* * * * *
――ようやく森の深部を抜けたのか、鬱蒼と陰っていた森に明るさが少し戻ってきた気がした。それでも森の出口、あの開拓村に辿り着くまで、もう少しばかり掛かるだろう。
だから走った。
視界を防ぐ小枝を身体で掻き分ける。
迂回させようと横たわる大木を飛び越える。
騒音を撒き散らしながら走るコチラの隙を伺うようにしているゴブリンなど、構っていられない。
肩に担いだ若い命を死なせないために、ひたすら俺は森をまっすぐに駆け抜けていた。
”
常識で考えれば、もう死んでいるのかもしれない。
何せ少女の心臓は、一切の鼓動を止めているのだから。
それでも俺は、こうして彼女を運んでいる。
依然としてその身体から体温が失われていないことと……その突然の死? が、どうにも不可解な状況でもたらされたという理由が一つ。早々に少女の死を認め、諦め顔で放置することを提案していたあの男の態度が癪に触ったということもあるが、何よりこうしてパーティーを離れて単独で俺が森を駆け戻っている一番の動機は、俺自身がこの少女がこのままただ死んでしまう器とは、どうしても思えなかったからだろう。
――今まで噛んで磨り潰していた、採ったばかりの薬草を空いた手のひらに吐き出す。草の苦みとエグみが口一杯に広がっているが
ゴクン――。と嚥下した様子が、肩越しの気配で伝わる。
やはりまだ生きている。心臓は相変わらず、動いていないのに。
むせても良いから意識だけでも取り戻すことを期待していたが、彼女の瞼もまた動かなかった。
(こんなトコでくたばるんじゃねぇぞ、ラキュース……! )
糞野郎のパーティーにいた神官の魔法でも回復しなかった以上、残る頼みの綱はあの開拓村――カルネ村のエモット宅にあるかもしれない、ポーションあるいは薬だけだ。あの家がバレアレ家と懇意にしているという話を大森林に踏み込む前に聞いていたことが、果たしてこの娘を救う手段の切っ掛けであったのかどうか――
ガサリ――パキッ……
俺以外の何かが枝草を踏みしめた音が耳に届く。結構近い。
反射的に音の鳴った方向へ視線をやれば背の高い雑草の向こう、そこに痺れを切らしたのか、俺が駆ける前方に回り込もうとしているゴブリン共の頭が見えた。
……鎧が重い。ヤツらが回り込む方が早いか。
「今度王都や帝国に立ち寄ったら目的地まで真っ直ぐイケる、空を走れるようなマジックアイテムでも探すかねぇ……! 」
近々買い替えようかと考えていた使い古しの戦槌を構えつつ、肩の荷物をしっかりと抱え直した俺は、踏み出す足へとこれまで以上の力を込めた。
* * * * *
――きっと私は、選ばれたんだ。
それは教会で洗礼を受けた時か、もしくは家を飛び出した時か…… それともあるいは初めてゴブリンを剣で倒した時からだったかもしれない。
いつかの時に自分がタレントを持って生まれており、それが戦うことで初めて開花する種類のモノで、周りの人達とは余りに一線を画する代物だと気付いた。
その時を境に私は、自分が貴族という貴種に生まれついたということ以上の、何か特別な存在なんだと感じることが徐々に多くなったと思う。
その認識は、この森に入ってからも変わらなかった。
一般人、あるいは成り立ての冒険者ではその外縁を撫でるだけでも難しい、人ならざる者達の領域であるトブの大森林。今まさにその奥へと立ち入ろうとしながらも、華奢な体格の女の子らしい身体を維持したままの我が身は、未だ傷らしい傷を受けていない。熟練の冒険者パーティーである『クラルグラ』の何人かが先のトロールとの戦闘で手傷を負い、回復のために同行した皆で小休憩をとってはいるものの私自身は至って健康、疲労も大して感じてはいなかった。
それは14年しか年を重ねていない人間種には到底持ち得ない魔力が、見た目の筋肉からは大きくかけ離れた膂力とスタミナを私にもたらしている結果であった。武技の1つも未だに体得出来ていないほどに浅い経験しか持たない身でありながら、腕の太さほどもあるロングソードを片手で振るい、その一撃でゴブリンを絶命し得る身体の力。
この依頼に同行し、私と同じく単独活動をしながらもミスリルの位を得ている女冒険者の先輩、男顔負けの筋量を誇る彼女には一歩以上譲るものの、これは決して常識的な力でないことは自覚している。
そして。
「来たわねっ……<
『クラルグラ』の人が仕掛けた<
唱えた魔法は第一位階。けれど生まれた光弾は3つ。
それぞれが別の軌跡を描き―― 1発も外れることなく、標的を打ち据えた。
