→至高のテンプレは煎じられ過ぎて私の文章力では味付け出来そうにない
→ジェフティ&ディンゴ組の単体転移はニグン・クレマンゾーンを突破出来る気がしない
→Z.O.E側に持って行ってアインズ様にジェフティを操作させる? アインズ様の必要ないよね
A.そうだ、ディンゴ役をオバロのキャラにさせよう!
そうして始まるANUBIS Z.O.E式<
* * * * *
背筋を伝う汗が、驚くほど冷たく感じる。
皮鎧の下を気持ち悪く蒸らし続けていた熱い汗は、いつの間にか夜となっていた草原に吹き抜ける冷たい夜風によって冷やされていた。
――熱を感じていたのはもしかすると戦闘中の錯覚で、これは最初から冷や汗だったのかもしれない。
激しく動き回った身体には命に差し迫る致命傷傷こそないものの、受け損なってしまった敵の切れ味の悪い刃物によってつけられた切り傷が、鎧に覆われてない箇所を裂いていくつも刻まれている。攻撃を避けるためにみっともなく地面を転がり回ったおかげで、身体はもちろん顔だって土まみれ。露出した肌は擦り傷まみれだ。
……今すぐ鏡を覗いたなら、集団から暴行を受けたばかりの哀れな娘にしか見えない姿が映し出されるのは間違いない。
夜の気温によって冷され続ける汗は、火照った身体の熱を必要以上に奪い去ってしまったようであるものの、興奮に茹だった頭の奥の熱までは取り払ってくれてはいないらしい…… 振り切れた緊張がそうさせるのか、戦闘が終わってなお普段とは比べモノにならない程に狭まった視界が、三日月の僅かな明かりしかない夜闇と相まってひどく頼りない。
それでも目を凝らすように周囲を見渡してみれば、自身の半分程の背丈しかない襲撃者達が、血まみれとなって地面のあちらこちらに横たわっているのが見えてくる。
血の海に沈むそれらはピクリとも動かず、<
そしてそんな魔法やスキルを使えるほどにこの襲撃者達が強くないことを、当然私は知っている。
――けれど。
(……本当に、もう死んでいるのかしら……? )
殺したはずだ、という感覚はあるものの、その時は無我夢中過ぎて、致命傷を与えたという手応えを全く覚えていない。
金級冒険者である自分が死を何度も覚悟するほどに手こずった相手……ではある。
何か特別な方法で死を偽装しているのではないか?
そもそも本当に死んでいるのか?
生死を確認しようと近づいた間抜けを、あの半ばからへし折れて刺突武器のようになった棍棒で突き刺そうとしているのではないか……?
いつもの自分なら、<
遅々として纏まってくれない思考の合間。
『あの声』が割り込んだ。
《 ターゲット沈黙。生命反応はありません 》
《 周囲探索を提案。探知モードへの移行承認を 》
……耳の奥に纏わりつく声を振り払うように、頭を振る。
忌々しくも脳裏に響くこの囁きを追い出さない限り、少しだって落ち着けるはずもなかった。
――気を取り直して、辺りを見渡す。
大きく揺れる視界の限りにおいて、周辺に自らの足で立っている存在は自分のみであるように思われた。
しかし視界を確保する系統のアイテムや魔法、武技を持たない今の私には、例えば草陰、あるいは暗闇に潜むモンスターを発見することは困難で、見落としている可能性も捨てきれない。
……もし第三者がこの場にいたならば、それが戦いの素人であったとしても、しきりに眼を首ごと動かし、居て欲しくないと願いつつも動く影を見つけ出そうと必死になっている私の顔に、欠片の戦意も宿っていないことを看破するのは至極容易だろう。
両手で握り締めた、愛用のロングソードが重い。
なんとか振るうために付け焼刃の中段に構えた剣先を、それでもフラつかせずに何とか留めようとしても、風に草木がそよいで不規則な影が生まれては消える度、剣を持つ手が反射的に震えてしまう。同程度のモンスターが今1匹でも襲い掛かってきたなら、きっと私はあっさりと殺されるだろう。
(……怖い…… )
最近ではあまりなかった、命を誰かに握られ、脅かされているという感覚。しかし今の私を最も恐怖させているのは、このどうしようもない現状ではなかった―― 本来の自分であれば取るに足らないモンスターであるはずの"ゴブリン"と"オーク"の死体にすら圧力を感じてしまっている、余りにも脆弱に落ちた自身の無力さにこそ怯えていた。
