ヒロインのターン。
* * * * *
数百人が入ってなお余裕があり、屋内という設定なのに見上げた天井が霞むかのような高さを持つ空間―― ナザリック地下大墳墓最奥にして最重要な部屋、玉座の間。
しかし完成してからサービス終了の直前に至るまで、俺を含めたギルドメンバー達のほとんどが入ることなく、無人のままに閉ざされ放置されたはずだったこの場所には、仲間達とも違う―― 1度だって耳にした覚えのない男女達の声が、つい先程まで響いていた。
戦闘メイドの六姉妹。
それらを取りまとめる執事。
そして、地下墳墓を実質管理する『設定』を与えられた守護者統括。
彼らの正体は、ナザリックで仲間達が精根込めて作り上げたNPC達であり…… しかし本来なら登録された音声データ等を機械的に発声させる手順でも踏まなければ、とても言葉を発するような存在ではなかった。
そんな者達が何ら前触れもなく、今までもそうであったかのようにごく当たり前の雰囲気で俺の意図を汲み、プログラムでは有り得ない『会話』すら行い始めたのである。
唐突に自我を持ったかのように動き出すNPC。
サービス終了したはずのゲームからは、依然としてログアウト出来ないまま。
更には――
( 変わったのはNPC達だけじゃない。俺だって…… )
電脳法で守られた仮想世界では絶対に有り得ない、五体を通して突きつけられる現実感。
これ程までに意味不明な状況へ放り込まれたなら、普段の俺だったらもっと取り乱して喚いていたはず。なのに感情に潰されそうになった時に限って精神は乱れず、むしろ逆に異様なまでに落ち着いてしまえていた。
そんな身に覚えのない冷静さ? を持て余しながら、おかげで何とか取り繕えた指示を彼らに言い渡せ、玉座の間から追い出すことが出来たのだが―― そもそもこの状況下でそんな風に出来てしまった、自分に対する違和感が酷い。
なんやかんやと残していた最後の1人、守護者統括の役割を持つNPCも退出させた後。「取りあえず誤魔化せた」という安堵しか頭に浮かばなかった。
……あれほど苦痛だったはずなのに、日付を跨いでからさっきまでの間は待ち望んですらいた、”1人”の状況。ソレがやってきたことに、心から胸を撫で下ろす。
特級の材質で構成された玉座の背もたれに、深く背中を預ける。
ただのアバターであるはずの骸骨の身体。なのに神器級のマント越しに椅子へと押し付けられた背骨の尖った部分から、感触として返ってくる硬質さが妙にリアルだ。
生まれた時からそうであったかのように自然と、自身の身体であると抵抗無く受け入れてしまっている骨だけの両腕を持ち上げ、これまた剥き出しに晒された自らの頭蓋骨に当てる。
上司に苛められた後に1人こっそりと使ってきた、身体に染みついた頭を抱えるポーズ。
だけど――コツン、と。
いつもなら鳴るはずもない、剥き出しの骨同士がぶつかる乾いた音が、広く高い空間に響いて消えていく。
(こうした細かな部分にまで生まれる本来の生身とのギャップに、ますます不快感が募って……くれない自分は、本当に心までアンデッドのソレに変わってしまったんだろうか? )
先程の守護者統括とのやりとりを経て、仮説を立てたアンデッド化による感情の起伏の抑制―― 考えたくはないが、否定する材料も今のところない。
呻きと共に骸骨の顎から吐き出した溜息の中身は、サービス終了したはずのゲームから何故かログアウト出来ず、身体も心も変質してしまったという異常事態に巻き込まれたことへの焦燥と不安が大半だったものの…… 含まれた苦悶は、まさに『先程の守護者統括とのやりとり』を思い出したことによって、確実にその苦みを濃くさせられていた。
そうだ。俺にとって――
「俺は…… タブラさんの作ったNPCを汚してしまったのか…… 」
友人の作品をつまらない悪戯心で汚してしまったことへの後悔は、この異常事態と比べてなお無視出来ない重さを持っていたのである。
