(・ω<)
* * *
「……『アリアドネ』の新システムに手を出すんですか!? 」
軍師の語る言葉を途中で遮らず最後まで聞くことが出来たのは、半ば茫然としていたせいなのだろう。全て聞き終えた後、反射的に円卓を叩こうとする腕を抑えるのに精一杯で、荒げる声まで留めることは不可能だった。
それほどまでに彼が言った内容は、俺にとってみれば受け入れがたい代物でしかなかったのだ。
――システム・アリアドネ。
「攻略不可能」なギルドをプレイヤーが作成しないよう、機械的にギルドを監視するべく運営が作ったシステム。拠点入口から心臓部までが封鎖されることなく1本の道で繋がっているか、内部距離や扉枚数はどれぐらいかなどの、多岐に渡る制限がプレイヤー側に設けられており、もしそれを超えたギルドホームがユグドラシル内にアップされた場合、ギルド資産に大きなペナルティが課せられることになる。
かつて
しかしそんな『アリアドネ』であったが細かい制限項目にさえ気をつければ実のところ、それほど怖いシステムという訳ではない。熟考が必要なのはギルド作成や変更時のみであり、それさえ終わればずっと放置していても構わないのだ。実際ナザリック地下大墳墓の大枠を造ってから久しい今となっては、700を超える魔法名と効果を暗記するほどにユグドラシルへ嵌り込んでいる自分にとっても、これにどんな制限があったのかを詳しく思い出すことは容易ではない。
しかし、そんなギルドホームを作った後は放置されて然るべきだったはずのシステムに今、ユグドラシル中のプレイヤー達の注目が集まっている。
その原因は先日、新たに実装されたアップデート『崩壊のビフレスト』にあった。
内容そのものは『ヴァルキュリアの失墜』ほどに世界観へ干渉する類の大型アップデートという訳ではなかったが、多くの追加種族に職業、最新の他DMMO-RPGと比べて不評だったらしいマスターソースやコンソールデザインの一新、今まで禁止されていた外装の装飾に対する裁定を一部緩くするなど、いわゆる『ゲームとしてのユグドラシルをとりあえず楽しみ終えた人』向けの追加コンテンツを多く含む物である。
中でもやり込み要素として取り上げられたのがギルドシステムに関する追加機能であり……その対象こそが、『アリアドネ』だったのだ。
既存の制限やシステムとは別に拠点を攻め易くする『抜け穴』を用意したギルドには、その大きさに応じてギルドに要する維持費用を減免、あるいは別途ボーナスを支給するという新たな要素。
最初は良かった。
新作のDMMO-RPGが次々に発売し、徐々にではあるがユグドラシル全体に活気が薄れ始めている昨今。その完成して放置していたはずのギルドホームを新しくお手軽に弄れる動機付けや、ギルド内のアクティブユーザーの減少や引退者が増え、残った面々ではギルドを維持し辛くなっている場所への救済措置。そしてギルド対抗、あるいは討伐戦
の活発化。
運営の視点はそういう部分に向けられていたのだろうし、実際始まったばかりの頃はそういった面の効果はあったらしい。ネット上でも、スタートダッシュを決めたがる中堅ギルドが競って『アリアドネ』に手を加え、その効果や恩恵を自慢していたこともあった。
しかしそんな平和な空気も『穴』に注ぎ込む資産が貴重であればあるほど、ギルドにとって危険であればあるほど、得られる見返りは大きくなるということに加えて「1つのアップデートの目玉」であるということで、その危うい行為の果てには世界級アイテムの存在がある、と匂わせられるまでのことだった。
このアップデートを、押し寄せられた苦情によってサーバーをパンクさせられた運営からプレイヤーへと送られた<トロイの木馬><埋伏の毒>とまで言わしめたその誘惑につられ、あるかどうかも定かではない世界級アイテムに向けてチキンレース紛いの投資を『アリアドネ』に貢ぎ続ける者達。かつて堅牢であったはずのそのギルドに大きく開かれた『勝手口』が開くようになるまで、時間は掛からなかった。
