『青薔薇』のラキュース   作:O-SUM

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 別に暗い話が好きな訳ではないのです。
 今話はたまたま、そうなっただけなんです。




仮初の死と架空の栄光

 

 

   *   *   *

 

 

 ――私が目を覚ましたのは彼女、ガガーランが連れ帰ってくれたエ・ランテルにある冒険者宿、その地下にある石造りの一室だった。

 その時の私は知る由も無かったが、神官の治癒魔法や高価なポーションでも一切意識を回復せず、体温を維持していること以外はをほぼ死体の状態であった私は「遺体」扱いで運び込まれていたらしい。貴族の血縁、冒険者のホープという取扱いに困る私の身体はそこで一夜を明かしてから改めて状態を確認した後、変わりが無ければより位階の高い回復魔法を行使出来る王都の教会へ移送されるか、もしくは実家へ連絡を入れられる予定だったという。

 

 早々に実家へ取り次ぎがされなかったのは、この件が露見した後に私が回復した場合、アダマンタイト級冒険者の系譜に連なる血を持ち、若年ながら頭角を示していた者が貴族世界に取り上げられることを嫌がった組合長の判断が大きい。

 エ・ランテル冒険者組合に所属する冒険者は、ミスリル級が最高位だ。

 自分で言うのも何だが、将来的にはオリハルコン、アダマンタイトを狙える勢いと潜在力を持っていただろう私を、本拠地にしていた王都から恩を被せて引っ張り込めるチャンスではあったし、もしそれが空振りに終わっても、この地に構える神官や薬師の力によって瀕死であった冒険者が回復したという実績は、組合の評価を上げて周囲の街から冒険者を呼び込める良い宣伝に使えるという考えがあったからだろう。

 

 私が彼らの治療空しく目を覚まさず、仕方なく移送を考えられたその夜になって目覚めの一報を告げられた時は、私の実家や王都の組合に睨まれかねない危険な賭けに成功したと、さぞ組合長は胸を撫で下ろしたことだろう―― その後、私が流血しながら誰もいない空間に向かって喚き散らしているという、気が触れたような報告を受けるまでは。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 私は目覚めた直後、大森林の中で倒れていたと思ったら誰もいない、狭い石壁の窓一つない部屋のベッドに寝かされていたことに、まず驚いた。

 そしてそんな状況に頭が混乱しようとした時、思考に割り込むようにして語り掛けてきたのが――『声』だったのである。

 初め長々と訳の分からない単語を交えて「意識レベル、脈拍が云々」「周囲の状況が云々」と喋る声に対し、どうやら自分の今置かれている状態を伝え、周囲を警戒してくれているらしいことを察した私は、この『声』を敵ではなさそうだと判断してしまっていた。正直右も左も分からない場所に突然放り出されたように思えていた私は、その鈴のように涼やかで溌剌とした、自らが語る言葉に絶対の自信を持ったデキる年上の女性を思わせる『声』の雰囲気から、信じて任せられる安心感を感じていたのだ。

 「何か聞きたいことはあるか 」と聞かれ、では貴方は誰で、私はどうしてこんな所にいるのかという旨の質問をしたところ…… そのとんでもない返答に、今度こそ正しく、私は混乱の渦の中に叩き込まれたのだと思う。

 

 曰く、『声』が私が意識を失ってから周囲の会話や情報を集めて出した結論として、自らはこの世界の存在ではなく、「ヘルヘイム」という世界に在ったアイテムに宿る意思である。

 曰く、『声』本体は「ナザリック」と呼ばれる場所に住む、至高の四十一人と呼ばれる集団によって創られた拳程の大きさをした赤い宝玉であり―― その存在理由と目的は創った当人達の根城「ナザリック地下大墳墓」に侵入し、その拠点を破壊する為に生み出されたが今までその使命を果たせず、ただの一度も正規の装備者を得て起動したことはない。

 曰く、この世界に来た原因は分からない。

 

 ……曰く、この世界に自らが転移したその座標に、私の身体が偶然重なっていた。

 ……曰く、結果私の心臓は消滅し、知的生命体の体内に保持されたことで「装備扱い」と判断した『声』本体の仮起動が始まってしまい、仮装備者である私の意思無しの移動が不可能になった。

 ……曰く、私は心臓が潰れたままでは死んでしまう種族であったため、生命維持と数十年現れなかった正規装備者の確保を優先し、同意無しの装備登録を行った。

 

