犯罪を犯すこと、約束を破ること、子供の笑顔を壊すこと…そして、安易に迷信を実行することだ。
俺はその結果、色んな意味で取り返しのつかないことになってしまったのだ。
みんな、学校のトイレが幾ら不気味でも絶対やるなよ?
『はーなこさん、遊びましょ!』
この事件の時系列は、2話と3話の間だったような、今となってみればどうでもいい話だが。
この時期、学校では奇妙な噂が流行っていた。
それは、学校の三階の男子トイレの三番目の個室に花子さんがいるという噂。C君というお調子者が起こしたブームだ。しっかし、冷静に考えればめっちゃ汚い男子トイレに少女の霊がいるはずもないのだが…。
そんなもんがいるわけがないと侮りきった俺と知り合いのH君にとっては今となっては大きな過ちとなってしまうのだ。
「なぁーなぁー花子さん知ってるー?」
「あぁ、あれ有名だよね!ウチらの学校にもいるのかな」
「さぁね、でも、花子さんは色んな手口で現れるらしいから、あり得るかもよー」
「あぁ、そうだなぁ…でも、試す気にもなれねぇし…」
これはまぁ、なんて幼稚な会話なんだ。そんな意味ワカンねぇ輩がいるわけねぇってのに。
「あぁ、俺もそう思う」
そう答えたのがH君。
「おぉ、そっか!だよなぁ!あれさ、いるわけねぇもんなっ」
俺とH君は迷信を信じないことに意気投合した。
俺達の話は変な方向に盛り上がり、調子に乗った俺は付近にいる迷信厨な奴が持っていた花子さんの伝説がなんたらかんたらの本をひったくって、適当に選んだページを見せた。
話の話題になっていた本を突然ひったくられたので、迷信厨達は不思議そうにこっちに目を向ける。丁度いい、こいつ等にも証明させてやるよ、迷信なんてねぇってな。俺はつい、こんなことを言ってしまった。
「じゃあよっ、この本に書いてあるコレ。休み時間に試してみようぜ!」
「ああいいぜ!えっっと、花子さんがいるトイレの下の階のトイレから『はーなっこさん!遊びーましょ!!』と叫ぶ。すると花子さんがいる個室の丁度下、つまりその階のトイレの天井からどこからともなく大量の水が降ってくる、か。三階の下の階、即ち二階のトイレでいいな」
「おう!えっーと他には万一多量の水が降ってきた際、仮に少量であっても、その日の夜に、家のトイレが花子さんに取り憑かれるだろう。そうなると、夢の世界で目を覚ますまで追いかけ回されるか、深夜の家のトイレにトントントントン…と本人が心から反省するまで叩き続けるだろう。その為、やる際には一切の注意を払ってやるように、っか」
「楽勝だな」
「ああ」
その休み時間。俺とH君は二階のトイレで本に書いてあった通り、『はーなっこさん!遊びーましょ!!』と叫んだ。するとどうだろう。トイレの天井からどこからともなく大量の水が降って…は来なかったが、代わりにチョロッと一粒、下水が落ちただけだった。
「うっわぁっw花子さん呼んじゃったよwww」
「くっっっっそwwwwwそれなwwマジヤベェwwww」
やっぱり嘘だったなと俺達はふざけていた。ふざけていられたのはここまでだった。
ちょっと戻って思い出して欲しい。
『…………仮に少量であっても、その日の夜に家のトイレが花子さんに取り憑かれるだろう。』
「なぁなぁ、どうせだし上の階に行って花子さんがどんな面してるか見に行こうぜw」
「あぁ、まだ時間はあるしな、花子さんを拝ませてもらうよw」
俺達はそのまま上の階、即ち三階のトイレへと向かった。
「時間ねぇしさっさと終わらせようぜ」
「おう、ん?誰か一人個室にこもってんな」
「おっ、この中に花子いるんじゃねwww」
「だなww覗いてみようぜw」
世の子供達、これは学校内だから許されるけど社会人になってからやれば警察沙汰になるので決して真似しないように。
俺達は鍵が掛かっている三番目の個室の隙間を除いた。
当然のようにそこには大便している児童が…いなかった。
あれ?と思って下から覗く。足が見えない。じゃあなんで鍵閉まってんだよ。