そうして起こったのがあの『糞運営の大虐殺』―― 僅か一ヶ月でギルド武器が累計3桁も破壊されたという大事件だった。その消滅したギルドの中には、かつてアインズ・ウール・ゴウンより上位であったギルド名すら挙がっていたというのだから、被害のほどは尋常ではない。
どれほどの規模を誇ったギルドであっても、ギルド武器の破壊はギルドの消滅に繋がる。これは絶対のルールだ。そして『アリアドネ』に手を加えることは、その危険性を上げることに他ならない。
あの大事件以降、このシステムに手を出すギルドなど、ギルドが無くなっても良いと判断している酔狂過ぎる連中か、何らかの事情に困窮してギルド維持に支障をきたしている者達しかいないはずだった。
それなのに――
「ぷにっと萌えさんなら、そんな過去の事件や今の環境を知らないはずないのに…… なんでわざわざギルド消滅の引き金になるようなことをしたいなんて、言うんですか! 」
(俺達が造り上げた、あの1500人の侵攻だって跳ね除け、守ってきたナザリック地下大墳墓じゃないのか……! )
――本当は気付いている。分かっている。
絶対に負けると言われていた大侵攻を見事退け、アインズ・ウール・ゴウンが大輪の悪の華を最も印象深くユグドラシルの中で咲かせたと断言出来た日からしばらくして……皆の心に積もり始めた塵があることは知っていた。
ある時は依然ほど熱心に素材を集めなくなった友を見て。
ある時は主張をぶつけることなく、妥協して狩りの難易度を落とした友を見て。
珍しく周囲を説得して超希少金属のゴーレムを67体も制作しながら、残り5体というところで『飽きた』と言って途中で放り投げたあの男の我儘を、苦笑いしながら許していた友を見て。
――そして徐々に、しかし確実に。間隔を広げていくギルドメンバー達のログアウト期間を示す名簿を見ながら。
皆がユグドラシル、ましてやアインズ・ウール・ゴウンを嫌いになったとは思わない。
……ただ41人で打ち立てたあの伝説が、きっとこの『ゲーム』に臨む皆の心の何かを満たしてしまったのだ。家族サービスを切り捨てて奥さんと大喧嘩した時の彼が持っていたような馬鹿な熱を、個人差はあれど冷まし、もしくは別の何かに振り向けようとしている。
その多くは多分、リアルにある何かなのだろう。家族、仕事、友人。どれもゲームよりも大切にすべき、大事なものだ。ゲームを遊んだ結果満たされ、その縁に僅かに残った隙間すら塵やら何やらで埋め終えたなら、そちらを優先して然るべきだった。
たった一人、このゲームを<俺の全て>と言い切ってしまえる、俺こそがおかしいのだろう。
優先すべき何かがリアルにある友らを、ゲームに引き留めて縛り付けることなんて俺には出来ないし、したくない。彼らは大切な、胸を張って『友』と呼べる俺の友達なのだ。
けれどその旅立ちの切っ掛けとして、ナザリックを使い捨てるような真似は止めて欲しい。
例え皆にとってはゲームの中のことであっても、俺にとっては皆と築いた何物にも代えがたい宝物であり、心休まる唯一の居場所なのだから。
そう思いながらアバター越しなのを良い事に、半分睨みつけるようにこれまでずっとギルドを支えてきてくれた軍師を見やる。彼の後ろにはこの議題の採用に賛成的だったという、今はいないメンバー達の幻影が透けて見えるようであった。
――なんとしても、撤回させなければならない。
常に多数決の調整役に努めていた自分らしからぬ思いに駆られ、知らず軍師に対して前のめりになりかけていた俺……の肩にいつの間にか手を置いていたのは、このゲームに居場所を作ってくれた他でもない恩人、純銀の聖騎士だった。
「……モモンガさん。何もぷにっとさんはナザリックを潰したくて、こんな事を言っているんじゃないです 」
そう、恐らくはギルドの中でも最もリアルに強い執着を持っている人が言う。
(それじゃあ何でなんですか…… このゲームに満足してしまったから、新しい遊びの過程でナザリックが潰れてしまっても構わない…… そう思っているんじゃ、ないんですか? )
聖騎士の言っている言葉の意味が飲み込めない。
そんな俺に構わず、聖騎士は続けた。
