『青薔薇』のラキュース   作:O-SUM

2 / 11
メインヒロイン登場回

※リアル世界の捏造が出てきます。




週末のギルド長

 

 ……4時起きを強いられ続けた仕事がようやく終わりを迎えた、素敵な週末の夜。

 久々に土日をゆっくりと休める。その思いからか、退社報告をする時、少し浮ついた声が出てしまった。

 

 そして、さすが営業部の古株といったところだろうか?

 俺の声色からわずかに漏れてしまった感情を掬い取った上司が、デスクに飾った年期の入ったフォトフレームをいじらしく撫でつつ「週末は彼女とでも過ごすのかな? 一緒にいられる時間は、大切にしないといけないからね…… 気を付けて帰るといい 」と、生温かい言葉を掛けてくれる。

 現在目の前にいる中年の、かつて頭髪がまだ焼野原でなかった頃の男の腕によって抱き上げられ、嬉しそうに笑っている少女がそのクラシックなフォトフレームの中に納まっていることを俺は知っている。そして当の昔に過ぎ去ったはずの反抗期を終えているにも関わらず、会話がほとんど無くなって久しいという悲しい話をも聞いたのは、果たして何年前のことだったか……。

 

 俺がこの会社に勤め始めた頃には何かイベントがある度に、頻繁に中身を差し替えられ続けていたはずの女の子らしい手作り感溢れる写真立ては、もう何年もその内側を更新されてはいなかった。

 離婚したという話や、家族の誰かに不幸があった…… なんていう話だけは聞いていないのだけど。

 

 つまりはまぁ、そういうことなのだろう。

 だからこそ、放たれた嫌味には何とも言えない説得力が宿っていた。

 

 (俺に女の影が全くないことを知ってて言ってる辺り、ホント性格悪いよ…… )

 

 定時に退社する部下に心無い言葉を投げかける上司に対し、「その娘さんとの写真、そろそろ新しいモノに差し替えられてはいかがです? 」といった悪趣味なジョークが一瞬頭に思い浮かぶ。

 それを言葉にしなかったのは、この言葉の刃は家族に冷たくされている中年には鋭利過ぎるという少しの良心と、高い確率で望まぬ残業を押し付けられるという予測があまりにも容易であったからである。俺は空気の読める男にして、相手の心を思いやれる人間なのだ。相手が傷つくと分かって、その繊細な部分を荒らすなんてことはしたくない。るし★ふぁーさんじゃあるまいし。

 ……ついでに言えば「鈴木君に家族を持つ男のなんたるかが理解できるのかな? 」などと言われ、次代を紡げる予定のない雄の劣等感を刺激されたくもなかった。

 

 (営業で培った面の皮は、公私に渡って俺を助けてくれるんだな…… )

 結局返した対応はいつも通り。

 少しの悪態を心の中に(こぼ)しながらの、愛想笑いを返すことにした。

 

 しかし上司が率先して皮肉を投げたおかげだろうか、居残る他の同僚達からは比較的労いをこめた視線で自分の退社を見送ってくれた。定時に帰れないでいる集団の中、率先してその輪から抜け出すという行動が、どうにも居心地の悪さを感じてしまう生粋のジャパニーズサラリーマンたる小市民な自分にとって、この空気は正直有難かった。

 自身がデスマーチの如き残業が強制されている時に、その案件に関わりのない同僚が定時退社するのを見送る際には、密度は薄いもののどちらかと言えば割合的に、なんとなく負の感情と言えるかもしれない、とにかく微妙に難しい視線を送ってしまっている自覚もあった。

 

 けれど仕方ない。

 これは奥ゆかしい感性を誇る大多数の日本人が抱える生理現象だ。

 決して自分の器が小さかったり、小心者であるが故の気のせいなどではないはずだ。

 

 理性的な同僚たる彼そして彼女達は、定時退社する自分に対し、当てつけに仕事を手伝ってくれと頼むようなことはしない。仕事を頑張ったから、その日を定時に帰ることが叶う。今日、その権利を勝ち得たのは自分だったというだけの話である。

 もちろん中間管理職といった、より会社の歯車の奥深くに組み込まれてしまった身であるのならば、その権利を行使することは難しい。だが幸か不幸か、集団の監督をする必要のない地位にいる我が身にそのような躊躇いは存在しないのであった。

 