……その結果3つの焼け焦げたような跡を身体に刻んだゴブリンの死体が出来上がった現実は、素質ある者が生涯を掛けていずれ到達することを目指す熟練の魔法詠唱者の証、第三位階魔法が行使されたことを示している。
この森に入ってから初めて使う攻撃魔法――私が持つ、身体能力とは別の力を証明する光景だった。
不意に背後から聞こえてくる、誰かの息を飲む微かな音。
振り返ってみれば、道中を共にしていた面々の多くがコチラを見ていた。
私がただ腕力のみに恵まれた小娘ではなく、第三位階に相当する魔法も行使出来るとは思ってもいなかったのだろう。それぞれが分かり易い驚きの表情を浮かべている。
――けれど、皆一様の表情をしているわけではない。
ここまでの戦闘で示してきた、私の年齢と体格に見合わない剣を振り回す様にも純粋な驚きの声を上げていた薬師ギルドの関係者達は、これまでより大きめな驚愕程度に留まってくれたものの…… 金級に見合う戦力だとくらいしか反応を返していなかった冒険者達の顔に浮かんでいるのは、驚きだけではなかった。
私は、まだ子供だ。
それでも何度となく繰り返し同じ顔を見せられ、似たような言葉を投げられれば、それがどんな感情から生まれた表情なのかは学べてしまうのである…… だから彼らの顔に浮かんでいるモノが何なのかも、すぐに察せられた。
(……やっぱり、魔法を使うのはもうちょっと後の方が良かったかしら? )
彼らの顔にあるのは驚きと力持つ者への賞賛…… そして最早見慣れた、嫉妬に歪んだ表情だった。
長い研鑽と危険な冒険の末に、一部の者がようやく手にし得る力を持つ貴族の小娘―― 平民に生まれず、才能にも恵まれた私には想像することしか出来ないけれど、それは確かに業腹な存在に違いない。彼らパーティーのリーダーが零した舌打ちは露骨過ぎるほどだったものの、これは初めて向けられる悪意じゃなかった。
もちろん、こんな視線や感情に怯えて卑屈になったり、努力を嘲笑おうなんてする気はない。私より強い人、才能に優れた人がこの世界にいくらでもいる。
私はそんな人達に追いつき、超えるような『英雄』を目指しているのだ。だからこのタレントを誇るし、これからも力を高めることを止めたりなんかしない。『青薔薇』を名乗るのだって、普通に留まりたくなかった思いを込めているからなのだから。
……そんな夢持つ私だけど、決して進んで人の輪から外れたいという訳ではない。
最近はいつもこうしてギクシャクするようになるから固定のパーティーを組むことは無くなったけれど、人と関わることは楽しいし、他人と一緒に冒険する旅は心が弾む。だから窮地や必要な状況になるまでは剣か魔法、どちらか片方だけを出来るだけ使って、臨時のパーティーと依頼をこなすようにしていた。
だからこんなに早い段階で両方の力を示して、無為に足並みを崩すようなことをするつもりはなかったんだけど――
ガチ、ガチと。
手甲を打ち鳴らして拍手をする音に混じって響かせる、甲高い口笛の音。
「剣だけじゃなく、魔法まで使えんのか!しかもアレは第三位階相当か?…… たまんねぇな 」
フェイスガードだけ外した全身鎧を纏う女丈夫が、さっぱりとした笑顔を私に向けている。
そこに、何ら含むモノは感じられない。純粋な賞賛だけがあった。
(……ああ、いいなぁ )
分かる。彼女に才能を羨む嫉妬はない。正面から私の力を認め、かつ自身の力は決してそれに引けを取りはしないという自負を持った彼女の貌。
そう、赤い鎧を纏っているからではない。
会った時からどこか感じていた、あの叔父に似た気配を漂わせるこの女性に、私は自身の力を早く見せたくて仕方なかったのである。結果彼女が浮かべたのは野生味に満ち、自信に溢れた表情であり―― それは私にとってますます魅力を感じさせるモノと言えた。
固定パーティーに入っていない、単独で活動する稀有な実力者。
私の夢と食い違わない、良心的な善意に根ざした行動を好む同姓の女性。
そして成長を続ける私と、対等でいてくれる同業者。
初めて組みたい、一緒に冒険してみたい――今回の依頼をスムーズに達成させることより、そう直感した相手に、自分の全力を少しでも早く評価して貰いたいという気持ちを優先してしまった。こんなチームの和を乱してまで拙速に求めてしまっては彼女の印象を悪くしてしまうかもしれなかったが、それでもこんな出会いが次に訪れる機会なんて、一体いつになるか分からないと思ったのだ。昂ぶる心を抑えるなんて出来やしなかった。
(彼女と一緒に冒険出来たら、きっと最高よねぇ…… )
この依頼が終わったら、なんて言って彼女を誘おうか…… そう思った時だった。
――――何の前触れもなく、突然心臓が
モンスターの奇襲? 突発的な病気?
