お風呂から上がると、いよいよ「今日は私がお姉ちゃん大作戦」のメインイベントです。私が腕によりをかけて作った晩ごはんを、ココアさんの前に並べました。
「料理は普段から私の方がよく作ってますし、新鮮味が無いかと思って、レシピの方をひと工夫してみました。どうでしょうか、食べてみてください」
「うん、じゃあ、遠慮なく」
テーブル上に所狭しと並べられた料理のうち、どれから食べるか迷っていたようですが、メインディッシュのハンバーグのところでココアさんの目が止まりました。ココアさんがハンバーグに箸を入れ、口に運びます。
「こ、これは、この味は……」
その時。ココアさんの目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちました。
「ど、どうしましたか。泣くほどまずかったですか……? それとも、胡椒を効かせすぎた……?」
「ううん、そうじゃないの。この味、お姉ちゃんが昔作ってくれたハンバーグと全く同じ味だったから、何だか懐かしくなっちゃって……。お姉ちゃんが、あっ、モカお姉ちゃんのことだけど、この前こっちに来てくれた時にも結局食べる機会が無かったから、すごく久しぶりだなって……。あれ、私泣いてた? おかしいな……」
料理をココアさんは気に入ってくれたみたいで、メインのハンバーグをはじめテーブルに並べられた、トマトと山羊チーズを添えたリーフサラダ、オニオングラタンスープ、厚切りベーコンを使ったナポリタン・スパゲッティ、木いちごとブルーベリーソースのヨーグルト、それらの料理は次々と無くなっていきました。
「あー、美味しかった……。ごちそうさま。なんだかチノお姉ちゃんが本物のお姉ちゃんに見えてきたよ」
「さ、さぷらーいず、成功です。モカさんから電話でレシピを教えてもらって、モカさんの味を再現してみたんです」
「でもどうして私がお姉ちゃんのハンバーグが食べたかったって分かったの? 誰にも話したこと、あったような無かったような」
――いよいよ、ネタばらしの時間が来たようです。私はポケットから1枚の紙を取り出しました。
「悪いとは思いましたが……、ココアさんの部屋に入って、『これ』を見させてもらいました」
「これは……、七夕の願い事の短冊?」
「ココアさんも私の部屋に入って短冊を取っていきましたよね。制服のポケットに入ってるのを、偶然見つけてしまいました。……ココアさん、私に泳ぎを教えようと思って急に泳ぎの猛特訓してたんですね。短冊に、『泳げるようになりたい』って書いてあったから」
「あはは、バレちゃったか。チノちゃん、七夕祭り来なかったから、私がお願い事叶えようと思ってね。部屋まで行ったんだけど、チノちゃん寝ちゃってたから、勝手に見させてもらったんだ」
「でもあの短冊、今年のお願い事じゃないですからね。あの短冊はずっと昔書いたやつで、しかも結局飾らなかったやつです。そりゃあ確かに今も泳げないですし、キャンプの時にはココアさんにも心配かけましたけど……、今の私だったら、もっと大人っぽいお願い事をします」
「うぇっ!? そうなの? でも、チノちゃんが見た私のお願い事『お姉ちゃんのハンバーグが食べたい』も、結局飾らなかったお願い事だからね。だって本物のお願い事を書いた短冊は飾りに行っちゃったからね。勘違いはおあいこだね!」
「あっ……、た、確かに……」
「私だって本物のお願い事はもっと大人っぽいもん~♪」
「ココアさんの本物のお願いって何だったんですか?」
「それは秘密! そういうチノちゃんこそ、本当のお願い事って何なの?」
「それこそ、ココアさんには秘密ですよ……。ココアさんに教えたら、また無茶をしでかしそうですから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここにいたんですね、ココアさん」
お皿を洗い終わって自分の部屋に戻ると、窓から身を乗り出して外を見ているココアさんがいました。
「えへへ、また勝手に入っちゃってごめんね? でも、チノちゃんと一緒に星を見ようと思って。七夕は過ぎちゃったけど、天の川見れるかなって。でも木組みの街の空は私の実家と違って明るいから、あんまり星見えないね……。東があっちの方だから、あれがベガかな?」
