星花女子プロジェクト   作:煉音

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偶然の出会い

 優しく漂うコーヒーの香りがするカフェに蜜蜂はいた。学校の最寄り駅の近くだが、少し隠れるようにある小さなカフェだ。窓向きのカウンターに一人座り、教科書と向き合い復習と予習をする。毎日のように放課後はこのカフェに寄り、日が落ちるころに帰宅する。

 昔からあのこがいて、周りの人は従姉妹だというだけで比べた。親の事情で引っ越してあのこのいる小学校に転校した。小学校という小さな空間で広がっていたあのこへの期待はそのまま従姉妹である私に降りかかった。何かあるたびに従姉妹と比べられ、そのたびに自分が期待薄い人間であると非難された。自分でもどんな人柄だったか忘れてたが、少なくとも小学校での出来事から少し冷たい人となったのは確実だろう。

 カランコロンと突如響いた音に振り返る。なんでもないカフェの入り口の開閉音だ。しかし入ってきた人物に目が見開くのを抑えられなかった。ドアと比べてもかなり小さな体躯に軽快な足取りながら背筋を伸ばして歩く姿、見えた制服には黄色い刺繍の校章が飾られており、適度に伸ばされたセミロングの黒髪の少女だ。

「マスター、カフェラテのホットとパンケーキくださーい」

 調理台と繋がったカウンターの前で元気な声でマスターに告げる。蜜蜂はその少女をよく知っていた。蜜蜂はそれに気づかないふりをして即座に教科書へ視線を戻した、がそんなのは気休めにもならなかった。

「みっちゃん発見!偶然だねー!」

 突然隣から響いた声にビクッと体を震わせた。気づけば隣に陣取っていたそのこは蜜蜂を見て緩やかな微笑みを浮かべていた。

 蜜蜂は大きく諦めのため息をつくとともに一度頭を垂れた。

「葎ねぇ、カフェだからもう少し静かに」

 榛東葎、蜜蜂の従姉妹で、蜜蜂が最も目標としてライバル視する相手だ。とはいえ、学力と成績は彼女に劣らぬ自信が蜜蜂にはある。ただ、葎の持つ魅力や能力は決して卓上には表れない。

「おっと、こりゃ失礼」

 葎は口元を抑える仕草をしながら少し周囲を気にする。昔からそうだが、この何気ない動作が思っていることと一致するのは彼女が好かれる要因の一つだろう。

 そんな動作をする葎をよそに蜜蜂は勉強に戻った。しかし、ふと葎はいつもと変わって曇った声でつぶやいた。

「私もみっちゃんを見習わないとなぁ。大学に行ってまだまだいろんなことを知りたいし」

 蜜蜂は横目に視線を送る。窓の外を眺めているが、どちらかといえば何か違うことを考えている顔だろうか。とはいえ、彼女の現在の振る舞いや勉強方法を見る限り、良い大学に行くのには到底努力不足と言えるだろう。なにより葎は商業科の学生だ。大学進学のための勉強も加えるとなると今よりも努力が必要となる。

「葎ねぇがどこまで目指すかによるかな」

 大学進学率も上昇傾向にある今の国では、その競争倍率もうなぎ上りだ。それに勝ち残る努力をする必要が葎ねぇにはある。だけど、今の葎ねぇを見るに卓上では絶対私に勝てないだろうと思う。

「そうだよね。目標だけ決めて道のりを見れていないのは止まっているのと同じだもんね。うん、もう少し考えてみる。ありがとう」

 蜜蜂に向き直って浮かべた葎の微笑みはとても自然で、蜜蜂には到底できないひきつける魅力のこもったものだった。きっと本気で思っているんだ。蜜蜂は葎にこういった面では絶対に勝てないとまた心で思った。

カランコロンとまた扉が開いた。

「あ、纐纈さんだ」

 葎が振り向いて小さく声をあげる。どうやら知り合いらしい。

「あ、あの、このパンケーキとショートケーキと、あとカフェモカください」

 たどたどしい言葉で店員さんに告げる女の子は、星花女子高等学校の制服で蜜蜂や葎と同じ色の刺繍がされていた。机に置かれた高そうなカメラとポニーテールが特徴のどこかお嬢様気質な学生だ。

「知り合い?」

「うん、同じクラスの纐纈幸来さんだよ。甘いものは苦手って言ってたんだけど、やっぱり何か照れ隠しだったのかな。可愛いね」

 葎はどこか楽し気にそう言って椅子に座りなおした。いいもの見ちゃった、と付け足して取り出した手帳に書き込んでいる。それより好みを隠すってどんな照れ隠しだ。と、それよりそろそろ時間かな。

「葎ねぇ、私もう帰るね」

 教科書やノートを手早く片付け、代わりに財布を取り出して伝票をとる。

「うん、みっちゃん気を付けてね。私はもう少しのんびりしてくね」

 手帳をパタンと閉じて控えめに手を振ってくれる。さっきの笑みを浮かべたまま、なぜか目元が寂しげになっている。その表情に一瞬戸惑った。従姉妹として長いがその表情の意味が読み取れなかった。

「んーおいひぃー!!たまらないわ!!」

 ふと聞こえた声に振り返るとさきほどの女の子が、パンケーキを頬張ってこれ以上ないくらいの笑顔を浮かべていた。

 蜜蜂が葎に視線を戻したとき、葎はまた女の子を見ていた。一瞬蜜蜂に見せた寂しげな表情とは打って変わって、誰がどうみても楽しんでいる笑顔だった。先ほどのことを忘れるように蜜蜂はレジに向かった。

 店を出るとき、ほんの腹いせに女の子に視線を送って、気が付いた瞬間に隣を指さして葎の存在を報せてやった。おかげで扉を開けるのと小さな悲鳴が聞こえるのは同時だった。

 

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