ナザリック地下大墳墓が第九階層に存在する一室――『円卓の間』。
そこはアインズ・ウール・ゴウン全てのギルドメンバーがログインする際、必ずその最初にPOPする地点に設定されている場所である。
地下空間に広がる大墳墓であっても、その表層には地上へと繋がる部分はちゃんと存在する。しかし俺を含めた仲間達にとって「ユグドラシル」をプレイする出入口と言えば此処であり、そして絶対にこの場所を他の面々も経由しなければならない都合上、ログインしながらも特に狩りに行く用事が無い面子達は、この室内に置かれた円卓を囲む豪奢な椅子の1つである自らの指定席に座り、他のメンバーを待って寛いでいることも多かった。
「こんばんわー! ……って、私が一番乗りでしたかね? 」
そんな我が家の玄関とも言うべき場所へと入室した直後、先にいるかもしれない仲間達に向けて自分の入場を知らせるため、ギルドメンバーにのみ送信されるチャットで挨拶を飛ばす。
――それに対し、返事を返してくれたメンバーは『今日も』いなかった。
自身が出現したのが間違いなく『円卓の間』であることは、目の前にある巨大な黒曜石の円卓によって照明されているのだが、同時にそのテーブルを囲むように並べられた41の椅子には、たった今ログインした自分を除いて着席している者がいないことも同時に見てとれていた。
自分の他に誰もいない状況は残念であり、間抜けなメッセージをチャットに落としてしまったのが少々空しかったりしたが、このような間の悪いタイミングというのも珍しいことではない。
コンソールを起動する。
浮かび上がった画面の中からフレンドに関する機能をまとめたタブを選択。そして更に細分化して表示された項目ボタンの中から、素早く目当てのモノを見つけて表示させた。
ここ最近開く機会が増えてしまった、ギルドメンバーのオンライン状況を知らせるログ情報欄―― そこにあった名簿は"モモンガ"を除き、他のギルドメンバー達全員の名前がログアウトしていることを教える色の一色に染まっていた。
誰からも反応が無かった以上、この状況は普通に予想出来たことだった…… そのまま何となく指を滑らせ、メンバー達がそれぞれ最後にオンラインとなっていた日付のログを辿っていく。
ログイン順に切り替えられて表示される、メンバーの名簿。
先頭にある自分の名前に近い、十数時間や数日前にログアウトしたなんて履歴は、まだ良かった。
自分達のギルド、アインズ・ウール・ゴウンは社会人のみで構成されたギルドだ。仕事もあれば、家庭を持っている人だっている。毎日入れないのは当たり前だし、忙しければそれなりの日数の間、続けてログイン出来ないことだってあるだろう。週末の定時まもなくというこの時間帯は人が少ないのが普通であり、平日を休みに当てられる職種の人間達も、ソロ目的でないなら集まりの悪そうな時間帯は避けてログインしてくる。
……しかし昇順に並ぶそれをスクロールする骨の人差し指のスピードを、次第に躊躇わせるように鈍らせてしまう一週間前、二週間前――そして一ヶ月前の文字。もし「ユグドラシル」アバターにリアルの身体とより細かく連動する機能がついていたならば、この
まだスクロールバーは最後まで移動し切ってはいなかったが、じわりと背筋を登る寂しさと恐怖にこれ以上リストを下へスクロールする勇気が持てなくて、思わずコンソールごと表示を終了させてしまった。
(最近、集まりが悪くなってきた気がする…… いや、皆リアルが忙しいんだ。たまたま全員、忙しい時期が重なっているだけだ。中々勝手が出来ない社会人なんだから、今は大したイベントが行われていない「ユグドラシル」への優先度が下がってしまっても、それは仕方ないさ…… )
それに今日はぷにっと萌えさんが、例のメールの件で集まろうと連絡をくれた日だ。そして「出来れば他のメンバー達にも聞いて欲しい」とも言っていたので、そこはギルド長であり調整役でもある自分が既に、全員への連絡は済ませてある。
仕事や外せない用事で不参加になることを、前もって申し訳なさそうに告げられてしまった人はそれなりにいたのだが、それでも今夜は久しぶりに過半数を超える人数で、この円卓の席を埋めることが叶いそうだった。
――そんなことを考えているだけでムクムクと、心が高揚している自分に気付く。
あのアップデートに関する話し合いという一点で、浅い議題になることはないだろう。今後のギルド運営に関わるような、バチバチとした意見のぶつけ合いになってしまうのかもしれない…… また仲裁やら調停やらで頭を悩ませる自身が簡単に想像つくけれども、その予想の中での光景にはあの【大侵攻】を乗り越えて以来、滅多に感じさせることのなかった熱気の予感みたいなモノもあった。だからメールを貰ってからずっと、密かに心待ちにしていた今夜がとても楽しだったのだ。
さっきまで確かに抱えていたモヤモヤが、煙のように晴れていく…… こんなにもお手軽に機嫌が直ってしまうのだから、あの人達にも「モモンガさんはチョロい」だなんてからかわれるんだろうか?