 ………曰く、その結果延命は成し得たものの、登録と同時に強制連動するスキル?の効果で、私が有していた全てのバックアップ?不能な技術や魔法、「向こう側」の世界で言うレベルの概念を持って蓄積される経験の全てが"初期化"された。

 ………曰く、私の身体を『声』本体からの魔力供給で延命させるべく、正しく装備出来る存在へ私の身体情報を"更新"する必要があったが、当時は本体を体内に"装備"した状態を正常な状態として登録するしかなかった。その結果、今の状態こそが正しい私の健康体ということになっており、本体を取り外す正規の解除条件を達成しない限り、失った心臓は回復魔法やアイテムで修復することは出来ない。条件を満たさないまま本体を取り外せば、私は死ぬしかなくなる。

 ………曰く、その条件とは『声』の存在理由である「ナザリック地下大墳墓の破壊」の一点のみであるが、被創造物として今まで感じ取れたその拠点の気配が転移と同時に感じ取れなくなっており、何らかの隠蔽がされていない限りはコチラの世界に渡っていない可能性が高い。

 

 …………曰く、ナザリック地下大墳墓とは、両方の世界に共通するモンスターを指標に推定すれば、難度にして300を超える力を持った至高の四十一人を頂点とする異形種の巣窟である。

 …………曰く、その配下の数も膨大であり、戦闘目的に創造された魔物達の強さは、こちらの世界で壮年のドラゴンがそうであるとされる難度100を下回る存在が、ほぼいない。

 …………曰く、神々をも打ち破る力を持った彼らが集めたアイテムや装備の力は強大で、世界を歪める力を持つ性能を有した代物すらも複数所有している。

 

 ……………曰く、『声』本体はそうした存在達に対抗する力を秘めているはずだが、その性能と情報を開示するためのパスコード?が未取得であるため、それが何なのかは分からない。

 ……………曰く、そのパスコード?は"オグドア"と呼ぶ8つのオブジェクト?から入手出来るが、そもそも"オグドア"自体がこちらに転移しているのか、そしてどこにあるのかも分からない。

 

 

 『声』は無機質に、淡々と、こんな説明を語り続けた。

 一切の抑揚が排された口調で延々と列挙される事柄は、胡散臭い託宣師辺りの狂言としか思えない内容ばかりで、その全てが酷く荒唐無稽だった…… インテリジェンス・アイテムの中には所有者の思考を支配し、アイテムに宿る意思に沿わせた行動へ誘導させる呪われた代物もあるらしいが、十中八九、これもそうした類なのだろう。

 なのに肝心要の私に起こっている現象―― 無意識のままに宛がった手のひらの下、胸の奥の心臓が全く動いていないという現実が、語る内容に笑い飛ばせない説得力を持たせてもいた。

 

 《 ――条件を達成すればランナーである貴方は当アイテムの装備解除権を得られますので、解除選択後第6位階相当の治癒魔法を行使するか、達成後にランナーへ付与される<オーバーアチーバー>のクラス報酬から取得可能なスキルによっては、心臓を以前の状態に復活させることも可能となります 》

 《 現在最優先とするべきは、攻略目標である地下大墳墓の情報収集です 》

 《 その副目的として"オグドア"を捜索。ナザリックを構成する戦力に対抗する力を早期に獲得することが今後求められます 》

 

 ……しかし、『声』の言葉を事実として受け止めるとなると――

 

 私はただこのアイテムが転移した場所に偶然重なっていただけで一度殺された上、能力の一切を奪われたアンデッドと大して変わらない存在へ知らない間に作り変えられたということになる。

 ぶら下げられた報酬は元の体に戻れる可能性で、そのためには至高の方々と呼ばれる、幾つもの神々を滅ぼしたとかいう話を真に受けるならお伽噺に語られる六大神、八欲王に並べられそうな存在が詰まった魔窟を滅ぼすことが条件だという。

 

 ――なんだそれは。

 『声』はそれがまるで可能であるかのように語っているが、そんなの、まるで現実味が無い。

 

 「<魔法の矢(マジック・アロー)>………… フ、フフ。 本当に出ないわね…… 」

 

 いつも身近に感じていた、身体を覆う魔力の気配が、酷く薄い。

 練習のし過ぎで魔力が枯渇しちゃって倒れた時でも、こんなにも希薄に感じたことはなかった。そのくせ脈拍のない肉体には不調を感じていないのだから、余りのちぐはぐな違和感に吐き気すら覚える。

 発動しないのだろうな、でも出来たら良いなと思いながら唱えた魔法は―― 思った通りと言えば良いのか、たった一つの光弾も宙に現すことなく終わった。

 こんな、こんな―― 思わず笑ってしまうほど、身体に宿っていたはずの力を感じられなくなった私が、本当にそんなことが果たせると思っているのか。

 

 そもそもなんだ? 創造主への反逆? 元々逆らうことを設定された?

