『青薔薇』のラキュース   作:O-SUM

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 冒険者組合「辞めて下さい」
 同業者達「無理すんなって」
 実家「帰ってこいってば」

 貴族令嬢(14歳)「ヤダヤダ! 私、叔父さんに負けない英雄になるんだもん! 」




《 戦闘終了です。お疲れ様でした 》

 

 

 

   * * * * *

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ロングソードを構え続けた腕が、その重量に筋力的な意味でも震えだした頃。

 ようやく周囲の魔物――特に最後まで大立ち回りを行っていた巨躯の存在――が完全に絶命し、二度と動かない状態となっていることを認識できた途端、じわりと、狭まっていた視野がにじむように広がり出した。

 

 こわばった腕の力は勝手に抜け、剣を構えた姿勢を崩す。

 がむしゃらに振り回していた鋼の塊はじっとりと重く、再び持ち上げるのはひどく億劫だった。重力に引かれる剣先はそのまま、足元の地面へと突き刺さる。

 そのまま手からも離れてしまった刀身を改めて見てみれば、刃はところどころ欠け、刃毀れを起こしていた。脂と混ざって早くも固まりつつあった魔物の血がその歪な凹凸に引っかかりながらも、地面にゆっくりと染み込んでいく様は妙にもどかしいが…… その行方が何となく気になって、そのまま血の塊の行方を見守ってしまう。

 

 両腕は今も、疲労で小さく痙攣している。

 これまでずっと振ってきた愛剣。数か月前の自分ならこの戦闘で振り回した回数よりも、遙かに多く、複雑に操ってなおこれほどの疲れは感じたことはなかった。

 ……さっきまで周囲の警戒に夢中だった頭も、どうやら酷使し過ぎて働く気が失せてしまったらしい。

 私の身体に次の行動を起こさせる事もなく、鍔に溜まって大きめの塊になりつつあった粘性の雫が、ノロノロとした動きで逆向きとなった刀身を伝い直し、地面に辿り着くまでを眺めさせていた。

 

 

 《 再三の報告に対し装備者からの応答を得られなかったため、自律防御の措置に入ります 》

 《 探知魔法による周囲敵性反応の索敵を開始 》

 《 警告。当アイテムはターゲットが攻性防壁などの探知対策(カウンター・ディテクト)を行っている場合の対抗手段を、まだ獲得しておりません 》

 《 対象が魔法的に隠蔽した情報を看破する魔法及びスキルの使用権を解除するパスコードを獲得した際には、使用に十分注意して下さい 》

 《 ――簡易索敵開始。<生命感知(ディテクト・ライフ)>発動 》

 《 指示が無い場合、10秒後に<魔法感知(ディテクト・マジック)>を追加発動します 》

 

 ……もちろん、こんな行為に理由なんてない。

 歪んだ流れに沿って落ちる赤錆びた液体が、どこか今の無様な自身と通じるような―― なんて、とりとめもない自虐が次から次へと思い浮かんでは消えていく。これまで積み上げてきたモノを失った自分を、流れ落ちる血に見立てて感傷に浸ったところで、現状が変わるはずもないというのに。

 

 

 ――そんな自分を重ねた最後の血瘤が地面に染み込んだ頃になって、ようやく呼吸が落ち着いてきた。

 

 緊張も抜けて広がり始めた視界で周囲を再度見渡してみれば…… 背の低い草むらに隠れるようにして、いくつもの死体が転がっているのがはっきりと見てとれた。

 幼い子供の体格をしたソレは改めて見ても、人間と猿を掛け合わせた上に邪悪な形へ歪めたような見慣れた外見をしていた。粗末な腰布で身を包み、棒切れや錆びた武器を手に持ったまま事切れた死体達。彼らの種族名は小鬼(ゴブリン)に違いないだろう。

 その十数体の群れに一体の人食い大鬼(オーガ)を加えた集団が、日が暮れる前の野営準備をしていた私に襲い掛かってきたのである。

 

 人数差でしか戦力を把握できない、低級のモンスター達は、開けた草原で一人きりだった私を、恰好の獲物だと判断したのだろう。身を潜めて近づいたり、分散して不意を突くような工夫をせず、集団でもって正面から向かってきた。

 そんな彼らを私は、あえてそのまま迎え撃った。

 直感した危機感や、頭に響くわずらわしい『声』による『包囲戦闘を避けるための撤退戦』の警告にも逆らって。

 