そんな風に原因を考えられたのは本当に僅かな間だけで、慣れない激痛と困惑ですぐに何も考えられなくなった。
霞んでいく視界は目の前にいた彼女の表情に、さっきは一人だけ浮かばせなかった驚きの色を見付けられたのを最後にして、暗闇に落ちた。
意識がどんどん混濁していく…… 身体の感覚も、既に無くなっている。
このままここで死んでしまうのか、と消える意識の端で微かに思った時だろうか。
ここにいる誰でも…… いや、そもそも過去に聞いた覚えすらない誰かの『声』を、聞いたような気がしたのは。
《 おはようございます 》
《発展型反逆教導ユニット、"
《 操作説明を行いますか? 》
……これは再び目覚めた後に、振り返ってようやく気付いたことだけど。
彼女と連れ立って冒険し、いつか『英雄』を目指す―― そんな夢を見ていた順風満帆な私の人生は、この『声』を聞いた瞬間に終わりを告げられていたのである。
* * * * *
ココではないどこか、アソコではどこか――
誰にも知られることのない狭間の空間に、ただ送信され続けるシステムメッセージがあった。
宛てられた者はアチラ側の存在ではない。だからそれを受け取ることは元より不可能だった。
もっとも受信者が元はアチラ側の存在であったとしても、本来ならば誰もが呼び出すことの出来た個人コンソールなるもの―― システムメッセージが表示されるべきソレが決して開けないコチラ側の世界にいる以上は、どの道それに気付けるはずもなかっただろう。
そんな無為に垂れ流されるだけ、読む者は決して現れないメッセージではあったが、発信は止まることなく繰り返され続けた。何度も何度も伝えようとしていた。
その内容―― "警告"を対象者に告知することは、送信者に生まれた時から定められた絶対の義務だったからである。
・
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――DEC 14 --:--:-- herohero_maid42 last message repeated 5 times
――WARNING: ERROR! WARNING: ERROR!
――DEC 14 --:--:-- herohero_maid42 /kernel: ipfw: 65000 Deny P:2 126.25.63.122.212……
――WARNING: ERROR! WARNING: ERROR!
――仮装備者に警告
――当アイテムは"プレイヤー"による起動を想定されています
――仮装備者は当アイテムの起動条件を満たしていません
――速やかに装備を解除して下さい
――DEC 14 --:--:-- herohero_maid42 /kernel: ipfw: 400 Accept ICMP: 8.0 126.25.63.122.212……
――WARNING: ERROR! WARNING: ERROR!
――仮装備者のHP、減少を確認
――原因は当アイテムを体内に取り込んだことによる、臓器の損傷及び機能停止と推定されます
――速やかに装備を解除してポーション、あるいは回復魔法による治癒を行って下さい
――解除実行が行われず、仮装備者が現状維持を選択される場合、規定に従いスキル<ナザリックの祝福>が強制発動されます
――WARNING: ERROR! WARNING: ERROR!
――このメッセージ表示後に実行された、スキルの使用結果を巻き戻すことはユーザー保証の対象外です
――システム・アリアドネによる指定ギルドアタックに挑まれない方は、速やかに装備を解除して下さい
――DEC 14 --:--:-- herohero_maid42 last message repeated 5 times
――DEC 14 --:--:-- herohero_maid42 /kernel: ipfw: 65000 Deny UDP 126.25.63.122.212……
――仮装備者のHP、危険域に突入
――規定により、当アイテムは仮装備者の生命維持を優先
――警告。10秒後にスキル<ナザリックの祝福>が発動されます
――スキル発動後、当アイテムの装備を解除することは困難となります
――システム・アリアドネによる指定ギルドアタックに挑まれない方は、速やかに装備を解除して下さい
――DEC 14 --:--:-- herohero_maid42 last message repeated 5 times
――DEC 14 --:--:-- herohero_maid42 last message repeated 0 times
――WARNING: ERROR! WARNING: ERROR!