 そして理由はもう一つ。

 残念ながら彼女なんて存在と過ごす週末の予定はないものの、実のところ週末を完全に1人で過ごすという訳でもなかった。

 自分が持つ唯一の趣味を共有する大事な仲間の1人、リアルの仕事時間を侵食するほどに行われる徹底した情報収集から生まれる戦術と戦略で、しばしば感嘆とドン引きの視線を周囲から集める我らが軍師から届いた、1通のお誘い。

 『来週末の土曜日、皆さんで今回のアップデートに対する対策会議をしませんか?』という件名のメールが、その日の鈴木悟を少しだけ積極的に退社させていた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 会社の入った建物から外に出ると、なんとなく違和感を感じた。

 

 その違和感の原因は空にあるような気がして見上げると、有害物質をふんだんに含んだ鈍色の雲がほのかに輝いているのが見える。今日は酸性雨を降らせることなく、けれど視界の続く限り見渡せるソレは、物心ついた時から見上げ続けた空であった。

 

 (今朝の予報では、今日は平均より空気汚染濃度が高かったはずだよな? )

 

 普段通りの濃度の中を帰宅する時の有害物質含有量であっても視界は狭く、直上の空にあっても闇に隠れるように霞んだ雲が見えるだけというのが当たり前なのに、雲の形がぼんやりと分かる程度には空が見渡せる―― 予報が間違っているとも思えないが、滅多に見上げることのなかった明るい空に、強烈な違和感を感じてしまう。これは一体どういうことだろうか。

 

 ……はて? と考えたのは一瞬だけ。違和感の正体はすぐに思い至った。

 

 (ここしばらくは、太陽光で雲が輝いてる時間帯に帰っていなかったもんなぁ…… )

 

 単純に日没前に会社から出て、空を見上げる機会が最近皆無であっただけのことだった。

 一瞬だけのことではあったものの、そんな当たり前にも気付けなかった最近の自らの境遇に苦笑しつつ、いつもより明るい空の下を歩き出す。

 汚染された空気の中であっても、いつもより明るさを感じる空の下であることを意識しただけで肺にかかる負担が軽くなったように感じるのは、我ながらお手軽な頭だなと思わざるを得ない。

 

 (もし自分が出世したなら、部下のプライベートな時間を大切にする上司を心掛けてみよっかな )

 

 いつもより少しだけキラキラ明るい道を歩く気分は、決して悪くなかった。

 そのせいだろうか、あやふやな願望めいた目標までが、なんとなく胸にこみ上げてきたりもする。

 

 (……まぁもちろん小卒である自分にはそんな夢、望み薄だけどね )

 

 

 帰り道。

 安さだけが売りの総合マーケットに立ち寄って、栄養を補給する目的以外の用途をほとんど見出せない合成食品を買い込む。味は二の次、三の次だ。

 

 お目当ては今年発売された食品パックシリーズ。同一の形状に統一され色だけが異なる外観は、視覚の楽しみすら奪わんとするような手抜き感溢れる商品だが、安めの値段帯でありながらも腹持ちが良いのが特徴である。加えて味が濃口に調整されており、表示された味付けの差異をしっかり感じさせてくれる点が気に入っている合成食だ。

 ……品目のことごとくが、未だ本物を食べた事のない食材であることにはいつも微妙な気持ちにさせられるが。魚の『白身』と『赤身』など、着色料の違い以外で何が異なるのだろうか?

 味付けが重ならないように数食分のパックをバラバラに選んだため、外気を遮断して密封してくれる買い物袋の中身が実にカラフルとなるのはいつものこと。土・日曜引き籠ったとしても問題ない程度に詰め込んだ買い物袋が、そのコンプリート感も合わさって小さな満足感を与えてくれるような気さえしてくる。

 

 他にも切れかかっていた日用品を考え無しにいくつか見繕って清算した結果、数が数だったためそれなりにかさばる量となってしまったが、買い物袋2つにギリギリ納まったので、何とか持って帰れるだろう。

 

 

 ――店を出れば、再び汚れきった空気が身体を包む。

 注意報が出ている日に外出する度、顔の前面を覆う外気濾過マスクが正常に機能しているか不安がよぎるのは、大人になっても決して薄まらない恐怖だ。

 普段より大きな買い物袋を抱えたまま、徒歩で帰宅するというのは中々億劫な状態であるものの、わずかな移動距離であっても高額な料金設定がされている交通機関を頻繁に利用できるほど、自分の財布は厚くない。