(ゴブリンやオークなんて、鉄級冒険者のパーティーでも余裕を持って倒し得る程度のモンシターなのに…… コイツらも間違いなく、その辺の通常種と変わらない個体難度だったはずなのに……! )
そんな敵にすら死力を尽くさなければ生き残れなかった自分を、認めることがひたすら怖かった。
(なんで? どうして、こんなっ…… 何かの間違いだって、誰か私に言ってよ…… )
重くのしかかる現実。それを思い知りつつ、それでも今まで短かいなりに積み重ねて得た自負と矜持が、証明されてしまった無力を嘆いて認めようとしない。
焦げつきながら空回りする頭の中、私はロングソードの柄を握り締めることしか出来なかった。
* * * * *
(あっ、いけない。今日は、バレアレさんが薬草を取りに来る日だったわ。今朝の水汲み分だけじゃ足りないかも…… )
表で薬草を磨り潰す作業をしていたお母さんの「リイジーさん達が来たよ 」という声が聞こえた時、そんな予定があったことを思い出した。
最近どんどん大きくなって、この間合わせたばかりの大きさが合わなくなり始めていた妹のネムの服を繕っていた手を止める。前回は不格好過ぎて結局はお母さんに任せきりになってしまったけれど、今回の縫い目は格段に上手くいった。真っ直ぐに並ぶ縫い目は、お姉ちゃんのささやかな努力の証である。
もう少しで完成といった具合ではあるものの、とりあえず今は長閑な風情だけが取り柄の、大した魅力も無い開拓村に珍しいお客様がやってきたのだ。
もう今ではすっかり顔馴染みとなった相手へ挨拶するついでに、追加の水汲みを済ませてしまおう。
(護衛で一緒に来る冒険者の人達は村長さんのお家でいつも食事するけど、なぜかンフィーレア君は私達の家に必ず顔を出してくれるんだよね…… 他に同じくらいの年齢の子なら、村にいない訳じゃないんだけど )
そんなにお母さんの料理が気に入ったのかなぁと、最近になって出来た男の子の友達を思い浮べながら家の扉を開けてみれば、既に玄関の先にある広場に着いていたいつもの馬車が、荷を解いている様子が目に写った。冒険者の人々が今もいくつかの木箱を降ろしているが、その中は薬草を種類ごとに入れるための壺がたくさん収められていることを私は知っている。
ただ前回バレアレ一家が村に訪れた時、村長さんが今度来る時に生活用品として砂糖や塩をエ・ランテルから持ち込んで欲しいとこっそり頼んでいたことを、たまたま私は聞き及んでもいたりする。あの木箱の中には、砂糖が詰め込まれている壺がある…… ちょっとだけ、私達の家にも分けて貰えないかしら?
そんな風に考えていたせいか、思わず少し強くなってしまった視線で木箱を追っていたら…… その運び手となっていた冒険者の中に1人、最近になって強烈な印象を私に残していった人物の顔を見つけた気がした。
一面の麦畑を思わせる綺麗な金髪に、物語の中の貴族様が現実に現れたらこんな感じなのかと思わせる、不思議と目を惹きつける所作。魔法詠唱者でもないのに、村を訪れる冒険者の顔ぶれの中では若過ぎる綺麗な顔…… それだけでも十分印象的ではあったけれど、季節を一つ挟むほど前にたった一度だけ顔を合わせた程度の彼女を、今でもハッキリと覚えているのは別の理由だった。
――あの時、口から吐き出した血で胸元を真っ赤に染め、森から村まで背負って来られた大柄の戦士様から「心臓がまだ動かねぇ……! 」と嘆かれていた彼女。
生まれて初めて目にした、生々しい最期を迎えようとする冒険者の姿。
結局意識も戻らぬままにエ・ランテルへ死体として運ばれたはずの痛々しい彼女の有様は、私にとっての"死"という言葉の象徴となっていた。
なのに。
(街ってスゴイんだなぁ、あんな状態だった彼女の命を吹き返せるなんて……! )
「良かった、無事だったんですね! あの時は全然目を覚まされなかったので心配していたんですよ! 」
前回の森に入る前、連れ立った冒険者の人達と共に村に立ち寄った彼女を私は遠目に見ていただけで、言葉を交わした訳ではなかった。森から戻ってきた彼女は既に意識を失った状態だったため尚更だ。
