過去編、みたいなものです。
指揮官視点のお話です。
いつだって、その声は聞こえていた。
コロセ、コロセ、コロセ、コロセ
左腕が機械になっても、繋いでいた妹の右腕の感触が残っていて、復讐を叫ぶ声がずっと聞こえていた。
コロセ、コロセ、コロセコロセコロセコロセ
その声に従って指揮をして鉄血を殺すと、声はより一層強くなる。
コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ!
幻聴だとは分かっていた。その声は妹ではないし、母ではないし、知っている声ではなかったから。
コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ!
それでも、左腕の感触は現実で、聞こえてくる声は妹と母親のものだと信じないと、耐えられなかった。
コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ!
死んでしまった二人が私に憑いて、復讐を望んでいるんだと、私は一人じゃないと信じないと、耐えきれなかった。
コロセコロセコロセコロセコロセ……
だけど、その声が大人しくなる時間も確かにあって。
コロセ、コロセ……
例えば、栄養摂取食を食べながら作戦資料を読み、指揮のシミュレーションをしていた時に、誰かが口うるさく固形食を食べろと言ってきた時だったりとか。
コロセ、コ……
あまりにも煩かったので言われた通り固形保存食を食べていたら、もっとマシな物を食べろと言われて、食堂に引き摺られていった時だったりとか。
コロセ……
移動の時間がもったいないと言えば、
「しょうがないわね。私が作って持ってきてあげるわよ。……べ、別に、アンタのためじゃないから! アンタに倒れられると、私達が困るからだからね!?」
と、顔を真っ赤にして言われた時だったりとか。
コロ……
彼女と一緒に、彼女が作った料理を食べるのが当たり前になって、それなりに彼女と話すようになったときとか。
コ……
彼女が、私を「アンタ」ではなく「貴女」と呼ぶようになったときとか。
……
そんな時には、あの声は聞こえなかった。
そんな日が続いて、ある日。
……
体に違和感を感じて、そういえば今日はワルサーWA2000が来ていないな、と考えながらも執務を続けて。
……ロセ
違和感を誤魔化す為に、更に執務に集中して、指揮をして、鉄血を殺して。彼女の名前を呼んでみたりして。
コロセ、コロセ
全てに物足りなさを感じながらも、殺して、殺して、殺して、殺して。いつも一緒にいた誰かが霞みはじめて。
コロセ、コロセ、コロセコロセコロセコロセ
「うるさいっ!」
耳に障る幻聴に怒鳴っても、声は消えなくて。
誰かが謝って、走り去る音が聞こえて、声が聞こえて。
コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ!
殺して、殺して、殺して、殺して。
コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコ
プツリと、視界が暗転した。
目を覚ますと、私はベッドに寝かされて、点滴に繋がれていた。いつもの声も聞こえず、少しだけ冷静になれた、気がする。
首を動かして、周りを確認してみると、ベッドサイドのテーブルに手紙が置かれていた。
震える手で取った手紙には、私が栄養失調で倒れたこと、職務の一部はカリーナが一時的に引き継いでいる事が書かれていた。そういえば、倒れる少し前に怒鳴った時にカリーナがいた気がする。迷惑をかけたし、会ったときに謝らないといけない。
手紙をテーブルに戻し、ぼーっと天井を眺めながら、どうして栄養失調になったのかを思い出す。
「……そういえば、しばらく何も食べてなかったな。ずっと司令室と司令部にいたし、食べようって思わなかったし」
どうして、食べてなかったんだっけ。
ぼーっと考えてみて、思い出した。
「ずっと、ワルサーに頼ってたんだった」
ワルサー、と彼女の名前を縮めて呼んでみた。なんだかこそばゆい感じがして、毛布を顔まで引き上げる。
「うわー、情けない……。自分一人じゃ食事も出来ないなんて、ワルサーに怒られちゃう」
一通り怒られて、呆れられて、顔を赤くして、私がいなきゃ何も出来ないのね、なんて言われるに違いない。
そこまで考えて、ふと、思い至った。思い至ってしまった。
「ワルサーは、どうしたんだろう」
彼女が作ってくれたものを、彼女と一緒に食べる。それが当たり前になっていて、彼女が居ないと食べる事を忘れてしまう。そんな事は何度もあったが、それが何日も続くのはおかしい。
「……会って、言わないと」
言わなくて、何度も後悔した。だから、今度こそは伝えよう。ありがとう、と。愛してる、と。
点滴のスタンドを杖代わりにして、頭に鳴り響く警鐘を無視して、ふらふらとした足取りで、一歩ずつ踏み出す。
…………
「居ない……」
彼女の自室を訪ねても、彼女の姿は無かった。
「居ない……」
食堂を訪ねても、彼女の姿は無かった。
「居ない……」
司令室にも、司令部にも、データルームにも、射撃場にも、彼女の姿は無かった。
「どこ……?」
「指揮官さまっ!?」
呼ばれて振り返ると、息を切らしたカリーナがそこにいた。
彼女は私に駆け寄ると、腕を掴んだ。
「指揮官さま、どうして勝手に動いたんですか!? まだ、貴女の体は」
「ねぇ、カリーナ」
カリーナの声を遮る。頭に響くうるさい声を無視して、聞かなきゃいけないことを口に出す。
「ワルサーは、どこ」
「ずっと探してるのに、見つからないの」
「ねえ」
ワルサーはどこ?
