「目的地に着きました」
はやては帝華高校から少し離れた小さな公園に来ていた。M-phoneで通話しながら、物陰から公園内の状況を見る。電話の相手は、宮咲校長だった。
『分かったわ、ありがとう。状況は?』
「帝華の生徒1人が少なくとも30体以上の魔物と相対しています」
『了解。援護に行ってあげて』
「了解です。では」
はやてはM-phoneをしまい、二丁のナイフを持つ。
「いつも同じなんだけどな、その生徒」
そう独り言を漏らすと、はやては公園内にいる帝華高校の生徒を遠目から見つめる。見覚えのある、深い青い色のポニーテール。大勢のゴブリンの魔物たちに囲まれている彼女――七星海は、すぐにはやての気配を察知して振り向き、待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。
昨日あんな目にあったばかりなのに、危機意識をもっと持ってよ。はやてはむすっとした顔でそう思いつつも、魔物たちに気づかれないように木の上に飛び移る。
両手首に巻かれている海のリストバンドが、じわりと水色の光を帯びる。
「――我より生まれ、広がれ波紋」
戦闘態勢に入った海は、小さく呪文を呟くと両腕を広げくるりと一回転する。そこから無色透明の透き通った水の刃が水紋のように広がって弾け飛び、海を囲んでいるゴブリンたちに次々と襲いかかる。ゴブリンたちの身体が水の刃に切られ、紅の魔力の飛沫が上がる。しかし、倒し切るまでには至らずに四方八方から海に向かって突進してくる。
しかし海は、全くうろたえなかった。当然、はやてを信じ切っていたからに他ならない。
「危ない真似するね、全く!」
頭上からふわりとした声色が降りかかる。瞬間、ナイフが2本上から飛んできて、海から近い2体のゴブリンの脳天に飛沫も上げずに一本ずつ突き刺さる。すぐさま一人の影が海の目の前に着地し、倒れて動かないゴブリンからナイフを素早く抜き取る。
ナイフを携えた少女は、少し呆れたような表情で海の方を向いた。海はにこりと笑う。
「……うん。今日も、ナナの予想通り」
「まったく……海、昨日危ない目にあったばかりでしょ?」
「それを言うなら、はやてだって」
はやては少し伏し目がちになる。実際、死にかけた。死にかけたが――。
「僕は……別に、怖くないかな」
自分が変だと言いたげに、はやての表情が曇る。そう、怖くないのだ。自分が死ぬのが、怖くない。銃弾の音も、巨大な剣も、魔力に満ちた閉鎖空間も――全部、怖くない。それがおかしいことは気づいている、でも、怖くないのだ。
はやてはそんな自分が、好きではなかった。
「……じゃあ、ナナも。はやてが隣なら、何も怖くない」
対照的に、海ははやてに向かってにこりと笑ってみせた。
今、目の前にいる彼女もおかしい。はやてとは違って『任務』でもないのに、自ら進んで危険へと飛び込む。しかも、はやてが来ることを踏んで今みたいな無謀なことをする。迷惑極まりない存在なはずだったが、はやては不思議とそう思わなかった。
結局、はやてもつられて表情が柔らかくなってしまう。何だかんだ、人に頼られたり甘えられたりするのは嫌いではない。
「そっか。じゃあ……一緒に行くよ!」
「うん。ナナ、信じてる――!」
すると海ははやてを巻き込むかのように、ついさっき放った波紋の魔法を詠唱する。水の刃ははやてだけを綺麗に避け、こちらに向かってくるゴブリンたちを襲い足止めさせる。
そこに生まれたスキをはやては見逃さない。海に近い個体から確実に、1体ずつ的確に急所を付いて一撃で倒していく。魔法を無効化するというはやての特異性を活かした戦法だ。
仮にも斧を持ち地面をえぐるほどの怪力を持つゴブリン。そんなゴブリンの群れの討伐は言うまでもなく危険なのだが、2人にかかればもはや流れ作業と化していた。
「これで、最後――!」
はやてのナイフが最後の1体の喉元を突き刺し、引き抜く。相変わらず魔力の飛沫は一滴たりとも飛び散らず、ゴブリンは斧を落とし後ろにどさりと倒れた。
「ふぅ……ナナ、疲れちゃった」
海の付けているリストバンドが光を失うと、海はへたりとその場で座り込んだ。はやてはナイフをしまい、海と目線を合わせるように隣でかがんだ。
「ありがと、海。やりやすかったよ」
「はやての役に、立てた?」
「当たり前だよ。その証拠に、いつもより疲れてない」
海ははやての様子を見る。普段と何も変わらず、疲れてないと言われてもあんまり分からなかった。
「……そっか?」
「うん。……立てる?」
「もうちょっと、休みたいな」
疲労感とは、人を甘えたい気持ちにさせるものなのだろうか。
本当はもう、歩こうと思えば歩けるし帰れる。しかし、海はもうちょっとだけはやてとの空間を大事にしたかった。