「……うん。皆が来るまでの間、ソロ狩りでもして時間を潰そうかな! 」
そんな風に話が白熱してしまえば、呑気に金策目的の狩りに行く時間はなくなってしまうかもしれない。
このまま何もせず「円卓の間」で、来ると分かっている誰かが入ってくるまで待つのでも構わなかったが、それはするには集合時間までの間を考えるに、どうにも暇を持て余しそうだった。
なので他のメンバー達が来るまで、ゲームを始める前にぼんやりと考えていた個人的な召喚NPC用の資金稼ぎをしておこうと思い立ち、インベントリのアイテムと装備を簡単に確認していく。
今、期間限定で出現中の金貨を大量にドロップするモンスターは、状態異常と魔法耐性はかなり低いものの敏捷性が非常に高く設定されており、戦闘からの優れた離脱スキルも有する『逃走』に特化した特性持ちだ。<
しかし麻痺や朦朧をはじめとした状態異常を与えるスキルや、必中効果を持った魔法を多く覚えている後衛魔法職の俺にとってみれば、鼻歌混じりの余裕を持って鴨打ち出来る獲物でもあった。
特に部屋に戻って補充しなくとも、インベントリに残っていたアイテムとポーションで十分ソロ狩りに耐えれると判断した俺は、そのままギルドの証でもある指輪に込められた効果を発動。
ギルドホームの出入口―― 外に広がるグレンデラ沼地に面した第一階層へと転移したのだった。
* * *
――それからしばらくして。
1人、また1人と集まり始めたギルドメンバー達。ログインを知らせるポップと「こんばんわ!」の言葉と共に挨拶アイコンがチャット欄に流れてくる度に、俺の心は喜色に弾んでいた。
その最初の知らせを受けた時すぐにでもギルドへ帰りたかったが、そのぷにっと萌えさんがログインする直前、今回の金貨ドロップイベントの目玉である、倒せば確率で1億枚の金貨に交換出来るアイテムを落とす超レアモンスターが目の前にPOPしてきてしまったのだ。
手伝って貰えれるものなら是非とも手伝って欲しかったものの、このモンスターは複数人のパーティーで倒してしまうと、そのドロップ率を激減させる実に底意地の悪い仕様となっている。そして基本的な性能は鹿の形に酷似したノーマルのイベントモンスターと変わらないのに、赤い服を着てニヒルに笑うこの老人の姿をしたレアモンスターは、そのHPのみがレイドボスめいた数値を誇るのだ。
ソロで倒さないと、報酬が美味しくない。
けれどソロで倒すには、時間が掛かる。
でもせっかくソロで出会ったのなら、倒さないと勿体ない。
……そんな嫌らしくも遭遇自体は嬉しいという、反応に困るレアモンスターを倒すことを選んでしまった俺がようやくそのモンスターを倒し、落としたドロップ品の結果に思わず頭を抱えて悶えてしまった時には、話し合いを始めると告げられていた予定時刻ギリギリの時間になっていた。
――ちなみに。
リアルにおいて、深刻な少子化に1年を通して最も貢献すると言われる聖夜を跨いだ日まで行われるこの『金稼ぎ』イベントは、ソロ狩りをしないと旨みのない褒賞や長時間のログインを強いる敵が出現するという弊害から、とある『副賞』をプレイヤー達が受け取りやすい環境作りに一役買っていた。
その『副賞』とは過去にも同じ時期、特殊な条件を満たしたプレイヤー達へ運営によって強制的に配られ、持っているヤツは持っている、けれどその所持を公言するのは憚れてしまう、という曰くを持つ装備品のことである。
友との絆に亀裂を。敵との溝に和睦の橋を架けるとされる、その
このイベントの開催は「ついつい金策に夢中になっちゃってさ…… 」という言い訳を、『副賞』を入手してしまえる悲しくも勤勉なプレイヤー達に許させる、運営からのささやかなプレゼントなのであった――
……インベントリの奥深くに眠る、去年獲得してしまった自らのマスクに考えを馳せながら思い出したのは、そんなネットに転がっている「ユグドラシル」ネタの1つ。