 ――あの程度の雑魚達に、私が負けることは有り得ない。

 ――私の力が今もゴブリン達やオーガを上回っている証明のために。

 ――銀級冒険者がパーティーを組んで臨むべき脅威に対しても、私はまだ戦える。

 

 そうやって自分に自信をつけるための戦闘だったはずだった。

 結果として魔物は全滅し、私はこうして生き残っている。

 けれど、戦闘の過程と結果は、残念なことに『予想通り』なものだった。

 

 ……そう、『声』の『予測通り』だったのである。

 

 強化魔法を帯びない女の細腕は、長剣を振るたびにその重量に引っ張られた。

 身体に染み込んでいた、筋力強化した片手で両手剣を保持して立ち回る戦闘スタイルなど、魔法を失った素の腕力では出来るはずもなく…… 両手で握り込むことでようやく振り上げることが叶うような状態で、それでも振り回せば、その度に身体が剣の勢いに負けて流されていた。

 全力で振り下ろした剣は刃筋が立たず、防具を身に付けないゴブリンの細い体躯であっても両断することはついに叶わなかった。

 かつてガガーランと過ごしたトブの大森林での戦闘において、その分厚い腕だって切り飛ばせたオーガの肉体に至っては、筋肉の鎧や太い骨をそもそも突破できず、薄い切り傷を張り重ねるようにして痛めつけることでしかダメージを与えられず、ようやく殺し切れた時には夕方だった周囲がすっかり夜になっていた有様だ。

 剣の斬り合いでも、技巧など皆無の力任せなモンスター達の攻撃をほとんどいなせなかった上、身軽な動きで翻弄されて重い剣はゴブリンを中々捉えることが出来なかった。一撃一撃をまともに剣で受け止めてしまい、ようやく当てても肉を裂くのがせいぜいだった。

 今、地面に突き立つ剣が新調したばかりの鋼で造られたロングソードでなかったなら、戦闘中に折れてしまっていたかもしれない。

 

 震える腕。痛んだ剣。疲れでまともに動かない身体。

 ゴブリンやオーガなど…… ここまで酷使しなければ倒せない難度の敵では、なかった。

 かつての自分ならそうだったはずなのに、現実は……

 落ち着きを取り戻した頭に願望混じりの予想とはかけ離れた結果を突きつけられ、戦闘中から感じていたどうしようもない苛立ちが、いよいよ暗い感情へと煮詰められ――

 

 《 ――周囲に生命反応、魔法反応無し。戦闘終了です。お疲れ様でした 》

 

 「……ッ、このっ……! 」

 

 喉が大声を上げて喚き散らそうとしたタイミングで、頭の中を無遠慮に響く『声』が再び響く。

 今も私にしか聞こえていないはずの『声』。

 戦闘が終わってなお無視を続けていたが、それもいい加減限界だった。最近やり過ぎて妙に上手くなってしまった舌打ちを、力任せに鳴らす。

 

 ……貴族の娘らしからぬ舌打ちを繰り返してなお一向に晴れない、不快の原因がコレだ。

 この『声』だ。

 

 繰り返しになるが、戦闘はこの頭に響く音声の通りに推移してしまった。

 一撃一殺の心構えで放った剣は、一振りで相手の命を奪う威力には到底及ばず、1匹目にモタモタしている間に他のゴブリンに回り込まれた。

 そうして前後に挟まれて窮していると、やがて左右に1匹ずつゴブリンが到着し、完全に包囲された。

 前後左右からの攻撃に気を削がれながら、それでも何とか正面のゴブリンを倒すことが出来た後は、遮二無二包囲を突破しようと走った。

 可能な限り1対1になる状況を作るために後退をしつつ、追いついてくる足の速いゴブリンを1匹ずつ仕留めることで、足の遅いオーガとの戦いで後ろを気にしなくて済む状況に持ち込めたのは、その都度頼んでもいない警告を告げてきたこの声に縋った結果であった。

 

 ……つまり、私は最初に忠告された最善の方針に従わず、自身を過信した結果危機に陥り。身動きがとれなくってようやく我が身の可愛さから、繰り返しささやかれていた助言に飛びつき、絶体絶命の窮地から命を長らえたのである。

 

 情けないこと、この上なかった。

 

 《 ――戦闘結果を報告します 》

 《 種族:ゴブリン。襲撃個体数6。うち討伐数4。2体は森へ逃亡し、現在索敵範囲外です 》

 《 種族:オーガ。襲撃個体数1。目標の生命反応消失を確認 》

 《 ドロップアイテム、並びにクリスタルの出現は未確認。原因不明 》

 《 <ナザリックの祝福>のパッシブスキル発動確認。経験値ボーナスの取得には成功しています 》

 