あの様子から察するに、自らが「モモンガを愛している」と彼女の設定テキストに加えてしまった一文が、その丹精込めて作られたであろう在り方を、強く歪めてしまったことに間違いはなさそうだった。
「…… ああ、くそ……! 」
隙間だらけの両手で顔を覆う。
最早誰もいなくなった為に人目を憚る必要なんてなかったはずだが、荘厳な玉座の間を覆う静寂に気後れしてしまった俺は――
心の中だけで、叫ぶことにした。
(だってぇ! そんなつもりじゃなかったんですよぉぉぉ!! )
(どうせユグドラシルが終了してしまうなら―― 最後くらいギルド長としてね? いや本当、ほんの少しだけ、ちょっぴり特権の1つくらい振りかざしちゃおうかなぁと、思いついちゃっただけなんですよぉ……! )
勢いよく顔を伏せ、そのまま左右にブンブンと振り回す。
もちろん骸骨の頭には顔色なんて浮かばないだろうし、そもそも今の自分を見ている者なんていないとは分かっているけれど。
それでももし現実の肉と皮があったままなら、間違いなく真っ赤に染まっているだろう顔に籠もっているはずの熱を、振り払いたくて誤魔化したくてしょうがなかった。
(まさかサービス終了時間になってもゲームが続いて? ログアウトも実行されず? その上に仮想空間がまるで現実世界のように一変するような事態に巻き込まれるなんて…… 予想出来るはずもないじゃないですか!! )
湧き上がる感情を繰り返し抑えつけてくる感情の鎮静効果も、その原因となる記憶を薄れさせる作用までは持っていなかったらしい。
死者の身体は性欲すらも奪い去ってしまったようではあるものの、 間違いなく女性経験を得ることなく生きてきたと胸を張れてしまえる鈴木悟の人生において……『先程の守護者統括とのやりとり』における映像と感触は、忘れようもなく鮮烈に過ぎたのである。
胸。大きい。近い。触れた。柔らかい。
揉んだ。形が変わる。はじめての感触。
――スゴイ。
しかと脳裏に刻み込んでしまった映像が脳裏にチラつく度に、激情は鎮められても<
(こんな状況に陥るなんて、ぷにっと萌えさんにだって見通せやしませんでしたって! 俺は悪くないです! ……やっぱりごめんなさいタブラさん!)
いざ開き直ってみようにも、かつての友人が悪戦苦闘しながら、それでも楽しそうにNPCを造っていた姿を憶えているがために、そんな逃避めいた決意はすぐに萎えてしまう。
この空間が、自分の知っているユグドラシルとは似ているようで全くの別物と認めなければ説明がつかないような状況が立て続けに重なり、それでも心や思考は何らかの要因(恐らくはゲーム由来のアンデットが備える種族特性)によって強制的に落ち着かされていたようでいて…… その実、根っこの部分ではしっかり混乱したままだったのかもしれない。
このたった一人取り残された事態に手っ取り早く第三者を介入させられる、従来の『運営』とシステム環境であれば、真っ先に警告が飛んでくるはずの行動―― 18禁行為。
その要件を満たせる女性型NPCが目の前にいたというだけで、俺はその、禁じられた行為の実行を躊躇わなかったのだ。必要なことだからと自分に言い訳をし、自分に気持ちを向けるように在り方を歪ませた存在の胸を思い切り掴み、揉み込んでしまった。
冷静だったはずがない。
男の象徴たるアレを実践使用しないまま、今なお不本意ながら大切に純潔を守り抜いてしまっていた汚れ無き人間が、絶世の美女に向かって「胸を揉ませろ」だなんてこと、素面のまま言えるはずもないではないか。
(……実際、今タブラさんを目の前にしたら、開き直ることも出来ずに土下座する自分の姿しか思い浮かばないからなぁ )
――そうだ。
悶えるままに「犯行」の自己弁護をしてはみたものの、非の在り処は間違いなく、行動を起こしてしまった自分にある。
どんな過程や動機を経たにしろ、結果として仲間が心血注いで創り上げた『アルベド』という作品の設定を、軽い気持ちで上書きしてしまったことには変わりないのである。
(フフフ…… 改めて振り返るなら、友人の居ぬ間に強権を振りかざし、現実逃避の延長でその愛娘を弄んだ<