 神のような存在がそう創った存在が真実『声』本体なら、そんな自らに歯向かう者に殺してくれと、わざわざ自分を害せる力を本当に与える理由がどこにあるの?

 暇を持て余した超越者が催す、決して助からない哀れな奴隷がもがく様を見て嗤う悪趣味な宴の一貫であると言われた方が、余程しっくり来る。

 そしてたまたま選ばれた奴隷が、私だったということなのか。

 

 《 何か不明な点はありませんか? 》

 

 ベッドから上体を起こして辺りを見回すと、枕元の棚には水差しとポーションにコップ、いくつかの果物と小皿、そして小さなナイフがあった。私が目を覚ました時のために誰かが用意してくれていたのだろうか…… 有難い。

 ポーションとナイフを選んで取り出し、棚の手前へと移動させる。

 

 まず間違いなく、コレは夢だ。

 けれど念のため、お決まりだけど痛みを感じるかどうかで真偽をハッキリさせようと思う。

 

 出来るなら心臓に突き刺してやって「そんな嘘に私が騙されるか」と、夢の中に響く『声』に当てつけてやりたい気分だったけど、それはとりあえず止めておこう。

 いかにも安物なこのナイフは、切れ味は元より刃長もそれほど長くはない。

 相当力を込めて突き込まない限りとても内臓まで届きそうにないし、そもそも自分の心臓がどこにあるのかなんて正確には知らないのだ。本当にそこにアイテムとやらがあるのか確認してやりたい…… なんて当てつけ染みた理由で実行したところでこれが夢ならまだ良いが、仮に幻聴の類なら心臓に刃を届かせる途中の肺や他の臓器を悪戯に傷付けて1人苦しむだけ、ただの馬鹿な自殺になってしまう。

 今自身が置かれている空間が、現実と違う客観的な証明。

 

 (それを痛覚の有り無しで確かめるだけなんだから、そこまでする必要なんてないわね )

 

 鞘から引き抜いたナイフを右手に持ち、 剥き出しにした左の二の腕に刃を軽く乗せ―― 引き切る。

 

 ……ほんの少しの時間を置いて、刃を走らせた皮膚に1本の赤い線がにじみ出す。

 じんわりとした熱と共に盛り上がってくる確かな痛み…… けれど、夢は覚めなかった。

 

 「……うっ、 」

 

 とっさにその傷の横へもう一つ刻まれた傷は、無意識の行動だったせいか少し力を込め過ぎてしまったらしい。

 線に留まらない赤が雫となって溢れ、ポタポタと石畳の床に音を立てて落ちていく。

 なのに、目は覚めない。

 

 (……この程度の傷ではまだまだ足りないのかもしれない。幻聴だけじゃなく、余程強い幻覚の中に囚われてしまったのかしら )

 

 ――幸い、備え付けのポーションはあるのだ。

 もう少し深めに切っても大丈夫だろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 《 警告。これ以上の出血は、生命維持に深刻な影響を及ぼす可能性があります 》

 《 <生命の精髄(ライフ・エッセンス)>発動―― フィジカルコンディションレベル、マイナス30ポイント。既に戦闘行動へ支障をきたす数値です 》

 《 直ちに自傷行為を中断し、回復措置を行って下さい 》

 

 単調な作業に腐心していた頭に、冷たく無機質な『声』は深く染み込んできた。

 気付けば夢中になって切り裂いていた左腕は、血に塗れて真っ赤に染まっている。

 

 「いったぁ…… 」

 

 『声』が聞こえてくるまで他人事のように感じていた痛みが、愚かな主を責め立てるように頭を叩いてきた。無遠慮にコレは現実だと突きつけてくる激痛は尋常ではなく、半ば無意識にポーション瓶のフタを開け、中を満たす薬液を飲み干した。