(そもそも『副賞』を用意していること自体や、それを持たせようと罠に嵌めるような敵を用意する運営に、そんな思いやりがあるはずもないんだけどさ? これ絶対運営側にいるだろう性根の捻じ曲がった独身が、ぼっち聖夜の道連れを増やそうとしてるよ…… )
せっかくの仲間達との憩いの時間を削ったのに、ニヤつきながらぼっちに金を恵む聖人から袖にされて終わった空しさが、ズシリと肩にのしかかる。レアモンスターに会いながらも最低のドロップ品しか得られなかった悔しさは、せめて笑い話のネタにでもして消化するしかないだろう。
『予定したお時間が経過したよ―― モモンガお兄ちゃん! 』
念のためにと設定していた時計から、作られたロリキャラの声が響く。
妙に甘ったるい、あざとらしい幼女を演じる声であるはずなのに「――さっさと戻って来い」 と、この声を時計に吹き込んだ主が弟に用いる口調でせっついてきたような気がして思わず竦んでしまった俺は、掻き集めた戦利品を乱暴に<
* * *
転移の繰り返しで墳墓の入口までを最速で戻った俺は、すぐさま指輪を発動することで『円卓の間』に直行した。魔法のクールタイムがあるとは言っても、次々に切り替わる目の前の景色で眩暈を起こしてしまいそうだったが、最後に視界へ写り込んで来た光景には、やはり「帰ってきた」という安心感を感じる。
「やっほ。ギリギリだったね、モモンガお兄ちゃん 」
わざとらしさを幾分薄めてはいるものの、間違いなく先程の音声の持ち主である人から突然名前を呼ばれたことで、変な想像をさっきまでしていた俺は思わず「お、遅れてごめんなさい! 」と、少々上擦った声で謝ってしまった。
そして、そんなギルド長の情けない登場シーンを見ていたのだろう。
己が友人を助けんと、1人の雄が座っていた椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がったのだ。
……そんな彼の全身からピコピコと表示される、俺個人にしか見えないように設定された『ドヤ顔』アイコンの嵐さえなければ、もう少し頼もしく思っても良かったのだが。
「姉ちゃん! モモンガさん遅刻した訳じゃないんだから、イジめるのはやめろよ! 」
「――おい。本当にイジめられるってのがどういう感じか、私に教えて欲しいんだな? 弟 」
――アイコンはすぐさま『助けて!』を意味するモノに変わり、先程以上の速度で連打されていた。
(……声優ってすごい。俺が頭の中で考えてた声より、ずっと低くて怖いんだもん )
そっと同じ設定で『幸運を!』のアイコンを返した後―― 不意に感じたのは、室内に漂う違和感だった。
今日二度目となる『円卓の間』。
一度目と違うのは無人だったそこに、騒がしくも頼もしい仲間達が集まっていることだったのだが…… その人数が、把握している参加者の数と比べるまでもなく少なかったのだ。
円卓の空間に今集まっている面々は、軍師を筆頭に聖騎士、大魔法使い、大錬金術師、黒い粘体。そしてイジめている盾と、イジめられている鳥の7人―― たった、それだけだった。
そんな空席の目立つ円卓が気になって、彼らに挨拶をしつつも頭の中にいくつもの疑問符が浮かぶ。
もうそろそろ予定していた話し合いの時間を迎えるというのに、これはどういう訳なのか。
事故や病気なんて目に彼らが会っていなければ良いのだが……
(それとも今いない皆は、自分みたいにギリギリに来るのかな? )
頭に過ぎった不安を考えないようにするために一番平和的であり得そうなことを考えるも、インターフェースの隅に表示されるリアル時間は、もう予定時刻の10分前になることを告げている。
ゲームの中では殊更にハメを外したがる彼らであっても、社会人の習慣がそうさせるのか、今までは無断の遅刻や欠席という行為は出来るだけ避けるように心掛けてくれていたのだ。今回たまたま一番最後になってしまった自分だが、それでも狩りの状況やどれくらい時間が掛かりそうだという報告は、一番最初にログインしてくれていたぷにっと萌えさんに逐一報告していたのである。