「モモンガさんも既に気付いていると思いますが、私を含め、以前ほど頻繁にユグドラシルへログインすることが難しくなってきている人が多くなってきています…… あまり口に出して言うべきことではないでしょうが、引退を考えている人達も、中にはいるでしょう 」
「引退」という言葉が『円卓の間』に広がった時、この場にいる彼以外の全ての人に「そんな馬鹿な」と笑い飛ばして欲しかった。
なのに彼の言う殆どの言葉に異を唱えるべく突っ掛かるのが常であるはずの大魔法使いは口を開かず、取り分け自分と仲良くしていたバードマンもまた、開けば明るい声を出してくれてるはずの陽気なクチバシを閉ざし、その顔を伏せていた。
この身体がアバター通りの骸骨であったなら…… そう思わずにはいられないほど心臓がバクン、バクンと脈を打っているのが分かる。皆が皆その可能性を察し、我が身に置き換えてなお否定しきれない雰囲気が、『円卓の間』にあった。
「けれどこんな状況だからなのです、モモンガさん。今のナザリックにこそ、この『アリアドネ』は導入する価値があるんじゃないでしょうか? 」
「!? な、」
「……たっちさんの言葉に乗っかる訳じゃない。ないのですが…… 私もそうした方が良いと思いますよ。"効率"的には、ですけど 」
なんでそうなるんですか! ……そう叫ぼうとした時、彼と対面に位置する場所に座っていた悪の大魔法使いがいつものように口を差し込み、しかし珍しく正義の聖騎士が発した言葉を援護する。
「41人でも運営出来るよう、出来るだけ収支を調整したこのナザリックですけれど、それでもプラスではないです。仮にこのまま、少数のメンバーが入れ替わりで詰めるような状況が続くようであれば、その人達にとっては不要な金策プレイを強いる必要があるかもしれません 」
「…………義務みたいな資金稼ぎを少人数で回そうとすれば、純粋にゲームを楽しめる時間が削られる、ってことよね? 」
今までは気にしないでいられた負担。それがノルマに感じられるような人に対してまで強いるようになっては嫌気が差すかもしれないし、例え苦に感じない人がそれを肩代わりしても、それはそれで心苦しくなって引け目に感じてしまうかもしれないわね―― と零したのは、今や売れっ子の声優の顔をリアルで持つ女性だった。
「新しい『アリアドネ』をある程度の規模で用意すれば、負担費用分をシステムが相殺してくれるようになって、その問題が解決するというわけですか 」
重苦しい雰囲気がそうさせたのか、眠気を吹き飛ばされた様子の社畜戦士が、船を漕いでいたために聞き逃していた軍師の説明資料を読みながら答える。
「そういえばナザリックが完成してから随分と経って、すっかり新しく設定を作り込む要素もなくなっていましたからねぇ…… これを機に、アップデートで新しく追加された要素も取り込んで、また別系統の背景を持ったストーリーをこの地に刻むのも楽しそうです 」
「そうですね、タブラさん…… それにモモンガさん、私はただの危険な『抜け穴』を用意する気はありませんよ? レベルを釣り上げた『アリアドネ』を餌に、またぞろ集まる侵入者を罠に掛けても良いですし、そもそも作るだけ作って、肝心の使用するには困難な状況を用意することなんて、いくらでも可能なんですから 」
既に作ることを決めたかのように、ギルドで最も凝り性で厨二病の人が自らのインベントリを開く。
中から取り出したのは、過去自らが作成したNPCやらシステムやらに書き込んだ膨大な設定を記したオリジナルの百科事典だった…… もう今から、それらに被らないような設定を用意しようとしているようだ。
実は不参加のメンバー以外にも、俺が来る前に今まで話していたことはこの場にいる人達に説明し終えていたらしい策士と言えば…… このギルドの存亡に直結する危ない話題を、何でもないことのように話す周りの人達に同調し「私の『誰でも楽々PK術』、まだ覚えてくれてますか? その応用ですよ 」と、頭に生やした草を愉快げに揺らしていた。
俺を1人置いてきぼりにして、新しい『アリアドネ』の導入について賛成している様子の仲間達―― しかし気付けば、彼らは全員"俺だけ"を見ていた。