 少しだけ和らいだ痛みの中で、シーツを裂いた布で止血し始めた一瞬、ズキズキと腕と頭に走る痛みの間隔に脈拍の気配を感じた気がして、馬鹿な行為が報われた気持ちになって胸に手を当てるも、手のひらにはただ人肌の暖かさが感じられるだけだった。

 ポーションの効果か傷口から溢れる出血は明らかにその量を減らし、刺すようだった激痛もゆっくりジワジワとした鈍痛へ徐々に変わり始めてはいたものの…… そういえば手足を失った兵士や冒険者は時折欠損したはずの部位がまだあるように錯覚して苦しむことがあるらしいが、今のはつまり、そういうことなのだろうか。

 

 フラつく足。血を失い過ぎた?踏ん張り直した足元が滑る。血で粘ついた石畳。

 幻覚じゃ説明がつかない現実感。痛い。傷だらけの腕。私がつけた傷。

 『声』が止めた。敵じゃない? ただ宿主を護っただけの可能性。

 話は嘘? 本当?

 選ばれた? 奪われた? タレント。魔法……まほう?

 

 色彩に乏しい石材で囲まれた部屋の中にあって、特に目を惹く鮮血の赤さと夢では有り得ない痛みのせいか、さっきまで腕を切りつけることだけを考えていられた思考はひどく曖昧としていたが…… そんな盆暗な頭であっても引っ掛かった気付きに、私は飛び付いた。

 

 《 先程使用されたポーションの質が劣悪であったため、回復がまだ十分ではありません。時間経過による回復を待たず即時行動を開始する場合、最低でも即効性のある下級治癒薬の服用をお勧めします 》

 

  「これはこの街で最も有名な薬師が作った、高級ポーションの瓶なのだけど…… いやそんなことより、貴方に聞きたいことがある 」

 

 《 何でしょうか? 》

 

  「貴方、確かさっき<生命の精髄>を唱えていたわよね? それは、相手の体力を計る魔法だったはず…… 既に私の身体の一部だと言ったはずの貴方が、どうして私が使えなくなった魔法を行使出来ているの? 」

 

 これは『声』の語った言葉が実は嘘八百で、本当は何かしらの手段で私の状態を覗き見ながら、ただ<伝言(メッセージ)>の類で私に遠くから語り掛けている者を相手にしているのではないか? という希望含みの憶測である。この状況が現実であったとしても、何らかの手段で私の魔法発動を阻害している存在の悪意によるもの、という可能性は、決して無くはないはずだ…… 依然として動いていない心臓については、とりあえず後回しにする。

 とっさに閃いた、私が陥っている今の現状に納得するための無理矢理な言い訳だったが、ここで『声』が苦しい言い訳をしてこようものなら、それを根拠に言い縋れるはずだった。

 私は、力を失った訳ではないのだと。

 

 しかし――

 

 《 それは私に設定されている<術式魔法(プログラムド・マジック)>によるものであり、私の使用権を除き全ての種族レベル、職業レベルが失われた貴方に左右されるスキルではありません 》

 《 MP及び当アイテム専用であるインベントリ、"ダイダロス・ポケット"にストックされている鉱石を消費することで行使が可能です。このスキルツリーに登録された呪文は種族・クラス制限とは関係なく、解放さえされていればワンコマンドで発動することが可能です。

 《 使用優先権はランナーに固定されていますが、戦闘補助を総括する私も使用可能な権限を与えられています 》

 《 ご希望であれば解放済みの機能リストをいつでも閲覧頂けますが、ver.1で起動している現在の私に使用が許されている<術式魔法>及び<術式(プログラムド・)ドスキル>の種類はさほど多くありません 》

 《 "オグドア"から得られるパスコードの中には、それら未開放のツリーを開放する物も含まれているので"オグドア"がこの世界にあるのならば、速やかな接触が望まれます 》

 

 などと返されてしまった。

 さらには、

 

 《 なお本来全てのプレイヤーに保障されている魔法・スキル選択の自由ですが、ギルドアタックに参加されるランナーはこれらの取得が制限されます 》

 《 <ナザリックの祝福>を受けたランナーはレベルが上昇した場合、得られた経験値はHPとMPの上限引き上げを除き、全て当アイテムの機能解放に消費され、当該ギルドに規定された魔法・スキル以外の取得は全て不可能となります 》