じっとカリーナの目を見つめ、尋ねる。
カリーナの目が、少しだけ大きくなった。驚きだろうか。
それもすぐに閉じられて、彼女の瞳は見えなくなったが。
「……今の指揮官さまには、教えられません」
ようやく彼女の口から出てきた言葉は、私が求めるものではなかった。
「そう。じゃあ、勝手に探すから」
右腕を掴む彼女の手を払い、彼女を置いて歩き出す。そういえば、一つだけ探していない場所があったのを思い出した。
「ダメです、指揮官さま!」
その場所の扉の前に立つ。開いた扉の先には、清潔感を感じる白い壁や床が広がっている。
中に入って、一つだけ使用中となっている個室を見つけた。扉のディスプレイには『WA2000』と表示されている。
リペアルームで、ようやく彼女を見つけた。怪我をして治していたから私のところに来れなかったのだろう。私が何日寝ていたかは分からないが、それなりに長く時間が掛かっているのだから、大怪我だったのかもしれない。
まったく、ワルサーはドジだなぁ。私のこと言えないじゃん。
そう言ったつもりだったが、声としては出ていなかった。
それでも体は動いて、眠っている彼女の手を握る。
「……あのね、ワルサー。伝えたいことがあるの」
やっと声が出た。しかし、彼女はピクリとも動かない。修復中は意識があると聞いていたが、嘘だったのだろうか。それとも、ワルサーは寝る派なのだろうか。
それからは目を逸らして、彼女の綺麗な寝顔を見つめて、言葉を続ける。
「いつも、料理を作ってくれて、ありがとう。倒れてから気付くなんて遅すぎるかもだけど、ワルサーのおかげで私は生きてられたみたい」
ワルサーが居なかったら、もっと早くに倒れてたかも。
冗談めかしてそう言っても、彼女は笑わない。怒りもしない。反応を、返してくれない。
「……ねぇ、ワルサー。もう私、ワルサーが居ないと生きていけないの。一人じゃ、ご飯も食べられないの」
誰かが、個室の前に立った気配がした。
「私に出来ることなら、何でもするから。指揮しか出来ないかもだけど、ワルサーのために、何だって頑張るから」
ワルサーの体を覆うシーツに、ポタリと、染みができた。視界がにじみんで、彼女の顔が見えづらくなった。
「だから、だからね……」
ぎゅっと、ワルサーの手を強く握る。かなり痛いはずなのに、彼女は何も反応しない。
「……おきてよ、わるさぁ……!」
懇願するように言っても、彼女は目を覚まさない。
下半身を失った彼女は、もう、目を覚まさない。
それからの事は、覚えていない。
気付けばベッドに戻されていて、逃げられないように、ベッドの柵に右腕が手錠で繋がれていた。
体調が戻って、カリーナに謝って、何とか指揮官に復帰して。
今でも私は、ワルサーと一緒にご飯を食べている。
『私のワルサー』と一緒に、ご飯を食べている。
もう、あの声は聞こえない。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
続きは未定です。もしかしたら、別シリーズを書くかもしれません。