その視線の強さに思わず気圧された頭からは不思議なことに、さっきまでカンカンに籠もっていた熱が抜けていた。そして冷えて縮こまった分の余裕が出来たのか、彼らの言葉に込められた意図を察しようともしていた。
この冷静さは決して、怒りや悲しみを通り過ぎた先の虚無感に包まれているからという訳ではない。皆と心が離れてしまったと思い込めないほどに、アバター越しの彼らから、それでも確かに感じられた視線は優しかったからだ。
(……あぁ、そうか )
あの侵攻を跳ね除けてから今までの間、ギルドメンバーの中で誰が最もこのゲームにのめり込んでいるか…… そんなことは、ログイン履歴を見れば簡単に分かることだった。
そして異端として弾かれた者を救済することを目的に掲げるギルドに長年居続けた目の前の彼ら、そしてこの場にいない人達の全員が、孤立しようとしている状況の中にいる身内をどうにかしようと思わないはずがなかったのだ。
自身がどうしようもなく優先すべきリアルの事情に追い立てられている中で、それでも彼らは手を加える必要の無くなった完成した作品に縋り続ける仲間を…… 俺を、心配してくれていた。
――『アリアドネ』の追加改変を行いさえすれば、ギルド維持費用を無理して稼ぐ必要が無くなる
――そうなれば長期の期間離れていても、引け目を余り感じることなく戻ってきやすい環境になる
――改めてギルドを挙げた新しいモノを作ることは、既に疎遠になり始めてしまった彼らや彼女らを呼び戻す切っ掛けになるかもしれない
言葉で、アイコンで、身の振りで。彼らは、"俺に"向けて言っていた。
何も心配いらない、と。
……今度は間違いなく受け取れたその想いに、言葉が出ない。
すると何も言えず固まる俺は未だ難色を示していると思ったのだろうか。唐突に近寄ってきた彼は、
「大丈夫だって! それにもし新しい『アリアドネ』を使ってこそこそ入り込もうとするヤツらがいたってさぁ―― その時こそはまた、皆で集まって追い払ってやりましょうよ!! 」
と。金色の鎧を纏った胸ごと肩をそびやかしながら、そんなことを言うのだ。
(………………まったく、本当に仕方ない人ですね。ペロロンチーノさんは )
性癖が酷い男だとは十分知っていたつもりだったが、口の方もここまで酷く回る男だとは思わなかった。
『皆でまた集まって、あの伝説を再現出来る』……本当に、とても酷い殺し文句だった。
――そんなことを言われて俺が断れるはず、ないじゃないですか
「――――フッ、フフフ。仕方ないですね、皆さん。そういえばアインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじるギルドですし…… 私達のギルドの名にかけて、そんな小さな穴が開いたところで敗北は有り得ませんからね! 」
さっきまで煩わしい音を立てて震えていた心臓は、まだその存在感を失っていない。けれどその音がうるさいとは、もう思わなかった。
ドキドキと高鳴るこの音は、いつか目の前の仲間達と何度となく繰り返してきた、かつての騒がしくも忘れられない冒険の楽しみを分かち合ってた日々に聞いていた音へと、いつの間にか変わっていたのだから。
「よっしゃぁ! そう言ってくれると信じてましたよモモンガさん!! ……それでですね! 最近俺って素直クールっ娘も良いなぁと思うようになりまして! 丁度『アリアドネ』も女性名ですし、ここはひとつ『抜け穴』に女性を見立ててですね―― 」
「ハァァァ!? 我が弟ながら発想がキモ過ぎるだろテメー! そもそもその『穴』を通るのは侵入者なんだから、NTR確定じゃねーか! 」
「えっあっちょ、やめてよ、R-15のギリギリで生々しくガチ凹みすること言うのは……! 俺そっちの属性はないんだけど!? 」
「ペロロンさん、そういうのは流石に看過出来ませんね 」
「たっちさんも注意しといた方が良いですよ………… おっと何です? やりますか?」
「あれ? でも、新しい職業か種族だったかで、既存の素材やアイテムにNPC設定を組み込めるヤツありませんでしたっけ? 今まで自律で動かせないとされてたモノもAIレベルでコマンド打ち込めるようになるらしくて、上手く使えばユグドラシルの戦術も変わってくるなぁとか、仕事中のネット巡回しながら思ったんですが 」