ただ戦士様に請われるままに備蓄していた薬草と、お近づきの印にとンフィーレア君から贈られた1本だけのポーションを使って貰ったというだけの関係に過ぎない。
それでも私は気付けば、彼女に駆け寄っていた。
痛ましく死んでしまったと思い込んでいた女性が、生きていたことが純粋に嬉しかったのだ。
……そんな訳で声を掛けたきり、こちらに驚いた様子で振り向いた彼女へどうやって二の句を継げるかと焦ってしまう状況になった。迷った末に絞り出した言葉が「……私、エンリ・エモットと言い、ます 」なんていう今更の自己紹介になってしまったのは、近くで見た彼女が気後れするような美人さんだったせいかもしれない。
知り合いみたいに呼び止めたのに初対面のような振る舞いをする村娘を、彼女の肩越しにいた他の冒険者の人が不思議そうに見てくるのが分かる…… なんだか1人で舞い上がってしまったみたいで恥ずかしい。
もしや、気安く声を掛けては失礼だったのでは―― そんな考えまで頭を過ぎり始めた私の頭は、目の前のやんごとなさそうな顔をした女性が私の名前を聞いた途端、
「貴方がエモットさんね!? ガガーランから聞いていたわ…… 私のために薬草や、貴重なポーションまで快く譲って頂いたみたいで、本当に有難うございました……! お蔭で私、見ての通りすっかり良くなったわ! 今日はそのお礼を言いに来たの!! 」
と捲くし立てつつ破顔した笑みを浮かべながら両手を握ってきたことで、更に混乱を重ねることになった。
・
・
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聞けば彼女、今回のバレアレ家の薬草探しを護衛する冒険者パーティーのメンバーという訳ではなく、私達に感謝を伝えることを目的に王都から遥々来たのだと言う。あの時の戦士様が浮かべていた表情と嘆き方を見るに、私が渡した薬草やポーションでは、残念ながら彼女の回復に何ら役立つことは無かったと思うのだけども…… こちらを伺っている様子のンフィーレア君や冒険者の人達の視線を感じる手前、露骨に謙遜して彼の作品の評価を貶める訳にもいかない。
バレアレ印のポーションは粗悪品もあるなんて悪い噂を広げられてはバレアレ家の、ひいては材料に使われるカルネ村産の薬草の価値を損ねてしまう。この場は曖昧に首を縦に振るしかなかった。
娘が冒険者に絡まれているのかと心配した様子で畑から顔を出してくれたお父さんも、爛漫とした笑顔のままに感謝を振り撒いてくる彼女の勢いに呑まれてしまったらしい。押し付けるように手渡されている小袋の膨らみには少なくない金銭が入っていそうに思えたが、普段厳しくも暖かい父の目尻を今下げさせているのはその重さではなく、若く麗しい女性の笑顔を至近距離に寄せられているという点なのだろうということが何となく分かった。
……女としてまだまだ未熟な私にだって察せられたのだ。その1歩後ろでニコニコしているお母さんには、すっかりと見透かされているだろう。今夜どんなお小言がお父さんに向けられるかは分からないが、もちろん私が助け舟を出すつもりは一切無い。
「――それじゃあエモットさん、助けて頂いて本当に有難うございました! エンリさんも…… また会えたら、今度はゆっくりお話ししましょうねっ! 」
そう言って別れの言葉を掛けてきた彼女の背には、いつの間にか大きな荷物が背負われていた。
荷卸しをし終えたばかりで腰を降ろす他の冒険者達とは対照的なその姿にどうするのかと思えば…… 何とそのまま、重そうな足取りで来たばかりの道を戻ろうとしているではないか。後を追おうとする人は誰もおらず、ただ難しい顔をした冒険者の面々がその後ろ姿を見送っていた。
やがて小さくなっていく彼女の姿に言い様のない不安を覚え、最後まで彼女を見送っていた一番近くの冒険者の人に声を掛けた。
「あ、あの。彼女は薬草探しの護衛でここに来た訳じゃないという話でしたけど…… 今たった1人で出て行ってしまったのはどうしてなんですか? 」