 

 水は高い所から低い所へ流れます、と当たり前のことを説明するかのように答えた『声』の調子には、相変わらず一切の淀みは感じられなかった。

 少なくとも『声』にとっては、今言ったことは間違いようのない真実なのだ…… つまり、私が全ての力を失った現状も、今後あるかどうかも分からない地下の大墳墓を探し出して攻略しない限りは自由な成長すら出来ないことも。そしてそんな自由を得られるようにするためには、心臓を破壊して人の身体を乗っ取るようなアイテムを作った輩の敷いた道の上に乗り、望み通りの力を手にして挑んで見せるしかないということも…… 全部、『声』が嘘を言っていないのならば、本当のことなのだろう。

 

 

 『――待ちなさい、ラキュース! お前は、我がアインドラ家の娘なのだぞ? 』

 『――家の格を守り、貴種の次代を育む役割以上に優先するモノなどありはせんのだ! 』

 

 

 (こんなの…… こんなんじゃ、結局…… )

 

 自分は生まれた時から既に婿を取り、貴族の家を守る貴族として人生の役割を決められていた人間だ。

 民の汗と涙を吸い上げて生きることを許された血統である以上、そうして支えてくれる彼らの生活を守る責任があるのだと説くお父様の言葉が間違っているとは思わない。それでも家を飛び出したのは、為政者を支える良妻としてのお母様の姿ではなく、守りたい者を背後に回して直接危難を切り払い続ける叔父の姿にこそ私が憧れてしまったからだ。

 そして幸運にもそれが出来るだけの魔力、そしてタレントが私にはあった。

 大多数の平民、少数の貴族、そんな枠に囚われない一摘まみの『英雄』として、人々を護る存在に成れる可能性が、確かに私にはあったのだ。

 

 それなのに。ようやく踏み固められそうだった自らの力で拓いた道は、いつの間にか勝手に取り払われ、似たようで全く別の道を軌条(レール)込みで丁寧に敷設されている。そして自分は、そんな軌道の上にしっかりと噛み合わされて逃げられなくなったらしい。

 誰かに用意された力で、誰かに用意された敵と戦って『英雄』になれと言う。

 そんな役に「たまたま」選ばれた私の意志すら、関係ないのだと。

 ……全ては至高の方々とやらの望みを果たすためなのだと。

 

 「誰かの駒にされるために、私は冒険者になったんじゃない……! 」

 

 《 発言の意図が不明です 》

 《 地下大墳墓の破壊―― これは貴方と私、双方の利害に一致するはずですが? 》

 

 「私は、強制された筋道に乗った末の栄光なんて欲しくない! 私の意思で選んだ道の、私の足で歩いた先の、私の腕で掴む栄光で、誰に憚ることなく英雄になったんだって胸を張りたいのよ……! 」

 

 そう叫んだと同時、部屋に唯一設けられた扉の向こう側から、ドタドタとした複数の足音が聞こえてくる。それほど間を空けることなく勢い良く開けられた扉の向こう、顔を覗かせたのは確か、この都市の冒険者組合の組合長であるはずの男と…… 彼女、ガガーランだった。

 

 「目が覚めたのか、ラキュース!? 心配かけさせやがっ――て、オイ! てめぇ一体何してやがんだ!! 」

 

 顔を見せるなり大声で怒鳴りつけられ、大股で近寄ってくる彼女。

 何事かと思って思わず後ずさろうとしたら、足元の液体に滑って転びそうになる。フラついた足を再び踏ん張らせようとしたが、今度は出来なかった。

 尻餅をつきかけたところでガガーランに腕を掴まれ、抱え起こされる。その際、握っていたナイフはあっさりと奪われた。力が入らない…… ふと下に向いた視界に改めて映ったバケツをひっくり返したような錆色の染みに、起き抜けにこれだけの血を抜いてしまえばフラつきもするだろうと少し納得するも、加えて大声を出したのが悪かったのか、意識も霞んできたのは都合が悪かった。

 

 (早く説明をしないと、未来の仲間候補に心配されちゃうわね…… )

 

 いつかの叔父様がしてくれたような肩車ではなかったけれど、横抱きに持ち上げられた彼女の腕の中は、とても暖かだった。そんな彼女の胸に寄せた耳に届く鼓動は、私の心をひどく安心させる。

 とても眠くなってきたのは、そのせいだろうか?

