星花女子プロジェクト 作:煉音
ある日の放課後。
高等部に入学して以来鮮花にはとある日課がある。
「ふんふふーん♪」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら教室へ戻る鮮花、その手にあるのはリンゴのパックジュースだ。そう、パックジュースを買うという日課だ。白いデザインの上にリンゴの絵が飾られたシンプルなデザインのパックジュース、校舎内にたった一つしかないパック飲料自販機のジュースだ。
ニッチながらも人気があり、近頃なかなか買えなかったばかりに、鮮花は嬉しく感じていた。
教室に戻った後も機嫌よく楽器を片付け寮に戻ろうと帰路を決める。
「そや、どーせやん一ノ瀬にも買ったろぉ」
ふと思いついたお節介により、その帰路の寄り道先が先ほどの自販機に足を向けさせる。一ノ瀬は共に桜花寮で過ごすルームメイトだ。無口だが真面目なのが特徴で、お互い気質が似ていることもあって寮生活自体は良好だ。と鮮花は思ってる。
ベルのように開いた特徴的な形の楽器ケースを片手に、自販機の集まる廊下の一角に向かう。既に他の吹奏楽部員の楽器音は聞こえず、外からの声援くらいが響いている、校内自体は静まり返っていた。
「…?」
パック飲料自販機の前まで来た時、先ほどとは違う光景に鮮花は戸惑った。
自販機の前に黒い何かがうずくまっているのだ。
「うぐっ、ぐぅ…」
微かな唸り声が、うずくまっているのが人であることを知らしめる。よく見れば黒い布の隙間から見えるのは星花の制服だ。
「なぁ自分、だいじょ…」
「禁断の果実がああぁぁ!!!」
鮮花が声を掛けようと近づいた刹那、蹲っていた学生は突如立ち上がり、力一杯叫んだ。その咆哮は校内に響くには十分な声量で、間近で聞いた鮮花をプチンとさせる程度には威力があった。
「いったあああぁぁぁぁ!!」
「えっらい大きな声ではるんやねぇ、うちのゲンコツはよぉ効くやろぉ?」
反動でヒリヒリとする拳を振りながら鮮花は言う。鮮花の一撃に学生は頭を抑え跪いて悶える。
「い、いきなり殴るなんてぇ><!」
「もういっぺん、いっときはるか?」
「いえいえいえいえ、結構です!驚かせてすみませんでした!!」
某閻魔様並の無表情を湛えた顔で、某閻魔様のようなセリフを構えた拳と共に唱えた鮮花の様相に、学生は先ほどの威勢を一瞬で失って謝り散らかした。
なぜかその場で正座となって鮮花の方を振り向いた学生は、二重に泣きホクロが特徴のそれなりに整った顔つきの人であった。シャツの胸に刺繍された百合の花は紫色、つまり高等部2年生であり、鮮花よりも年上だ。
さすがに先にビックリさせられたからと言って、叩いたのは少しばかり申し訳ないことをしたと鮮花は感じる。
「殴ってえらいすみませんなぁ」
「あーいや、私の方こそ驚かせてごめんね」
鮮花にとって対等に話をできない相手はあまり得意ではなかった。自身の使う方言交じりの言葉はうまく敬語を使っても、それほど良い印象を与えないことや、鮮花自身標準語をまだ上手には使えないためである。
殴られた先輩もゆっくりと立ち上がり、鮮花に向き合った。身長はほぼ同じようで、鮮花と目線が同じになる。
先輩の後ろ、パックジュースの自販機に視線を向けると、アップルジュースはどうやら完売しているようで、赤く売切れの文字が点灯していた。先ほど先輩が”禁断の果実”と口にしたのはそのためか。と鮮花は考え着く。
「あ、そや」
しばし、沈黙が続きかけた間に、鮮花は一つ思いつく。久しく手に入れたパックジュース、ちょっとばかり惜しかったが、先輩にアップルジュースを押し付けて、この場を去ることを思いついたのだ。
「ほれ」
「え?あ」
ふと鮮花が懐からアップルジュースを出して、先輩に押し付けると先輩は戸惑いながらもその手にジュースを握った。
「いいの?」
嬉しいのか目を輝かせた先輩に鮮花は安堵の息を内心でつく。
「まぁ、つよー叩いたんは事実やし、とっといてーな。ほなな」
「あ、ちょっと!」
ふと走り出した鮮花を先輩は追いかけなかったが、鮮花の背中に何かを叫んでいた。
それが鮮花が最近思いを馳せる悩みの相手、結局あの場は逃げ出してしまい先輩の情報は何一つ手に入れられなかった。別に殴ったことや着けていたマントが気がかりなのではなく、ただ単に少しお話してみたいって言うのが理由だ。