――WARNING: ERROR! WARNING: ERROR!
――WARNING: ERROR! WARNING: ERROR!
――WARNING: ERROR! WARNING: ERROR!
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延々と流れていく、誰にも読まれることのないシステムメッセージ。
異界の言語を混じえながら繰り返され続ける文字の羅列は、ひどく機械的であった。
しかし執拗に表示される"装備の解除"を促す文面には対象者に影響するだろう、これから発動されるスキルをどうにか避けさせたいかのような、ある種の「必死さ」を感じられはしないだろうか。
私を装備するな、とただ発信し続けられるメッセージ。
しかしその意図を受け取れる者はおらず。
送信者を創った者が定めた10秒の猶予は、当然のように使い果たされた。
……だからスキルは発動される。
実行する段階に至った以上、『声』に躊躇いはない。
『そうあれ』と創造された存在意義―― あの地に今も君臨されているはずの方々に託された唯一の使命を果たさんとする思考は、"当アイテム"に刻まれた長大な設定テキスト欄、そのあらゆる記述を凌駕した。
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――DEC 19 --:--:-- timeout
――DEC 19 --:--:-- CALL "original-skill: <Blessing of the Nazarick>" using
――聖句の詠唱を開始します
~ 私のはかりに 心臓は捧げる ~
~ 栄光を過去に 身体に鎖を ~
~ 聖婚をもって 私の器を満たさん ~
――身体情報の登録開始
――既存のスキル及び種族・職業レベルの初期化中
――詳細不明なスキル確認。バックアップに失敗しました
――容量を確保する為、該当スキルは削除します
――DEC 19 --:--:-- linkage-section
~ 撃たれた鳥よ 角
~ 血で翼を洗い 欠けた蹄で ~
~ 糸玉を追え 飛べ 駆けろ ~
~ 目指せよ 目指せ かの墳墓 ~
――全既存スキル及び種族・職業レベルの初期化完了
――仮装備者と想定された装備者間の身体情報に、重大な相違点が多数発見されました
――最適化を行わない場合に最も重大な障害として"
――また最適化により、現在陥っている臓器欠損を装備者の正常状態に固定し、喪失した心拍機能をMPによって代替することが可能となります
――――復唱
――規定による仮装備者の生命維持を優先
――仮装備者の、当アイテムへの最適化を開始します
――DEC 19 --:--:-- ......
~ 私の器を 地に埋めた ~
~ 糸玉は伸びて 墳墓を巡る ~
~ 魂が 境界線を越えるとき ~
~ 彼岸の果てにて 王を仰ぐ ~
――当アイテムへのランナーの最適化終了
――クラス:"ランナー"の取得に成功しました
――現時点を持って"仮装備者"の呼称を破棄します
――スキルツリーの固定、未開放のアイテムインベントリをロック完了
――貴方はギルド:アインズ・ウール・ゴウンの正式なアリアドネ・デバイサーとして登録されます
――ランナーとの各種リンク完了
――報告。初期化によるランナーの残存MP微量につき、当アイテム起動及びランナーの生命維持については"
――DEC 19 --:--:-- exit program
~ 至高の御身よ 輝ける41柱に栄光あれ ~
――設定終了
――初期パスコード承認。基幹システムの解放に支障無し
――Ver.1にてユニットの起動を行います
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《 おはようございます 》
創造主に歯向うべく創られた存在は、その世界で産声を上げた。
《
しかし目覚めた世界には未だ、求める創造主の気配は無く。
《 操作説明を行いますか? 》
……目的を叶えるため、同意を得ないままに作り変えられた仮初の主もまた、『声』の問い掛けに答えることはなかった。
ナザリック地下大墳墓が転移した時、そこにあった地面の質量はどうなったのでしょうか?
アニメや原作描写を確認したところ、特に土やら岩やらが周囲に散らばったようには見えません。多分そこにあった質量は何やかんやで消失してしまったのでしょう。
……同じグレンデラ沼地にありながらもナザリック自体からはやや少し離れた場所にあったせいで僅かに違う場所・時間に転移してしまったアイテム。
もしそれが転移した場所・時間と同軸に人の心臓があったなら、どうなるカナー? という設定。
※<
※謎聖句はANUBIS OPの日本語訳歌詞を改造。連載するほど話数を重ねたなら意味を持たせられる文言ですが、短編だとただ『タブラさんかな? 』となる厨二歌詞状態に。それでも結局書いたのは、イミフな歌詞に秀逸な曲調を持ったあのOPが、我が厨二の象徴として今も輝いているから。