ようやく視点は拙作主人公に交代です。
* * * * *
この世界は、多様な知的生命体がひしめき合う大陸である。
かつて大陸を支配し、今も生命の頂点として君臨するドラゴン。
環境に特化し、その地で生きるために優れた能力を発揮する亜人。
豊富な形態に分かれ、歳月を重ねて得られた固有の特殊能力を振るう魔獣。
死者に宿り、終わらない悠久の時間を生者に仇なすことに捧げるアンデッド。
――そして人間種。
知能を有する彼らはそれぞれの種族に分かれ、単独あるいは各々の価値観に則った社会形態を築き、その生を謳歌している。資源は豊かに満ちて痩せた土地も少ない環境である大陸は広大で、単一種族でのコミュニティ形成が困難であるという事態はそう多くなかった。
もちろん異種間の遭遇があれば共存する者達がいる一方、弱肉強食の摂理に従って相手を滅ぼそうとする者達もまた多く存在している。圧倒的強者と弱者が不幸にも遭遇したならば、それは一方的な搾取によって終わることも珍しくはない。
その中にあって人間種という生物は決して強者ではなかったが、身を寄せ合うことによって形成される集団の力によって群雄割拠の大陸の中を生き残り、その「数」の中から稀に発生する優秀な「個」の力もあって、いくつかの『国』を築くことに成功、現在まで種としての生存を続けていた。
そんな、いくつか現存する人間種国家の一つ。
200年という歴史を積み重ね、人間国家としては膨大な900万近くの人口を擁し、周辺国家最大級の国土を保持する大国―――『リ・エスティーゼ王国』と呼ばれるコミュニティがある。
この国は広大な国土を有するにも関わらず同類の人間種が営む他国と比べ、人類に対して敵対的な亜人種やモンスターの生息域と隣接する国境が少ない立地を獲得していたために、人間同士の縄張り争い以上の、種の生存をかけるような大戦をほとんど経験していないという恵まれた国である。
……しかし、種を脅かす敵がいなければ「数」の内側にいる「個」は全て幸せかと言えばそうではなく。
ほぼ人間種同士によって構成された集団にもかかわらず、その中に明確な上下関係が発生する身分制度 ――王族・貴族・平民―― を敷くことで、国家の体制を維持している国がこの『王国』であった。
頂点たる王族と、その最上位の絶対者とすら合議という手段によって渡り合い、国の政治や運営に多大な影響力を持った独立した権力基盤を持つ貴族。そして、それら支配者階級によって統治される大多数の被支配者階級、平民。
隣国との小競り合いを除いて大きな戦争もないまま、長い歴史を重ねることに成功していたこの国の支配者層の多くは何時からか、血によって継承される権威を自身の富と悦楽のために振るうことに何ら疑問を抱かなくなっていた。
繰り返し行われる搾取によって被支配者達は慢性的に疲弊していたが、それでも「数」の内側に出て生きていくには、人という種族に大陸の環境は厳し過ぎた。
……そんな「生まれ」に人生を大きく左右されるといって過言ではない国にあって、恵まれた体制側の支配階級―― 貴族という生まれついての搾取する側の血を引く家に、その少女は生を受けた。
* * * * *
『リ・エスティーゼ王国』王都リ・エスティーゼ。
開拓村に代表されるような寒村と比べ、王都の朝は遅い。
今夜王城にて執り行われる第三王女様のお披露目パーティー。
三日前から一緒に王都に入ったお父様とお母様は、今夜王城で執り行われるそのパーティーに参加するために登城したばかり。
今、この建物の中には使用人がたった数人いるだけ。
だから、今こそが好機。
この日の『お出かけ』に備え、私は入念な準備をしてきたのである。
頑丈な、けれど歩きやすいブーツ。
余計な装飾は一切なく、質素ながら清潔感を感じさせる色で統一されたブラウス。
動きを邪魔しない乗馬用のキュロット。
髪をまとめるためのリボン。
腰には様々な冒険用の道具を入れた、手作りの皮袋。
――嗚呼、内臓が出そうなほどに締め付けられているコルセットがない、この解放感といったら!