「おや? ……君は彼女から聞かされていなかったのか 」
私に話し掛けられた壮年の男性は、彼女と顔見知りのように見えた私が事情を知らないことを意外に思ったらしい。丘の向こうへ1人消えて行こうとする彼女を再び見やりながら、隠すことでもないと話を続けてくれた。
――――いつの間にか自分の顔から血の気が引いていたことを、話を聞き終えた後になってようやく自覚した。
戦うことなんて全くの素人である私にだって、今の話を聞けば彼女のやろうとしている行いが如何に無謀な行為なのかが分かったからだ。嘘や性質の悪い冗談だとも思えない…… 以前は髪色に合わせて似合っているなと単純に思っていた胸元のアクセサリー、それが冒険者の実力を示すプレートであると聞かされ、かつ今の彼女が身に付けていたそれが鉄色へと変わっていたのを、私は確かに見ていた。
慌てて彼女の出て行った入口に目を向けても、そこにはもう彼女の姿はない。たった1人、どことも知れない場所へともう去ってしまっていた。
今から心当たりもなく追い掛けたところで、ただの無力な村娘が道を外れて歩いているかもしれない1人の人間を探して見つけ出すことは難しい。例え運良く追いつけたとしても、全て納得ずくで行動しているらしい彼女の意思を曲げさせる自信もまた、あるはずもなかった。
そして、依頼としてこの地へ仕事に来た他の冒険者の人達に訴えても…… きっと意味はない。1人出て行った彼女を、心配そうにしながらも見送った彼ら。あの光景が、彼女と彼らの交わした言葉の結果なのだろう。
(ラキュースさん……! )
それでも胸の奥から沸き立つ気持ちに突き動かされ、村の入口からほど近い、辺りを見渡せる丘の上へと駆け登る―― が、そこからの視界にも彼女らしき影は、なかった。
(みっともなくたっていい…… 死んでしまったら元も子もないじゃないですか!? あの赤い鎧を着た戦士様が必死になって助けた命は、こんなところで落として良い物じゃないでしょう……! )
冒険者の彼曰く、彼女は正真正銘貴族の娘様…… けれど村に来る横柄な態度しか取らない徴税官とは違い、平民である私と目線を合わせてお話をして下さる方だった。おざなりでも建前でもなく、真摯に感謝を伝えながら下げられた頭には、だからこその貴さが感じられたように今にしてみれば思う。
こんなことを思うのはひどく失礼であるかもしれないが―― 迷子になったネムを探しに行った時に胸を満たしていた気持ちと同じモノを感じている私にはしかし、どうか無事に戻ってきて欲しいと願うことしか出来ずにいた。
* * *
カルネ村の娘エンリ・エモットの問いを受けたのは、バレアレ家の薬草採取の護衛に同行した冒険者パーティー、そのリーダーを務める男だった。
いずれ将来的にパーティーごとエ・ランテルを離れ、王国内の別の土地へ活動拠点を移すことを計画していた彼は、その候補地の1つである王都に関する情報収集をそれなりの頻度で行っていた。そうして得られた情報の中には当然、冒険者達の間で囁かれる愚痴や酒の肴扱いの噂といった、手軽に集められるモノも含まれる。
特に王国中で噂になりつつあった英雄少女『青薔薇』―― その活躍と悲劇の顛末は、現地情報を選り分けて得ようとする彼の耳へ勝手に飛び込んでくるほどに、同業者達の興味を惹きつける"ネタ"だった。
彼は手元に転がり込んできたその情報を持っていたからこそ冒険者の少女の現状をおおよそ把握していたが、その情報故に彼女の無茶なワガママとも言える同行の願いを受け入れる判断を下してもいたのである。
……至極堅実に冒険者稼業を続けてきた彼にとって、夢や欲望に焦がされた冒険者の末路を見届け、あるいは聞き及んだりすることは珍しくなかった。そしてそんな話を聞いた時、『ライバルが減った』と思うことなく、素直に心を痛めることの出来る善良さを持ち合わせていた。
盗賊の職業を修めたのは、名称に付き纏う悪性を彼が有していた訳ではなく、あくまでその技術に適正があったからに過ぎない。リーダーに求められる冷静さに徹せられつつも、その心根に他者を思いやる優しさを宿していることはメンバーの全員が知っている。「何で神官じゃなく盗賊なんてやってんだ 」とは、仲間達皆が一度は彼に投げた言葉であった。