「インテリジェンス・アイテムですね。どこまでのアイテムに設定付与出来るかは分かりませんが……いや待って下さいよ? 例え動かなかったとしてもアルベドの設定が短編小説になるくらいのデータ量を外付けで組み込んだら、それはもう準NPCと扱っても良いのでは? 」
「ウソでしょタブラさん、まさかそんな量の行動AI組み込めっていうの? せめて人型じゃなくてー……あー、そうだモモンガさんの玉くらいの入れ物が良いなぁ 」
「――え? モモンガさんって玉ついてたの? 」
「ヘロヘロさんは胸のヤツについて言ったんですよね? あと茶釜さんが言ってるのは私の男気とかに対してじゃなくて、この骸骨のアバターについてですよねぇ!? ――あ! いやいやちょっとウルベルトさんにたっちさん、早々に脱線して六階層に行こうとするのやめて下さいよ。ペロロンチーノさんも、個人ならともかくギルドを巻き込んだ18禁行為への挑戦とか許しませんからね? 後でログは来れなかった人達にも渡すんですから、今日はしっかり話し合わないと―― 」
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――――先程確認した時刻は、「23:55:48」を指していた。
それはつまり、これから5分にも満たない時間が過ぎた時―― 仲間達と共に築いたこのナザリック地下大墳墓は、12年続いた「ユグドラシル」というゲームごと消えてしまうことを示している。
間もなくサービス終了を迎えるゲームに相応しく、ナザリック地下大墳墓を本拠地にしたこのギルド:アインズ・ウール・ゴウンもまた、全盛期とは比べるべくもないほどに衰退してしまった。
ギルドが抱える資産自体は
しかし1人、また1人と現実にある何かを掴むため、あるいは守るために引退していく仲間を見送り、永遠に埋まることの無くなった円卓に占める空席の広さを思えば、既にこの「俺達の家」は栄光の過ぎ去った過去の遺物であることを認めない訳にはいかないだろう。
それは最終日まで籍を置いて残っていてくれていた僅かな者達ですらが、今日という日付が終わるまで此処に留まることも出来ない程懸命にリアルと向き合っていることからも、否定出来ない事実だった。
……その結果の今、「侵入者に追い込まれてナザリックが消滅する時、俺達が最後を迎える場所に相応しい」と笑いながら話し合っていた『玉座の間』にいる者は、結局空想に居場所を求め続けることを辞めなかった俺ただ1人、という有様なのだった。
(静かだな……)
『玉座の間』を飾る彼ら40の旗を見る度、色を変えて鮮明に思い返せる彼らとの思い出を想えば、やはりこの終わりの瞬間を、ギルドメンバーの誰とも立ち会えず共有出来ないのは寂しかった。
思い出の在り処が失われてしまうことは悲しく、不快だ。
それは間違いない。
――けれど決して、消沈のままにこのゲームの終わりを迎える気分にはならなかった。
「楽しかったな……うん。本当に、楽しかった…… 」
仲間達がただ見向きもせず抜けるままであれば、そんな彼らとの思い出に向ける気持ちに疑いを持つことだってあったかもしれない。
けれど常に『円卓の間』の中央に浮遊し、今は『玉座の間』にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと共に持ち込んだ、41人で共に創り上げた最新にして最後の成果を見やるだけで、このゲームを振り返って零れた今の感想が、孤独を紛らわせ、自分に言い聞かせる為の言葉なんかじゃないと胸を張れる。
確かにゲームは終わってしまう。ここにある思い出の
しかしその中で人生の半分近くを注ぎ込んで得られた絆の記憶は、これからも遺物としてではなく宝物のままの姿で、俺の胸の中で輝いていけると―― そう、確信している。傍らに漂いながら柔らかい三色の光を放っている、あの時彼らから受け取った思いやりの結晶が、俺にそう思わせ続けてくれたのだから。
(! おっと、そうだった。危ない危ない…… )
