第6話1 -確実なる侵食-
廃倉庫での戦いの翌日。はやての傷は完治し、いつもどおりの様子で登校していた。
そして、やはりいつもどおり。
「ふにゃ……リオさま……ん……」
一体どんな夢を見ているのだろうか。はやてはくすっと笑った。
昼休み、場所は風紀委員室。ふかふかの高級ソファで気持ちよさそうに昼寝をするひなを横目に、はやては外をぼーっと眺めていた。
渡り廊下を行き交う生徒たち、校庭から聞こえる賑やかな声。風に吹かれ揺れる木々、青空の中、ゆっくりと動く白い雲。ひなの寝息をかすかに耳に入れつつ、ただ一人で眺め続ける。何もない平和な時間を感じつつ、昨日のひなの話を思い出していた。
昨日の戦いの後、ひなから話を詳しく聞いた。ひなの魔法によって男は塵一つ残さず消えてしまったため、男の正体についての手がかりは何にも残らなかったという。
また、話を聞く限りひなにはあの紅い霧を吸収し、魔力として放出できる力があるらしい。ひな本体の魔力はリオンのそれと比べて少ないのだが、外のリソースを使うとなると話は別になる。ただ、その影響でやや性格が過激になるとのことだ。
その時のひなもちょっと見てみたかった、とはやては思った。
「リオさま……だ、だめだよ……」
昨日、はやての命を救ったヒロインは夢の中。頬が緩みっぱなしですごく幸せそう。一体どんな夢を見ているのだろうか。意味深な寝言にも惹かれ、はやてはどこか集中出来なかった。
しかし、平和な時間はすぐに崩れ去った。
にわかに騒がしくなる学校の外、慌てて駆け出す生徒たち。異常事態であることが伝わるには充分だ。はやては目つきを一瞬にして変え、窓を開けて身を乗り出す。間もなく、不気味な唸り声が遠くから聞こえてきた。
魔物だ。高校の敷地内に、魔物が現れたのだ。はやては状況を理解するや否や、窓を乗り越え飛び降りた。
3階から飛び降り、当然のように無傷。驚く周りの生徒達には気にかけず、はやては耳を頼りに魔物を探した。場所はおそらく、校庭から。はやては駆け出した。
校庭に向かうと決めた瞬間、脳裏に映像が来る。魔物から逃げようとした特進クラスの男子生徒が転倒し、そこに斧を持った人型の魔物の一撃が振りかざされる――。
――僕が来て正解だった。はやては更に気を引き締めた。
校庭には廃倉庫の時と同じように紅い霧が蔓延し、斧を持ったゴブリンのような魔物が20体くらい大量発生していた。そこから逃げていく校庭で遊んでいた生徒たち。その中には、脳裏に来た映像と同じ姿の男子生徒もいた。
そして、映像の通りに転ぶ。迫りくるゴブリンたち、手に持つ斧が獲物を見つけてギラリと輝く。
もはや躊躇などない。転倒した男子生徒目掛け薪割りよろしく真っ二つにしようと振りかざされる斧を、はやてはナイフを交差させすんでのところで弾き返す。体勢を崩し後ろにのけぞったところを、喉元目掛けて的確に一突き。
血も、魔力の飛沫も流れない。しかし、ゴブリンは後ろに倒れて動かなくなる。はやてのナイフは、小型の魔物であれば確実に弱点を突き刺して一撃で仕留める。
そのままはやては、周囲にいるゴブリン達を一体ずつ倒していく。姿が霞むほどの速さで近づき、一撃。瞬く間もなく別のゴブリンも、もれなく一撃で葬る。まるでそれが、彼女にとっていとも簡単な仕事であるかのように見えた。
最後の一体に、はやてのナイフが突き刺さる。ゴブリンが力なく倒れるのを見届けると、はやては動けないでいた男子生徒に手を差し伸べた。
「ありがと……あっははは、俺情けねえ……」
男子生徒は自嘲気味に笑い、手を引かれ立ち上がる。事の顛末を見ていた生徒たちから、自然発生的に拍手が起こった。
はやては少し照れくさそうに苦笑いした。