今はベッドの上に転がっている忌々しい拘束具とドレスを尻目に、私はいよいよ『伝説』へと繋がる一歩目を踏み出すのだ。
「……行ってきますわぁ~……」
宿屋にある2階の角に割り当てられた使用人部屋。そこで昼食を食べているだろう我が家の使用人達へ向けて、外出の旨を告げる。もちろん小さく小さく、届くことは決してあり得ないはずの声量で。
私は貴族の娘で、物心ついた頃から淑女としての教育を受けた身である。令嬢として家格に泥を塗ることのない立ち振る舞いはもちろん、社交界における常識と知識もしっかり頭に叩き込まれているのだ。
つい昨日のことであるが、王都における社交パーティーのデビューもつつがなく終えた。周囲の人間が望む、蝶よ花よと愛でられるべき身分の娘がとるべき行動というのは、しっかりと理解しているつもりである。
その知識が教える。
―――お供を連れずの無断外出は、昼間とはいえ淑女ならば慎むべき行為であると。
だから私はこう考える。
―――バレなきゃ大丈夫だろうと。
見つからないように出掛けて、戻ってくれば問題ない…… そう思いながら蓄積された貴族令嬢の経験が、その教えを完全に破ることを地味に躊躇わせてもいた。なので本来の役割を発揮しない無意味な声掛けを行ったのは、『私はちゃんと外出することを伝えましたよ? 』という自己弁護をして罪悪感を紛らわせるためでもあった。
(……まぁそのまま言い訳に使ってしまっては、使用人の方の不手際になって迷惑が掛かってしまうかもしれないから、見付かった時には何か適当に言い繕わなければならないわね……)
そんなことを考えつつゆっくりと、物音を立てないように廊下を移動しながら階段へ向かう。
木の床板が時折キシキシと軋む音を鳴らすものの、しっかりした造りの階段は扉を隔てた部屋の向こう側に響くほどの騒音を出さないことは確認済みだ。踊り場を経由し、1階に到着した時も、私を見咎めた大人は周りに誰もいなかった。
そうしてとうとう辿りついたのは玄関広間。ここまで辿り着いたならばその先にある冒険の出発地、玄関の扉までは目と鼻の距離だ。
(もちろん、最後まで気を緩めるつもりはないわ…… 私は過去の故事から学べる女ですもの! )
物語の中にいた英雄達だって、最後に油断しちゃった者が悲惨な運命を迎えてしまったことは少なくない。彼らの後輩たる私が、同じ過ちを繰り返しては先達の遺した教訓に申し訳が立たないだろう。「冒険者は事前の情報収集も大切だ」と語ってくれた偉大な叔父の言葉も思い出しつつ、目の前にある床の一部を睨む。
何を隠そう。あれこそは前回王都に訪れた際に、私の始まるはずだった冒険を出鼻から打ち砕いた罠。貴族専用の高級借宿にあるまじき―――『響く音を出す床板』だ。
この悪辣な仕掛けによって外出をメイドに気付かれた1年前の私は、そのままお父様の前まで引き出されて冒険が出来なかったばかりか「貴族の娘にあるまじき云々」と、ひどいお叱りを受けてしまったのだ。
おのれ板切れ…… そして去年泊まった貴族宿と、今年の予約した貴族宿は同じ物件である。
ココを借りた二日前の昼。私の目の前で、すまし顔のままわざわざ板を踏み鳴らしてみせたお父様の意地悪な意図には思わず顔をしかめてしまったのを覚えている。
(そもそも宿として、不良個所を残したまま貸し出すのは怠慢じゃないかしらっ!? )
多分、これはあえて残すようにお父様が借宿の主人に指示していたのでは? と今は思う。
あんなわざとらしく澄ました顔で床板を鳴らしていたのは、「去年と同じことをしでかすなよ」という脅しの意味を込めていたに違いない……なんて酷い父親だろうか。
――だけど。
私は『伝説』に憧れ、その後継を目指す乙女なのだ。一度や二度の失敗なんてものは、冒険譚には良くあるスパイスである。過去の失敗を教訓とし、成功に繋げてみせようじゃないか。私なら出来るはず。既にそこにあるとわかっている罠なんて、容易く突破するのみだ。
なぜなら私は、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラなのだからっ!
……さて、問題である板の位置を確認しよう。
板を挟む前後2、3枚分のスペースも安全のために余裕を持って避けた方が無難だろうか? それ以上は、手足が伸びきってない私にはジャンプでもしないと厳しい距離だ。しかしその着地で音を鳴らしてしまえば、それこそ本末転倒だ。二重トラップ。お父様も中々にやるわね。
なので令嬢としてはちょっとはしたないかもしれないが…… 大股で、大きく一歩踏み出す!
去年であればやや届かなかったかもしれない距離。だけど、今なら届く。こんな小さな部分でも成長が感じられるのはちょっと嬉しいものだ。
――
……音は鳴らない。
(――やったわ!! )
恐ろしい難関を知恵によって突破した私!最早行く手を遮るものは何もない!最高!