寂しさと孤独に喘ぐ日々の末に放り込まれたこの異常事態に、今も誰か仲間の1人でも隣に居てくれればと切実に思いは当然ある。
しかし願いを重ねるならば…… 最低限の言い訳を整えられるまでは、どうかその相手はタブラ・スマラグディナ以外の人であれと、望まずにいられない。
そんな都合の良い釈明が、果たしてこの先思いつけるかどうかは甚だ疑問ではあるのだが。
(こんなことなら書き換えなんてするんじゃなかった…… 俺は、ただ身勝手にアルベドを傷付けてしまっ―― あれ? )
(今では俺のことを愛するようになってしまった彼女だけど…… そういえば元々がビッチだったんだよな? もしかして書き換えなかった場合にしろ、俺が胸を揉んだ程度じゃ大して傷付かなかったりするのか? )
むしろ、なんだか喜んでたし。
ビッチのままでも、あまり態度は変わらなかったかも……
(いやいや、そんな都合の良い話が! ……? ……あれ? ……いや、ちょっと待て。ちょっと待てよ…… 確か―― )
何か大事なことを忘れているような――……
(――――あぁっ!! )
伏せていた顔を跳ね上げる。
思い当たった閃きの先に浮かんだのは、さっきまで抱えていた懊悩を一瞬で頭から追い払うほどの、余りにも重大な事柄だった。
(そういえばアルベドの設定に手をつけた他にも、何か普段やらないようなことをやったんだった!? そ、そうだ! 確かマスターソースを開いて……! )
ログアウトその他に関わる個人用のコンソールについては、先程試して立ち上げることすら出来なかったためにうっかり失念していたが――玉座の間などの特定の場所においてのみ操作が可能な、ギルドシステムにまつわる項目を操作・閲覧が可能なマスターソースの存在を思い出したのだ。
(アレならまだ動くかも……もし起動出来たなら、真っ先に確認しなければならないことがある……! )
頼むから開いてくれ、と念じつつ、何もない空間に規定通りの操作をしてみれば――
現在進行形で散々な目に合っている今日の運勢もようやく少しは上向いてくれたのか。今度はひどく呆気なく目の前に立ち上がったソレは間違いなく、日付を跨ぐ直前に己が開いていたウィンドウ群だった。
画面を勢い良くスクロールさせて(その途中で、目についた「NPC一覧」からアルベドの欄にギルドの証をひたすら押しつけた挙句、結局変更に必要な設定ページにすら飛べなかったことに強く落胆しつつ)辿り着いた項目は、ギルド防衛の要にして急所の欄――システム・アリアドネの項目タブ。
こんな異常事態に嵌ってしまう前。
確かに俺は、このページを開いて操作していた。
恐らく、変更の保存だってしたはずだった。
ソレを再び開こうとタップする指先―― が温かみのない真っ白く尖った骨であることが、当たり前の我が身だと受け入れてしまえている自分の心持ちが、小さな違和感となって引っ掛かる。
しかし、今はそんな小さな感傷に浸って良い時ではないだろう。
無視して動かした骨の人差し指によって、僅かの間も開かずに表示を切り替え、浮かび上がる詳細画面。
間違いない。
それは目的のページだった。
(……? )
けれど。
それは見たことのない情報を表示してもいた。
「――あれ? 」
開いたはずのシステム・アリアドネ関連タブの1ページ。
一目で確認出来る程度の文章量な画面なのに、どうしてか目が滑る。
上手く文章を読み取れない。
何年も、それこそこのシステムが起動して以来ずっと、ついさっきサービス終了する直前に確認したまでの期間、一切その表示される文章が変わらなかったはずの、このページ。
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《ARIAdne Device for AINZ-OOAL-GOUN》
○状態:待機中
○装備者:無
○『オグドア』解放数:0/7
○ナザリック地下大墳墓攻略率:0%
++++++++++++++++++++
なのに一体どうして?