 不快な感情の中に混じるバツの悪さから口籠ってしまった私の機微など、コイツはまるで察していないのだろう。感謝を告げる気持ちになんて全くもってなれないものの、頭に響く声は感情を一切込めない響きでもって、他人事のように戦闘結果と意味不明な言葉の羅列をまくし立てている。

 これがこちらの心情を汲み取った上での気遣いであり、あえて普段の無機質な調子を維持しているというならまだ可愛げがありそうに思えるが…… そんな可能性は今日までの望まない付き合いでもそうであったように、一切皆無に違いない。

 

 コイツは決められた機能を果たすためだけに、私に語り掛けている。

 ――腹立たしさが、また一つ募った。

 

 《 被ダメージ:少。戦闘続行に支障なし 》

 《 ただし、疲労値は現在も危険域にあります 》

 《 休息の続行を推奨。戦域から離脱したゴブリンを追撃する場合、ポーションによる回復を強く提案します 》

 《 装備武器:鋼鉄製ロングソードの耐久値が減少しています 》

 《 斬撃による攻撃力が13%低下中。刺突の攻撃力に影響はありません 》

 《 早期の修復、もくしは装備武器の交換を行って下さい 》

 

 『声』は一貫している。

 自らの意見を取り入れなかったことに対する皮肉や、私を気遣う言葉の色は一切ない。

 戦闘を経過して現在、私が陥っている状況をひたすら客観的な言葉で説明するのみ。

 他への言及は全くなく、僅かな嫌味の一つも向けてはこない。

 

 『アイテム』を自称する存在に対して人間の感情を察しろ等と、考える方が愚かなのか…… いや、そもそも私は嫌味を言って欲しかったのか?

 戦闘の拙さについて一言でも触れられれば、その指摘が正しくても激昂していたのは間違いないだろうに。

 

 自嘲している間に長々とした声の報告が終わり、私の脳内にも周囲と同じ静寂が訪れる。

 声の報告を信じるならば、この静けさは周囲に敵がいない証なのだろう。

 先程は戦闘の緊急時だったこともあり、活路を見出すためについ従ってしまったけれど…… こうして気分が落ち着いた状況であっても『声』の言う通りに行動するのは、正直気が進まなかった。

 

 (嫌、というか無理! )

 (こんなことになってるそもそもの原因は、アンタなんでしょうが! )

 (この上、言う通りにハイハイ動けっての!? )

 (腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ! )

 

 (…… )

 

 (…………ッ! )

 

 (………………うぁ~、もう!! )

 

 

 ……しかし一度その言葉に従って動いた結果、命を拾ってしまったのである。

 これ以上、反発心だけで無視を決め込むというのは、駄々をこねる子供のそれのようではないか?

 

 休めと言われたから我慢して突っ立ちます、というのは愚かな天邪鬼でしかない。実際『声』に言われるまでもなく、防具を着込んだまま剣を振り、跳んで転がって動きまくった両足は踏ん張りがきかなくなっており、気を抜いたら座り込んでしまいそうなほどに身体は休みたがっていた。

 

 耳を澄ませば聞こえてくるのは、草を揺らすサラサラとした風の音のみ。

 わずかに紛れてるのは虫の鳴き声といった程度。モンスターらしき影も、月明かりを頼りにした所で周辺には見当たりそうもなかった。

 

 (……本当に面白くないっ! )

 

 逃げたゴブリンを今更貴重なポーションを消費してまで追い回すというのも馬鹿らしい―― そんな言い訳めいたことを考えながら、私は力を抜いた途端に崩れる体をそのまま、草原の上へ投げ出した。一瞬の浮遊感の後、背中から落ちたことで息が少し詰まって咳き込んだものの、いざ仰向けに寝転んでみれば、大地を感じた四肢はあっという間に弛緩し切り、すぐには立てそうにもなくなってしまった。

 …… 汗で額に張り付く前髪が鬱陶しかったが、それをかき上げる気力も湧かない。寝返りをうつことすら億劫に感じる身体は、自分がどれだけ緊張し、疲労し切っていたのかを改めて教えてきた。

 

 (はぁ~ぁ…… )

 