そのまま、少し寂しくも安らかな気持ちで「00:00:00」のゲームサーバー停止の時を迎えるつもりだったが、見つめていた黒・白・黄色の玉の存在が、忘れていたことを不意に思い出させた。そして思い立った以上はやっておこうと、少し慌てながら人差し指で宙空を叩く。
――マスターソース、オープン。項目はシステム・アリアドネの欄を選択。
表示されたのは、随分前に機能停止させたままだった《ARIAdne Device for AINZ-OOAL-GOUN》の黒い文字。
その部分をタップし、白色 <起動状態> への変更を決定。
――そしてマスターソース、クローズ。
……実のところ何年も前からのことではあったが、ほとんどの仲間達がログイン出来なくなった状態にギルドが陥って以来、俺は新しい『アリアドネ』の全機能を停止状態にさせていた。理由はもしギルドに1人しかいない環境でその『抜け穴』を使われてしまっては、守護者NPCだけでは対応出来るか分からなかったからだ。
『皆でまた会える切っ掛けとなり得る道具』であったとはいえ、アカウントごと引退してしまった人もいる以上、流石にかつては無かった『穴』をそのまま放置することは恐ろし過ぎた。
もちろん軍師を始めとしたギルドの頭脳陣が知恵を集めて作ったセーフティに守られたシステムである以上、過疎化が進行していた「ユグドラシル」の中にアレを完全稼働状態にさせられる者はいないだろうとは思ったのだが…… ナザリックの安全に万全を期そうと考えた結果、石橋を叩いて渡らないことにしたのである。
――当然その後は顔を出してくれるかもしれない仲間達にバレないように、可能な限りギルド資産を減らさないようにするため金策にあえぐことになりはしたものの、結果としてただの一度も、あのギルドの外に放置されたインテリジェンス・アイテムの所有権を獲得出来た者は現れなかった。
今更それを起動して取得可能状態に戻したところで、何が変わるという訳でもない。
グレンデラ沼地の広大なフィールド内のどこかにランダム転移しただろう、その宝珠の使い手が突然現れ、残り僅かな時間に此処に乗り込めるはずもない。
ただの感傷だ。
輝かしい仲間達が手掛けた最後の共同作品を、せめて終わりの瞬間くらいは皆に望まれていた状態に戻しておきたかったという程度の、小さなこだわりに過ぎない。
「あのアイテムも超レアな素材を湯水のように注ぎ込んで、皆が寄ってたかって作り上げたって言うのに…… 結局テストを除けば一度も動かして貰えなかったのは、今思えば勿体ないことしたかなぁ……? 」
まだお前の方が報われてるな、と持ったままだったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手の中で少し弄ぶ。絶対に避けたくて握り潰し続けてきた可能性ではあったものの…… あのアイテムを有したプレイヤーを迎え撃つためにただ一人、この『玉座の間』で待ち受ける魔王をロールするというのも、密かに憧れるシチュエーションではあった。
……もっとも、そんな光景が訪れる未来などは、もう決して有り得ない。
23:59:30
インターフェースの端に冷たく浮かぶ数字が告げる、幻想の終わり。
"モモンガ"を辞めて"鈴木悟"に戻らなければならない時が、もう目の前に迫っていたのだから。
死の支配者に気付かれない間に、その他全員への根回しを済ませる軍師マジ軍師。
この拙作におけるモモンガ様は思い出を発酵させる期間が短かった分、「ギルメンが自分ほどの熱を持ち続けられなかった」ことを認める心境については原作最終日のように後ろ向きな諦めではなく、やや健全に受け入れています。
(短編のため過程をかなり端折った上、以降も掘り下げる予定もありませんが……)
未だ人であり「ギルメン>>超えられない壁>>魂のないナザリック」状態の鈴木さんにとって、もし友人達がナザリックを離れていくのが避けられないのであれば、デメリットを覚悟しつつ1つでも多く「皆と」何かをする思い出が欲しかったということで、『アリアドネ』の追加改変を容認する動機になれば良いカナー、と。
次話は登場してなかった主人公の回です。