起こるはずのない、有り得ないと思っていた情報の変化を受け止めるには、視線をその文章に何度も往復させなければならなかった。
ようやくその文章の持つ意味を呑み込めた途端、思わず口からはこの異常事態に巻き込まれた際と同じく、受け入れがたいモノを罵るための言葉が漏れていた。
「どういうことだ……! 」
「日付が変わる前に起動してから、ほとんど時間なんて経っていないのに…… 」
++++++++++++++++++++
《ARIAdne Device for AINZ-OOAL-GOUN》
●状態:起動中(ver.1)
●装備者:有
●『オグドア』解放数:3/7
○ナザリック地下大墳墓攻略率:0%
++++++++++++++++++++
「なんでもう装備された状態で―― 柱まで3本も見つけられているんだよっ!? 」
――立て続けに起こっている異常事態。
しかし目の前にある画面からは「ゲームからログアウト出来ない」「身体が骨だけのアバターになってしまった」という問題と比べてなお、最も大きな事件であるように思えてならなかった。
『ナザリック地下大墳墓が破壊されるかもしれない』
俺にとって。
ソレは身に降りかかった異常への対処などよりも、遙かに優先して対処しなければならないと考えてしまえる大問題なのだから。
* * * * *
・
・
・
――アリアドネのページを開き、衝撃の情報を発見してからそろそろ一時間。
俺はその間、ずっと
六階層の円形闘技場で実験するつもりだった、ユグドラシルの魔法やスキル。その中でも探知系に類するモノを衝動的に使ってしまい、しかしその結果ゲームとは勝手は異なるものの無事に発動出来、効果も同様であることが分かったのは幸運だった。
そこからは安全に一つずつ確認してみるのは後回しとし、<
なにしろ正体不明の存在は、たったあれだけの時間の中で偶然でも無ければ非常に入手困難なアリアドネ・デバイスを装備し、かつヘルヘイム全域に散らばっているはずの『オグドア』の3本までに接触を果たしているのである。
NPCに全幅の協力を求めるには未だ躊躇いがある中で、告げた予定通りにここを離れて六階層に向かって呑気に自身の力の実験をするなんてことは出来るはずもなかった。
この場でしかギルド情報を総括して確認出来ない以上、次の瞬間にも表示が進行するかもしれない画面から、目を離すことは出来るはずもない。
魔法、スキル、消費アイテムを注ぎ込んで固めた空間――"
……最初こそ気が気ではなかったが、何の異変もないままに経過する時間が長くなるにつれ、防衛以外にも今後のことについて考えを回す余裕が持てるようになっていた。
忠誠心を確認し、または稼ぐためにNPC達に告げた予定を早々に後回しにしてしまったことによる後悔こそあれ、やはり思考の大部分は、突如起動したアインズ・ウール・ゴウン版アリアドネについてであった。
(あのアリアドネ・デバイス…… ペロロンチーノさんやへろへろさんが、頭文字を取って"
外見上は何の変哲もない拳大の大きさをした球に偽装してあるエイダは、触れた者に攻撃を仕掛けるような特性を持たせることこそシステム上不可能だったが、その代わり未装備時は常にフィールド上をランダムに転移し続ける機能を持たせていたのだ。
たまたま目の前に転移してきたなどの、やまいこさんに伍するレベルの豪運でもない限り、アレを意図して手に入れるには前準備を重ねた計画と、最低でも90レベルを超えてようやく覚えられる探知系や調査系の魔法やスキルの使用が必須だろう。
加えてエイダに触れた所有者が所有権を移すことなく、その場で全てのレベルを初期化させなければならないという「装備条件」がある。
これは何もアインズ・ウール・ゴウンに限ったことではなく、新アリアドネ・システムの導入時にギルドが運営の考えていた以上に消滅させられたことによって、慌ててシステムに追加された制限の1つだ。
アリアドネによるギルドアタックに参加するためには、レベル下降のペナルティを各ギルドの任意で設けることが出来る―― これは運営が定めたルールであり、抜け道は存在しない。
そこに俺達のギルドはナザリックへの挑戦者にいくつかの優遇措置を持たせることで、レベルも10や20ではなくスキル、魔法も加えての完全初期化、そしてそれ以降、装備者はエイダをアクセサリの装備欄から放棄するまで、こちらが設定したスキルと魔法以外の習得を制限させるという仕様となっていた。
しかもある程度攻略の段階を深めないと、その優遇される内容も具体的には開示されないのだ…… 死獣天朱雀さん達が「エジプト神話」とかいうマイナーな物語に絡めた言葉で特典についてはしっかり触れているとか何とか言っていたけれど、そんなモノ突然聞かされて分かるはずもない。
装備前アナウンスによって、その旨を繰り返し告げて不安を煽りまくる内容は、ナザリック攻略を目的としたプレイヤー以外にとってみれば、ただの「自由にキャラクターを成長させる」楽しみを奪う呪いのアイテムでしかない。
よっぽど俺達に怨恨を持った者でもない限り、いくらエイダがアインズ・ウール・ゴウンのギルドアタック用アイテムだという情報が知られたところで、同時にはたった一つしか作れない自分のアバターを、初期化以下の状態に陥らせてまで装備しようなんて気にはならないだろう。
たまたま手に入れた、もしくは遺恨があっても軽い者であれば、そんな呪われたアイテムなど早々に手放してしまうはずなのだ。
(――そんなアイテムを、"コイツ"は装備している )
しかも自分が画面を閉じてから開き直すまでの僅かな間に、どうやってか複数の『オグドア』から、エイダの機能を開放するパスコードを得てすらいた。