……だからこそ無謀な少女が同行を願い、リーダーがそれを許した時にも、それが短慮や投げやりの結果出た判断だとは思わず、表立って異を唱えることもしなかったのだ。
事実、彼は少女――ラキュースの今後を憂えている。
彼女がこれまで
それでもその不利を補って余りある才能が、彼女をこれまで冒険者として生かし続けてきた訳だが…… ある日を境に、それは失われた。前後の状況は正確には分からないが、生死を彷徨う傷を負った際、命こそ助かったがタレント、魔法、戦闘に関わる一切の武技を失ったという。
その結果彼女は、実力に応じて
しかし、これは何の慰めにもならなかった。
それまでその才能を羨み妬んでいた者はこれ幸いと彼女を貶め、実力的に近くなった鉄や銅階級の者も、身分の差がチラついて彼女に近づくのを躊躇った。
何のスキルも持たない、1人きりの鉄級冒険者…… 冒険者組合は遠回しにこの業界から引退することを勧め、周囲の人間達もまた、そうすることを彼女に望んでいた。
にもかかわらず、彼女は未だ孤独のままに冒険者を続けている。
そして満足にモンスター討伐の依頼を受けさせようとしない組合の対応にとうとう苛立ち、組合を通さずに彼の護衛任務への随行を願い出たのである。
もちろん彼は最初こそ彼女の無謀な行いを諌め、断ろうとした。
ゴブリン相手にも勝てるか分からない戦力などハッキリ言って邪魔であり、今の彼女を取り巻く複雑な状況下で自分の引率の元まかり間違って死なれでもしたら、組合は自分達の今後の昇級査定に、小さくないマイナス評価を付けるに違いない。
加えて彼女の実家は近親の血筋から王国唯一のアダマンタイト級冒険者を輩出するなど、貴族としては特異なほど冒険者への関わりを持つ家柄ではあるものの、瀕死の淵から立ち直った娘がようやく貴族の世界に帰って来ると思いきや、またぞろ冒険に行ってしまって今度こそ死んだなどと聞かされたなら、どれほどの失意を味わうだろうか。その悲しみが同伴した冒険者、つまり彼への難癖となって向けられることだって十分考えられるのが、身分至上を掲げるこの王国という土地であった。
だが彼女は無謀で愚かではあったが、決して短慮ではなかった。
契約書を持ち出し、あるミスリル級冒険者を第三者の証人に引っ張り出してまで、自分が死んでも彼に一切の累を及ぼさないことを約束してきたのである。
何故そこまでして冒険者であることに拘るのか―― と聞けば、彼女は夢の為だと即答した。安穏とした上位貴族の温もりに溺れることを望まない、憧れた理想への渇望が、まだ私には残っているからだと。
畑仕事では生活が立ち行かず、食うに困って冒険者にならざるを得なかった平民の彼にしてみれば、血にも恵まれ容姿にも優れた彼女の話は、決して小さくない焔を胸に抱かせるには十分だったが…… 同時に彼女が夢に注いでいる情熱が本物だと汲み取れる感性を、彼は持ってしまっていた。
そして幸か不幸か、彼は薬師の孫が向ける初心な恋心に、いつ純朴にして鈍感な村娘が気付くのかを密やかな楽しみとしており、繰り返される護衛依頼の度にささやかなサポートをするくらいには情を移しやすい性分でもあった。
――結果として仲間の呆れ顔を背後に、いくつかの追加条件を盛り込んだ契約書を無謀な彼女と交わしてしまった彼であり、ゆえにただ放置するままというのは気が引ける思いを抱えていた。
そんな彼に向けられた、エンリ・エモットの問い。
培った盗賊としての観察眼は村娘が浮かべる明け透けな表情から、その問いが純粋な彼女を心配する気持ちから発したモノであることを容易に読み取った。
(……大きく年の離れた年上からの分かり切った忠告では、彼女を意固地にさせるだけだった。だが、同年代の娘からの純粋な心配であればどうだろうか? 我が身を振り返り、自殺紛いの行いをしていることを認める切っ掛けとなり得るかもしれん…… 夢を求める気持ちは理解出来るが、やはりあたら若い命にこれ以上、無意味な茨の道を進ませるべきではないだろう )
特に守秘義務のような条文は、契約に含まれていなかったことは覚えている。
