。彼女の命を背負っている今だからこそ、恩に報いるチャンスなのだ。

 

 引け、引け、引け! お前が撃たなければ、指揮官も死ぬぞ! 

 

 何度も何度も自分に言い聞かせる。叱咤する。恐喝する。

 

 それでも。

 

「なんでっ……引けない、のよぉ……!」

 

 引き金は引かれなかった。

 

 視界が曇る。声が震える。それでも照準をずらさないのは、せめてもの意地だった。

 

 スコープの中で、敵が次弾を装填し終え、ライフルを構えた。

 

 ああ、撃たれてしまう。

 指揮官が殺されてしまう(・・・・・・・・・・・)

 

 

 それでも動かない指に、どうしようもなく死んでしまいたくなっーー

 

「ワルサー、撃って」

 

 あんなに動かなかった引き金が、何の抵抗もなく引かれた。

 構えたライフルから放たれた銃弾は、少しだけ落下する軌道をとり、今まさに引き金に指を掛けようとしていた敵スナイパーの頭部を破壊した。

 

 だけど、そんなことはどうでも良くて。

 振り返れば、その姿があって。

 

「しき、かん……?」

「うん、そうだよ」

 

 問い掛ければ、優しく微笑んで肯定してくれた。

 

「あ、ああ、しき、かん、しきかん、しきかんしきかんしきかん……!」

 

 何かを落とした音がした。でも、今はそんな事を気にするより、早く彼女のもとに行きたかった。

 

「しきかんしきかんしきかん……!」

「ワルサー、おいで」

 

 そう言って手を広げた彼女の胸にすがりつく。

 

「しきかんごめんなさいまもるっていったのにごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「いいんだよ、ワルサー。貴女は何も悪くない」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいすてないでおねがいすてないで」

 

「わたしにはあなたしかいないの」

 

 自分が何を言っているのか分からない。ただ言葉を並べているとしか認識できない。ただ。

 

「大丈夫だよ。私は、ずっと貴女のそばに居るから」

 

 だから、ワルサーもずっと私のそばに居てね?

 

 抱きしめられ、耳元で優しく囁かれたその言葉に、頷いた事だけは覚えている。

 

 

 月が、雲から顔を出していた。

 

 

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 もう1話、別視点のお話を用意してます。お待ちください。
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