 なるべく激しく呼吸をしないよう努めつつも息を乱さないペースの早足を維持して歩く。

 これは外回りを繰り返す度にかさばるマスクフィルター交換費用に眩暈を覚えた結果、出費を抑えようと思考錯誤した果てに辿り着いた、鈴木悟のささやかなサラリーマンスキルの一つであった。

 

 ただそんな節制の積み重ねのおかげで金銭的には、久しぶりに仕事を定時で終えた今日くらい、外食エリアまで出向いて多少の贅沢をしても問題はない。

 しかし、皿に並べて味付けを多少複雑にしただけの割高料理を楽しむためだけに、わざわざ自宅までの帰り道を遠回りする気にはならなかった。

 

 そう。あくまで、気が乗らなかっただけだ。

 特別()()()()に外食をしたくない理由があるわけでもないが、 恐らく()()…… 特に後半に限っては、努めて外食をする予定が生まれることもないだろう。

 

 (急いで帰ったところで、誰かが待ってくれているワケではないんだけどね…… いや、仲間達がもう待ってるかもしれないから! ギルド長としては率先してログインしておくべきだから! リアルの用事がないなら、寄り道しないでまっすぐ帰るのが正しい姿のはず! )    

          

 片手にぶら下げた合成食の詰め合わせパックやその他が詰まった袋がやや重く、指に食い込む。週末の食糧を買い込んだのだから当然なのだが、妙に意識してしまうのは何故なのか。

 右手から左手、左手から右手へ。

 定期的に買い物袋を左右の手に持ち直しつつ「そういえば食糧を買った店内のPOPも赤と白のツートンカラーを意識したものに変えられつつあったなぁ」と、益体もない考えを頭に浮かべては消していく。

 

 定時退社の恩恵によって、普段より少し明るい帰り道に点在する看板や標識が、そろそろ自宅が近いことを教えてくる。けれども歩き慣れているはずの家路がいつもより長く感じてしまうのは、視界の端にチラチラと、『聖夜』という文字で飾ったイルミネーションが躍っていることとは関係がないと思いたい。

 ……いつの間にか店を出る前には確かに感じていた小さな幸せは、外気濾過マスクでは遮断できない不快な空気を浴びたせいだろうか、いくらも歩いていないにも関わらず萎んだ風船の如く萎えてしまっていた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 ようやく自宅に辿り着いた頃。

 厚い雲の向こう側にあったはずの太陽は、ほぼ稜線の向こう側に落ちていた。

 

 一般的な賃貸物件には最低限設置されているエアー洗浄によって外気の汚染物質を吹き流して室内に入るなり、まずは濾過マスクの寿命を簡易チェックするための機器を起動させる。

 今回の仕事は外回りの営業を行う機会がかなり多く、その間のメンテナンスこそ手を抜かなかったものの、最後にフィルター交換した日付はかなり昔だった。もしフィルターを更新する必要があるのなら、週末中に手続きをしなければならない。

 ……数十秒後、まだまだ取り替える必要がないことを示す緑のランプ表示を確認して、思わず安堵の溜息が零れる。決して安くない出費をする機会は少ない方が良いに決まってるし、この週末の大切な時間を、部品交換の予約や申請やらで潰してしまいたくもなかった。

 

 人心地つきながら我が家を改めて見回せば、全体的に『暗さ』が目についてしまうことに苦笑いを浮かべてしまいそうになる。

 帰りを待つ肉親のいない家に明かりはもちろん灯っておらず、鈍色の夕方であることを踏まえてもなお暗い。空気中の不純物で淀んだ空気に晒され続けた窓は曇り切っており、備え付けのカーテンは最後に開けた日はいつかも覚えていない有様だ。

 

 もちろんそこには三つ指ついて「おかえりなさい」と出迎えてくれるような女性が存在しているということも、ありはしない。

 現実は残酷なのだ。それは見上げる空が、常に汚染された灰色で覆われてることのように当たり前のことである。いつもはあえて意識しないでいられるそんな事実が、今夜はこんなにも心をささくれ立たせるのは何故だろうか。

 

 (呪われた聖夜の日がもうすぐ訪れるからかなぁ? あの仮面は、まだインベントリに残ってたっけ…… )

 

 ……いや、忘れよう。

 リアルで異性と触れ合うことばかりが、有意義な休日の過ごし方というわけではないのだ!