そうして使用人に気付かれることなく一度敗れた敵を乗り越えることに成功し、私は脳裏に歓喜のファンファーレを鳴り響かせたながらも、玄関の扉を用心しながら静かに開け放つ。
(見目麗しい主人公が、ついに囚われの貴族宿から抜け出すことに成功したってところかしらね……あぁ、やったんだわ私! すごくドキドキしちゃう……! )
なんて達成感と解放感だろうか。見上げれば中天を過ぎたばかりの太陽が頭の上でまぶしく輝いている。その光はまるで、これからの私の旅立ちを祝福してくれているかのようですらあった。
(せっかく王都に来たんだもの。絶対に『白の御柱』に挑戦しなくっちゃ……! )
『白の
王都リ・エスティーゼの北東部。倉庫区に隣接したそこには、金銭と引き換えに民へ治療を施す神殿とは異なる、『柱殿』と呼ばれる独立した施設があり、そこには塔が一つ屹立している。
その塔は階数にするなら5階の建物に迫るほどの巨大な純白の柱ではあるものの、中に人が入るような造りはしておらず、外側にすら何ら取っ掛かりとなるようなものは取り付けられてはいないらしい。あるのはその中央に刷り込まれたように浮かぶ、凧状の盾を背景とし、剣先を天へ向けてまっすぐ伸ばした幅広の剣を中央にあしらわれたマークただ一つという話だ。
御伽噺で伝わる由来によると、150年頃前に今の規模まで領土を一気に拡張させた"王国中興の祖"ランポッサⅠ世が遠征の折りに染み一つないこの柱を見つけた時、武力を誇った王は最初こそ、柱を武具や装飾品の素材にしようと破壊を試みたが、集められた工具や爆薬、強者達のどのような魔法・武技を持ってしても破壊することはもちろん、傷つけることすら不可能であった。
しかしそのまま放置するには、自然物であるはずのその柱は余りにも白く、光を返す色は見事な純銀であったがために、覇王は可能であれば破壊すること自体の許可は出しつつ、自らが構える本拠地である王都の外れ ――現在の倉庫区―― に位置する場所に設置した。
……時が過ぎ、王が崩御してからも兵士や技術者による破壊の試みは続いたが、傷つけることすら無理だった柱はやがて、不滅の王権を象徴するモノとして今に至る国宝のような扱いを受けることとなった。
どのような状況や環境にも折れない王権のアピールとして、現在も塔への攻撃自体は制限されることなく一般公開されており、物体を破壊することを目的としたマジックアイテムを開発する技術者が実験に使ったり、冒険者の新人がコレを腕試しに殴ったりもしている。
――しかし100年以上をその状態で過ごし続けた柱は今も"不朽の塔"として朽ちず色褪せず、大陸でも唯一の"触れられる国宝"として、商人や駆け出しの冒険者にゲン担ぎに触れられる王国の名所となっている。
そんな柱を収める『柱殿』こそが、今回の私が赴く冒険の目的地だ。
小さく折り畳んだ王都の地図を、腰のベルトに括り付けた皮袋からいそいそと取り出す。
目指すは大きく赤丸を付けてある王都北東部。歩いて行くにはちょっと遠いけど、向こうで念願の用事を済ませる時間を考えても、陽が沈む前には帰れるだろう。目的地である『柱殿』は高位の冒険者らの攻撃に晒されても破壊されないよう、簡素かつ広く作られているらしいので、迷うことなく見つけることも出来るはずだ。
開かれた扉を抜け、意気揚々と正門へ向かう。
「ついに始まるのよ! この私、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラの大冒け―――」
「何をしている、悪い子だ」
ひょい、と。
背後から突然響いた低いバリトンの効いた声と共に、私の脚は私の意志とは無関係に地面から離された。
私を猫の子を摘まみ上げるようにして持ち上げる腕は、僅かな抵抗も許さずその位置に連行していく。
――やがてお尻に訪れたのは、固い感触。
無意識に両手を置いたその場所は、この無礼な実行犯の後頭部だった。手のひらに下に収まる、几帳面に整髪された金髪は、いつものように太陽の光を跳ね返す眩い煌めきを周囲に振り撒いていて、宙を彷徨っていた私の両足はガッシリとした両肩から、分厚い鋼にただ薄皮を被せたような逞しい胸板を包む、仕立ての良いシャツの前でブラブラと揺れていた。
普段とは違う目線の高さ、いくら重心を傾けても決して揺らぐことはなさそうな安定感。
ここは、小さい私にとってお気に入りの場所だった。淑女教育が本格的に始まった頃には私からせがむことはもう無くなったけれど、この人自身は何が気に入ったのか、私と会う度に好んでこの体勢――大人が子供に対して行う抱き方の一つである肩車――をやりたがるのだ。