 わずかに前髪が遮る視界に、薄ぼんやりとした三日月が映り込む。

 満月と比べて弱い月明かりは、その周りを埋め尽くす小さな星の瞬きを霞ませることなく、宝石箱をひっくり返したような煌めきを夜空に演出している。そんな強過ぎない柔らかな夜空の煌めきは、今のささくれ立った心にも素直に美しいと思えた。

 

 (雲一つない夜空の景色なんて光景、小さい頃から見慣れてるのにね…… 星に願いを掛けるほど、私はもう子供じゃないつもりだったのに…… )

 

 

 

 『――ねぇ御婆様! アズス叔父さんとばっかり話してないで、私ともお話ししましょうよ! 』

 『――煩いお嬢ちゃんだねぇ…… 貴族の娘っ子が、私に一体何の用なんだい? 』

 『――貴方、お伽噺の人なんでしょう? 私もいつか叔父さんのように冒険者になるの! だから、その時は私と一緒に冒険して下さらない?』

 『――せっかくお貴族様に生まれついたってのに、何奇天烈なこと何言ってるんだい。ちょいとアンタ、この子に一体どんな教育してきたのさ? 』

 

 『――今日こそは頷いて貰うわよ! さぁ、私が勝ったら仲間になってね御婆様! 』

 『――いい加減に諦めなよ、お嬢ちゃん……<第2位階死者召喚(サモン・アンデッド・2th)>。怪我しない程度に遊んでおあげ 』

 

 『――行きましょうよー! ねー! いーきーまーしょー! 』

 『――あー全く、会う度にそれか。ガキんちょの声は耳に響いて煩いったらないね。<第3位階死者召喚(サモン・アンデッド・3th)> ……いいからさっさと倒しな! 次が召喚出来ないよ! 』

 

 『―― アンタ、炎の魔法まで覚えてきたのかい? 確か水神のトコで洗礼して貰ったんじゃなかったかい? 』

 『――だってカッコいいじゃない? ……ほーら上位喰屍鬼(ガスト)も倒したわよ! これで仲間になってくれるわよねっ!? 』

 『――アダマンタイトにもなってない糞餓鬼が、百年早いわ…… ハイハイ、そんな目で見るんじゃないよ。そうさねぇ、アンタがアダマンタイトにでもなれたなら、その時私が暇だったら、まぁ考えてやるから 』

 『――! 言ったわね! 今度こそ、今度こそ「次はコレ」はナシだからね! 』

 『――あー分かった分かった 』

 『――絶対よ! 約束なんだから! 』

 『――あー分かった、分かったっ! 』

 

 

 

 ……子供ではない、けれど。こんな美しい景観に浸っているせいだろうか。数ヵ月前までは夜空を見上げる度に決意を新たに出来ていた大切な記憶が、どうしても思い出されて仕方がない。彼女と無理矢理約束を交わして貰ったあの時も、こんな三日月の夜だったはずだ。 

 ――なのに今夜は、いつもと同じ星空を見上げているにも関わらず、奮い立つ感情が蘇ってこない。

 ()()()()()()()にいてしまった後悔に始まる、様々な感情がないまぜとなった一種のたまらなさだけが、ただただ胸にこみ上げていた。

 

 (もう星を見上げて、純粋に胸を高鳴らせることは出来ないのかもね…… )

 

 皮鎧の留め金を緩め、生まれた隙間から差し入れた左腕を、自らの胸の真ん中に押し当てる。年頃を迎え、平均よりも豊かに成長し始めていることが密かに自慢だった繊細な部分を今は強く押し分け強く、強く手のひらを押し付ける。そこから聞こえて然るべき音と感触を、ほんの僅かにでも逃したくなかったから。

 

 しかし――

 

 (……やっぱり。全、然、動いてないなぁ…… )

 

 こんなにも汗をかき、まだ息も整い切っていないのに。

 当てた右腕には、ただ熱くなった身体の熱に蒸れてじっとりとした肌着の感触が伝わるだけで―― 生きている人間ならばあって然るべきの、手のひらを叩く鼓動の気配が伝わってこない。

 かつて当たり前に聞いていた心音が、今ではどうしようもなく恋しかった。

 

 

 

 ……もう認めるしかないのだろう。

 私―― ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは、あの日あの森で。

 

 この『声』を聞かせてくる存在に、冒険者としてこれまで必死に英雄を目指して積み上げ血肉としてきた、あらゆる経験の()()()()を奪われたのだ。

 

 

 






 "A.D.A"……CV:ぶくぶく茶釜(ガチ収録)

 この地点での話が膨らんでまだ終わらない……次話で纏めます。
 完結までは多分後3話くらいです。
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