月といえばあの台詞、ということで、書きたくなったので書きました。今回は甘々ちょっとギャグです。挑戦です。
番外編なので、本編の世界ではないです。
「中秋の名月?」
「うん。それが今夜なんだって」
私の自室でベッドに寝転がる指揮官は、私の枕に顔を埋めながらそう言った。
「名月ってことは、月に関係する何かなの?」
「あれ、知らなかったの? てっきり知ってるものかと思ってた」
「いいから、教えなさいよ」
銃弾作りを中断し、枕から指揮官を引き剥がす。名残惜しそうに枕に手を伸ばす彼女を膝の上に座らせて、後ろから抱き締める形で拘束する。
「ふあぁ……幸せぇ……ああ、中秋の名月だっけ。簡単に言えば、月が一番綺麗に見える日だよ」
すごく昔の人は、その日に月を題材に歌を詠んだりしたそうだよ。
地味に博識な指揮官は、そんな情報も付け加え、先程まで私が行っていた作業の成果を手でいじり始めた。
一応は危険物なので注意するように伝え、彼女の髪を三つ編みに結ったりして遊びながら、思っていることを口に出してみる。
「良いにお……じゃなくて。そんなに綺麗なら、一度は見てみたいわね」
「ワルサー今日お休みでしょ? 見てくれば良いじゃん。あと、使ってるシャンプーはワルサーと同じ物だよ」
確かに、今日は一日中休みだ。指揮官が訪れなかったら、銃弾を補充分の補充分の補充分くらいまで作っていただろう。つまり、今夜月を見に少し外に出るくらいの時間はあるのだ。
だが……
「そんなに綺麗な月なら指揮官と一緒に見たいし、今年はパスするわ。貴女も、今日は仕事が……」
仕事が、ある。そう、休みの私と一緒に寛いでいる彼女には、仕事があるのだ。
何かを察したのか、わー銃弾きれー、だなんて言い始めた指揮官の拘束を強め、耳元に口を近付ける。
「ねえ、指揮官。貴女、仕事はどうしたの?」
「私、今日はワルサーと一緒に居たいな……」
なるほど、逃げたと。
拘束する手を下にずらして、哀れ仕事を押し付けられたカリーナの代理として、指揮官の脇腹をつねり折檻する。
「痛い痛いワルサー痛い! 人形の力をフルで発揮しないで痛い! あっ何か気持ちい痛い痛い!」
「逃亡者に罰を与えるのは当たり前よね? ほら、何か言うことがあるんじゃないの?」
「ありがとうございます!」
新しい扉を開き始めた変態の脇腹を更に強くつねり(後で確認したらそこだけ他より凄く赤くなっていた)、ごめんなさいという言葉が聞こえたあたりで手を離す。
肩で息をする指揮官に少しだけ興奮しつつ、理性で獣を抑えて、指揮官の手を取って立たせる。
「カリーナには一緒に謝ってあげるから、今から執務室に行くわよ」
「書類仕事やだぁ……活字見たくないぃ……」
「ほら、私に出来ることなら手伝ってあげるから、しっかりとしなさい」
そう言って、左手の薬指に輝く指輪を見せる。指揮官と誓約した人形は、ある程度の特権が与えられる。重要な書類は無理でも、事務的なものなら代わりに処理することはできる。
だが、それでも指揮官はやる気がでないようで、歩いてはいるもののその足取りはとても重い。
そこまで書類仕事が嫌なのかと呆れつつ、仕方がないので、私の望み兼指揮官のやる気を出す魔法を、彼女の耳元で囁く。
「早く仕事が終わったら、私、貴女と一緒に月が見たいわ。……お酒を飲みながら、ね」
「さっさと終わらせます!」
先程までとはうって違って、走り出しそうな勢いで執務室に向かう指揮官。
そんな彼女に手を引かれながら、私は現金なパートナーに苦笑した。
時間は経って、午後十時頃。案の定カリーナに小言を言われ、しかしご褒美を目の前にぶら下げられた指揮官は、逃げていた間の遅れを取り返すペースで書類を捌いた。私も手伝いはしたが、やる気を出した彼女のスペックはかなり高く、殆ど彼女一人で終わらせたようなものだろう。
そして、今現在。約束通り、私と指揮官はグラスを交わしながら、基地の近くの適当なスペースでお月見をしている。
「んっ……。これ、美味しいわね。お米のお酒って聞いて避けてたけど、今度からは飲むようにしてみようかしら……」
「いいなー、お酒いいなー。私も飲みたいなー」
「貴女は未成年でしょ。ジュースで我慢しなさい」
グラスを交わすと言っても、日本酒を飲む私と違って、未成年の指揮官はジュースを飲んでいる。「お酒を飲みながら」は隠語というか、この後のお誘いの言葉だ。
「ワルサーはずるいなー。私はジュースなのになぁ」
「あと一年ちょっとの我慢でしょ。それまでお預けにしておきなさいよ」
「ワルサーは造られて数年なのに」
「私は人形だからいいの」
お酒を飲ませろと絡んでくる指揮官をあしらい、グラスをあおる。
「ほら、それより月を見なさい。今日は、その為に外に出たんだから」
「……ソウデスネー」
不服そうにちびちびとジュースに口を付ける彼女の頭を撫でて、空を見上げる。
もし今が夜戦中だとしたら、きっと舌打ちをしていたであろう。そんな事を考えてしまうくらい、美しく輝く白銀の月が、空に浮かんでいた。
「……月が綺麗ね」
少し酔っているのか、率直な感想が口から漏れた。そう言えば、昔の人がそんな表現を用いていたようなと少しぼーっとする思考で考えていると。
「私、死んでもいいわ」
隣に座る少女が、澄んだ声でそう言った。
それで、漸く思い出した。私が口にした言葉を、極東の島国の作家がどんな英文の訳としたのかを。
勿論、指揮官の返事の意味も知っている。だが、何となく思うことがあって。
「死ぬなんて許さないわよ」
気付いたら、そう言っていた。
指揮官が、驚いた顔で私を見ている。
グラスに日本酒を注ぎ、喉を潤してから、彼女の顔を、瞳を、じっと見つめる。
「生きて、ずっと私と一緒に居てもらうんだから」
グラスを置いて、誓約の時とは違って、私が彼女を抱き寄せる。
そして、誓約の時と同じくーー。
目撃者は、空で輝くお月様だけだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
書いてて砂糖吐きそうになりました。
この後の二人? どうやってワルサーは指揮官の脇腹が赤くなっていた事を知ったんでしょうね。