もう一度隙間から俺達は覗いた。
そこには恨めしく白い手を伸ばしながら白睨んでいる少女がいた。
「…………。」
「うっ…嘘だろ…」
「うわああああああああああああああ!!!!!!!!!!!?」
「やっ…逃げろぉっっっっっっ!!!!!!!!!!」
俺達は教室に逃げ帰って、このことを見なかったことにした。あんなのは嘘だ。俺達はそんなもん見ていない。ここには来てなかったことにしよう…と。
しかし、相手は幽霊。そんな甘い曖昧な回避が通用するはずが無かった。
その日の夜。俺はどう言うわけか、深夜四時くらいに目が覚めてしまった。いっつもそんな時間帯には起きてはいない俺にとってそれはとてつもない違和感を感じた。
なんでこんな時間に起きてんだ、俺。
すると、電気も付いてないのに、寝室の隣のトイレから、音が聞こえた。
父さんか母さんが入ってるのかな。
しかし、両親はちゃんと寝室で寝ている。
じゃあ、なんだよこれ。
そう怯え始めた時、遂に聞こえてしまった。
トントントントントントントントントントントントン
いないはずのトイレからドアを叩く音。それは時間が経つに連れどんどん大きくなっていく。
俺はこの空間にいることが怖くなった。
早く音よ止まれ…
止まれ!
止まれ!!
止まらない。
こんだけ大きい音なのに、両親は一向に目覚める気配がない。
どうすれば…どうすればいいんだよ……
落ち着け落ち着け俺!
思い出せ…あの時読んだ本には何かこの状況を打破する方法が書いてあった筈だ。この恐怖のサイクルから抜け出す切り札が。
思い出せっっ!俺!!!!!
「じゃあよっ、この本に書いてあるコレ。休み時間に試してみようぜ!」
「おう!えっーと他には万一多量の水が降ってきた際、その日の夜に家のトイレが花子さんに取り憑かれるだろう。夢の世界で目を覚ますまで追いかけ回されるか、深夜の家のトイレにトントントントン…と本人が心から反省するまで叩き続けるだろう。その為、やる際には一切の注意を払ってやるように、っか」
「楽勝だな」
「ああ」
心から反省するまで、か……俺のモラルに反するが……これしか………これしかねぇ!!!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
死ぬほど心の中で言いまくった。もう泣きそうだった。
トントントントントントントントントントントントントント…。
ようやく、音が止まった。
良かった…良かった…
もう布団は汗がぐっしょりしていた。しばらくして、ふうと一息してから再び眠りについた。
もう二度とあんな真似はしないと心に誓った。
それ以降は花子さんと学校で出遭うことは無かったし、自分の家のトイレが呪われて扉を叩く音が鳴り響いたことはもうない。むしろ大人になってからは違う意味でトイレにお世話になってるしな。
その後、H君とその後のことを話す間も無く、月日が過ぎていった。
中二の頃。久しぶりにH君と同じクラスになった。
相変わらずH君は性格も変わっておらず、今も迷信を馬鹿にしているだろうと思い、久しぶりにあの頃のトイレの話をした。
花子さんに自分ちのトイレが呪われたのは被害妄想の強い俺だけだろうと思っていたこともあるしな。
しかし驚いたことに彼にもまた、花子さんによる制裁を下されていたようだ。
彼は夢の世界で、花子さんに追いかけ回され、追い詰められて殺されるちょっと前に目が覚めたと言う。彼もまた、あれ以降迷信というものは馬鹿にしては行けないものだと語っていた。
誠にその通りだな、と思い、今日もいつも通りの普通の自分の家のトイレに感謝をしながら朝昼晩使う俺がいた。
いかがだったかな。
今から思い出してみれば、古くから伝わる日本の有名な幽霊の花子さんに出会えたのは現代人の俺にとってはかなり貴重な体験だったが、もう二度とあんな思いはしたくねぇなぁ…例えどんなに古い迷信でも、冗談半分でやると罰が落ちるから気をつけてくれよ。
それではまたお会いしましょう。