<起動状態>にしてから3分にも満たないような僅かな時間の間にエイダを手に入れ、その後に3つもの『オグドア』と接触出来た事実―― もしかしなくても相手は複数、最悪ギルド単位で動いている可能性が高いだろう。
『オグドア』はエイダ所有者が触れない限り何の意味もなく、その用途以外では所詮大きさだけがそれなりの、7色ごとに染められた破壊不能の柱オブジェクトに過ぎない。それ以上に大きい建造物や、奇抜なデザインに溢れたヘルヘイムの地にあって、それはさほど目立つモノでもないのだ。
エイダが採用している「単独によるギルドアタック」方式では、攻略者はパーティ登録中の魔法・スキル使用不可と、経験値入手不可という制限が掛かるとはいえ、決してパーティが組めなくなるということはない。
肝心のエイダを手に入れることに成功したならば、他の協力者と共に、転移系の魔法で『オグドア』を巡ることは決して難しいことではないだろう。
万が一。仮に。
もし、だ。
これが既に引退してしまった仲間が、こっそりと作っていたアバターで残っているギルドメンバーに仕掛けた最終日のドッキリで無いのなら…… "コイツ"は入念にオグドアの場所を特定するなどの下準備を重ね、エイダ取得と同時に一気にそれらを触れて回っているプレイヤーであるはずだ。
それは現在の異常事態に巻き込まれたプレイヤーが、ユグドラシルの中にあって俺一人ではないという証でもあったが―― 自身やナザリックに確固とした怨みを持っていそうな人間に、ただ同じ境遇となった被害者として仲間意識を持つのは流石に難しい。
――しかし、気になることもある。
(改めて確認してから、これまでのかれこれ1時間。エイダ取得からの恐ろしい回収速度からすれば、とっくに全ての『オグドア』を解放していてもおかしくないはずなんだが……? )
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《ARIAdne Device for AINZ-OOAL-GOUN》
●状態:起動中(ver.1)
●装備者:有
●『オグドア』解放数:3/7
○ナザリック地下大墳墓攻略率:0%
++++++++++++++++++++
表示し続けたままの画面の数字が、一切変化しなかったのだ。
(ただ単純に、『オグドア』を3つまでしか見つけられていなかったのか? )
これが妙に気になってしまう。
相手は執念染みた勢いであったはずだ。俺と同じくこの異常事態に巻き込まれたとして、唐突にその熱意が途切れたように見える停止の理由は、一体どういうことなのだろうか?
(だとしたら、何故サービス終了直前なんてギリギリ過ぎる時間に、"コイツ"はエイダを装備なんてしたんだ? せっかくの最終日にログインしておきながら、これまで築いた全てを自ら捨て去ってまで、中途半端に終わると分かっているギルドアタックに挑んでみようと思えるほどに、他にやることが無かったのか …… だとしたらこの異常事態に気付いて、"コイツ"もしくはいるだろう連れの者達がナザリックへの報復どころじゃなくなっているのであれば、交渉の余地はある、か……? いや、しかし―― )
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それから少しの間、あーだこーだと色々考えを巡らせはしたものの、変化しない表示画面と睨めっこしたままでは埒が明かない。
ただ確実に言えることは、今すぐにシステムを全開放したアリアドネ・デバイスが、ここナザリックに攻め込んでくることは無いらしいということであり―― それはそのまま、大きな安堵を得られる情報であった。
解放数が3つのままであれば…… いや例え7つ全て解放状態で今目の前に現れたとしても、それがver.1のままであれば負ける可能性は殆ど有り得ないからだ。
全て試したワケではないが、それでもここまで魔法とスキル、アイテムは問題なく使え、自分が覚えている通りの効果を発揮している。後で必ず検証する必要はあるが、他の攻撃系の能力についても、極端にユグドラシルと乖離した効果となっていたり、全く使えなくなっているという事態にはなっていないだろう。それが、なんとなく分かる。
(――なら、絶対に大丈夫だ )
傍らに浮かべていた我がギルドの証を、強く握り込む。
するとその握った部分から九色の輝きを咥えた蛇の台座に至るまで、二又に分かれて伸びている杖に生まれている隙間を埋めるように浮遊する、三色の光を放つ光輪が明滅した。
(その時は皆さんと一緒に作り上げたコレの力、使わせて貰うかもしれませんね )
自分専用に仲間達と共に創り上げた、世界級アイテムに匹敵する力を持つソレを装備したことで、劇的にステータスが上昇する感覚は癖になりそうな高揚感があり、いずれ近いうちに迎え討たなくてはならないかもしれない復讐者に怯えていた心を落ち着かせてくれる。
先程から味わっているアンデッドの特性から生まれたらしい強制的な鎮静と比べ、それは穏やかでありながらも、遙かに確かなモノだった。
装備時に杖から生まれるエフェクトとして仲間が作り込み、しかし三色の光が
――意図した行動ではなかったが、それで生まれた風はふわりと、金属で編まれた四十一の旗を小さくはためかせた。
布が擦れるには重く軋んだ音に見上げてみれば、個性的なギルドサインを歪める一斉に歪めている彼らの旗達が目に入る。
その様子はまるで場違いにも「早くその力を俺達に見せてくれ」と、ハシャぎせっつかれているかのような錯覚を俺に感じさせてくれた。
皆と作り上げた思い出の象徴は、ここにある。
ギルドの証も、ここにある。
……どこにも消えてなんかいない!