 

 

 

 そう自分に言い聞かせながらも、自分が真っ直ぐ帰宅したかった理由である、ダイヴ型インターフェースの起動ボタンを押しこむ。映像の仮想現実を過ごす娯楽品を起動させる電源ボタン。その機器を通して体感出来る慣れ親しんだゲームの世界に、これから自分は週末の時間のほとんどを注ぎ込むつもりだ。

 

 これは第三者から見れば、完全に強がりに思われるかもしれない。現実逃避の末、仮想世界にのめり込む無気力な生活だと。

 しかし自分にとってこれから過ごす時間は、リアルで過ごす同じ時間よりもずっとずっと刺激的で、貴重で、大切なのだと、今では確信をもって答えられる。馬鹿にされることでもあれば、強い怒りが込み上げてしまうほどに。

 

 これから向かうのはもう一つの現実といって過言ではない異世界。そこは単なる営業マンである自分を、700種以上の魔法を使いこなす異形に生まれ変わらせ、未知を切り開く冒険の興奮を味あわせてくれる場所。そして何よりそこには、輝かしい絆を数え切れない思い出と共に育んでくれた、大切な仲間達が待っている『我が家』がある。

 

 DMMO-RPG「ユグドラシル」。何にも代えがたい俺の全てと出会えた、大切な世界の名前。

 

 手慣れた手順でゲームの起動と身体への接続処理を行いながら、今夜の予定を考える。

 思考を切り離して行えるほどにもはや習慣化されたこの流れは、毎日のささやかな楽しみだ。

 

 (……今週末は特に大きなイベントはなかったけど、サーバー各地でユグドラシル金貨を大量ドロップする大型モンスターが出現する期間が、もうすぐ終わるんだったかな? )

 

 ギルド資金の金貨は、数えるのが億劫なほど宝物庫に溢れている。ただ自らのポケットマネーだけで考えるならば、70レベル以上の金貨消費型モンスターを自らの前衛とした場合、考え無しに召喚できるほど有り余ってるワケではない。

 

 (あの1500人規模で攻め込まれた大侵攻を撃退して以降、俺達のギルドに対するプレイヤーの注目度は決して低くない。サイトでギルドメンバー別に単独の攻略検証動画が挙げられてたりもしてたよな。……そういえば画面映えするたっちさんやウルベルトさん達に比べて、デス・ナイトの影に隠れてコソコソと即死魔法を飛ばす骸骨というのは、どうにも見栄えが良くなかった気がする…… )

 

 現在密かに考案中の新しい魔王ロールプレイをする上では、もう少し威圧感のある前衛を使うべきだろう。かといって、頭の中で召喚に消費される金貨を計算しつつ、出し惜しむように金貨消費型NPCをちまちま召喚するというのも、かえって侘しい光景になってしまうかもしれない。

 もし以前のようなギルドへの挑戦者達が現れた時には、もっと大盤振る舞いして『これぞ魔王!』みたいなロールプレイだってしてみたい。

 

 (ギルドに溜まっているメンバーによっては、今日は一緒に小さなエリアを占拠して、金策に勤しむのも良いかもしれないなぁ…… )

 

 今日もきっと楽しくなる――想像の光景に馳せる感情は善性のものばかり。自然と持ち上がる口角が心地良い。

 

 

 

 ――ゲームが始まる。

 

 

 

 もう何度目か分からないほどに味わってきた、視界がブラックアウトする感覚が訪れる。

 再び明るさを取り戻した視界には、勇壮なBGMとともにデカデカと表示される制作会社のロゴマーク。

 スキップできない長めの起動画面を若干イライラしながら待つ。

 

 スタート画面。

 

 メニューからロードを実行。

 

 選択肢のない選択画面にて唯一のアバターを選択。

 

 数瞬のローディング画面が…… 終わった。

 

 そうして俺こと"鈴木 悟"は、死の支配者(オーバーロード)"モモンガ"たる骸骨へとその姿を変え。

 もう一つの我が家であるギルドの本拠地、『ナザリック地下大墳墓』に帰宅した。

 

 

 




 ここまでお読み頂き有難うございます。
 ヒロインがユグドラシルに依存してしまう現実世界を描きたくて、ついめんどくさい文章に…

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。