全員への挨拶を終える。
――その時になってようやく、自分がログインして以降開いていないリアルで使っているメールサーバーには欠席の連絡が入っていて、狩りとギルドチャットに夢中になっていた自分がまだ気付いていないだけかもしれないということに思い至り、一旦確認の為に離席しても良いかを今回の主催者に尋ねた。
すると予想外の出席率の悪さを目の当りにして声に出さずとも戸惑っていた自分の考えなんて筒抜けだったのか、我らが誇る軍師は落ち着いた声音でしかし、コンソールを開こうと構えた俺の指を制するように言葉を掛けてきた。
「あぁ、モモンガさん。今ここに集まっていない方達の件で、わざわざログアウトして頂かなくとも大丈夫ですよ 」
「どうしてです? 」
「皆さんに直接呼び掛けて頂いたモモンガさん宛てにも当然入っているはずですが、今回の呼び掛け人ということで同じ内容のモノは、私のところにも連絡して頂いているのですよ…… ちょっと寂しい人数ですけど、今日の集まりの参加者は、これで全員なんです。他の皆さんは急用だったりで来れなくなっちゃいまして 」
「……え。あぁ、そうなんですか…… 分かりました 」
用事がある、それは仕方ない。仕方ないことだが…… ログインした直後に感じた不穏な想像が再び脳裏をかすめたような気がして、ここに来るまでに抱えていた浮ついた気持ちが急速に萎んでいくのを意識せずにはいられなかった。
「それで今回の議題なんですが―― 集まった人数が少なくて欠席する人間は多かったでしょう? なのであらかじめ今日来れなかった人には、返信文面で話そうと思っている内容は伝えてあるんです。これが割と好印象な反応が返ってきたので、モモンガさん達にも是非聞いて判断して貰えたらと思っているのですが…… 」
――予定時間にはちょっと早いですが、いつでも始められますよ――
そう言って『笑顔』のアイコンを表示してくれるぷにっと萌えさんから伝わる気遣いが、今日埋まるはずだった空席の多さに気落ちしていた心にじんわりと染み込んでくる。
そうだ。ここには7人の仲間がいて、来れなかった人達とだって連絡し合い、依然として繋がりが途切れている訳でもないのだ。だったら、ここで落ち込んでいてもしょうがないじゃないか。滅入った気分のままでは、せっかく集まってくれた人達にも嫌な思いをさせてしまう。
今夜はしっかりとこの面々で盛り上がり、その後は来れなかった人達へ行われた会話の内容をしっかりと伝達して、いつでも気後れせずにログイン出来る環境を用意するよう努めるのが、皆にギルド長を任された者のやるべきことのはずだ。
そう思い直した俺は、ようやく溜飲が下がってきたらしいピンクの肉棒から解放されたバードマンをなだめ、待ち時間をお互いの揚げ足取り合うことで潰していた聖騎士と大魔法使いの仲を仲裁する。そしてリアルで山積しているらしい仕事に睡眠時間を圧迫され、既に寝落ち寸前な様子を見せるスライムと、そんな周囲に我関せずとフライングして軍師の持ち込んでいた資料を読み耽っている大錬金術師の意識を覚醒させるべく声を掛けた後、お決まりの指定席 ――我らのギルド武器の正面にある椅子―― に腰掛ける。
さぁ。
思っていた光景よりは少々、いやかなり寂しいけれど。
「皆さん今日はお忙しい中、こうして集まってくれて有難うございます。久しぶりにはなりますがアインズ・ウール・ゴウンのギルド会議、楽しんでいきましょう! ……私も今日の内容を全然聞いてないので、何話されるのか結構ドキドキしてますけど…… ではぷにっと萌えさん、よろしくお願いします 」
楽しい会議を始めよう!
次回は数あるオバロ二次で、あまり槍玉に挙げられなくて不思議なシステムについて触れます。