彼女が留学生でかわいい上にめっちゃ優しいから幸せに身を任せ喜んで首を絞められます。 作:槍ヶ岳の丘
結局、その女性と共にバスに乗ることになった。
そんでもって駅に着くまでの間に互いの自己紹介を済ませたわけだが、その時の俺は先ほどの出来事もあって恥ずかしさで終始舌を噛みまくり、それはもう見れたものではなかった。有体に言えば醜態である。だからその時の描写は控えさせていただきたい。
彼女は自身をマリア・ミラーと名乗った。年齢は自分より一つ上の20歳。アメリカ出身らしい。そしてどうやら俺の通う大学に留学生として日本に訪れていることが分かった。俺も同じ大学に通っているという事を伝えるとマリアさんも大げさに喜んで見せた。いや、大げさとは言ったがアメリカでは普通の反応なのだろう。彼女に悪気がないことは態度を見ればすぐわかる。むしろコミュニケーションがへったくそな俺との会話を楽しんでくれているのだから掛け値なしに良い人であると言えた。その上別嬪さんなんだから男性にとっては理想的な人だと思った。
自己紹介が終わり、会話の小休止を迎えたところで俺は少し気まずくなった。周囲の視線が突き刺さるように俺に向けられていることが分かったからだ。思い返すと少し声が大きかったかもしれない。乗客には男性もいるし、ひょっとすれば美人さんと楽し気に会話している事が疎ましく思われた可能性もある。なんにせよ少し浮かれすぎていた。
反省している俺に、マリアさんははっと思いついたように瞳を瞬かせてから少し詰め寄ってきた。俺と身長が同じくらいという事もあり、俺の視界にはマリアさんの顔でいっぱいになった。
「ところでマサルさん、あの時どうして手を離したのですか?」
「え?」
質問の意図が分からなかった。あの時というのは恐らくマリアさんをナンパから引き離した後のことを指している思うが、なぜそこに疑問を感じたのだろうか。
「えっと、それはつまりどういう?」
「ですから、私の手をいきなり放しましたよね? 私が声を掛けたら」
心底不思議そうに首をかしげるマリアさん。俺も首を首をかしげたい気分だ。
「いや、だって、その」
「はい」
すっごい見てくる。見開かれた瞳は純粋な疑問しかないようで、どうしてか俺が気にしていたモラルとか風紀とかが逆に薄汚いモノに思えてきた。
「ほら、見知らぬ男性に手を掴まれたらマリアさんだっていい思いはしませんよね?」
それでも俺の常識を言葉にして伝えると、彼女は更に疑問の色を強めた表情になった。そして少し考えてから、マリアさんは口を開く。
「でもあれは仕方ないことだと私は考えます。何故ならそうしないとマサルさんは私を助けることが出来なかった、そうでしょう?」
確かにその通りなのだが、ちょっと違う。
「でもナンパしていた男の人たちも追いかけてこなかったし、手をつなぐ必要もなくなったから手を離したとしか」
俺がそう告げると、マリアさんは少し悲しそうな表情になった。何か落ち度でもあったかと焦っている俺に、マリアさんはその隙をつくように俺の手をつかんだ。あの時はこんなことを考える暇もなかったが、彼女の手は柔らかくてひんやりしていた。
「って、マリアさん何をしてっ」
「少なくとも、私は嬉しかったです。周りを見ても誰も助けてくれなくて、目が合うと早歩きでどこかに行ってしまう人ばかりでした」
「それは」
それは何となくわかる気がする。いくら美人とは言えど、自分とは全く関係のない赤の他人のために危険を冒してまで彼女の手を引けるかどうか。
「ですから、助けていただいたマサルさんに手を掴まれても嫌なんかではありません。それともマサルさんは私と手を繋ぐことはきらいですか?」
晴れやかに微笑むマリアさん。いやちょっと意地悪な顔をしている気がする。
「……きらい、ではないです」
「Good! それでは駅につくまでこうしましょうね!」
日本語が堪能だから忘れそうになるけれど、そういえば英語圏の人なんだなって単語一つでも彼女の発音を聞くと思う。もちろん、本当は恥ずかしさでそんなことを考える余裕などなかったわけだが。恥ずかしがってばっかだな、俺。
「Oh, yeah! 同じ学校ならランチタイムも一緒に過ごせますね! どうですかマサルさん?」
「……マジっすか」
「いやですか?」
「えっと、まぁ、じゃあ、そのご一緒させていただきます」
主人公の名前は棚部勝です。
最初に自己紹介を飛ばしてしまったせいで紹介するタイミングを逃してしまった。
ホントに阿呆であったと反省しています。