依頼主の孫の想い人であるこの娘の性根が好ましい性質であることを元より知っていた彼は、そうして村娘に自分が知り得る、彼女がとった行動の一切にまつわる原因の全てを、懇切丁寧に説明することにしたのだった。
「――彼女は道中こそ、私達と同じくバレアレさん達の護衛依頼に参加する冒険者扱いではあるのだが、本番となる大森林内では
「――大森林への踏み込みは厳禁。私達が入っている間、彼女はカルネ村で待機という取り決めだ。しかし彼女は、私達がここに滞在する予定の2日もしくは3日の間、単独で近くの草原に野営をしながらゴブリンやオーガの間引きをするつもりらしい。何でも、少人数で戦闘をこなすことで、効率的にれべるあっぷ? をすることが出来るという話が、どこかの伝承から伝わっているとか何とか……まぁそんな信憑性の低い話にすら縋りつきたいほど、彼女は追い詰められているということなのだろう 」
「――何で追い詰められているのか? か…… 今や王都で、彼女が名乗っている冒険者名『蒼薔薇』は、蔑称に近い扱いを受けているらしい。かつては"不可能"を可能にするタレントを秘めた高貴な花も、運命に手折られてその才を毟られたのだと。もはや不可能になった夢をそれでも追い続ける哀れな貴族出の娘を指して、心無い者は今も彼女を『蒼薔薇』と呼んでいる。鉄級に落とされたヤツが、何をデカいこと言ってるんだってな 」
「――それでもかつては単独で金級まで上り詰めていた彼女だ。森にさえ入らなければ一撃で殺られるようなモンスターはこの辺りにはいないはずだし、勝てないと判断して撤退する見極めを、まさか間違うことはないだろう 」
「――エンリさん。私達が森に入っている間に彼女が野営を諦めて戻ってきたなら、どうか優しく休ませてやって欲しい。そしてもし機会があればだが…… 彼女にそれとなく、無謀な行いを慎んでくれるよう促してみてはくれないか? 年の近い子がそう言えば、あるいは彼女も自粛してくれるかもしれないからな 」
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不安を殊更に煽る話し方をされたせいだろう。顔を青くさせた村娘が、もう遠く離れた彼女の背中を求めて村の入口へと走って行く。
言った当人もまた、「もう少し言い方はなかったのか、薄汚れた大人のやり口だ、子供に責任を押し付けてどうする…… 」などと、恐らくは背負う必要もなく有りもしない責任を自ら作って、その結果自らを小声で責めていることに忙しそうであった。
「まったく、我らのリーダーはお人好しが過ぎるぜ…… 好き勝手冒険者やってんだから、あんな貴族娘ほっとけば良いじゃねぇか。なぁ? 」
そんな一部始終を仲間達と共に眺めていたレンジャーの男はいかつい顔を歪め、悪態と共に大きな溜息を一つつき、それまで口をつけていたカップに残っていた水を一気に呑み干す。
間もなく不愉快そうに立ち上がった様子から、同席していた何人かの村人達は、宛がわれた家で不貞寝でもしにいくのだろうと考えたが、しかし居残ったその他のパーティーメンバーにとっては男の向かう先は違う場所だと当たりをつけていた。
そしてその予想通りの場所へ向かって歩き出していく男の姿を見て、苦笑いを濃くさせるメンバー達。
冒険者でもない娘っ子が勢い余って遠くまで行かないよう、見張っておかないと危ないからな…… そんなことを考えながら村の入口へと向かう彼は、リーダーと村を一緒に飛び出して以来、さしたる仲違いもすることなく同じパーティーを組んでいる男だった。
ちょっと長くなりそうなので、前後編に分割します。
※モモンがエ・ランテルに入る前、ンフィーレアの護衛を担当してたという冒険者パーティーを捏造登場させています。原作ではンフィーの口からしかその存在は言及されておらず、そんな冒険者達はモモンに近づくためについたンフィーの嘘である可能性は高そうですが…… もし本当にいたならば原作時期より若い1人孫を託せるほどにリイジーの信頼を勝ち得た、それなりの腕を持った気立てに良い冒険者パーティーだったのではないでしょうか。