……実のところ童女ではない年齢となった以上、はしたない行為と見咎められることを除けば私自身、別に今でもこうして貰うのは嫌いではない。
この目線の高さと安定感、そして何より近々、アダマンタイト級への昇格も検討されているともっぱらの噂であるオリハルコン冒険者チーム『朱の雫』、その若年にしてリーダー様の肩車なのだ。世間的に最も英雄に近い存在であると認められる男に肩の上とはいえ抱き上げられるのは、何かこう、良い感じだからだ。
けれど今回に限って言えば、アダマンタイト級に迫ろうとする実力者によって捕まえられ、なおかつこの人物がお父様と懇意にしている叔父であるという一点によって、素直に喜べない状況に陥ってしまったと言うしかない。
……どうやら私の冒険は、ここが終着駅となりそうだった。
「アズス叔父さん……」
「それはこの間プレゼントした服だね? 良く似合っている。南方から仕入れた珍しい装いだが、お転婆な君にはピッタリだ 」
今年の私の誕生日にスカートじゃない服を贈ってくれた叔父さんは「こうして肩車してあげるにも、スカートほど気を遣わないで済むのも良い 」と私の服装を一通り褒めた後、ゆっくりと歩き出した。
向かう先はたった今出てきたばかりの玄関扉。これはいけない。
即断即決はなるほど、優秀な冒険者の証なのかもしれないが、ここは是が非でも説得しなければ。
「叔父さん! 叔父さん! 今日だけは見逃して下さらない!? 」
そう言い募りながら解放を促すべく、叔父さんの頭をペシペシと叩く。
もちろんその程度では、彼の歩みに少しの影響も与えられなかった。
可愛い姪の頼みも何のその。王国で今、最も注目を集めるオリハルコン級の冒険者パーティーのリーダー様の心は、その胸板と同じように鋼で出来ているのかしら。
私の頭をぶつけないよう身をかがめながら扉をくぐり、全力で扉のフチを掴んで抵抗する私の腕を、気軽に優しくむしり取りながら彼は言う。
「君が私を出し抜けたならそれも良かったかもしれないが……大きな音を立てないようにしてメイド達に気付かれなかったのは、うーんまぁ、評価するにしても。玄関扉にくっつけていた<
ぐっ、と詰まる私であったが、罠については当然注意を払っていた。私が王都を1人で出歩くことに否定的な父やメイド達が、勝手な外出に神経質になっていたのは知っていたからだ。しかし、まさか魔法のアイテムまで持ち出してくるとは思っていなかっただけである。
冒険への旅立ちを邪魔したことに文句をつけたら、本職である冒険者の心構えを持ち出されてしまったので反論に窮したが…… 幼子を言い包める雰囲気も篭められているような気がして、少々酷いのではないかと思わないでもない。
顔は見えないが、明るい調子で機嫌良く答えてくれるおじ様が、私を抱えた体勢そのままに階段を昇り戻る。
物音にようやく気付いたメイドが使用人室から出てきたが、叔父様が軽く手をあげて応える姿と、私の出で立ちを見て状況を把握したのだろう、苦笑いを浮かべてそのまま部屋に戻ってしまった。
「せっかく楽しみにしてたのに……ひどいわ、叔父さん! 」
『冒険』未満の『お出掛け』にすら失敗した私は、耳元で怒鳴られて精悍な顔を歪める叔父に構わず、叫ぶ。
「私の伝説に刻む1ページに、『白の御柱』を傷つける最初の人間になりに行く冒険を邪魔するなんて!! 」
「……オリハルコンである私の剣にだって無理なことを、
そう言いながら落とされた叔父の拳骨が、この日の私の冒険を締め括った。
若かりしラキュースさん、厨二病よりポンコツ成分が多め。
①ブラウス
:書籍6巻にてキーノがデミウルゴスと遭遇時、スーツを南方の服装と捉えてたし、王国には存在してないのかなぁと捏造。
②アズス叔父さん
:ラキュースの叔父でユグドラシル由来の強化鎧を装備しているらしい、王国のアダマンタイト級冒険者パーティー『朱の雫』のリーダー……以上の情報が分からない人。原作19歳ラキュースの時点でもバリバリの現役らしいので、引退した冒険者を集めたレエブン侯配下の親衛隊が40歳代で構成されていることから、年の差は10年ちょいくらいが妥当かと捏造。
③10歳のラキュース
:きっとカワイイ!捏造不要!
予告とかしない方が皆幸せになれますね! 最初考えていた以上にモモンガ様に話数使っちゃったので、題名に使ってるラキュースが1話で終わるのもどうかなぁと、PV編前に前フリ差し込んだ方が良いような気がしちゃいまして…… 発売日完結出来なかったので、この際開き直ってもう少し話数を重ねようかと思います。
……10話以下なら短編名乗ってても許されますよね?