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「――――<
『……あぁ! モモンガ様! アルベドでございます!! もう間もなくお伝え頂きましたお時間でございますがコチラに御姿をお見せになられなかったので、何かご予定の変更でもと思い―― 不敬とは存じましたが私から<伝言>を送らせて頂こうかと愚考していたところでございますが…… 如何がなさいましたでしょうか?
……! 宜しければ私がソチラに、御身をお迎えに参りましょうか!? もちろん守護者統括として、何よりモモンガ様を愛する―― 』
「おぉぅ…… いや待て、 待てアルベド! 守護者達はもう皆揃っているのか? コチラで確認しておくべきことがあって、結局六階層に行けないままに伝えておいた時間ギリギリになってしまったからな。誰か焦れてしまってはいないかと心配だったのだ 」
『ハッ! 我ら守護者各位。既に第六階層が円形闘技場にて、畏れながら御身の御威光に触れる機会を賜るべく参上致してございます…… しかしながらモモンガ様。我らなどを気遣う必要などは御座いません。
我らの身に流れる血の一滴、魂の欠片に至るまでが悉く、全ては創造主足る至高の方々の所有物で御座います。それが御身の望みであるならば、例え業火の底で永久の時間を過ごせと仰られようと、ナザリックの下僕一同、末端に至るまでがその勅命を喜びと共に果たすでしょう 』
「あ、うん…… いや、そうか。お前達の忠誠嬉しく思うぞ。それではすまないが、連絡事項の変更だ。今六階層にいる守護者達を、そのまま全員連れて玉座の間まで来い。セバスには私から連絡し、偵察後は直接コチラに来るように伝えてあるので連絡は不要だ 」
「かしこまりました。すぐに守護者達を連れてそちらへ参ります 」
「うむ。頼んだぞ 」
「っ!はいぃ! お待ち下さいませ、モモンガ様!! 」
……<伝言>を切った後、なんとなく宝物殿辺りに逃げ出したくなって反射的に挙げてしまった右腕を意識して降ろす。まだ試してない以上、何かの拍子に薬指に嵌めている指輪の効果が発動しては堪らない。
守護者統括はともかくとして、自分に対する他のNPCの忠誠心がどの程度のモノか確認しなければ、安心して防衛を任せることは出来ないのだ。
集合時間に遅れそうになった上に後出しで場所を変えるのは、上司として悪い印象を与えてしまうかもしれないが…… マスターソースを開けない六階層では、今後の方針を伝える場としては不足だった。これ以上また別の場所に逃げ込んだ姿を見せたりして、彼らからの評価を下げる訳にはいかないだろう。
「さて、【第二次ナザリック防衛戦】……その作戦会議と行こうか 」
(例えエイダが相手でも、ナザリック地下大墳墓は壊させない。俺達の作った力を合わせて、必ず撃退してみせる…… 出来れば見守ってて下さいね、皆さん )
――見上げた先にある四十一の旗を動かしていた風は、もう止んでいた。
忠誠の儀の前に、ギルメンとNPCを同一視しないスタンスを匂わす一般人S。
地下墳墓にあるのは、自らはあまり手を出してない友達の創作物。
かたや敵対しそうな相手は、最後の最後に41人全員参加で作った最新の思い出。
一般人Sは支配者Mとして、41人の友人達を偲べるヨスガではなく、ナザリックを危機に晒す敵として処理出来るのかがポイント。