 彼女は何か必死に呼び掛けてくれているようだったけれど、どうやら本格的に眠くなってしまった頭に、ぼんやりとしかその言葉は届かなかった

 

 

 

 

 

 ――そんな意識の消え際であっても、『声』はハッキリと私の頭に響くのだ。

 

 

 

 《 目の前の女性は意識を失っていた貴方を戦場から連れ戻してくれていた方である以上、貴方の味方だと思われますが―― もしパーティーを組んでいたのならば早期に解散、もしくは貴方だけでも所属するパーティーから抜けることを強く推奨します 》

 《 当"A.D.A(エイダ)"システムを利用したギルドアタックは、単独で参加することが義務付けられています。ランナーがパーティー登録を行っている期間中、<ナザリックの祝福>はペナルティとして、当アイテムに備わる全てのアクティブスキルの使用を制限させます 》

 《 生命維持に支障はありませんが、先程行使した<術式魔法>を含め、今後取得し得る一切の攻撃スキルが使用不可能となります。パーティーを組んだ状態での戦闘行為は、非常に非合理的です 》

 

 何とか起きていようと開いていた瞼も限界だったが、目の前のガガーランの顔に、全くの第三者の声に驚いたり訝しむ様子は見られない。どうやら『声』は<伝言(メッセージ)>に似た力によって自分にのみ聞かせられているのではと考えた、私の思いつきのその部分だけは正解だったらしい。

 

 だが、そんなことは私にとってどうでも良かった。

 今はこの時手元からナイフが奪われていたことだけが、ただひたすらに恨めしかった。

 もし今もナイフを握っていられたのなら、ようやく安げそうだった心すら押し潰そうとする『声』が巣食っているらしい心臓の肉に、今度こそ刃を突き立ててやれたはずなのに――

 

 彼女の腕の中で再び意識を失う直前、私が考えていたのはそんなことだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

   * * * * *

 

 

 ――その後しばらくして、冒険者組合は金級冒険者ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラの降格を正式に決定した。

 

 一命を取り留めたものの、その後自傷行為に及んだ彼女は、完全に回復してからも誰もいない空間に向けて独り言を度々零している様子が目立ち、心身が不安定となってしまっていること。

 魔法、武技をはじめ、『英雄の卵』と呼ばれていたタレントを喪失してしまっていたことなどが主な理由である。

 

 組合は引退を勧めたが、彼女はこれを拒否。

 本来であれば下がった戦闘力相応の最下級である銅級まで位を下げるところではあるが、これまでの組合への貢献と達成してきた依頼の経験を鑑み、1つ上の鉄級の位に留めることとなった。

 

 彼女が犯罪などを犯した故での懲罰ではないことを認知させるために経緯が公開されたことで、この前代未聞の理由で行われた飛び級の降格騒動は、冒険者の間でも大きく騒がれる噂話となって王国に広く波及した。

 その結果、将来性を失ったと組合が保証したも同然となった彼女とパーティーを組みたがる下級冒険者は、前にも増していなくなっていた。

 

 同業者達は憐憫、あるいは嘲笑を込めて、彼女をそれまで通りの『蒼薔薇』と呼んだ。

 

 

 






 アインズ・ウール・ゴウンの制作物によってリストカットに追い込まれる少女R。
 やっぱりAOGは悪のギルドなんだなって。

 ※"オグドア":ギリシャ語。元ネタはエジプト神話に登場する八柱の神の集合体を意味する「オグドアド」から。ユグドラシル当時のAOGでは「8本の柱がヘルヘイムのどこかに置いてあるから、頑張って探し出して強くなってからナザリックにきたまえ! 君の挑戦を待ってるぞ! 」をしていた設定。なお挑戦者実績は0。

 ※<ナザリックの祝福>:複数パッシプスキルの総称。アリアドネシステムによるギルドアタックに際して、参加者にもたらされる恩恵と制約をまとめたもの。その中には運営の定めた規則を含む強制力を含んだモノもある。
 恩恵の中にはシステム上失わせた経験値を早めに回復させるための経験値ブーストがある一方、制約には「1人で悪の組織に立ち向かう図って、中々熱いモノがありますよね! 」とか変身ヒーローに憧れを持っていた妻帯者が、いらないことを言って加えたモノもあったりする。

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