「どうなんでしょう……、私もあまり星に詳しくはないので」
「チノちゃんは都会っ子だからなぁ」
「木組みの街を都会なんて言ったら、もし本当の都会の人に会うことがあったら怒られますよ」
私の部屋の窓から外を見るココアさん……そういえば前にも似たようなことがあったような気がします。あれは確か、ココアさんが初めてこの街に来た日の夜のことだったでしょうか。
「あっ、アルタイルが見つかったよ。てことは、あのへんに天の川があるんだね」
そういえば、私のお母さんも、よくこの窓から星を見ていたのを覚えています。お母さんの回復を祈った七夕の夜からもう何年も経ちますが、夜空の眺めは、やっぱりあの夜と変わらないのでしょうか。
「お姉ちゃんやお母さんも、今頃こうやって星を見てたりするのかな……」
「あ、あの」
「?」
ココアさんに伝えたいこと、お話しなくちゃいけないと思っていたこと。今なら伝えられるような、そんな気がして、私は話し始めました。
「前にも話しましたけど、私はココアさんがこの街に来て良かった、そう思っています。ココアさんがこの街を気に入ってくれたことも、嬉しく思ってます。でも、ココアさんは、無理して24時間毎日お姉ちゃんらしくする必要はないと思うんです。ココアさんが寂しいと思ったときは、私だってお姉ちゃん、ちゃんと出来るんですから。――だ、だって今日の私は、ちゃんとお姉ちゃん出来てましたよね?」
――口下手な私だけれど。言いたいこと、ちゃんとココアさんに伝えられたかな?
しばしの沈黙が流れた後、ココアさんが私を抱き寄せました。そして、ココアさんの口から出た言葉は……
「チノちゃんが年下なのにお姉ちゃんだと私は年上なのにお姉ちゃんで、チノちゃんが妹なのにお姉ちゃんで私も妹なのにお姉ちゃんで、でも私はお姉ちゃんの妹でもあって……、あ、頭こんがらがってきた!?」
「あ、あんまり伝わってないー!? よ、要は無茶するのやめてくださいって言いたかったんです!!」
「でも、チノちゃんが一日お姉ちゃんしてくれるの楽しかったけど、まだ大事なことをやってないよね?」
「大事なこと?」
「お姉ちゃんと一緒のベッドで寝るの! 今日はチノお姉ちゃんを抱き枕にしちゃうぞ~」
「姉を抱き枕にする妹がどこにいるんですか……。それを言うなら逆です。ココアちゃんは大人しく私の抱き枕にされてください」
「よし、じゃあどっちが起きてられるか競争だよ! 先に寝ちゃったほうが抱き枕にされちゃうの!」
「望むところです。私は絶対に妹に抱き枕にされたりしませんので」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして、初夏のラビットハウスに突如起こった、ココアさん行方不明事件は無事に解決したのでした。どこか空回りすることも多いココアさんのために、私がお姉ちゃんになる……、モカさんの手紙から受け取ったこのアイデアが、ちゃんとこなせたかは分からないですけれど。この事件の数日後には、今度はモカさんからココアさん宛てに手紙が届き、ココアさんは本当の「お姉ちゃん」のもとに、1年と数ヶ月ぶりの帰省をすることになったのでした。
ココアさんのいない間、ラビットハウスは平和と静けさを取り戻す……かと思いきや、張り切ったリゼさんの過密特訓スケジュールが組まれたり、みんなを花火大会に誘ったり、お泊り大会しながらうさぎのぬいぐるみを作ったり、夏祭りの最後には戻ってきたココアさんが現れたり……、と、色々なことが起こったのですが、それはまた、別のお話――。
Continue to "Dear My Sister" ――
お読みいただきありがとうございました。
本作はコミックマーケット95(2018冬コミ)でサークル「Fragile Rain」から頒布した同人誌「お姉ちゃんだけど妹みたいな人」に収録した内容と同一となります。
受かれば夏コミでもまたごちうさ小説同人誌を出しますので、何卒よろしくお願いします。
当落や頒布物は日が近づいたらまた活動報告でお知らせします。
同人誌版「お姉ちゃんだけど妹みたいな人」も既刊として少し持っていく予定です。
(本作のほか、書き下ろし短編「チノマヤが木組みの街の胸囲の格差社会に挑む話」を収録しています)