とある廃倉庫、時刻は夕方。雲に通された灰色の光が、外から差し込む。中は薄暗く、壁にはサビがはびこっていた。
こつ、こつ――と、一人のゆっくりとした足音が倉庫に反響する。その両手には、2つの大きめな刃を持ったナイフが握られていた。
不意に足音が止まる。一つのナイフは、出入り口の一つの方向へ向けられた。
「海。――そこにいるの分かっているよ」
そこから顔を出したのは、およそこの場に似つかわしくないような背の小さい少女だった。七星海。学生寮にてはやての隣室に住む高校2年生で、同じ特進クラスの生徒。
「見つけてくれると、思ってた」
倉庫に響く、海の声。彼女はクラスでも全くと言っていいほど目立たない生徒だ。
「見つかるの前提で来てるのなら、わざわざ尾行しなくたっていいのに……」
「ナナを見つけてくれるのが嬉しいから、内緒にしてる」
海は、2本のナイフを持った少女――中島はやての元へ駆け寄る。海の両手首に巻かれた水色のリストバンドが、じわりと光り始める。
「……はやて、来るよ」
海がそう呟いた直後。二人が見つめていた場所に、紅のもやが不気味に現れる。そのもやは瞬く間に濃度が増していき、やがて2.5m位の人の形を模していく。
「……撤退しよう」
「え?」
「多分、甲冑の魔物だと思う。僕の武器のナイフじゃ分が悪い」
はやては、海の手を無理やり取って駆け出した。――しかし。
「おっと。ここは通さない、ネ!」
入り口付近に張っていたスーツの男から、拳銃を突きつけられるはやて。その男からは、魔物と同じような気味の悪い紅のもやが出ていた。
「君の対策は万全なのだ、ヨ。『副産物』クン。ナイフで金属は壊せ、ナイ。そう、ダロウ?」
舌っ足らずな口調で、血走った目でギロリと睨みつける男。はやては海と共に距離を取る。後ろにいる、大きめの甲冑の魔物の気配を感じながら。
「……多分、秋葉原の犯人だ。甲冑の魔物の使役者……」
はやては海に向かって、真剣な口調でつぶやく。海の喉が動き、汗が伝う。
「正直、海がいて助かった。魔物への攻撃は頼んだ」
「分かった。はやてのためだもん、ナナは頑張るよ」
海は目を閉じ、深呼吸をした。深い青色をしたポニーテールが魔力の波動によって浮かび、激しくなびく。
その姿を見て、はやては海に背中を預けた。
話が通用しないのは明白。ならば、不必要な会話など交わす意味がない。はやてはスーツの男に向かって一瞬で距離を詰めにかかった。
「見くびられたものだ、ネ!」
はやてのナイフが男の首元を捉える数cmのところで、男ははやての後ろに回り込み、即座に発砲した。はやては振り向きざまに弾丸をナイフで弾き、再度距離を取る。
「はやて!? そっちはダメ!」
しかし、飛び退いた先が悪かった。後ろで海と戦闘中である、甲冑の魔物が今まさに振り下ろしている、2mはあろうかという巨大な剣がちょうどはやての頭上にあった。
「なっ――!」
辛うじてはやてはギリギリのところで横へ転がってかわした。振り下ろされた剣はコンクリートの床をえぐり、破片を飛び散らせた。
「位置が悪い……1対1を確実に作らないと」
はやては再び、スーツの男に向かって果敢に距離を詰める。何発か拳銃を撃たれるが全てそれを弾く。間合いを詰め、圧力を掛けることで男の位置をある程度コントロールするという寸法だ。
銃弾を弾き、ナイフを突き出す。それはいとも簡単に避けられるが、これは倒すためではなく攻撃対象をこちらに向け続けるための策。位置はじわじわと、魔物と海から離れていく。
「ありがと、はやて。……地より昇れ、蒼の奔流」
はやてのヘイトコントロールのおかげで、海は甲冑の魔物に集中することが出来ていた。海が小さく詠唱し、青くまばゆい光を発するリストバンドの軌跡を残しながら左手を上に振ると、魔物の足元から次々と間欠泉が湧き、鋭く貫いていく。
しかし、攻撃こそ当たるものの甲冑の魔物は非常にタフで、効いている素振りをあまり見せていない。海の攻撃を全て受け切ると、甲冑の魔物は即座に海に目掛けて斬りかかってくる。
しかし、甲冑であるゆえか動きは遅い。頭から真っ二つにしようと斬りかかって来たが、海は簡単に避けることが出来た。
「っ……水蛇の如く、地を這え激流」
海は別の魔法を試す。地面を掬い上げるように左手を振ると、そこから海の身長ぐらいの高さを持つ水の衝撃波が飛沫を上げながら魔物に突き進んでいく。甲冑の魔物に当たるが、少しよろけるだけ。即座にその重い剣を叩きつける。
「終わりが見えない……!」
海は魔物の一撃を軽く後ろに下がってかわすと、険しい表情を浮かべた。海が水属性の魔法を放つ。魔物はそれを受けつつも、何ともないかのように重い剣を振るう。そして、海はそれをかわして再び魔法を放つ――まるで、終わりのないループのように見えた。
「はぁ、はぁ、っ……!」
先に疲弊したのは海の方だった。魔法の勢いは目に見えて減り、有効打を与えられなくなってきている。もはや海が放つ魔法が魔物に直撃してもよろけず、むしろ魔物側が振るう剣の勢いが増しているかのようにも見えた。
「私は、もう……ごめん……」
海の動きは次第に鈍り、とうとうその場から動けなくなった。甲冑の魔物はそれを逃さず、剣を海の頭上から振り下ろす。
その時、スーツの男と交戦中のはやての脳内に映像が流れ込む。甲冑の魔物が振るう剣の一撃が、疲弊しきっている海に直撃する。
それを受け取るや否や、はやてはスーツの男から離れ海の元へ駆け出す。
「っ……!」
はやては海に抱きつき、一緒になって横に転がる。甲冑の魔物の一撃を間一髪の所でかわし、海も無傷だ。
「フフハハハ……もう終わり、カネ?」
スーツの男の声が、廃倉庫で不気味に響く。コツ、コツ……と革靴の音が不規則に近づいてきた。はやては海をかばいながら、男を鋭く睨む。
「どうせ、君たちは、これで、終わりだが、ネ……!!」
男はスーツの胸ポケットから不気味な紅のオーラをまとった赤い石をつまみ、これ見よがしにはやてに見せつける。そしてその石を地面に落とすと、革靴で思い切り踏みつけ、粉々にした。
すると、その不気味な紅のオーラが辺り一面に充満し、そこからまるで雑草が生えるかのように次々と甲冑の魔物が生まれてくるではないか。しかも、大きさは海が戦っていたものと大差ない。
これは、絶望である。はやてはハッキリと自覚した。